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ギャップイヤーとその意義

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”チーズケーキはケーキ?それともパイ?”

セミナーで教授が遅れるということで時間を潰すために、こんな議論がいきなり始まった。いや、チーズ’ケーキ’だから当然ケーキだろう、と思ったら…

”パイでしょ!だった小麦粉も使わないし、アイシングもされていない”

パイ派が以外と多くて驚いた。

”小麦粉を使わないケーキだってあるし、アイシングじゃなくて生クリームを使うケーキだってある。そもそもクリームつけないのもあるし。確かに下はクッキーの土台があるけど、タルトでは無いし…”

お菓子作りの経験から、ケーキ派の私は反論すると…

”タルト!?それは考慮したことも無かった!”

と驚く質問の提供者。

”話は変わるけど、同じチーズ関連で。もしこの世からどちらかをなくすとしたらチーズとチョコ、どっちを選ぶ?”

これもまた意見が分かれ、熱の入った議論となった。

”チョコレートチーズケーキとか…”

なぜか二つのハイブリッドを例に出す子。”この議論の中では、そんなもの存在できない!”とみんなに言い返され、部屋は笑いに包まれた。

最近のアメリカ情勢やら哲学者の主張の話やらよくするブラウン生でもありますが、こんなくだらない(?)議論が一番自分に関係があって盛り上がったりします(笑)

 

誰かが作った見事な雪だるま

 

さて、本題に入りましょう。2週間前のブログで”ギャップイヤー”について少し触れたところ、”ギャップイヤーってそもそも何?そして日本でも取り入れる意義は?”という質問が読者の方からあったので、今日はそちらに答えて行きたいと思います!

 

1.ギャップイヤーって?

Gap yearを日本語に直訳すると、”すき間の年”。一般的には高校卒業後、大学入学を一年遅らせて何か違うことをする期間のことをさします。もともとは英国で1970年代に流行りだしたもので、一度学問の世界から離れて何か違う世界を経験して視野を広げる、そんな目的があります。大まかに、大学が決まってから休学していくものと、ギャップイヤーの最後に大学入試をする人の2タイプに分かれます。西洋の大学だと、願書にギャップイヤーをとるつもりなのか記入する欄があったり、合格通知の後にギャップイヤーを申告するパターンがあります。もともとは大学入学前の一年のことを指しましたが、今では大学在籍中に休学して何かするのもギャップイヤーと呼んだりもします。

 

2.どんなことするの?

イギリスで始まった頃のイメージだと、一年間世界中を旅する!等、とにかく”旅をする”イメージがありますが、決してそうでもありません。私のまわりだと、ボランティア活動に参加している人が多いです。例えば発展途上国や地元の学校だったり、教育や環境系のものをしている人が何人かいます。

もちろんボランティアするには資金が必要なので、ボランティア用の奨学金を申請したり、自分から寄付を募ったり。あとはギャップイヤーの前半は働いて、後半で旅をするって人もいます。最近はgo fund meというサイトを利用して”○○が××するのを応援しよう!”なんていうリンクをしばしばSNS上で見かけます。私は実際に利用したことが無いので詳しくは分かりませんが、目標額と何のためのお金を集めているのかを設定して、他人が好きな金額を寄付できる、という仕組みのサイトです。

例えば、私の友達は何をするために資金を集めているのかをgo fund meのサイトに明確に公表し、更にロンドンのCircle line(東京で言う山手線のような存在)を徒歩で一周しながら各駅で踊ると宣言しました。そして一番寄付をしてくれた方にはその時の衣装を選ぶ権限が与えられるという、少し企画を思いつきました。その結果、その子はバナナの衣装で一日かけてCircle lineを踊りまわり、その様子をまとめたビデオを公開し、さらに募金を募りました。

他にはGap year programというもうパッケージされたものが検索してみると結構あります。また、大学の途中で休学して行く場合は大学に自分がやりたいプロジェクトを提案して資金ももらう人等がいます。

 

3.メリットは?

まずは大学受験に関してもっと余裕を持って考えられる、ということです。海外の大学の多くでは日本のように試験を受けるのではなく、自分の履歴書のような願書を送って合否が決まります。願書を送る時点ではまだ最終試験の成績は出ていないので”予測点”を提出することになります。成績を重視するイギリスの大学などではこの予測点から点数が落ちてしまうと、仮合格が取り消されてしまうのです。

しかし、点数が確実に出てから受験すれば、自分のレベルに見合った学校に始めから出願できます。少なくとも私の高校では、成績に関して厳しい医学系に進みたい場合は特にギャップイヤーをお勧めされました。アメリカの大学だと成績に関してはもっと寛容なので、関係ないとも言えますが…。

二点目に、学問の世界から一度出れる、ということです。私達は小学校から12年間も学校に行き続け、特に理系に進みたいとなればさらに6年、10年近く学問の世界にいることになるかもしれません。大学で学ぶことは大事だけれども、まだまだ現実社会に触れたことなく、ぬくぬくした、守られた”学校”という機関で、”学生”という立場で長い間過ごします。このままの状態で、大学を卒業してすぐに現実社会の厳しさに直面するよりは、一度違う視点から世界をみることって大切だと思います。

三点目に、この時期しかできない、ということがあります。社会人になってから”ちょっと一年間お休みいただいて、好きなことしてきます”なんて、許されるでしょうか?よく”学生のうちに~”と言われますが、学生じゃないとできないことです。そして大学生という、ある程度自立した年齢だからこそ現実社会に入ることが認められると思います。

ギャップイヤーのメリットは、学業を一旦離れて今までとは違う視点で世界を見れることだと私は思います。

 

4.日本にも取り入れる意義は?

私が一番思うのは、最近話題になっている”若者の内向き志向”への対策です。日本では社会人になるまでのライフステージがもう社会によって決められているように感じます。だから”何歳までには何をしていないと”という思いが強く、確実にそのステップを踏んでいける安全な道を通ろうと思うのではないでしょうか?

しかし、一年間勉強や将来のことを心配せずに何か好きなことをできる!ちょっと余裕を持つ選択肢もある!と思ったら、もっと挑戦的なことをする人が増えるのではないでしょうか?それこそ一年間留学してみたり、働いてみたり。自立するってどんな感じなんだろう?って考えてみたり、それこそ自分の学費の一部を稼いだり。いろんな経験ができると思います。

ここまで書いていて思いました、”あれ?ギャップイヤーなくとも私の周りの友達でたくさん旅行したり留学したりしている子いる…”と。うーむ。そして私自身日本の大学についてあんまり知らないので強く言えること無いな、と….。

ふーむ。一つ言えると思うのは、日本の大学生きっとバイトを通して現実社会を経験しているのだと。しかし、彼ら、彼女らは大学に通いながらバイトをし、更にサークルや部活動にも精一杯尽くして、その合間に友達と旅行に行って…。何だかすごく忙しそうに思える。アメリカの学生は全く違うとは言わないけれど、何だかonとoffがすごくはっきりしているように思える。学校4ヶ月、冬休み1ヶ月。また学校4ヶ月、夏休み3ヶ月。夏休みは何かのインターンやらなにかをする。3ヶ月あっても、ボランティアやインターンは雇う側からしたらそれがminimum、最短の単位だったりする。

それが、もし1年何かをできるとなったら…。学校でのボランティアだったら丸々一年子供を見られる。資金が無かったら最初は資金をためるのに専念できる。NGOを立ち上げられるかもしれない。可能性が広がると思います。

だから、日本でももっと認知と理解が広がれば、若者の挑戦の場が広がるのでは?

