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やっぱり私はまだ”大人”ではないようです

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”夏休み”のはずなのに全然休めてない柚子です。相変わらず寝不足な毎日を過ごしています。

先日かのさんがブラウンを、そしてブラウンの熊たちのブログを卒業されました。これでブラ熊の設立当初のメンバーはいなくなったことになります。これからは新しい世代が引き継いでいきます。正直、設立当初を知る先輩方のいないブラ熊を、今までのように続けていけるか不安が多いです。だから今いるブラ熊のメンバーは設立当初のメンバー以上にがんばらないといけないと思っています。また、先輩たちが作り上げてきていくれたものを大切にすると共に、思い切って変えていく勇気も必要だと思います。どんなに頑張っても、私たちは卒業された先輩たちにはなれません。同じことをただ続けていたら、衰退していってしまうだけです。きっとブラ熊は変わっていくと思います。しかし今までと同じようにたくさんの読者の方に支えられながら、自らも成長できる場であり続けられるようにしたいです。

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梅雨に入り、あじさいが綺麗な季節

 

かのさんの卒業記事を読んで思いました、”なんて落ち着きのある、美しい文章なのだろう”と。

”忙しい忙しい”と言って予定を詰めて、”これがこうなったらどうしよう?”とか心配して、”あー大変だ”と思って、やりたいことをやっているはずなのに、なんか常に焦っていて。何こんなに頑張っているんだろう?そもそもこれって頑張っているって言うのか?ただ無駄に忙しくしてがんばっているふりしてるだけなのではないか?考えだけ先走りして、とにかく日々新しいことを行って突き進む毎日。

もっと自分のことを客観的に見て、落ち着いてものを判断するスキルを、かのさんのブログから感じました。物事がルーティン化して”日常”となっていくのは、一見なんだか刺激のなくてつまらない毎日に聞えますが、それって経験を積んだ人にしかできない事だと思います。今の私は日々の変化に対応していくのに精一杯で、なぜ、何のために今していることをしているのか考える間もなくす過ごしている気がします。毎日が”日常”となっているからこそ落ち着いて自分と向き合う時間が取れて、物事の細部まで目が届くようになる。

なんだか自分の未熟さを感じさせられます。ただ毎日必死に生きているだけで、実際自分と向き合えてなくて。そもそも私は落ち着けない性格なのかもしれませんが、私の”日常”を見つけたいです。

 

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”Training is different from teaching”

鍛えることは、指導することとは別物だ

先日、お世話になっているディーベート・スピーチのクラスのTさんがおっしゃりました。

私はこの言葉にはっとさせられました。

今まで学校は学びの場であって、社会に出て行くための準備の場所、つまり自分を鍛える場所だと思っていました。しかし”学ぶ”と”自分を高める”ことは実は全然違うことで、学校は教えてはくれるけど鍛える場所では無いのだと気がつきました。そして考えてみると、失敗してもかまわない、必ずしも結果を出さなくて良くて、いろんなことを試せるいわば”練習の場”って世の中にあまり無いんだなと思いました。Tさんは自分のことを”先生”とは言いません。そして私が参加しているディベート・スピーチ”クラス”も”クラス”とは言わずに”練習場”と言うのを好みます。一見同じように聞えて全く違う、”training”と”teaching”。

ブラ熊はある意味、私にとって日本語の文章力や意思の表現力、曖昧な表現ですが”私”という存在を鍛える”training”の場である気がします。これからも失敗とか成功だとか、気にしすぎずに自分を信じて発信したいと思った等身大の姿を書いていきたいです。

 

更にTさんはこうおっしゃりました。

”人と差をつけるには、人がやらない事をやり続けるしかない。だから僕は人と違うことをやり続けてきたんだ。”

成功している人や憧れの人を見ると、関心して自分も同じようになりたいと思うし、同じことをやればある程度の成功は保障されます。その反面、人がやらないことをやるのって、未知の世界に飛び込むので不安が大きいです。しかしそれを信じてやり続ければ自分だけのものになって、人と差がつく。当たり前だけれど、勇気のある行動です。ブラ熊の先輩方のような、inspiringで心に響いてとにかくかっこいい文章、私も書いてみたいと思いますが、真似したところでそれは”私”ではなくなってしまうし、そもそも真似できません。先輩方が”人と違う”ことをやり続けてそれぞれ個性のあるブログを書いていったように、私も、人と違う、”私”を確立していきたいです。

 

最後に質疑応答のトレーニングのセッションでTさんにこんな質問をしてみました。

”ずっとやりたいと思っているけれど、まだできていないことは?”

