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こんな時だからこそ感じる、留学の意義

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“Good” morning (良い朝)

“Bon” jour (良い日)

Good? Bon? なんだかそう思えない朝。

 

火曜日の夜に何があったか、みなさんご存知でしょう。

日本人として、正直私はあまり大統領選に興味を持っていませんでした。アメリカにいるからもちろんその話はたくさん聞くし、ニュースも見ていたけれど。でも、どうせ私には選ぶ権利が無いし、どうせ彼女が勝つだろう、と思っていたから…。

 

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観覧会場に設けられた写真ブース。小道具まであった。

 

火曜の夜7時、開票が始まる頃。大統領選はどこに注目して見るべきか、二人の教授によるパネルディスカッションが行われました。

”まず注目はNorth CarolinaとFlorida、この二つをトランプが取れなかったら、もう決着はついたと思って良い。彼が勝つには激戦州全てで勝って、更に一つの州をクリントンから奪いとらないとならない”

こう教授が言う最中も、赤から青へ、そしてまた赤へ変わる前の人のパソコンの地図上のフロリダ。その時は彼が勝つ可能性はほぼ無いと会場のほとんどの人が思っていたと思う。

教授:”もういくつか開票結果出始めているだろう?誰か教えてくれ、今どうなってる?”

観客:”Virginiaが共和党に傾いている”

教授:”えっ?!Virginiaが?”

今夜は何か違うと、これが最初の予兆だったかもしれない。

 

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22時半頃のニュース。本当に”予想外”だったのだろうか?

 

数時間後。信じられなかった。トランプ氏が優勢で、たとえ西海岸全てが民主党を支持しても、正直言って厳しい状況。ニュースは”tight race”と言って、いろんなシミュレーションをして、肯定的な考えを報道していたけど、絶望的な状況なのはわかっていた。もう結果は分かったと寝てしまった人も多いと思う。私はルームメイトと部屋で嘆いていたが、他の生徒の反応も気になって、大きな会場に行ってみた。

大きなスクリーンのあるキャンパスセンターの会場に行ってみると、案外そこにいるみんなは冷静だった。赤く染まるアメリカの地図に、”Disgusting(なんて醜い)”とささやく後ろの生徒。結果はもう見えてしまったと、帰る生徒。深夜までのイベントだったので、片付けが始まる。なぜかまだ結果は断定できないと言い張るニュース。私も疲れて深夜に寮に戻った。

 

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選挙観覧に集まった人々。

 

翌朝、スマホでニュースを見るとまず一番最初に目に入った記事

“Trump Trumps”

やっぱりただの悪い夢ではなかったのか。

 

なんだか空気の重いキャンパス。空も何だかどんよりしていて、いつもより人が少ない。授業に行く気になれなかった人も多いようだ。会う人は、みんなゾンビのよう。環境学の授業はこの結果についての話合いになった。食堂でも、道でも、教室でも、みんなこのことについて話している。フェイスブックも悲しみと失望に溢れたコメントばかり。

ブラウンではこの二日間、全体的にショックを受けています。特に今回の選挙が初めて投票できる選挙だった多くの学部生にとってはショックが大きい。友達の言葉を借りると、”まるでみんな共有して思想か何かが突然死んでしまったよう”。急遽大学全体の集まりがあったり、いろんな宗教や文化のグループが支えの手を伸ばしたり、授業で話あったりしてお互いを支えあっています。

 

この選挙結果を受けて、何を思うべきか?

 

まずは、トランプ氏を支持する人たちがこれ程いるということ。ブラウンみたいに自由で民主的で教養のあってエリートの集まる環境にいるとつい忘れてしまうけど、政府に不満をもっている人は多い。人種差別とか、男尊社会とかまだまだ克服していなかった。アメリカ社会がどれ程分裂していて、どれ程嫌悪感に溢れているかがあらわになってしまったけれど、それはいつか目にしなくてはならなかった現実だと思う。現実逃避はやめて、今度こそ問題を解決しなければならないのだ。多くの人は世論調査で”トランプ氏を支持する”と言う勇気はなかったけれど、投票会場では確かな一票を投じた。これぞ無視し続けられてきたサイレントマジョリティー。

”これこそ今のアメリカ社会に必要な目覚めの合図だと思おう!君達の世代は世の中を変えられると、信じている”。環境学の教授からの前向きの言葉。

 

大統領選の結果を受けて、アメリカを出ることを考えている人も多い。実際、友達の中には母国に帰るだとかカナダに行くとかフェイスブックに投稿している人がいる。でも私はこの結果を受けてよりいっそうアメリカにいたいと思った。理由は二つある。まず、自らアメリカを出て行ってしまったら、トランプ氏が理想としたアメリカを作るのに貢献することになってしまう。二つ目は、この選挙をうけて留学の意義がはっきりしたからだ。

選挙前のパネルディスカッションでとある教授が“経験が無いと、意見を変えるのは難しい”と言っていた。確かにそうだ。自分が生まれ育った町しか知らなかったら、”変化”なんてなかなか想像もできないと思う。だから、他者を理解するとか、視野を広げるとか重要なのだと気がついた。留学するのは、ただ”やりたいことがたまたま海外にあったから”ではなくて”自分とは違う何かに触れて、視野を広げる”意味があって、それがどれ程大切なことなのかが分かった。

こんなこと言えるのは、トランプ氏によって直接的に影響を受けていない立場だから言えることでもあるけれど。

 

熟年の歴史の教授が授業の始めに言った言葉。

”私もショックで、何をすれば良いかわからないけど、君達より長く生きてきて言えることは一つだけある。とんでもないことは起こることがある。でもそれが世界の終わりではない。どうにかなるから大丈夫。まずは一歩ずつ、できることから始めよう。”

”さあ、ダーウィンとの旅に出よう。こっちの方が面白いし、今の私にできることは授業を進めることだけだから”

これからどうなるのだろう?どうすれば良いのだろう?留学生として、何を思えば良いのだろう?頭の中は疑問だらけだけど、まずはできることから始めよう。

 

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トランプ氏に対する座り込みの抗議。

 

選挙から一日経って、少しみんな落ち着いて、雰囲気も少し良くなったように感じる。みんな現実を飲み込んで、これが何を意味するか少しずつ解釈を深めているよう。まだまだショックは大きくて、選挙の話題は絶えないけれど、日は昇り、日は沈む。試験は予定通り行われるし、今日も重そうなリュックを抱えた学生達がキャンパス中を歩きまわる。

 

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大学は、勉強しない場所?

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午前9時。フランス語の授業が始まる。教授が来週からはこの本やるよとか、テストを始める前にお知らせをする。

ベーグルをくわえて教室に入る男の子、席に着いてシリアルをバックから取り出す女の子。

結局教授は3回も同じことを繰り返さなくてはならなかった。

 

午前10時。人類学の授業。”なんだかいつもより人数が少なく感じるけど、始めよう”と、5分遅れで授業が始まる。

チラチラ画面が移り変わる前の子のパソコンの画面。友達へのメッセージを送って、ハロウィーンの衣装をネットで探している。

ディスカッションするグループに分かれてから、遅れて入ってくる数人。グループの人に、申し訳ないがまだ名前を覚えていないので自己紹介を頼むと”私いつもここにいないから、覚えてなくとも不思議じゃないわ”と答える4年生。

 

午前11時。ブラウンで有名な教授の一人、Prof. Hazeltineの授業。60人程授業には登録されているはずなのに、いつも30人も来ない。せっかく学期の始めに大きな教室に移動したのに。

教授が話し始めても止まない話し声。何もメモすること無いときにも続くキーボードの音。ディスカッション中心のセミナーのはずなのに、静かな3列目以降。顔はパソコンで隠れてる。

80歳を超えたとても尊敬されている教授が声を上げて発言を促しても、無反応な生徒たち。後ろに座っている人たちが何をしているのかは見えないけれど、おそらく全く授業には関係ないことをしているんだろう。

 

正午。フランス語の会話のセクション。TA(Teaching Assistant)とカジュアルな会話をする。

”今日のテスト、難しかったね。私、提出しない宿題何もやってないから。あはは。”

と笑顔で堂々と宣言するクラスメート。

 

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Roger Williams Park のイベントJack-o-lantern Spectacular。毎年行われる、5千のかぼちゃのディスプレイ!