 

 

バレンタインは日本のお菓子を小分けにして配ってみました

 

少し余裕をもてる時間、と言いましたが、ギャップイヤーをとった/とっている私の友達は、決してこの制度に”甘えよう”とは考えていないと思います。どの子も”私はギャップイヤーにこれをするんだ!”というはっきりとした目標を持って上手に制度を利用していると思います。ある意味学生の時期を最も学生らしく過ごせる時間なのでは無いでしょうか?

最後に、これはなんだかんだライフステージを確実に進む選択をしてきた私の意見なので、もし他に質問や意見などございましたら、是非コメントしてください。

 

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雪だ!吹雪だ!大雪だ!!

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本日はロードアイランドは大雪で、学校も休みになりました。

20~30cmぐらい降ったのではないでしょうか?”スキー場で天気の悪い日”のような感じでした。

雪に、風に、雷(そう、雷!)に、とにかくすごかったので、本日の様子を写真を通してお伝えしたいと思います!

 

まずは降り始めの様子。午前9時頃。この頃はまだ”わあ、雪が降ってきたー”っていうかんじだったのですが…

…三時間後。吹雪始めて、すっかり雪景色に。

 

13時からメイングリーン(大学の中心広場)で雪合戦!という知らせを受け、おそらく天候が一番悪かった時に外に出ました。このときの吹雪いている様子を動画に撮ったので、こちらをご覧ください!(音も聞いてください。吹雪のすごさが伝わります)

 

メイングリーンで雪遊びをする学生。広場の中心から撮影。

ちなみに、去年の9月に一つ前の写真より少し前方から撮った写真。奥の建物が吹雪きで全く見えなくなっているのがわかる。

 

道路の真ん中で遊ぶ学生。もはや道路も歩道も区別がつけられない。

 

除雪車は大忙し

一応公共バスは運行していました!

 

繁華街のThayer St.と、後ろに見えるScience Library。本日は図書館も全て休館。

構図は違いますが、これは去年の5月に撮影した同じ交差点付近。一つ前の写真はこの写真の左手方向から撮影しました。

 

熊もすっかり白熊に

 

一昨年の9月に撮影。

 

撮影し終わって部屋に戻った私はこんなかんじ。

マフラー、手袋、カメラについている紐まで凍ってしましました。吹雪いていたので、なるべく顔に風があたらないように歩きました。

 

雪は一日降り続きましたが、19時頃になってさすがに止みました。

誰かが作ったかまくら。明日は晴れでそれも金曜日なので、最高の雪だるま作り日和?

自分なりの計測ですが、芝生の上で積雪約22cmでした。(画像の右下に見えるピンクのが雪に埋もれた私の30cm定規)

 

州立の学校で明日も休みのところもあるようですが、ブラウンは明日から通常授業です。去年はsnow stormの予報で休みにしたら、蓋を開ければそんな大した雪ではなかった、ということがありましたが、今回は本当に休みになってよかったです。雪国の方にとっては普通かもしれませんが、東京で1cmの積雪で喜び、5cmで大雪、というのに慣れている私にとってはとても珍しい体験でした。

これだけ今日は振降りましたが、また今週末雪の予報になっています。みなさん、もしプロビデンスやアメリカの北東へ行く予定を立てるときは、なるべく1、2月は避けた方が良いと思います。今日みたいな日になるかもしれないので、くれぐれもご注意を。

最後にもう一枚。

雪が止んだ後のメイングリーン。だいぶ雪かきがされ、広場は学生が遊んだ足跡がたくさん。

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スタートライン

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高校を卒業する前だったから、2年前の春のことだっただろうか。ロシア人の友達と、”卒業後は何をするか”とか進路について話していた。お互いもうアメリカの大学から合格の通知は受けていて、残すは最終試験だけって所だったけれど。ロシア人の彼には一つ迷っていることがあった。それは入学を一年間遅らせて何か他のことをする、いわゆる”Gap year”をとるかとらないかであった。

”いいね、やれば良いじゃん!”

私が促すと、彼はこう答えた

”うーん…そうしたい気持ちは山々なんだけど、アメリカとロシアの関係っていつどうなるかわからないから…。もし入学一年遅らせたら、その間に関係が悪くなって入学できなくなったりしないかが心配なんだ。”

….

このとき、私はこんな心配が存在することを初めて知って驚いた。しかし自分の中では”そんな、ロシア人の学生がアメリカの大学に行けなくなるほど、1年の間に大きく国際関係が変化することは無いだろう”と思った。

 

あれから二年。信じられないことが起こった。それもいとも簡単に、一人の男によって。ロシアではなかったけれど、ムスリムの国7カ国の国民のアメリカへの入国が制限されたのだ。私は直接影響を受ける訳では無いけれど、対象の7カ国から今アメリカの大学に勉強しに来ていると知っている高校の頃の友達の顔が頭に浮かぶ。世界の注目が、とあるツイッターアカウントに集中する。

 

何だろう。

悲しい。

 

前はよく、歴史の教科書や戦時中が舞台のドラマなんかを見たりして、”あの頃に生きた人は大変だったんだろうなあー”とか他人事のように思っていた。自分の生きている間に、そんな歴史の教科書に載るような大きな出来事なんて起こらないだろう、と。しかし最近はそうでも無い気がする。6年前、部活中の体育館であの大きな揺れを感じた時からだろうか?それとももっと前、突然学校に母が迎えに来て、無残に崩れる高層ビルをテレビの画面で見た時からか?