するとTさんはこう答えました。

”私はいつも70%ぐらいで満足しているから、そういうのは無い”

ちょっとお驚きました。しかし彼は70%で満足しているから向上心が無いわけではなく、むしろ常に新しい試みに挑んでいます。100%どころか、120%のことを実際は達成しているように見えます。今あるものに満足しながらも、好奇心と向上心を常に持つ。”あれをやらなくては!”と常に果たされていない目標へ向かって必死になっている私にはできないことです。

 

”刺激の多い日々を過ごしたい”と以前ブログに書いた気がしますが、こういう風に人生の先輩の方々の話を聞いて、自分の考えが浅いことに気がつきました。私もいつか、落ち着いて”日常”を過ごせるようになるのでしょうか?やっぱり大人は大人なんだなと思わされた一週間でした。

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家族の時間

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”ゆーちゃんはね…”

家族の間だと自然と一人称が変わる。小学校に上がる時、どれほど”私”と言うように練したことだろう。私だけでなく家族みんな家の中だと一人称が変わる。こういう風に言葉を使い分けているから、家族と一緒にいる時に友達と会うと困ってしまう。自分のことを”ゆーちゃん”と言うか”私”と言うかわからなくなってしまうから。そうか、こうやって無意識に私たちは家族の空間を形成し、”内と外”の区別をしていたのか!秋学期の言語人類学の授業を思い出す。

 

家族って大切。

あたり前の事だけど、家族はいつも傍にいるからつい感謝の気持ちを忘れてしまいます。だから自分の予定ばっかり入れて、家族との時間がどんどん減っていく。学年が上がるにつれて自分でできることや責任のある仕事が増えてきて、なかなか家族との時間がとれなくなってしまうのは仕方が無いけれど、なかなか五人が揃わない食卓は寂しいです。

私の家では10年前頃から家族全員で過ごす時間が少なくなった気がします。兄弟三人が2歳違いのため毎年受験生がいて、そのためお出かけしても受験生は一人お留守番ということがほとんどでした。受験生がいなくなっても今度は大学生になると友達との予定が多くなり、さらに私の留学で家族が4人でいる時間がかなり増えました。

しかしみんな忙しくて、家族との時間がなかなか過ごせないからこそ、その時間がさらに大切に感じるようになりました。だから最近は家族がそれぞれお互いと過ごすための時間をとろうと努力しているというか、少なくとも意識している気がします。

 

”今週土曜日空いている?”

姉の誕生日が近いということでお祝いするために家族で何かしようということになりました。高級レストランに行ってみようとか、ディズニーランドに行こうとかいろいろ迷った末、結局木更津のアウトレットへ行きました。アクアラインを使ったので途中海ほたるに寄ったのですが、そこにあったゲーセンで兄がこの子をとってくれました!それも一発で!

 

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無難ですが、名前は”ピヨちゃん”や”ピーちゃん”あたりがやっぱりしっくりきそう。

 

”うれしいことり隊”のクルマサカインコだそうです。名前をつけてあげようと思っているのですが、まだ良い名前が思い浮かびません…。

母:”’ゆーちゃん’って名前付ければ?なんか丸さが似てるじゃん。あ、でもどうしよう本当にこんなにまんまるくなって今度アメリカから帰ってきたら?”

もう、なんて失礼な。でも家族だからでしょうか、ちょっとひどいことも平気で言えちゃうし、そんなに気にしない。

 

アウトレットではなぜか5人全員でレジに並ぶ宮脇家。

姉:”何でこんなみんないるの?必要ないし迷惑でしょ(笑)”

 

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ぴーにゃっつはかわいいけど…Pマンの目が死んでいる(笑)ワンパンマンに何か似ている気がします。

 

帰りの車の中。

父:”ゆーちゃんが免許取ったら、運転手が5人になるぞ!それってすごくないか?24時間運転できるぞ!”

私;”じゃあみんなで24時間運転リレーでアメリカ横断ドライブでもするか!”