 

日本の大学ではみんな勉強よりもサークルやバイトばかりで、アメリカの大学はちゃんと勉強すると言われているけれど、本当にそうだろうか?夏休みに聞いた日本の友達の話からすると、彼女たちはちゃんと勉強もしてる。最近は、ブラウンで授業に対するとても”真剣”とは言えないような他の生徒の態度が見えてしまって失望というか、なんだかイライラしてしまう。結局生徒はどこも同じなのか。フランス語の授業で、”Entre les murs”というフランスの教育の問題をあらわにした映画を見て、ブラウンも同じようにカオスじゃあないかと、ふと思ってしまった。

何で?

私には分からない。何で?何で遅れて入ってきて平気な顔で朝ごはん食べてるの?フランス語の授業は、朝食会場では無いのに。ハロウィンの衣装、授業終わってからでも探せるのに。発言したく無いなら、何でセミナーの授業をとったんだろう?来ないならまだしも、何で授業に来る努力はしながら来て何も聞かず、話さないんだろう?何でこんなに尊敬されていて、みんなの名前を覚えてくれる教授を平気で無視し続けられるのだろう?教授に対する尊敬の気持ちってのは無いのだろうか?

私には理解できない。

 

先日ブラ熊の大先輩のアツさんにお会いし、このことを話しました。そしたら意外な答えが帰って来ました。

”でも、そんな人のこと言えないんじゃない?だってそう言ったら、毎回5つ授業とらない意味が無いじゃん。全部の授業で一番前の真ん中に座らない意味が無いじゃん。それを全部やってから、ようやく人のこと言えるんじゃない?”

その時、お店の中は賑やかで、アツさんの言葉をちゃんと理解できたかは分からないけれど、何だかはっとさせられました。

 

私は先学期から授業を5つとっていて、多くの授業で一番前の真ん中に座っている。だから、アツさんの言うことからすると私には他の生徒に対して文句を言う権利がある。でも、考えてみれば例としてあげたられた以外のことで私は全てに全力を注いでいるかと思うと、そうではない。

確かに、一番前の真ん中に座らない意味が無いけど、逆にそこに座る意味も無い。全部に全力を注いでいたら、疲れ切ってしまう。他の人はどこに力を注いで、どこは手を抜くか上手く判断ができているとも言える。私にはそれができていないから、reading intensive(読む量が多い)授業ばかりを5つも取って、疲れ切って自分を苦しめているのか。このブログだって、他のメンバーは時間に余裕がある時、書く甲斐のある内容を良く考えて書いているのに、私は”毎週書く”ということに全力を注いで書いている。別に考えずに書いている訳では無いけれど、内容が薄かったり、宿題を終わらせられなかったり、夜遅くまで起きて翌日疲れてたりすることがあのではないか。

 

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ブラ熊メンでディナー。やっぱり店員ってあまり写真頼りにできない…。

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Take2。全員写ってはいるものの….。きあさんの笑顔が眩しいです(笑)

 

一番大切なものって何だろう?私にだって私なりの優先順位があるけど、そもそも私の基準のつけ方がおかしいのか?忙しくしすぎた夏休みから何も学んで無かったようだ、またとにかく忙しくして、がむしゃらに頑張っている。”忙しくするのが好き””時間を無駄にしたくない”とは、実は”何も無くなって、一度止まって考える恐怖から逃れるため”の言い訳ではないか。それとも、いつかのブログにも書いたように、真面目な人ほど損する世界なのか。

 

今日、春学期の授業の事前登録がありました。そろそろ専攻について考えて授業をとらないといけないことに気がついて焦る私。とりあえず授業登録したけれど、冬休み中にじっくり専攻とか、インターンのこととか、将来のこととかいろいろ考えなければ。でも、なんだかまた冬休みもバイトや成人式やお正月の集まりで忙しくしすぎてしまう気がする。どうか、今度こそは自分をコントロールできますように。

 

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【クマタチの教室】やっぱり自分は日本人だな~と思うとき

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右見て、左見て、右見て…あやうく車にひかれそうになった時。

あ、そうか、ここはアメリカで、右側通行なのだと改めて思った。日本に住んでいて気づかぬうちに身についていた習慣に気づき、”ああ、やっぱ日本人だな~”と感じる。

 

この間、にんじんの事実を知った時。

アメリカでは良くスナックとして食べられる”Baby Carrots”。名前の通り、赤ちゃんのように小さいにんじんがパックに入って売っていて、みんな生のままボリボリ食べている。

このにんじん、実は普通のにんじんを小さく加工したものだと、初めて知った。

衝撃でした。

えっ?嘘?小さいにんじんの品種が本当にあるんじゃないの?機械で加工されているなんて…そんなのありえない!えっ?だって機械で加工しているんだったら、何で全部少しずつ大きさや形が違うの?嘘でしょ?

驚く私に、アメリカ人の友達は笑ってました。

でも確かに、あんなに小さいにんじんが畑で生えているのを想像すると…なんだか笑える。こんなこと知らないなんて、やっぱ日本人だな。

 

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気になる方はネットで検索してみてください。

 

ルームメイトに”夜中、日本語で叫んでるよ”と言われた時。

え?そんなに寝言言っているとは…。

でも夢が日本語ってことは、やっぱり日本語が母国語なのか。

やっぱり自分は日本人だな~。

 

食事をする時。

必ず手を合わせて”いただきます”と言わないと、なんだか違和感を感じる。

日本人として、必ず”いただきます”と”ごちそうさま”と言うように育てられたからか。

日本人ならではだな~と思う。

 

背の順に並んだ時。

アメリカではいつも一番小さくて列の前の方だったのに、日本に帰って列の後ろの方に入れられた。小学校3年生だった私が感じた、日本人の背の低さ。

そして今でも日本ではLサイズでもアメリカに行くとSか時にはXSサイズ。

 

道を渡るのに車が止まってくれた時。

片手を上げるのが一般的かもしてないが、ペコッと少し頭を下げてお辞儀をしてしまう。これじゃあ運転手には感謝の気持ちが伝わっていないかも…。でも自然と身体がこう動いてしまう。

 

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図書館の窓からの眺め。キャンパス中の横断歩道や交差点は信号があっても無くても日中は大混乱。

 

友達に連絡をする時。

メッセンジャーでも、スカイプでも無く、LINEを使う。

アメリカ、韓国、中国、台湾などそれぞれの国で一般的なチャットアプリがある。だからLINEを使うと、日本人だな~と感しる。

 

たぶんもっとあるけど、今思いつくのはこれぐらい。

 

他のブラ熊のメンバーには

・見た目/ファッション

・言葉遣い/話し方

・手先の器用さ

・しっかりしてる

・学生鞄

・Facebookで日記的な投稿が多い

 

と言われました。確かに、見た目に関しては日本人の友達に”純日本人に見える”と言われたことがある。言葉遣いというのは、友達でも敬語を使ってしまうところのことだろうか?そしてFBに日記的な投稿が多いって(笑)

 

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姉が高校の時に買わされたけど全く使わなかった補助鞄。使わなくちゃ勿体無いでしょう?パソコンもちょうど入るし、床に置いても立つし、本入れるのにちょうど良い形だし…学生鞄ってこんなにも良くデザインされているんだなと感じてます。

 

みなさんはどんな時に”やっぱり日本人だな~”と思うでしょうか?

こちらから意見を投稿してください!