 

自分は、歴史的な瞬間を生きている。

最近はそう自覚するようになった。

 

雪の次の日、晴れるとなんとも爽快

 

さて、私の感情や、専門知識の無いことについて語るのはここまでにして、もっとちゃんと分かっていることについて書きたいと思います。ということで、今学期の授業を紹介したいと思います。まだ宣言はしていませんが、この間ようやく専攻を決めました。“Science and Society”と言って、直訳すると”理科と社会”….なんだか小学校の教科に聞えてしまいます。だからと言って英語が分かる人に言っても”は?”って顔されます。簡単に説明すると、”理科の歴史”です。実はこれはそんなに珍しい学問ではなく、ハーバード等では名の知れている独立した学部もあります。

ScienceとSociety(日本で言えばいわゆる理系文系?)は二極化して見られがちですが、社会の中ではどうかかわって、お互いどのどのように発展してきたか、ということを学びます。なかなか理解しにくいと思うので、これから紹介する今学期の授業の説明の中でもう少し掘り下げて行けたらと思います。

 

SCSO 1000 Introduction to Science and Society

(理科と社会:入門)

その名の通り、私の専攻の入門の授業です。Scienceとは一体何なのか?他の考え方(ways of knowing)とはどう違って、なぜこんなにも私達の社会の中で価値あるものとして評価されるのか?こんなことを考えるディスカッションが中心の授業です。例えば今日の授業では、Popperという哲学者が考えたScienceの定義について話しました。今の世の中で一番Scienceとして認められているのは物理や数学だけれども、生物はちょっと違ったりする。さらに心理学になると、”それはscienceでは無い”と言う人も出てくるが、社会科学の学問の多くは”私達もScienceだ”と主張したがり、その地位を望むのはなぜなのか?

少しはどういう学問か、分かっていただけたでしょうか?

 

CLPS 0040 Introduction to Cognitive Neuroscience

(認知脳科学?認知神経学?入門)

テレビのニュースや新聞で、”○○は脳の××が関係していることが判明”というような見出しの記事を見たことがあるでしょうか?それらはこの分野の研究によるものです。正しくどう訳して良いかわからず申し訳ありません。脳科学と認知科学を合わせたというところでしょうか。私の専攻では、理系科目も4単位必要なので、認知科学の分野を選びました。私にとっては初めて、ちゃんと”教科書”がある授業です。初めて”試験”が中心の授業です。今までの文系科目はいろいろな文献からの抜粋が多く、課題はエッセーばっかりだったので新鮮です。また、私がとったことある授業の中では最大規模の120人なので、初めて講堂で授業を受けます。

今までとった授業の中で、一番理系の授業です。

 

ANTH 0310 Human Evolution

(人類の進化)

この授業も、名前の通り人類の進化について学びます。これはbiological anthropology(自然人類学)の授業で、人類が物理的にどうやって発展してきたかを学びます。”人類学”と言うと文化人類学を思い浮かべる方も多いと思いますが、このようにとても理系よりの分野もあるんです。今はまず、進化論の発展や遺伝の仕組みなどを学んでいます。細胞分裂やら染色体、DNAやRNAなど、高1の生物の資料集を思い出します。今思うと、あれは図解や写真が多くて、とっても分かりやすくできていましたね。メンデルの豆の実験など、懐かしいものが英語に姿を変えて現れてきています。

覚えることが多そうですが、がんばります。

 

FREN 600 Writing and Speaking French Ⅱ

(フランス語で書く、話す2)

相変わらすフランス語は続けています。これが基礎レベルの授業最後となり、これ以上のレベルの授業は文学や政治など、テーマごとの授業になります。そして、この授業を終えれば、フランスに行っても問題なく過ごせる程度の語学力が身につく…はずです。少なくとも、この授業をB以上で終えれば、フランスへの留学に必要な語学力があるとみなされます。私は来年一年間留学したいと思っているので、気が抜けられません。

 

HIST 1825 Science at the Crossroads

(理科の岐路)

秋学期の授業Roots of Modern Scienceの続きです。先学期の経験から、”今学期は絶対に4つしか授業はとらない!”と思っていたはずが、この間受けた授業の続きなので今学期取らなくては!と思い、登録してしまいました。実は、教授は先学期の授業、そしてSCSO1000の教授と同じなんです!彼女の授業は本当に面白くて、とっても好きです。更に、もう一人この授業には教授がいて、彼は私の専攻のアドバイザーの方なんです。今度の授業はアインシュタインから、現代までの理科の歴史を学んでいきます。

 

そして更に…

Religious Literacy Projectというものに参加します。

これは授業では無いのですが、毎週集まるセミナーのようなもので、2週ずつキリスト教、仏教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教の5つの宗教について学んでいきます。宗教ごとに、牧師や僧侶など、その宗教に深く関わっている方もいらっしゃるそうです。これは来週から始まります。

 

雪景色の中に…あれ?何か黄色いものが?

 

授業5つ+セミナーを受けることにし、自分で自分の首を絞めることになるのではないかと少し心配ですが、きっとやってみせます。専攻も決めて、ようやく少し方向性が見えてきて、授業同士もかなりお互いに関連してきて、どんどん面白くなってきました。というより、生まれて初めてこんなにも”面白い!”と思える学問を見つけた気がします。今、”一番好きな教科は?”と聞かれたら、迷わず”理科の歴史!”と答えられます。理系・文系選択で迷った高一の頃の私の願いを、こういう形で叶えられるのはうれしいです。今学期はかなり理系よりの授業選択で、初めてのことも多いですが、予測不能なアメリカ情勢にめげずに進みたいと思います。

 

今日行われた、トランプ政権下の環境政策についてのteach in

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アメリカの現状

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どうも、月曜日にブラウンに戻ってきた柚子です。先学期末だいぶ必死なメールを送ったのにも関わらず、寮では相変わらず、上の階では巨人が万歩計ダッシュしているのでは無いか?と思わせるような音に悩まされています。

東京を夕方18時近くに出て、ボストンには20時前に着くなんて、なんと近い!人生の中で、とーても長い2時間でした(笑)到着した翌日は雨風強く、とても”良い”とは言えない天気でしたが、授業初日の今日はパッと晴れてなんとも爽やかな一日でした。

朝、寮を出たときの風景。青い!!

 

先日、日本でのトランプ氏の大統領就任式の報道で、”あれ?”と疑問に思うことがありました。それは”トランプ氏に対する大規模なデモが各地で行われている”という報道。それに使われている映像はどう見ても”Women’s March”(女性の権利を主張する運動)の様子だった。フェイスブックで世界各地のイベントに参加している友達の写真やCNNの報道を見ていたから、私にはすぐ分かった。それに持っているサインはどれも女性の権利に関するものふが書かれていた。確かに、今回の選挙を受けて大規模になったとは言えるかもしれないけれど…。”また、Women’s Marchの日程が重なったこともあり…”日本のニュースでは、まるでトランプ氏に対する大規模なデモに、偶然Women’s Marchが重なって更に大きくなったかのような報道だった。

ブラウンに来てから、Women’s Marchに参加したという教授にこのことを話してみた。すると、”え?そもそもWomen’s Marchは就任式の’翌日’で日程は重なっていなかったよ。”と言われた。日本にいて時差もあったから気がつかなかったけど、確かに別の日だった。こんな間違った報道をして良いのか?ショックだった。そして特に遠いところのニュースはすぐ鵜呑みにせず、自分で信憑性を確かめる必要があるのだなと改めて思った。