姉:”でも私夜のシフトはやだよ。”

兄:”もう家族5人で旅行とかすることは無いかもしれないけどね…。”

確かに。家族って一生のものだけど、こうやって家族5人でいられるのはあとどれぐらいなのだろう?兄も来年社会人だし、いつか兄弟三人ともそれぞれの家庭を持って会うことも少なくなっていく。家族が増えるってうれしいことだけれど、この5人でいることが少なくなるのかと思うと、なんか寂しい。

留学して、家族を離れて、連絡もあまりとらなくなって、”なーんだ、もう家族に頼らなくとも生きていけるじゃん”とか思ってしまうけれど、やっぱり家に帰ると家族の必要性に改めて気がつかされます。もちろん、時には兄弟と喧嘩したり、親に何か言われて頭にきたりしますが、何か言葉では表せない信頼関係がある、大切な友達とはまた違う存在。

 

夕食は地元で人気なパスタ屋さんへ。注文した料理はみんなでシェアして食べる、これも家族だからできること。夕食の最後、なぜか恋愛の話になりました。家族で恋愛の話をするなんて、初めてだった気がします。それも親から恋愛のアドバイスをもらうなんて!

 

パパ

ママ

きょーちゃん

たーちゃん

ゆーちゃん

 

お互いの呼び名からも、友達から”仲の良い家族だね”と言われます。”そうかな?”と私は思うのですが、考えてみればこんなに居心地が良くて”家族は大切”と思わせてくれる家族に生まれて、本当に幸せです。もしかしたら私が末っ子だから、育てたり導いたりと家族を形成する側の苦労は何も知らずに、ただ恩恵だけ受けてきただけだからこう感じるのかもしれませんが。

 

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姉のために作った誕生日ケーキ。ガトーショコラの生地にオレンジと生クリームで飾りつけました。

 

私の勝手なイメージですが、一般的に西欧文化の家族は日々お互いに“I love you”(愛してる)って言い合って、ハグやキスをし、仕事よりもやっぱり家族が優先!といったような温かい、愛に溢れた近い関係がある気がします。それに比べて日本の家族はお互いに”愛してる”なんて言うこと無いし、何か西欧の家族に比べて距離があって、ちょっと冷めているように感じます。西欧人の友達のところにホームステイして、ハグやキスで”また来てねー!”と温かく見送られた時、私はすごく”愛されている”と感じて、実の家族が何か冷たく思えてしまいました。何で会ってから5日間しかたっていないこの人たちのほうが、十年以上一緒に暮らした家族より自分を愛して、温かい気持ちにしてくれるんだろう?

しかし、だからと言って日本人は家族をあまり大切に思っていない訳ではありません。きっと、毎日言葉や行動で”愛してる”って表さなくても、もうわかりきっていることだから確認の必要が無いのだと思います。そうか、文化によって愛情表現やそもそも”愛”の定義が違うから、どちらの方が愛が強く、温かく幸せな環境だなんて比べられないのか。今学期の比較教育学の授業を思い出す。

 

こんな幸せな家族、私もいつかもてるのでしょうか?というより、持ちたいです。将来の夢を考える時、自分のキャリアとか個人のことばかり考えてしまうけど、他人と作り上げる”家族”のことは、もしかしたら自分個人のキャリア以上に大切なことかもしれません。

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今までに無い、(ちょっと大人な?)夏休み

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日本に帰国してから一週間が経ちました。

やっぱり東京は暑い!と思ったら、プロビデンスも今日は30℃を越えたそうです。5月にこんなに暑くなるなんて、やっぱり地球温暖化の影響でしょうか?

4ヶ月ぶりの帰宅。商店街のお店が閉店していたり、都バスの表示が進化していたり、ベランダに新しい花寄があったり、また少し変化に気づきます。

 

”今日は休みなんですか?”