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日々の生活を写真を通して紹介しちゃいます!

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Living in Translation

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“We live in translation”

“私たちは、翻訳されて生きている”

アメリカに23年間住んでいるマセドニア出身の教授の言葉。

母国語を話すときと、英語で話すときの自分は同じ”自分”なのか?

 

”英語は私の母国語では無いから、いつも自分を翻訳して生きている。でも翻訳は元のものとは違うものだから、英語では本当の自分を表せていないと思う”

考えるとなんだか不気味なこと。英語では一生自分をちゃんとわかってもらえることは無いのかと思ってしまう。その反面、英語で話しているときの私は英語を話さない友達にはわかってもらえない。でもある意味納得できる。私がバイリンガルの友達が一番話しやすいと感じるのは、英語と日本語自由に行き来できて、訳すことなく表せるからのだと気がついた。それぞれの言語の足りない部分を無理やり訳して言いたいことに近づけなくてもすむ。

 

翻訳とはそもそも何なんだろう?

その教授は詩を訳すことが多いそうだが、その訳された詩は

元の詩のコピーか?

新しい詩なのか?

それとも翻訳者のオリジナルの作品なのか?

 

そして、

人って翻訳できるのか?

 

“しかし、母国語でなく’借りている言語’であることは自由を与えるものでもある。翻訳は元とは違う、全く新しいものだから、新しい自分にもなれる”

そうか、日本語で話しているときの自分と、英語で話しているときの自分は違くても良いのか。そしてこれからもっとフランス語を上達させて行く過程で、もう一人”自分”を作り上げることができるのか。

 

“We translate to protect others”

“私たちは、周りの人を守るためにも翻訳をする”

例えば、親が電話して来て”元気?”と聞いてきた時、心配かけたく無いから”うん、元気だよ!”と答える。実は体調崩してたこととか、忙しくて大変なこととか、疲れてるとか言わない。本当の自分を表さないことで、親を”守って”いるのか。優しい嘘は、相手に都合の良いように自分の現実を”訳す“ことだったのか?

 

“We live in translation”

そもそも言葉に表すこと自体、自分の中身を言葉に訳していることにならないのか?

本当の自分って何?

母国語って何?

英語と日本語、どっちが得意とか感じなくても”訳して”生きてるの?

翻訳って、どれぐらい元のものを表せるの?

本当の自分をわかってもらうことは必要なのか?

いろんな”自分”をもって楽しめば良いのではないか?

それでは、バイリンガルな私は二重人格?

あれ、でも“優しい嘘”も翻訳と考えたら、みんなやっているではないか?

誰でも、どこで、誰といるかによって行動とか性格が変わったりするじゃないか?

 

“We live in translation”

翻訳は全く新しいものを作り上げることで、私たちは常に自分を翻訳して生きている。なんだか不気味なコンセプト。でも良く考えてみると、誰もがやってて当たり前なこと。

 

 

In Translation: Language, Home, and Identity

”自分”ってなんだろう?”Home”って何だろう?

こんなとを考えさせられる講演でした。

 

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かぼちゃの思い出

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世の中にはすごい人がたくさんいる。そういう人の話を聞いたり、会ったりすると、すごい!と尊敬や憧れの気持ちが沸くと共に、悔しい気持ちになる。特にそれが同世代だと後者の気持ちが強くなる。あの人は同い年で、もうあんなに成し遂げているのに、私はまだ始まりにも立てていない…。なんて自分は才能が無いんだろう…と思ってしまう。

でも、憧れのあの人と自分は違うから、きっとどこかで自分の事を”すごい”って思ってくれている人もいるから、私は自分ができることをがんばろう。例えば、ピカチュウの絵柄のJack o’ Lantern を作るとか。

 

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二時間ぐらいかけて頑張ってナイフで彫りました!

 

先週末、大学のイベントでApple/Pumpkin Pickingへ行きました。大学のイベントということで参加費は学校が負担、更に$5の商品券をいただきました。おかげでこのかぼちゃは¢75でゲットしました!

 

かぼちゃ狩りというと、懐かしいことを思い出しました。

2001年の秋、アメリカに引っ越して半年ほど。私はキンダーガーデン(日本でいう一年生の一つ前の学年)に入学しました。そして秋の遠足はかぼちゃ狩り、母もボランティアとして付いてきました。大人一人につき四、五人の生徒のグループに分かれてかぼちゃを探しました。良さそうなのをいくつか見つけて、それらをカートに乗せて集合場所に戻ると….あれ?!先生が驚いた顔をしました。どうやら、かぼちゃは一人一個のはずが、私の母は英語が理解できずに好きなだけとって良いと勘違いしてしまったのです。こんなたくさんかぼちゃを持っているのは私たちのグループだけでした。この間違えを伝えるのにも少し時間がかかり、母はちょっと恥ずかしそうに仕方が無くかぼちゃを畑に戻しに行きました。

 

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2001年秋、かぼちゃ畑にて

 

かぼちゃのエピソードはもう一つあります。

 

同じ年、10月はハロウィンがテーマです。その週の宿題は”Make your own Jack o’ Lantern!”。紙にかぼちゃの輪郭が書いてあって、それに好きなように飾りを描いて、自分のJack o’ Lanternをデザインするというものでした。英語がわからない私が理解した宿題は、紙にデザインをしてそれを実際に作る、という内容。本当に作るなら派手なことはできない、と思った私は一般的は三角の目の顔と、飾りとしてはビーズの冠を描きました。そして週末、家族でスーパーのかぼちゃ売り場へ。こんなことするのが初めてだった私たちは、せっかくなので大きなかぼちゃを三つ購入。Jack o’ Lanternを作るキットも買いました。そして家族みんなでJack o’ Lantern作り。まだ小さかったので子供達はかぼちゃの中身を抜いたり、絵柄を選ぶぐらい。刃物を使った作業はほとんど父がやりました。

月曜日、かぼちゃは大きくて5才の私には持てないので母が抱えて一緒に教室に入りると、先生がとても驚いた顔をしました。宿題をちゃんとやってきたつもりの私は、何でこんなに驚かれたのか分かりませんでした。それに、何で誰もかぼちゃを持ってきていないのだろう?先生に”宿題は?”みたいな事を聞かれたのでデザインの紙を出し、いろいろ指差したり言葉を繰り返したりしてようやく理解しました。宿題は絵を描くだけでよかったのだと。また恥ずかしい思いをしてしまいました。(今思えば、5歳児に宿題でかぼちゃ彫って来いなんてありえないですよね笑)宿題は勘違いしてしまったけど、先生は大喜び。教室に飾れる立派なJack o’ Lanternを作ってきてくれてありがとうと、感謝されました。

 

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15年後、かぼちゃ畑にて

 

このように、アメリカでの最初の一年は英語がわからないために勘違いばかりで、恥ずかしい思いをすることもたくさんありました。幼稚園の宿題も理解できなかった私が、今は英語で大学の授業を受けているなんて。そして、これ程家族みんな英語が分からなかったのに、よくアメリカで暮らせたなと思います。

転勤で海外に行くと、言葉がわからないのがストレスで学校が嫌になってしまう子供もいるそうです。しかし、なぜか私は英語が全く分からないながら”辛い”と思うことはありませんでした。父に”君たちは学校が嫌だとか言わずに通ってくれて良かった。仕事や生活がアメリカに来ていろいろ大変だったけど、子供達に関してはスムーズに行って助かった”と言われます。

きっと、人に恵まれていたのだと思います。近所の子供をいつも預かっていて、近所の人たちを繋げる役割も果たしていた隣のペルー人と白人の家族に、やさしい学校の先生。わからないことがあると助けてくれる友達。いろんな人の支えがありました。ハロウィンやクリスマスの飾り付けをしたり、ホームパティーを開いたり、アメリカでの一年目は初めて異国の文化に触れたとても良い思い出です。

 