 

帰ってきてまず目に入ったものは、ルームメイトからの成人のお祝い。素敵なルームメイトに恵まれました。

 

その一方、アメリカの現状を良く表現しているとても面白いテレビ番組も日本で見ました。NHKのBS1の”ザ・リアル・ボイス~ダイナーからアメリカの本音が聞える”という番組。その名の通り、アメリカ各地の”ダイナー”を回って、アメリカ人が今回の選挙戦について本当はどう思っているのか、”生の声”を聞くというものでした。

チェック柄の床に、日本だったら2人前以上の大きなハンバーガー。ソーダが注がれた背の高いコップ。それぞれの地元で愛されているダイナーに目を向けて、そこに来る人たちをインタビューする番組。メキシコとの国境に近い、雰囲気の全く違うメキシカン料理のダイナーを取材したり、大手自動車会社から解雇されることが決まっている人や、都市部の外国人、不法移民など、様々な声が聞えた。

”今日付けで解雇だから、自分にご褒美だ”と前向きになろうとしている常連客が頼んだのは店の看板メニューではなく、$7のハンバーガー。翌日は夕食をサービスしてくれることを願って一生懸命店の前を雪かきする彼。ご褒美はコーヒー一杯だった。”トランプ最高!”とはしゃぐ小学生ぐらいの兄弟。こんな小さいときから…。トランプに反対のサインを持ってブラウンで歩き回っていた坊や達を思い出す。今回の選挙結果に涙を流す人…。良いとか悪いとか決め付けるのではなく、バランス良くアメリカの”本音”を表現してくれていたと思う。

そして何よりも関心したのが、どんな人もちゃんと自分の意見を持っていたこと。小さい子供が政治について話していたことに驚いたのはもちろん、どんな人も今回の選挙でトランプさんを支持した理由、しない理由をもっていた。番組を作るにあたって、ちゃんと答えてくれた人を取り上げていることは確かだろうけれど、日本のファミレスや居酒屋を取材して同じような番組ができるとは思わない。

面白いことに、どこの地域に行っても意見は大体割れる。同じ地元に暮らす常連客なのは変わらないのにも関わらず。質問に答える人達の話を聞いていると、アメリカの現実が少しずつあらわになってきたように感じた。そして、冬休み中ずっと疑問には思っていたけれど、ブラウンでの意見がどれだけ偏っているのか、改めて気づかされた。

 

人で賑わう、ちょっとリニューアルした食堂。(しかしメニューは同じ…)

 

ブラウンのコミュニティは、大体みんな教養のある人達で、特に学生は”Politically Correct”、政治的に正しいこと、つまりは正論を言う。ある意味そういうことが言える余裕がある、とも言えると思う。周りがみんなそうだから、”トランプさんを支持する”なんてとても言えたことでは無いし、選挙についての講義は全部、そうで無ければ大抵、”トランプさんは良くない”ということが前提で行われていると思う。こんな恵まれた環境にいると、トランプさんを支持する必要のある人の存在なんて、忘れてしまう。

 

”糖尿病の上に、ホームレスなんだ。何か少し、手助けしてくれないか?”

そういえば、ブラウンのキャンパスの大通りにもいつもホームレスがいる。それもいつも同じ人じゃなくて、違う顔が、アイスクリーム屋さんの脇の階段や、本屋の前に座っている。今日は学期始めで、教科書を買うためにお金を持っている生徒が多いことを知っていたからか、2度も声かけられてしまった。しかし私は何もせず、通りすぎてしまった。

 

たった今、教科書を買うのに$100近く使ってきたのに、何で私はこんなに彼らに冷たくしてしまうんだろう?きっとこの人達は、数ドルでも助けになるだろうに、何で私は…。高校のときも、募金活動がある度にあまり協力的で無い私がいた。でもそのときは父に”それは自分で稼いだお金じゃなくて、パパからもらっているお金なんだから、使い道を良く考えなさい”と言われたからであった。今はバイトもしたし、自分で稼いだお金も持っているのに。

いつか、クラスメートが不意に”食堂って何時まで空いてる?”と聞いてきた。その子はいつも授業中に何だかパソコンをいじっていて、あまり真面目に授業をきいていないイメージのある子。そのときは3時だったので、”まだお昼食べて無いの?”と驚くと彼は”食堂でテイクアウトしたんだけど、途中でホームレスに声かけられて、お金は無かったからその代わりにテイクアウトをあげたんだ”と’あたり前じゃん’的な顔して言ってきた。私は去年、余った食品を回収するボランティアをしてたときに、どうせホームレスシェルターに配布される食べ物さえ、ホームレスの人にあげられずに通りすぎてしまったのに。

 

ホームレスを無視したところで、私の生活にはきっと何も影響は無い。ただ明日も、アイスクリーム屋の隣に違う顔が座っているだけ。でも本当にそうなのか。彼らを無視せずに、立ち止まって、存在を認めることで、何か見えてくるものがあるのではとも思う。今回の選挙で多くの生徒は初めて、思ったより進んでいないアメリカに気づかされてショックだったんだとも思う。でも私も、自分と違う立場にいる人達のこと、わざと無視して、見たいものだけ見てきたのかもしれない。こんなこと言っている自体、ブラウン大学の学生として正論を述べているだけかもしれないけれど。

教科書も買ったし、生活用品も揃ってるし、しばらくはお金を持ち歩くことは無さそうだ。それを言い訳に、今度も私はホームレスを無視してあの道を通るのだろう。

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日本人として知っておくべきこと

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とにかく遊ぶ!と決めた冬休み。そんな日本での日々ももう残すところ…4日!?

結局一度も開かなかったフランス語のテキスト、探さなかったインターン。予定を入れすぎたからだろうか、未だに治りきっていないようにも感じる風邪…。もっとやるべきことはあった気もするけれど、いろんな人と会って、話して、とても充実した冬休みを過ごしています。

 

”で、トランプさんはどうなの?”

人に会う度にこう聞かれた。秋学期中はあれだけ学校内で騒いで、友達と話して、いろいろ意見を交わしていたはずなのに、私は上手く答えられなかった。聞かれる度に自分が見てきたブラウンの大統領選へ対する様子は限られていて、もっと学ぶべきことはあるのだと痛感させられた。

そもそもなぜ、経済も政治も国際関係も勉強していない私に、こんな質問をするのだろうか?それはきっとただ単に”アメリカにいたから”だと思う。”ブラウンという限られた場所にいたから”という言い訳は通用しない。日本にいる身からすれば、アメリカはどこにいても”アメリカ”で違わないんだから。

 

”ゆうこちゃんに見せたいものがある”

こう祖父に冬休みの始めに言われ、先日ようやく遊びに行く暇ができた。すぐ隣の駅に住んでいるのだけれども…。

”日本人として、これについては海外の人にも伝えられるように知っておかなくてはならない”

そう言って差し出したのは、2011年3月12日の朝刊だった。そう、東日本大震災の翌日の新聞。

”震災のとき、どこにいた?”