”はい、まあ。実はアメリカの大学に行っているのでもう夏休みなんです。”

”えっ!?もう?まだ夏じゃないじゃないですか(笑)”

美容院での会話

暦の上ではもうとっくに夏ですが、確かに5月ってまだ”夏”では無いのでしょうかね(笑)

 

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髪をほんの(?)30cmぐらい切りました。やっぱりロングへのイメチェンは道のりが長すぎました….。

 

さて、休みに入ったというのになぜかブラウンにいるときより寝不足な生活をここ数日はしています。夏休みは忙しくなるとは分かっていましたが、実際に予定を具体化してみると思っていた以上に忙しくなりそうで、今更ながら全部やり遂げられるのか不安になってきてしまいました。

夏休みは3ヶ月以上あるのですが、アメリカの大学は休暇を長くすることで学生がインターンなどの長期的な活動ができるようになっています。日本でも私が知っているところだと東京外国語大学は短期留学をしやすくするために夏休みが長くなっていますよね。アメリカの就活では、こういう夏休み中のインターン等での経験が重要視されるんだとか。

 

私はこの夏、インターンはしませんが先ほども言ったよう計画はたくさんあります。そこで、今日は私のこの夏の予定を紹介させていただきたいと思います!

 

1.塾講師のアルバイト

去年の夏から始めた塾講師のバイト、この夏休み中も同じ塾で働かせていただけることになりました。早速火曜日から働き始めたのですが、年度を越えたということで生徒達の学年が変わり、生徒自体も入れ替わったりしてまた少し新鮮な雰囲気です。先学期教育学を学んだので、教える仕事を通して感じたり考えることは多くなりそうです。また短期になってしまいますが、中途半端にならないようにがんばります!

 

2.運転免許の取得

確実に時間があるのは今しか無いと思い、教習所に入りました。夏休み中に取得しなくては大金がチャラになってしまうので、集中してがんばります。アメリカで取得したほうが簡単で安いとは聞いたのですが、実際に車を運転してみて、こうやって丁寧に教えてもらえて本当に良いなと今は思っています。手足や前方、標識、スピードなどいろいろと意識しなくてはならないのが難しいです。8月にはいつも運転してくれる父を助手席に乗せてどっか行きたいです。

 

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3.オリエンテーションキャンプのオーガナイザー

私が高校で留学したUWCの卒業生が毎年新入生のためにオリエンテーションキャンプを行っているのですが、今年は私が企画のヘッドをすることになりました。場所や内容、経費など全てオーガナイザーが決めるのでとても責任のある仕事です。高2の新入生から社会人の卒業生まで、幅広い世代の方に”UWCへの留学”という共通の経験を通して交流を深めて良い時間を過ごしていただけるようにしたいです。また、オーガナイザーをチームとしてまとめられるようにがんばります!

 

4.ニュージーランド

7月下旬にニュージーランドへ行きます。私の地元では中高生向けの短期留学プログラムがあり、区がほとんどの経費を負担して毎年100人の中高生を5カ国(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス)に12日間派遣しています。私もこの事業に高1のときに参加したのですが、今回は随行としてお手伝いすることになりました。団長率いる20人の中高生たちと共に、ニュージーランドの田舎町にホームステイします。団員たちにとって大人の方の団長より歳の近くてアプローチしやすい”お姉さん”的存在になれるように努めます。

 

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こんなところに行ってきます。4年前と比べてどう変わっているのか、変わっていないのか、気になります。

 

大きな計画としてはこのぐらいでしょうか。この他にももちろん、久しぶりに友達と会ったり、家族と出かけたり、お菓子を作ったりする予定です。ラグビーのコーチに“Don’t you dare to come back unfit!”(怠けた体で帰ってくるんじゃないよ!)と言われましたが、これに筋トレや運動をどれぐらい組み込めるだろうか…。また、3ヶ月もあるのでフランス語の勉強もどうにか継続しなければ!

ブログに書いていて改めて自分の忙しさに不安になってきました。これらの計画をどれぐらい全うできるか、これからブログでお伝えしていきます!よろしくお願いします。

 

この夏は今までに無いような夏休みになりそうです。今までの夏休みは”遊ぶ、休む、学校の宿題”などが中心で、特に計画も無く気ままに過ごしていましたが、今回は夏休みというよりも、自分で作り上げたプロジェクトというか、学校とは別の一学期というか、ちゃんとした目標がある気がします。

また、あと一ヶ月で二十歳を迎えます。社会の中で”大人”とみなされることになります。人に教えたり、人を率いたり、参加者ではなく企画の側に立ったり、責任のある仕事を通して、少しずつ”大人”として認められるようにしたいです。大人の世界とは何なのか、そもそも大人になるとはどういうことなのか、見て聞いて考えて、この夏は今まで以上に意味ある時間となりそうです。

 

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帰り道、思う事

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大学一年目が終わりました。

夏の夕暮れ、手持ちの壊れた大型のスーツケースと不安を抱えてブラウンに到着した8ヶ月前の私からどれぐらい成長できたのだろうか?