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その年のハロウィンのtrick or treatingでゲットしたお菓子。これで確か一人分だった気が…三人兄弟なので、膨大な量のお菓子でした。

 

一年だったはずのアメリカでの暮らしが、もう三年アメリカで暮らすことになり、今度は西海岸での暮らし。一年目で学んだことを生かしてまた新しいスタート。母は、子供は現地校に入れれば自然と英語を話せるようになるだろうという考えは間違えだと気づいたらしく、私たちはちゃんと英語を教わり始めました。それからは一気に英語が分かるようになって、言葉で苦労することはあまりなくなりました。

 

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かぼちゃはツルから切り取られてあって、好きなものを拾うシステム。

 

あれから15年。最近はまた英語が下手になった気がします。日本語で考えることが多くなったからか、言葉に詰まることが多くなってきました。そして今学期は更に日本語も下手になってきた気がします。なんでしょう、日本語も言葉に詰まることが増えた気がします。それに時々発音がおかしい気も…。それとも全体的に話すのが下手になったのでしょうか?最近は上手く自分の言いたい事をまとめられてないように感じます。

フランス語の授業は相変わらず自分が言っていることや理解したことが正しいのか、分からないまま会話が進んでます。今週はついにやらかしました。火曜日の夕方、Petit goûter というフランス語学部のイベントに行ったら、教授に”今日なんで来なかったの?”と言われ…。そう、私はmardi (火曜日)とmercredi(水曜日)を聞き間違えて、教授との約束をすっぽかしてしまいました。授業中の口頭での説明だったので、作文の期限はmercrediで、教授と話したかったらlundi(月曜日)にメールをして、など曜日がいろいろ出てくる中、私にはmardiが聞き取れませんでした…。そのことをメールで説明して改めて謝ると、教授は”C’est n’est pas grave” (そんな深刻じゃないよ)と言ってくれて、会う約束を立て直してくださりました。

日本語も、英語も、フランス語も、いろんな間違えや恥ずかしい思いをしながら、まだまだこれからも上達したいです。

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Hey,ティーチャー!~メールのエチケット~

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Hey みんな!柚子だよー!

 

…あれ?今ちょっと引きました?そうですよね、いきなり会ったことも無い人にHey!なんて言われたら”何この人、急になれなれしく”と思ってしまいますよね。

このように、挨拶って一番始めに言うことなので良い印象を持ってもらうのにも大切です。特にブログやメールなど顔の見えない場合は言葉の選び方がとても重要になります。どう言えば、相手の気分を害すことなく、相手への尊敬の意味も込められるだろう?日本語の場合それほど難しくありません、敬語を使えば良いのです。敬語を使うことで相手と私の立場が違うことを理解しているということを伝えられます。

では英語の場合はどうでしょう?”敬語”というものはありません。丁寧にしようとしたら、”Please””Thank you”をつけるぐらい。友達と話すときも教授と話すときも同じ言葉を使います。メールを書くとなったら….どうしたらフランクになりすぎないのでしょう?

先日、Email Etiquette(メールのエチケット)というワークショップに参加してきました。これはWriting Center という、エッセーの添削をしてくれる施設主催のEnglish Language Learning(英語教育)のプログラムの一環で行われています。英語の文法とかよりは、英語の実用的なことや文化的なこと(こういう時にこういう言葉は使わないなど)を教えてくれます。このように、いくらブラウンに入学するのに英語ができるのが前提と言っても、あまり英語が得意で無い人へのサポートはちゃんとあります。このワークショップでは、教授にメールを書くときのエチケットを教えてくれました。英語での丁寧な表現は大学だけでなく社会に出てからも役に立つスキルなので、今日はこのワークショップで学んだことを紹介したいと思います!

 

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1.メールする前に考える!

そもそも、何について教授にメールしたいのだろう?メールする必要はあるのだろうか?そして大切なのは、このメールの返事をするのに相手にどれぐらい時間がかかるだろう?と考えること。とても長い質問になって、教授に長い時間を費やしてもらうことになるならば、office hours (教授のオフィスを自由に訪ねて良い時間)に行くか、会う約束をしましょう。

 

2.件名はなるべく詳しく!

教授は一日に一体何件のメールを受信すると思いますか?件名からメールの内容がはっきりわかって、後から受信ボックスを見てもすぐにそのメールが見つけられるようにしましょう。例えば

“Question on Short Paper 1”

ではなく、

“ENGN130 Tu,Thu 10-11: Question on Short paper due 10/11”

のように、詳しければ詳しいほど良いそうです。

ちなみに、件名なしはNGです。

 

3.挨拶と冒頭

もちろん、教授にHey! はNGです。(その教授ともうすでに良い関係を築いているならば別ですが)使うならばHello又はDearを使いましょう。そして教授の場合はProfessor,Doctorと呼びましょう。Mr.Mrs.Ms.は、特に女性にとっては結婚しているかしていないかが基準なのでNGなんだとか。相手の立場がわからない場合は、とりあえずDoctorと呼ぶのが一番安全な道です。ワークショップの企画者はDoctorではないけれど、メールでDoctorと呼ばれる度にうれしくなるんだとか(笑)

次に冒頭。まずは自分は誰なのか、そしてメールをしている理由を言いましょう。

ここで一点、みなさんは”I am”を間違って使っていませんか?“I am”は初めて会う時に自分を紹介する時に使って、二回目以降は使いません。日本語ではいつでも”○○です”と紹介するのでわかりにくいかもしれませんが、二回目以降は”This is”等を使いましょう。

 

4.質問はmodal verbsを使おう!

質問は聞き方によっては相手に何かを押し付けたり強く要求しているように聞えてしまいますよね。それを防ぐためにはmodal verbs(助動詞)のcould, would, canを使いましょう!そして、相手に返事をする時間を充分にあげましょう。例えば、その晩締め切りの課題についての質問をその日の夕方にしているのでは遅すぎます。更に、分からないことを質問する前に自分が何を理解したのか言いましょう。ちゃんと授業を聞いて、教科書も読んだけどそれでもわからない、ということをはっきりと伝えましょう。

会う約束をするのであれば、いくつか自分の都合の良い時間を提案した上で”I am flexible to meet at your convenience”等と付けたしましょう。

 

5. やりすぎには気をつけよう!

丁寧にするのは良いのですが、やりすぎるとわざとらしく聞えてしまいます。日本語でも同じですね。例えば、

“I really enjoy your wonderful and amazing classes”

は言い過ぎなので形容詞は一つ、それか両方削って

“I enjoy your classes”

ぐらいにしましょう。

 

6.締め!

最後の文章では

“Thank you for your time”のように相手に感謝の気持ちを表したり

“I hope you will have a great weekend” のような表現を使いましょう。

そして最後は

Sincerely, Best, Yours Truly, Thanks, 等をつけて名前を書きましょう。

ちなみにBest, が一番なんでもなくて、オールマイティな表現だそうです。そして、ここはコンマですからね!間違えてピリオドにしないように。

 

7.サインの仕方

よくあるメールに自動的に付くように設定できるサインです。連絡先やオフィスの住所、役職などが書いてあります。教授だと必ず付けていますが生徒だとあまり利用している人がいないと思います。しかし、特に下の名前を使うアメリカでは同じ名前の人がいることも多く、例えばSaraと言ってもどのSaraなのか判断するためにこのサインはとても重要だそうです。生徒の場合は卒業年を書くのが良いとか。

 

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新しいオブジェ。UntitledですがBluenoがあだ名かな?注意書きを無視して生徒が上るので、フェンスで囲われ、泥を落とす修復作業中です。回復を願うメモと、更にはお花まで添えられて、思ってたより生徒に愛されていたのかな?