どうやら、もうそのときは留学していて、震災を経験していなかったと思っていたらしい。日本の学校にいたことを話すと、それなら話が早い、という風になり、全部は読まなくとも見出しだけでも読んでみなと言った。

その新聞は、さずがに少しヨレッっとしていたけれど、当時の緊迫感がしみじみと伝わってきた。こんなに見出しを大きくできるのか、と思うぐらいの大きい見出し。内容は”助けて””今どこ”など、あまりにもシンプルすぎる。後で賞を受賞した写真に、今はあまり見られなくなった生々しい被害の様子の写真。確認できている死者は当時はまだ千人程度。原発の状況も、まだ分かっていない。

 

”こんなの、どこにも無いと思うよ。”

続けて夕刊、そして13、14、15日の朝刊・夕刊を差し出す祖父。祖父はあの日からずっと新聞を保管し続けて、さすがに今ではだいぶ処分したけれど、今でも2011年3月11日から6月まではすべて取っておいてあるらしい。その後は切り抜きが残っている。

祖父は昔から詩を書いていて、そのほかに文章や絵も描きます。私がまだアメリカに住んでいた頃に一緒に行ったカナディアンロッキーの旅は10年以上もかけて記録をまとめて文章にして、誰よりも詳細を覚えている、そんな祖父です。彼は福島出身なこともあって、東日本大震災には強く影響を受けました。

 

”あの日から、詩はピタっとやめたんだ。”

このような出来事は、詩では表しきれない、だから今度は小説を書いているとのこと。そして正確な出来事を書くために、過去の新聞を見て、事実を確認しているところだとか。

 

”短歌が、一番この出来事を表現するのに適している。”

そういって、祖父の小説の冒頭に引用されている短歌を見せてくれた。俳句は身近すぎず、詩は長すぎる。だから、不思議なことに、短歌が一番思いが詰まっていて、かつシンプルで、良いんだとか。確かにそこに引用されている短歌は力強かった。しかし、震災の背景を良く知らない後世に伝えるには、詩の方がより説明が多く、分かりやすいのでは?と私は思った。

 

いつも自分の作品を見せて、いろんな話をしてくれる祖父。手で飛んでいる鳥を捕まえた話や卵を守るキジの羽を後ろからなでた時の話など、一見くだらない話に思えてそうでない話をしてくれる祖父。私はアメリカに行ってから、考え方が成長したと言う。それを評価しながらも、日本人の考えを孫の私に教えてくれているのだろうと思う。”日本人として知っておくべきこと”を学びに行ったはずが、それ以上のことを学んできた気がする。

 

”今は固定概念は通用しない世界だからな。”

そういう祖父も、その証拠の一つとなっている気がする。よく、”昔の人は考えが古い”とか言うけれど、祖父からはなぜかブラウンの人たちと似たようなものを感じることがある。

 

アメリカに戻ったら、日本について、どんなこと聞かれるだろうか?そのときに、しっかりと答えることはできるだろうか?そもそも、外国人は日本について関心を持ってくれるのか?もしそうでなければ、どうやったらもっと関心を持ってもらえるだろうか?

さあそろそろ、勉強モードに切り替えようか。

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世界をより良くする責任

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新年明けましておめでとうございます。

 

昨年末、秋学期の成績を確認してみた。すると、ビジネスの授業の成績がなぜか233%というありえない数字になっていた。配点を見ると、何の間違えがこれの原因になっているのか明らかだったが、最後のエッセイにTAからうれしいコメントがあった。

 

Proffessor Hazeltine please take note of this paper. It is well thought out and quite different from all of the others so I gave it a 3.

(ヘーゼルティン教授、このエッセイを確認してください。とても良く考えられていて、他の生徒とはとても違うので(満点が2点のところ)3点をあげました。)

 

この授業では、8つの短いエッセーを提出しなければなく、それぞれ2点満点で判定された。始めの頃は何を書いて良いのかいまいち分からず、”不十分だからもう一度書きなおしてくれ(0点)”とも言われた授業だったから更に、この最後の3点はうれしかった。

 

The phrase “The Engineer’s Burden” implies that people with advanced knowledge (like people in this class when they graduate) have a special responsibility to make the world a better place.  Do you believe you that you personally have this special responsibility?  Of course, explain your answer.

最後のエッセイのテーマは授業の名前”The engineer’s burden”(技術者の重荷)にちなんで、”教養を得た人は世界をより良い場所にする責任があるだろうか?あなたは個人的にこの責任があると思うか?”というものだった。これに対し、私は”無い”と答えた。せっかくユニークだと言ってもらえたので、その理由を紹介したいと思う。

 

1.”世界をより良い場所にする”ことのは、人によって違うことを指す

“世界(world)”とは人によって違う枠がある。例えば私はブラウンと東京、少なくとも二つの世界に生きている。そしてそれぞれの”世界”にとって”より良い(better)”なことは違う。東京にとっては土地の有効活用として高層マンションを建てることは良いことかもしれないが、いくら学生寮が溢れていると言っても、ブラウンでそんなことをすれば景観も損なうし、決して”良い”ことにはならない。それどころか、”良くない”ことになるかもしれない。だから、”教養を得た人”が”責任”として”世界をより良い場所にする”のでは無く、それぞれの”世界”に生きている人の方が”special responsibility(特別な責任)”を持っている。

 

2.世界を良くするには、必ずしも”advanced knowledge(発展的な知識)”が必要とは限らない

大学を出ていなくたって、自分の生きる世界をより良い場所にした人はいる。例えば、マラウィーのWilliam Kamkwamba さんは高等教育を受けていないのにも関わらず、風車の本を図書館で見つけて自作の風車を作った。これは彼は”ここは良く風が吹く”という知識を持っていたからできたことで、風車からの発電によって家族は夜も活動できるようになり、William Kamkwamba さんが生きる世界をより良くした。だから決して”advanced knowledge(発展的な知識)”は特別ではなくて、どんな形の知識にも価値はある。

 

3.モチベーションが無ければ、世界をより良い場所にはできない

”世界をより良い場所にする”ことが”責任”だと思っていたら、何もできないと思う。心の底から”これを改善したい!”と思わなければ、中途半端になったり、クオリティが欠けると思う。パッションがある人でなければ、問題の原因を突き止めるなどの根気のいる作業はできないと思う。だから”責任”だと思って、ただ”やらなくてはいけないこと”だと思っていたら、何も変えることはできない。

 