 

ワークショップでは以上の点を教えてもらいました。英語は敬語が無いから誰とでもフランクに話せて楽!と思うことが多いですが、そんな英語にもやはり目上や初対面の人へのメールのエチケットってあるんですね。”これはやらないように注意”と言われた点で自分がやっていたこともあったので今後、改善させていきたいと思います。

 

新企画の”多様性”についての議論いかがでしたでしょうか?まだビデオを見ていない方はこちらをクリック!

 

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【新企画】私が思う”多様性”

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どうも、柚子です!

今日は新企画の一環として、私が思う”多様性”について書かせていただきます!まだ他のメンバーの投稿は読んでいないのですが、今のところどうでしょうか?週も後半なので、みんな同じような意見ばかりでつまらなかったりして…(汗)

“今年の入学者は 米国49州から!

世界中の○○カ国から学生が!”

これらの数値は果たして『多様性』を表しているのでしょうか?

表していると思います。逆にこれが”多様性”を表せないのなら、何を持って”多様性”を表せるのでしょう?どこ出身の人が何人ずついるとか割合は理想的では無いかもしれませんが、いろんなところから来ている人がいて、”多様である”ことは確かです。

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というか、そもそも『多様性』って何?

ネットで検索すると、多様性とは”幅広く性質の異なる群が存在すること”だそうです。でも”幅広い”の定義は何なのでしょう?私は多様性って絶対的なものではなく、相対的なものだと思います。だから、”これだけいろんな性質のものがあるから多様”っていう基準は無くて、”こっちに比べたらこちらの方が種類が多くて多様”としか言えないと思います。なので、私の多様性の定義は”他の群と比べて種類が多いこと”です。

例えば、1つの宗教の信仰者しかいない村Aと3つの宗教の信仰者が暮らす村Bを比べたら村Bの方が”多様性がある”と言えます。しかし村Aには幅広い世代と職業の人が暮らしていて、村Bは年配の時計職人ばかりがいます。こう見ると村Aの方も多様性があるとも言えます。更に、村A,Bは両方Z国の中にあって、Z国はみんな中流階級の白人であるとしましょう。Z国(そしてその中にある村A,B)には”多様性が無い”と言えます。

このように、どこに境界線を引いて、何を基準に比べるかによって多様か多様で無いかは変わってくると思います。

『多様性』は大学において必要なの?

違う意見を持った人に出会って、お互いを刺激し合うという意味では必要だと思います。しかし、実際はそれぞれの大学に似たような人たちが集まっていると思います。それもそのはずです。なぜならその大学にふさわしい人を、基準を設けて選んでいるから。いくら”多様性”を求めると言っても、その大学の理念に合わない人は選ばないと思います。

例えば、自分が入試で生徒を選ぶ立場になったとしましょう。この大学は環境問題に力を入れているとします。候補Aは高校で環境保護活動に参加していて、入学したら更に環境問題に積極的に取り組んでくれることが期待できます。候補Bは環境問題に取り組むどころか、地球温暖化を否定しています。入学したら周りから強い批判を受ける上、良い思想を広めるとは思えません。選べるのはどちらか一人です。この時、意見の”多様性”を求めて候補Bを選びますでしょうか?

私だったら候補Aを選びます。いくら”多様性”を求めると言っても、大学の理念とあまりにも違う意見を持つ候補Bを選んでは候補Aがかわいそうです。だって候補Aの方が大学で伸び伸び成長できて、大学から得られることが多いだろうから。確かに候補Bは大学で周りと違う意見を言うことで周囲に刺激を与えたり自らの意見が変わったりして、大学から多くのことを得られるかもしれませんが、その可能性は候補Aより低いと思います。それに、あまりにも考えが違う大学に入ったら、候補B本人も居心地が悪くて良い経験にはならないでしょう。こういう場合は”多様性”を求めるよりは、より成長が期待できる方を選ぶと思います。

大学に必要なのは”経験の多様性”だと思います。環境を意識した大学なのであれば、”多様性”を求めて地球温暖化を否定する人を見つけるのではなく、違う形で環境問題に取り組んできた人達を探すべきです。例えば、環境問題に少し興味があるけどあまり活動には参加したことの無い人、環境保護のキャンペーンを企画したことのある人、牧場で育った人、工場地帯に住んでいる人など。”環境を守ろう”という大学の基本的な理念を、こういった様々な経験を共有することで発展させられると思います。

とある概念について”こういう多様な意見がある”というのは文献を読めば学べます。それに対して”経験”は人それぞれで、だからこそ大学に集まって共有する価値があるのだと思います。

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今年の入学式の様子。みんなスマホを待っているという意味では多様性は無いかも?

では、ブラウンには”多様性”はあるの?

私はあると思います。みんな心の奥にブラウンのリベラルな思想を持っていて、それがあるからこそみんなブラウンに居る訳だけれど、それぞれのしてきた経験や興味の方向は人それぞれで実に多様です。確かに”同じような考えを持つ人が多いな”と感じることはあるけれど、私が先ほど話した”経験の多様性”はあると思います。

以上です。

”多様性”という大きなテーマについて、自分の意見を文章にしてまとめるのって思ってた以上に難しいですね…。新企画、この先どう発展していくかまだはっきりしない点もありますが、読者のみなさんのご意見・ご感想お待ちしております!

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大学で言論の自由は制限されるべきか?

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どうも、柚子です。

11時半に寝るのが理想で、大体は日付が変わる前には寝ることがずっとできていた私ですが、今学期は始まって早々なかなかそうもいってません。やっぱり宿題(文章を読む)が多いクラスをとりすぎたか?まあそれもありますが、もう一つ原因があります。それは暇な時間があれば授業外の講演会やイベントに行っているからです。今週も5つぐらい行きました。

 

キャンパス内では毎日本当にいろんな講演会が行われています。ブラウンの教授はもちろん、全米各地の教授や他国の駐米大使までがわざわざプロビデンスにお越しになって講演をしてくれます。もちろん全てタダです。行ってみて、思ってたより面白くなかったり、内容が難しくて理解できなかったり、疲れててつい寝ちゃうこともありますが、こんなに貴重な学びの機会ありません。話を直接聞いて、質問して、本当に興味があれば直接お話もできるのですから。

 

ここでもうひとつ思ったのは、ブラウンという世間からは”有名大学”と言われる学校にいて良かったな、ということです。世間にはあまり知られていなくとも、とてもユニークで面白く、いろんな人に出会えて、すばらしい教育を受けられる機関はたくさんあるのはわかってます。私は最終的には大学を学校の知名度で選んだ一人なので、”名前だけで大学を選んで良いのか?”と思うことは多々ありましたが、このような講演になると学校名が重要になってくるのだと気がつきました。

他の大学から編入してきた友達に聞いたのですが、こんなにいろんなところから教授が講演に来てくれるのは”ブラウンだから”だと。彼が以前行っていた大学もかなり優秀なリベラルアーツの学校でしたが、やっぱりアイビーリーグのブラウンとは違う、ブラウンに来てくれるようなすばらしい講演者は来てくれなかったと。ブラウンで出会える人は全然違うそうです。

 

世間に名の知れた大学に行けばレジュメに書けて就活とかで有利になる、大学の知名度ってそれぐらいの違いしかないと思っていましたが、学びの施設というか、アクセスできる内容/知識が違うのだと気がつきました。もう毎日同じ時間に3つずつぐらい講演があって全部行くのは無理だけれど、これからもせっかく供給されている貴重な学びの機会を最大限に活用していきたいと思います。

 

dsc09429

Andrewsの新メニュー!毎週金曜日はsushi nightなのです。飲み物がついて$7.6

 

さて、本題に移ります。今回は先週も少しお話しました”大学で言論の自由は制限されるべきか?”(Should Free Speech be Limited on College Campuses?)という講演の内容を紹介したいと思います。この講演は二人の教授の間の討論の形式になるはずだったのですが、大学側がやらかしました、似た意見を持つ二人の教授が招待されてしまいました(笑)しかし内容は驚くものでした。