結論

私はブラウンから卒業した後、ただ”教養があるから”と言って”世界をより良い場所にする責任”は無い。でも私は”世界をより良い場所にしたい”からそれを試みる。

 

私にとってこのエッセーに書いたことはこの授業だけでなく、秋学期の授業全てから得たもののまとめになったように感じる。正解も間違えも無く、知識に”絶対”は無い。なんだか、今まで学んできたことをdeconstruct(解体)しすぎて、もう何が何だか分からなくなってしまった。

 

親戚同士の新年会で秋学期学んだことを話していたら、”それは将来どう役に立つの?”と聞かれた。やっぱり、大学に行っているからには”将来社会の役に立つ何か”を学ぶ”責任”があるのだろうか?とふと思った。でも答えの出ない、一見何の役にも立たない授業ばかりを今まで受けてきて、後悔はしていないし、確かに得たものはある。だからこれからも自分を信じて進もうと思う。

来学期はいよいよ専攻を決める時。重要な決断です。

 

本年もよろしくお願い致します。

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”アーティスト”としての一日

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畳の上の敷布団

ぐつぐつ煮える鍋の音

夜道に響く”火の用心”

 

これら一つ一つが、日本にいることを実感させてくれる。

 

時刻通りの電車、バス

昼間に届く家族ライン

チップのいらないレストラン

 

ああ、東京に帰って来たのか。

 

今学期はなんだか長く感じて、家に帰ってくるのがすごく久しぶりに感じる。それだけ今学期は充実していたのだろうか?確かに、先輩になったり、新しい団体に入ったり、大統領選挙など、いろんなことがあった。そして、一息ついて疲れが一気に出たのか、帰国後風邪を引いて一日寝込んだ。ほんと、4年ぶりぐらいのことだと思う。冬休みはいろいろと予定が入っているので、体調には気をつけようと思う。

 

dsc00276

早速ケーキを作りました

 

帰国前の月曜日、今学期一を争ううれしい出来事があった。”書道を教えに来てくれないか?”という依頼が、近くの高校からあったのだ。その高校では、選択授業としてcalligraphyを教えていて、普段は西洋の方式をやっているけれど、東洋のことも教えて欲しいとのこと。書道を10年以上やっていて大好きな私にとっては、アメリカで書道を教える機会をいただけるなんてとても光栄なことでした。授業プランと簡単なプレゼンを作って、友達と朝7:30に出発。そういえば高校は8時台から授業がはじまったっけと、思い出して懐かしかった。高校に入ると、テレビの中に入ったようだった。アメリカの高校なんて、ドラマや映画でしか見たことなかったから。せわしく移動する生徒や廊下に並ぶロッカー、その雰囲気を味わえてなんだか気持ちが高ぶった。

 

“Today, we’re doing something different.” 

今日はいつもと違うことをします。

“We have visiting artists from Brown”

ブラウン大学から訪問しているアーティストたちがいます。

 

美術の先生が、授業を始める。私が”アーティスト”だなんて。何だか照れたけど、うれしかった。小さい頃の夢は”アーティスト”になることだったっけ。何だか夢がかなったようだ。

それから5時限、短いお昼休憩を挟みながら学年も人数も様々なクラスを友達と、学校の美術の先生と教えた。まずは自己紹介して、書道について道具や姿勢を紹介して、永字八方を教えて…。筆の本数が足りなかったり、生徒が静まらなかったり、興味が無くて別の教科書を隠れて読んでたり、携帯を出して音楽を聴いたりと、決して簡単では無かったが、本当に楽しかった。その理由の一つに、自分に自信がついたことがあると思う。

書道って、何だか地味で、舞台の上等で発表できるものではない。筆や半紙が必要だし、それに私はただ長い間やっているだけでそんなに抜群に上手い訳でもない。だから堂々と特技とも言い張れないでいた。でも、教えてみて気がついた、自分には人に基本を教えられるぐらいのテクニックは持っていると。筆の入り方やはらい方、私もまだまだだけれども、人に教えることができた。そして、いつも舞台で輝く人を見てうらやましく思っていたけれど、ようやく私にも何か披露できるチャンスが来た。本当に、今まで書道をやってきて、本当に良かったと思った。

書道のことだけではなく、”教える”ことに関しても自信になった。一限目後の休憩の時、美術の先生に教え方をほめられ”You’re a natural”と言われた。そして、私が授業でやり切れる以上のことを授業準備で用意してきたことに対して、そうやって多めに準備して様子を見て切り落とす方法をほめてくれた。これらは無意識にやったことだが、その先生の言葉で気がつくことができた。思えば今学期は毎週環境学を高校生に教えたり、最近は”教える”機会が多かった。人に教えることがどんなにやりがいのあることで、私にも合っていることなのか、気づくことができた。

 

ljpo

 

私は授業の始めに自己紹介として世界地図をプレゼンに入れた。それは日本で良く見る、太平洋を中心とした地図。私は日本、私の友達は中国から来てると、指をさして言った。そして、この地図はアメリカでいつも目にするものとは違うけど、東アジアでは普通なことを話した。そしてこの地図を見ると私達が今いるRhode Island こそ”Far East”なのかもね、と。違う視点から見ると物事は違って見える、ってことのわかりやすい例でもある。

今回、プロビデンスの高校生に”違う視点”を教えるはずが、自分でも自分について”違う視点”から見ることができ、それが自信になった。私は書道ができて、教えることが好き。進路を決めるのにも役立つ気づきだろうか?

 

秋学期が終わって1週間。まだ今学期を振り返る余裕はもててない気がする。2016年も残り数日。今年を振り返る余裕も無い。でも振り返る必要はあるのだろうか?私はまだまだ前向きに、振り返り過ぎないでこれからも前に進んで行きたいと思う。

 

読者のみなさん、2016年もブラウンの熊たちを読んでくださり、ありがとうございました。2017年も、がんばって書いて行こうと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。それでは、良いお年を。

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”ハーフ”になりたかった帰国子女の私

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昨日はブラウンのearly decisionの合格発表で、695人の合格者が発表されました。今までで一番多い人数だとか。まだ2年生になったばっかりな気がするのに、もう新しい後輩の3分の1が決まったなんて、何だか信じられません。もし読者の方の中に合格者がいれば、おめでとうございます!

 

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https://news.brown.edu/articles/2016/12/early

 

さて先週のことですが、“HAFU/ハーフ”という映画を見ました。これは日本に住むハーフ、又はミックスルーツの方々についてのドキュメンタリーです。日本という一般的には”単一民族国家”として知られる国でハーフとして生きるとは、どのようなことを意味するかを描いてます。学校でいじめられたり、ハーフだけど日本語が話せなかったり、見た目が違うから”お前何者?”と聞かれたり、ハーフならではの悩みをリアルに映し出していて、とても印象的でした。

 

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現在、日本で生まれる新生児の49人に1人は日本人と外国人の間に生まれる。

え?そんなに?日本って日本人ばっかじゃなかったっけ?