二人の意見は…

 

YES

 

え?!そう、彼ら二人とも”大学で言論の自由は制限されるべきだ”と言ったのです。”大学はたとえ物議をかもす事柄でも、いろんな人が自由に考えを述べて、お互いを高め合える場であるべき”という考えだった私はとても驚きました。しかし理由をきいて納得しました。

 

まず、そもそも言論の自由など存在しないのだと。そして脅迫や人の表現を力で抑えるなどの事は法律上、違法行為です。例えば自分の意見にそぐわないメッセージを表現している劇の上映中に舞台に上がって劇を中断させるような行為は”Free speech”に入りません。これはそもそも”speech”ではなく”behavior”(行動)です。なるほど、”Free Speech”(言論・表現の自由)とは、”行動”と区別する必要がまずあるのか。

またアメリカの憲法の第一条で保障されている”表現の自由”は、政府の介入を防ぐものであって、大学などの個人の機関が表現を制限する分には問題ないそうです。

 

そして二つ目の理由はacademic freedom(学業の自由)のため。何だか矛盾しているようにも思えますが、academic freedomとは自由な学業を行うために必要な制限ができる自由なのだと。ある程度の制限が無ければ、教室のコントロールができなくなり、プロ意識が侵され、大学が機能しなくなると。

 

更に教授は続けます

”言論の自由はそもそもacademic value(学びの価値)では無い。話して、聞いてもらえる権利があるのはそれにふさわしい人(つまりは世間に認められた教授)のみだ。生徒達に自由など無い、彼らはまだ見習いなのだから。求められたときだけに意見を述べれば良い。’生徒達がらたくさん学んだ’と言う教授はよくいるけど、みんな嘘をついている!”

あまりにもはっきりした意見に驚きましたが、確かにそうです。私達が”学ぶ”ために大学に来ているのです。大学に入学した時点で、その大学の理念や教育を受け継ぐ(?)ことに同意した訳ですし、ただ自分の意見を自由に述べていたら、それは学んでいることにはなりません。長年研究して、膨大な知識をもった教授の話を聞いて”学ぶ”のです。

”大学の行政委員会に生徒を入れたりするなんて一番やってはいけない事だ。生徒達は’より良い世界’を求めている侵略者であって、大学を侵している。生徒の求める理想を追求したら大学は崩壊する。生徒の提案で授業の概要を変えるなんてとんでも無い。われわれ”プロ”に口出しする能力はもちろん、権利なんて生徒達には無いのだ。最近は’社会正義のために教える’と言う人が多いがそうではいけない。’教えるために教える’のだ!3つだけ言っておこう、

1.Do your work.(自分の仕事をしろ)

2.Don’t do other people’s work.(他人の仕事はするな)

3.Don’t let other people do your work.(他人に自分の仕事をさせるな)

この3つに従えば、良いのだ”

 

つまり、大学の教授の場合で言えば

1.自分の仕事=生徒に教える、をしっかりする

2.他人の仕事=社会正義に努める、などはしない

3.他人に自分の仕事をさせない=生徒からの授業内容の要望(例:歴史の授業で”この考え方も含めるべきだ”という要望)などに応じない(生徒に”教える”という自分の仕事をさせない)

ということ。

 

なるほど。なんだか、自分が急に未熟に感じて、さっき授業後にフランクに話した教授には到底及ばないのだと思ってしまいました。そうか、教授達は授業で毎日私達の未熟な意見ばかり聞かされているのか。

しかしそう思うと、なぜアメリカだけでなく、多くの国々で”少人数でディスカッションベースの授業が良い”ということになっているのでしょう?ディスカッションして、見習い達が未熟な意見出し合ったところで何が得られるのでしょう?既に認められた、話を聞く価値のある教授から学ぶのであれば、大きな講義の授業で一方的に教授の話を聞くのが効率的では無いのか?そう思うと、講義の授業が多いらしい日本の大学の方がアメリカの大学より”教育する”という大学の役割を果たせているのではないか?”言論の自由”がテーマでしたが、そもそも大学って何をする場なのだろう?と考えさせられました。

 

こんな風に私は講演者の意見に納得してしまったのですが、今回の講演は確かに最近のアメリカの大学中でおきている”言論の自由”に関する議題からは逸れてしまっていました。今問題となっているのは、黒人やラテン系の人たちなど、歴史的に制圧されて耳を傾けてもらえなかった少数派の意見をどう表現し、認識するかということ。”Free Speech”というと、差別的なことを言っても良いのかとか、少数派の人達がどれぐらい抗議などのときに何を表現して良いのかなど、そういう問題に触れるのではないかと期待して講演に来た生徒も多かったと思います。質疑応答でこのことを指摘した生徒がいて、教授と声を上げての白熱した討論になったのが印象的でした。

 

学生の意見は、教授に及ぶことは無いから、無意味で力の無いものなのか?

 

最後にブラウンの教授から励まされるコメントがありました。

“ブラウンは1971年に大規模なカリキュラムの改正を行いました。私はその改正の前と後、両方見ていますが改正後の方が何倍もブラウンは良くなりました。そしてその改正は学長や教授達だけでなく、生徒達も大きな貢献をして実現しました。”

と。

 

大学に、ブラウンに、ブラウンの教育理念にしたがって学びに来たことには違いない。長年研究してきた教授の知識と経験の量には到底及ばないのもわかってる。でも私だって、まだまだ学びの道中でも自分の意見はあって、外に発することでフィードバックをもらって、発展させて、どんどん自分のものにしていって。もしかしたらたまには未熟な意見なりに貢献できるかもしれない。改めて思う、今学期もがんばろう。

 

みなさんはどう思いましたでしょうか?このブログ自体、未熟で理想の高い意見をつらつら書いたものですが、飽きずにここまで読んでくださりありがとうございます。来週は新企画の一環として”多様性”というテーマについてさらにつらつら語らせていただきます。

読者のみなさんの意見の投稿もお願いします!リンクはこちら

それではまた来週!

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行方不明の来客と、今学期の授業

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日曜日の朝。

あれ?いつも私より遅く寝て遅く起きるルームメイトが起きている。休日なんていつもはお昼頃まで寝ているのに…今日は何かあるのだろうか?

”おはよう”

とあいさつすると、ルームメイトが

”もう、昨夜大変だったんだ”

と話を始めた。

”昨夜寝ようと思ったら、変なムカデみたいな虫がいて!ノートではたこうと思ったらどっか行っちゃって見つからなくてね、まあ良いかと思ってベットに入ろうとしたら…ベットの上にいたの!!もうどうしようもなくてJちゃんにSOSのメッセージしたらね、夜中の3時ぐらいなのにすぐに殺虫剤持って駆けつけて来てくれて。二人でびびりながらがんばって退治しようとしたけど結局どっか行っちゃって…。いつどこから出てくるかわからなくて怖いから、昨夜はJちゃんの部屋で寝たんだ。あーもう、虫って気持ち悪い。これ以上出てこないと良いけど…。”

害虫避けを部屋に設置したけれど、私のゴキブリとの遭遇に続きやっぱり虫はいるのか….そして昨夜の虫はまだ部屋のどこかにいるのだろうか?

 

dsc09443

害虫避け。なんか害虫が嫌がる音波か何かが出ているらしいが、効果があるかは不明。まあなんだかお守り感覚で設置してあります。

 

…じゃなくて!

え?そんなことあったの!?私が寝ている間に!?Jちゃん部屋に来てたの?!?!