そういえば、私の周りにも。3年生のクラスにいた学年で一人の白人の男の子。彼はインターナショナルスクールに転校してしまった。学校で一人いた、黒人の女の子。違う学年だったからたまに見かけるぐらいで、”あの子一体何なんだろう?”と思ってたっけ。この夏見かけた、肌の色が違うけど日本語で話す親子。最近良く近所で見かける”外国人”。

日本も、どんどん変わってきていて、最近はそれをよく感じます。

 

”ハーフ”はもともと動物に使われていた言葉だから、”ミックスルーツ”や”ダブル”なんて言い方も考えている。

なるほど、”ダブル”って言うと、”半分何か”じゃなくて”2つ持ってる”と思える。言葉を変えるだけで、見方が全く変わってくる。

人は何で一つのものに断定しないと落ち着かないのでしょう?中途半端だとなんだか信用できなくて、不安な気持ちは理解できますが、両方あったほうがお得、というか強い!とも考えられると思います。例えば、私が好きな漫画の話の多くでは主人公が敵と味方、両方の力をもっていて、途中”自分はどっちなんだ”って葛藤しますが、両方理解できるから強いんです。両方の力があるから、強いんです。みなさんが知ってそうなもので言えば、”進撃の巨人”のエレンは人間だけどなぜか巨人にもなれたり、”寄生獣”では新一は右手だけ寄生獣だったり。他にもいろいろあります。

漫画の世界では両方の力をもった者が強くて、特別で、読者はそれを認められるのに、現実社会になるとなかなか難しいのでしょうか…。

私が好きな漫画の主人公の多くがある意味”ハーフ”だと気づいて、はっとしました。

 

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クリスマスが近いのでGingerbread houseを作りました!

 

いろいろ考えさせられた映画でしたが、一番強く思ったのは、帰国子女として私にも共感できることが多くあったことです。アメリカに帰りたいと強く思ったり、何か自分は違うなと思ったり…。

”ハーフなの?”

最近はあまり無いけど、英語が話せるだけでこう聞かれたことが何度かあります。その度に私は違うけど、アメリカに住んでいたことを説明しました。

 

正直、”自分がハーフだったら良かったのに”と思ったことがあります。ハーフがうらやましかった、というか。帰国子女って、何だかとても中途半端で。ただアメリカに住んだことあって、英語話せるだけで、堂々とアメリカの文化を主張することもできなければ、なんだか日本人とは違うと思われる。というか、自分でも”私は他の人とは違うんだ”と思ってた。でも日本人の血しか流れて無いから、”私は違う!”とも言い切れなくて。ハーフだったら堂々と、”私は半分アメリカ人なんだ!”って言えるんじゃないかって。

このドキュメンタリーを観ていろいろ共感できて、私もこういう話に参加したいなーって思ったけれど、待て自分。私、”ハーフ”でも”ミックスルーツ”でも無いじゃないか。

久しぶりに、”やっぱりハーフに生まれたかったな”とちょっと思ってしまいました。

 

そもそも”帰国子女”って何なんでしょうね?最近はなんか帰国子女がエリートのように思われていますが、それは例えば”バイリンガルである”こととかを推測して思っていませんか?それに、異文化を経験したことが同じなら、留学経験者も”帰国子女”になるのでしょうか?帰国子女についても是非ドキュメンタリーを作ってほしいなと思いました。異文化を経験したけど、それを”自分のもの”とは主張しきれず、かと言って自分の文化とは何か違う、”中途半端”な私達の思いも知って欲しいです。

 

いつか”ハーフがうらやましい”とか、”ハーフだと思われた”話を母にした時だっただろうか、とても印象に残った母の言葉があります。

”福島と神奈川、文化すごく違うからハーフ同然よ!”

こう冗談で言った母。でも私にとっては冗談じゃなくて、なんだか私を楽にしてくれた言葉でした。

 

日本人は日本人でも、地域によって全然違う、だから私も”ハーフ”。一般的に”ハーフ”だと言われる人は、たまたまその片方が外国だっただけで、違う環境で育った二人の間の”ハーフ”なのは同じなんだ、って思えた。私が思う”ハーフ”や”日本人”の定義が覆った。だから最近は”ハーフなの?”って聞かれたら”福島と神奈川のハーフ(笑)”って答えてます。友達にはちょっと”へぇ?”って顔されるけど(笑)

 

映画”ハーフ”皆さんも是非観てみてください

ウェブサイトリンク:http://hafufilm.com/

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2016年秋、柚子の期末試験コレクション☆

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どうも、最近は冬休みの計画を立てながら期末のエッセーを書いている柚子です。

今日から学校のカレンダー的には”Reading Period”と言って、いわゆる試験前の学習期間なのですが、今日も明日も私はまだ授業があります…。普段は試験前一週間程度Reading Periodがあるのですが、今回は土日はさんで5日間と、短い気がします。

 

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月曜日、目が覚めると外は白くなってました!

 

さて、先週あたりから”期末で忙しい”と言っていますが、実際その”期末”って何なのか、今日はご紹介します!

”中間試験”や”期末試験”と言っても、私はブラウンに来てからほとんど試験らしい試験を受けていません。しいて言えばフランス語の試験でしょうか?でもフランス語は小テストがちょくちょくあるので、そこまで緊張感が無いというか…。文系の科目を多く取っていると、私のように”試験は無い”という状況になります。しかしだからと言って楽してる訳ではありません!ちゃんと課題、ありますよ!

 

①フランス語

先ほど言ったように、フランス語の授業はちょくちょく課題や小テストがありますが、この”期末”の時期にあるものは3つあります。まずは今読んでるミステリー小説の内容についての作文とオーラル試験。作文は500~600語、オーラルは15分です。順調に進んだらフランス語学び始めて3年目の人が取る授業の試験なので、例えば日本の中3の英語の試験と比べて、どうでしょう?学ぶ言語力は同じぐらいですかね?今学期のはじめは詩から読み始めたのが、学期の最後は300ページを超える小説を読んでると思うと、ちょっと達成感を感じます:)

ちなみに、読んでるのはFred Vargasさんによる”Debout Les Morts”。最後の章まで犯人があらわにならないという、良く練られたミステリーです。英語にも翻訳されていて、”The Three Evangelists” という題名なので、興味のある方は是非読んでみてください!(フランス語学んでいる方はもちろん原本でも!)