こんな騒ぎがあったのにも関わらず、全く気がつく事無く、すやすや寝ていた自分に驚きました。

以前は真っ暗で音の無い静かなところじゃないと眠れなかった私。修学旅行等では大部屋で”静かにして!”とか周りによく言った私が、今ではある程度の明かりや音はもちろん、深夜の害虫騒ぎにも動じずに眠れるようになりました。寮での共同生活も4年目を迎えるとこういうことができるようになります(笑)

 

さーて、今日ようやく今学期の授業が定まりました!人数制限がある授業にようやく正式に登録できて、思わぬところで友達に遭遇したり、更にさっきルームメイトがアイスを買ってきてくれて、良いことばかりでルンルンな気分です:)ではでは、どんどん授業紹介しちゃいます。

 

dsc09441

今学期買った本。教科書代は意外とかかるので、なるべくオンラインでPDFを見つけたり、図書館で借りて本代は節約しています。

 

FREN 0500 Writing and Speaking French Ⅰ

(フランス語で書く、話す)

流暢なフランス語を目指して!今学期もがんばります。去年取った”Intermediate French”中級レベルの授業からレベルアップ、名前も”Writing and Speaking”に変わりました。日本では言語の”読み書き”とは言うけど、この授業は”書く、話す”が中心。もう文法の復習は授業内ではしません、文法は個人で復習します。今は詩をやっていて、学期中に長編と短編の本、そして漫画を一つ読むそうです。相変わらず授業をちゃんと理解できているのか、自分が正しくフランス語を使えているのかわからないことが多いですが楽しくやっています。

 

ENVS o11o Humans, Nature, and the Environment: Addressing Environmental Change in the 21st Century

(人類と自然と環境:21世紀においての環境変化の扱い)

和訳が不自然ですが、環境学の授業です。入門の授業なので、環境学や環境問題について薄く広く学ぶことになります。この授業の面白いところは、engaged scholar program(直訳すると”取り組んだ学者プログラム”)と言って、授業を通して学校外の人や団体と繋がりを持つことが求められているところです。15人ほどのグループに分かれて、それぞれのグループが一学期を通して学校外の団体と共同でプロジェクトを行います。また、遠足が必須であったり、試験が無かったり、一般的な”授業”の形とは違う形態をとっています。今週は環境学に対する考え方(environmental discourse)について話しているのですが、月曜日も水曜日も議論が盛り上がりすぎてスライド一枚しか進めませんでした。教授曰く、金曜日こそ全部終わるそうですが…どうでしょう?週3時間授業+1時間半のセクションと忙しそうですが、やりがいがとてもありそうな授業です。まだどのプロジェクトのチームに入るのかは決まっていないので、これからが楽しみです。

 

ENGN 0130 The Engineer’s Burden: Why Changing the World is So Difficult

(技術者が直面する困難:世界を変えることはなぜこんなに難しいのか)

私が工学部の授業を取るとは!しかし工学部と言っても工学部の中のビジネスに近い授業です。(そう、ビジネス専攻は工学部の下にあるんです)工学部の授業とあって、なんだかガタイが良い男子が多い気がします。ブラウンに来て、男子の方が多い授業始めてかもしれません。この授業の教授はブラウンでも伝説的な存在であるBarrett Hazeltine. ブラウンでのビジネスのプログラムBEOを立ち上げたりした方で、年齢はおそらく80代。年齢の事もあり、毎年”今年で最後だ”と言われています。”Am I making sense?”(俺、意味通ってる?)”Am I doing you justice?”(俺、君に公正なこと言ってるか?)が口癖で、良い発言をすると握手してくれます。授業内容は、どのような革新、イノベーションが社会にどのような影響をあたえるのか?良い影響、悪い影響等について考えるセミナーです。理系的な考え方で、”技術の発展が世界を救う”という生徒が多いのが感じられて、今まで取った授業とは全く違う雰囲気です。Hazeltine教授に握手してもらえるように、自分の考えを磨いていきたいと思います!

 

bhazelti

学部のウェブサイトからの写真。なんだか年季がある。

 

HIST 1825 The Roots of Modern Science

(近代科学の根源)

近代科学、特に18世紀半ばのニュートンの時代から19世紀半ばのダーウィンまでの歴史を学びます。毎週金曜日はJohn Hay 図書館で本物の貴重書を手にしながら議論をします。Lownes Collectionと言って、学部生の科学の歴史の勉強だけのための貴重書のコレクションがあるんです!先週はコペルニクスの”天体の回転について”の原本とか、ケプラーやデカルトの本の原本を見て、触りました。そう、写真を撮ったり持ち出すことはできなくても、ブラウンの学生ならページをめくることができるんです!明日の授業では”百科全書”を見るそうです。この授業と教授は歴史をお話のように話してくれて、とにかく話が面白いです。”科学”の歴史と言っても、”science”という言葉の当時意味は今と全く違くて、現代の西洋の思想の根源の歴史と言ったほうが良いでしょうか。当時の人達がどのように世の中のものについての”知識”を得て、”知識を得る”ことが人々にどのような力を持たせ、社会を変えていったのか、現代社会の基礎となった思想の歴史です。

 

ANTH 1515 Anthropology of Mental Health

(精神衛生の人類学)

これが人数制限があって、今日ようやく入れた授業!日本ではほとんど話されることのない”精神衛生”。そもそも”Mental health”という概念が存在しません。ネット調べてみたら、”心の健康”とか”精神の健康”とか出てきましたが、日本ではここ数年ようやく鬱が社会問題として取り上げられるようになったりと、まだ新しい概念です。精神の病=頭がおかしい=恥=隠しておくべきだ、という悪いイメージばかりついています。しかし留学での経験で”mental health”という概念に出会って、実は自分の周りにも”mental health”に悩まされている人がいたり、自分との関わりが深いことだと気がついて、そもそも”mental health”って何なのかが知りたくてこの授業を選択しました。今週は精神病が社会の中でどのように理解されて、扱われてきたかの歴史について学びました。精神衛生をただ脳科学や医学、心理学的に見るのではなく、人類学や歴史、社会学など様々な学問や文化を通して理解を深める授業です。

 

timetable-fall2016

今学期の時間割。月水金に授業が一日4つあるのは、日本の大学では普通かもしれませんが、アメリカの大学にしては多いほう。これに更に環境学とフランス語のセクションが入る。

 

はい。ということで今学期も5つ授業をとります!授業料は同じだから、多く取ったほうがお得!というのもありますが、どれも面白そうなので。それに、5つ目の人類学の授業に入れなかったら、火木授業無いというよくわからないスケジュールになるところだったので良かったです。これから更に環境学とフランス語のセクションも追加されるので、今までで一番忙しくなりそうです。文系の私ですが、今学期は理系に関連する授業が多いです。また、おそらく膨大な量の読み物に苦しむことになるかと思いますががんばります。

 

まだ学始まって1週間ですが、もうすでにいろんなことがありました。”カレッジヒルと国際奴隷貿易”がテーマのキャンパスツアーに参加したり、日本文化サークルのイベントのためにカレーを作ったり、友達とブランチに行ったり。ブログに書ききれないこと、いろいろしています。

 

今日は最後に、夕方参加した”Should free speech be limited on college campuses?”(言論の自由は、大学内で制限されるべきか?)という講演でされた質問を紹介して終わりたいと思います。機会があれば、この講演の詳しい内容についても紹介しますね。

“Is college a place for everyone, and should everyone go to college?”

(大学はみんなのための場所で、みんなが行くべきところだろうか?)

うーむ。どうだろう?”大卒”って社会の中で評価されるけど、本当に誰もが行くべきところなのだろうか?今日一番印象に残った質問です。みなさんも考えてみてください。

 

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挫折?断念?いや、ただの言い訳?

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昨日授業が始まりました!

一学期に取れる授業は最大5つなのに取りたい授業がたくさんありすぎて困ってます。大体の授業は”月水金”か”火木”の周期であるため、この二日間で興味のある授業は全部行っていたのですが、美術の授業には入れず補欠名簿に載ったり、他の授業でも入れそうだけど定員オーバーなのでまだ正式に登録できていないのがあったり、来週まではまだ授業が定まらないストレスの多い期間が続きそうです。来週は今学期の授業紹介しますね!

 

dsc09420

メイングリーンの新しいオブジェ。題名は”Ideas of Stones”。

 

さて、新学期早々(てか正確に言うと学期の始まる前)一つ大きな決断をしました。

 

ラグビーを辞めました。

 

”えっ?早っ!やっぱり(笑)根性無いな。結局口だけか”

とか、いろいろ思うと思いますが、自分なりにたくさん考えて、悩んだ上でこの決断をしました。

 

本当はこの一学期精一杯頑張って、自分はラグビーをこの先続けて行きたいか決めるつもりでした。(と言っても今更信じてもらえないかもしれませんが)しかしコーチと話して気がつかされました、こんな気持ちで一学期やるなんてチームメイトに申し訳ないと。決断は今しなくてはならないと。コーチは私に考える時間を一週間くれました。

 

春学期の終わり、コーチは言いました、

“Don’t you dare come back unfit”(怠けた身体で帰って来るんじゃないよ)

と。

その言葉に私はびびったし、せっかくこの一学期鍛えて強くなり始めた身体を保ちたいからがんばらないと、と思いました。しかし実際に夏休みに入ってどうでしょう。学校にいるときみたいな運動施設や一緒に運動する友達もいないし、バイトや免許の取得など、夏休みの他の計画が軌道に乗って忙しくなり…。

”時間が無かった”というのはただの言い訳ですね。本当にラグビーのことが重要であったら、忙しいなりに自分で時間を作って走りに行くなり、ラグビーの試合をyoutubeで見て勉強したりしたはずです。でも私はそれをしなかった。学期末にコーチに言われた言葉を時々思い出しながら、私の中では他のことの方が重要で、そちらにばかり時間と努力を注いだ。

私はこの夏休みラグビーのために何もしていないことを正直にコーチに話した上で、それでも今学期がんばりたいと、ラグビーにコミットして専念してみたいと伝えました。いろいろ理解してくれるコーチではありまずが、ここはさすがに厳しく言われました。”練習に来るだけでは充分でない。見えないところでも努力してもらわないと困る。これは学校代表のチームなんだよ。真剣なスポーツなんだよ。”と。

7人制でどちらかというと本シーズンでは無かった春学期。悪天候で練習は少なかったし、そもそも練習に来ない人も多かった。”なーんだ、varsity(学校の代表)チームと言っても、こんなもんなんだ。”厳しい日本の中学の運動部を経験してる私にとって、春学期中はvarsityって意外とゆるいなと思ってしまいました。”学校の代表である”ことが何を意味するのか、それがどれ程責任のあることなのかまだ理解ができませんでした。

 

”私に正直に話してくれたことは感謝する。でも、それでは何が私にあなたをチームにいてほしいと思わせるの?”

私はこの質問に答えられませんでした。

”今週末の遠征は連れて行ってあげよう。でもその後、決断しなさい。”

一学期かけてしようとしていた判断を、一週間でしろと急に言われて焦りました。どうしよう、どうしよう?

 

dsc09426

varsityだと練習着なども学校が提供してくれる。

 

”今回こそは中途半端に終わらないように”と強く思って始めたラグビー、意地でも続けてやろうと思いました。とりあえず、予定していた通りに今学期はやり抜くんだ!夏休み中は無理でも、学校にいる間ならラグビーに専念できるはず。でも頭によぎるのはなぜか”辞めることになったらチームメイトに何と言おう?”という考えばかり。そこでようやく気がつきました、きっと心はずっと前から決まっていたんだけど、決断を迫られるまで自分で気がつけていなかっただけだと。

コーチと話してからの一週間、全力で練習に取り組みました。今シーズンは15人制なのに17,8人しかいないチーム。それも私みたいな全くの初心者が4人。去年、卒業生が13人もいた影響は大きかった。日の照るフィールドで、みんな必死に走って、ボールをパスして、ぶつかりあって。日焼けして、あざができて、筋肉痛になって。短い間だったけれど、ラグビーについてたくさん学びました。本当にラグビーってスポーツは奥が深くて、練習中は楽しくて、”やっぱり続けて、もっと上手くなろう!”と心が揺れて。でも、私はチームメイトとのラグビーやチームに対する熱意の差を感じてしまいました。みんながここまで強い思いをもってやっているのに、こんな中途半端な気持ちで私はプレーするのはいけないなと思いました。

 

遠征ではラグビーのコミュニティ内の独特の歌での交流方法を学んで経験したり、チームメイトともっと話したりしてとても楽しくて、”このチームすばらしいな”と改めて感じました。

それでも、、、それでも、私は”学校の代表の選手”として責任をもってそこまで捧げられない。夏休みやったいろんなことを思い出しました。ラグビーやチームは好きでも、私にとってもっと重要なことは他にある。チームメイトみたいに”ラグビーをやってるかっこいい人”になりたかったけれど、憧れだけでこんなに自分を追い込む必要はあるのだろうか?

 

偶然、ラグビーに打ち込んだ一週間に、この夏NZに行った中高生の一人が”短編を書いたので読んでください”とグループLINEで投稿がありました。その話は、一見よくある”憧れの人がいて、彼になりたいと思ってたらある日、中身が入れ替わった”という流れの話なのですが、”憧れの彼”の外見を得た主人公は最後は完全に自我を消してまで”憧れの彼”になりきってしまうのです。あれ、私もこのまま必死に、ちょっと(?)無理しながら”なりたい自分”に向けて進み続けたら、”自分”ではなくなってしまうのではないか?そう気がつかせてくれました。

だから、悔しいけれど、みっとも無いけど、ここはラグビーをやめると決心して、もっと”自分らしく”続けていけるものを見つけよう。そう決心しました。

 

遠征から帰ってきた翌日、私はコーチに伝えました。

”ラグビーもチームも好きだけど、学校代表として責任もって自分の時間や努力を捧げることはできない。”

と。

思えば去年の秋、リクルートのメールが来てからずっと悩んでました。その頃はとにかく何か属するものが欲しくて。ようやく決断をしてなんだかすっきりしました。

 

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今夜のactivities fairの様子。学生団体の勧誘イベントです。

 

ラグビーのチームに入ったこと、後悔はしていないです。チームから学んだこと、本当にたくさんあります。人種も専攻もジェンダーアイデンティティも多様なチームメイト、リーダーシップがとにかくすごい先輩、こんな人たちここでなくては出会うことができませんでした。Varsityが何かも経験できたし、ジムのトレーニングも学べ、何よりもラグビーという縁があったけど実際触れたことの無かった未知のスポーツについて学べたことに感謝してます。

チームメイトには結局、グループチャットで辞めることを報告しました。本当は面と向かって言いたかったけど、そんな機会も無かったので。正直どう思われているのかわかりません。練習ではへたくそだから迷惑かけて、pre-seasonは遅れて来て、人数少なくて困っている時に、誰にも相談せずに急に辞めて…悪く思われているかもしれません。でもきっとみんな理解してくれていると信じてます。ここ数日キャンパスでチームメイトを見かけるとちょっと気まずく思ってしまうけど、普通にあいさつして話してくれるので、私も気にしないようにしようとしてます。本当にチームメイトに恵まれて感謝しています。

 

“Remember, once a rugger, ALWAYS a rugger!”

(覚えておいて、一度rugger(ラグビーをやる人)になったら、それは一生ものだからね!)

尊敬するキャプテンからのメッセージ。

 

”クラブチームを作ろうと思っている。そうすればもっと気軽にラグビーができるようになるから。今2年生だっけ?もしかしたらYukoが4年生になる頃にはできているかもしれないよ?”

コーチは最後に私にこう言いました。

 

どうでしょう?また数年後、ラグビーをやる機会が訪れるかもしれません。

 

大学二年目、留学生活四年目。もう優柔不断な悩めるteenagerは卒業して、もっと”自分らしく”歩んでいけるように努めます。

 

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