 

②環境学

私が今学期とった環境学は少し特殊な授業だったので、課題も面白かったです。中間試験は公共バス(東京で言えば都バス)を使って旅をしたり、海岸のゴミ広いのボランティアをする等の選択肢があって、校外学習が必須で、期末試験も3つの選択肢があります。その3つは、一般的な研究論文、現在進行中の出来事を追う課題、又は自分がやりたい他のプロジェクト(グループで行うことも可能)。私は研究論文を選んで、日本の福島第一原発事故前後のエネルギー政策の変化について書きました。今日、授業でその内容を教授に発表してきました。

さらに、クラス内で6グループに分かれて今学期それぞれ地元の外部の人たちと何かしらのプロジェクトを行っていたのですが、それのプレゼンも行います。私のグループはBlue Economyと言って、プロビデンスにおける海を中心とした経済の発展のための調査をしました。プレゼンのスライドのどこかしらに教授を登場させるのがこの授業の”伝統”ならしく、グループの一人がすばらしいPhotoshopのスキルを発揮してくれました(笑)

 

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お隣の美大RISDのNature Labにて。この顔なんだか癒される(笑)

 

③ビジネス

ビジネスの授業の期末試験は、新しいビジネスの計画書(企画書?Business proposal)を書いて発表することです。大学での多くのエッセー課題はたくさん下調べをして、参考文献を読むことを推奨しますが、この授業の教授は”なるべくそれは避けてほしい”と言います。”将来、上司に企画書を渡すとき、上司は何ページも下調べの内容よ読みたいだろうか?きっと読みたく無いと思う。パソコンから離れて、君達が何を考えているのか、何を、なぜしたいのか、書いてくれ”と教授は言います。”これは、君達の人生の中で重要になってくることだぞ!”確かに、この授業では”こんなのどうせ社会に出たら使わないから”って内容がありません。

私は、スーパーから破棄される消費可能な食品の回収を中心にしたビジネスの企画書を書いています。プレゼンは土曜日です。

 

④精神衛生の人類学

この授業もいくつか期末試験の選択肢があります。一つは精神病を経験したり、患者の世話役となったことのある友達や家族へのインタビューを元にしたエッセー。二つ目は精神病の医学的診断の分類を一つえらんで、それを文化的に分析すること。三つ目はethnography(民族誌?)又は映画(この授業では精神病に関連する映画を5、6本見ました)について授業の内容と関連させながらレビューを書くことです。

私は精神病がどのように映画や民族誌を通して描写され、どのようにその経験が理解されているかについて、”Prozac Nation”という映画を使ってレビューを書きます。今日それぞれのテーマを授業で紹介して来たのですが、多くの人が友達や家族にインタビューをすることに驚きました。3、4年生が多くで、インタビューができる知識と経験がある、というのもありますが、精神病がとても偏見視されていて、良く知っている人の間でも精神衛生については話されない日本から来ている私にとっては驚きでした。将来この授業をとる日本人の生徒にとっては、日本の友達や家族にもインタビューができる環境に日本がなっていることを願います。

 

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季節を間違えて咲いた桜?確か去年も間違えてた。

 

⑤科学の歴史

この授業では”Take home essay”が期末試験です。別の言い方をすると、時間が限られたエッセーです。来週、決まった時間に試験問題がオンラインで発表されて、提出するまでに3時間あります。しかし今回の場合は事前に出る可能性のある問題が公開されているので、準備をしっかりしておけば余裕(なはず)の試験です。今公開されている10の問題の中から試験では6問出題されて、そのうち2つに答えます。問題は例えば、”蒸気機関の発明は、科学的面以外にも、どのような社会的、モラル的発展を促したか?””フランスと英国での電力・磁力の研究の発展はどのように違ったか?”というもの。3問目はおまけ問題で、もしこの授業に一つテーマを付け足すとしら何を付け足すか?という問題です。

私にとってはブラウンで初めてのTimed Essayです。

 

さて、最後の歴史の試験に限らず、どれもちゃんと準備していれば余裕なはずなのですが…なかなかそこまで計画的に勉強するのも難しいものです。学期の最後、休み入る前にクリスマスパーティーしよう!とか言う話もあって、あと2週間は忙しくなりそうです。

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いろんな人に会える場と、7年後の楽しみ

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どうも、最近は毎日甘いものがどうしても食べたくなる柚子です。

今朝は朝ごはん仲間が二人もクリスマス柄のセーターを着ていると思いきや、よく考えたら12月1日でした。もうそんな時期ですね。

先日の感謝祭の休暇。4日間の休暇の間も時間が止まる訳はなく、ルームメイトの家で七面鳥食べてゆっくりできた反面、宿題をためる4日間ともなってしまいました。ということで今週は大変です。来週までに10ページほどのエッセーを2つ書かないとです(汗)しかし、ポジティブに考えると来週で2つの授業が終わります!

授業は来週が最後で、冬休みが楽しみでなりません。勉強に集中しなくてはならないとわかっていながら、冬休みの計画を立ててばかりです。

 

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すでにクリスマス一色のNYC

 

さて、先日の休暇の最後はNYCにて日本の中高の同級生に会ってきました。アメリカで日本の中高の頃の友達にまさか会えると思っていなかったので、とても感動しました。中1の頃出会ってから6?いや7年!?あの頃は想像もできなかった自分達の姿が、NYCにいるなんて驚きでした。これから7年先も、きっと今の自分には想像できない何かをしているのだろうか?と思うと、楽しみでもありながら何だか不思議な気持ちです。

 

友達と話してて改めて気づいた、留学してて良かったこと。それはいろんな人に出会えること。もちろん日本の中高も良い人ばかりで、とても楽しかったです。しかし中高一貫で長い間一緒にいると、何だかマンネリ化してしまうというか、同じ部活やクラスなど、同じものに興味を持つ人ばかりに囲まれるようになります。しかし留学していると、”日本人”という随分広いカテゴリーを共通点として繋がれたりします。今回のNYC観光も、先輩を招待して、その先輩が知っているNYCにいらっしゃる日本人の方々を招待してくださり、とても楽しい一日をすごせました。

外国人に会うのはもちろん、日本人の中で出身、学校、学部、趣味など全く違う方とも、同じ”日本人”だから会おう!なんて声をかけて、いろんな人に会えるのも留学の良いところだな、と感じました。

 

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ロッカフェラーセンター。有名なクリスマスツリーはこの時はまだ点灯していませんでした。

 

同じ制服を着て、同じ鞄を持って同じ学校に通って同じ先生から同じことを学んでいた中高の友達と、冬休みに成人式の日に会うことになっています。なんだかみんな同じように見えてきてしまっていた高校時代があったけど、今はみんなそれぞれの大学へ行って、それぞれのことをやっている。友達の話を聞いたり、フェイスブックでサークルやゼミの活動についての投稿を見たり読んだりすると、なんだかみんなそれぞれの場で輝いている。

そんな、更に”自分らしく”なった同級生に久しぶりに会うのが楽しみです。

 

さーて、まずは今学期あと少し。ラストスパートがんばります!

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