 

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ボストン空港のTerminal E

 

“How was your freshman year?”

(大学一年目、どうだった?)

 

先輩から聞かれる。

 

一年を振り返る時“あーもう一年か。あっと言う間だった!”と言う人が多いですが、私は良い意味で大学一年目は長く感じたというか、それ相応の時間が過ぎた気がします。時間を最大限に有効活用できた訳でもありませんが、とにかく充実していました。

 

秋学期は自分の大学での居場所を捜し求めて必死だった分、春学期のほうがもっとブラウンに根付けて落ち着いてた、というか楽しかったです。一向に治らないニキビにやっぱり増える体重、昼寝が欠かせない日々にあまり進歩の感じられないフランス語。上級生ばかりの授業に下手になった気がする発言のスキル。誰に打ち明けるべきか分からずに、結局日記に書き込んだ考え事や悩み事。気づけば家族への大学生活についての報告はこのブログだけになっていた。思えばストレスも多かったですが、これ程ストレスを感じられるほど、いろんな刺激があったと言えば良いのでしょか。

冬に帰国した時はまだ自分が大学生活で達成したことが無く感じて、正直“大学で何しているの?”という質問を恐れていました。しかし、今回はいろいろ話せそうです。

 

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ピザはいろんなイベントで出てくるので本当に飽きてしまいますが、寮の下の食堂のビザは結構おいしい。せっかくなので最後にお昼に食べましたが、帰国したらしばらくピザは食べたくない…。

 

“Why did you decide to study in the US?”

(何でアメリカで勉強しようと思ったの?)

 

アメリカ人の友達から聞かれる。

あれ、何でだっけ?この質問はいつも私を原点に戻してくれます。

“リベラルアーツ教育に魅力を感じたから”

やっぱりこれが一番の理由です。

 

みなさんもう既にご存知かもしれませんが、リベラルアーツ教育とは日本語に訳すと一般教養。良く言われるのはリベラルアーツはT字型教育で、まずは幅広くいろんな分野を学んで、それから何か興味のある分野を見つけて掘り下げていく。一般的に大学では最初の二年間が教養課程で、後の二年が専門分野、という形になります。

 

大学一年目はそれこそ一番いろんな分野のお試し期間。理想としては自分が将来何をするかとかに関係無く、とにかく薄く広く学問を探検(?)する時間。思えば今までは“受験に向けて”や“最終試験に向けて”というはっきりした目標を持って勉強をしてきましたが、この一年はまずはその目標を見つけるための期間でした。ある意味はっきりした目標が無いと何に向かって学んでいるのかわからなくなって戸惑うことも多かったです。

気づけばこの一年私はフランス語、人類学、演劇、宗教学、教育学、美術、認知科学と7つの学部の授業を受けました。これはやっぱりリベラルアーツだからこそできたことでしょうか?正直日本の大学がどうなのかわからないので比べることはできませんが、リベラルアーツの仕組みを有効活用できたと思っています。

いろんな学部から授業をとると、面白いことに違う分野の間にもいろんな繋がりがあることに気がつきます。私はこの分野間の繋がりがとっても面白いと思います。高校に入ったとき“学ぶって楽しい”て初めて思ったのは、中学まで習ってきた教科がそれぞれ独立している訳では無く、一見関係無い科目にも関係があるって気づいた時です。例えば科学で習った化学式が家庭科の栄養素の勉強で出てきたり。こうやって自分の学んできた知識という点と点が繋がって、お互いを強めて、実世界と繋がって、世界の見え方がちょっと変わる、こんな経験が大学では更に多くなりました。

今まで学んだ知識を現実の世界と照らし合わせて考えて、社会に出た時に良い判断ができるように準備する。大学ってそんな機関なのでしょうか?

 

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一年お世話になった部屋も、空っぽに。もうここには戻って来ないのかと思うとなんか不思議な感じです。

 

今年一番面白かったのはやっぱり教育学の授業。今まで“人”に興味があるから人類学を専攻しようと思っていたけれど、教育学の授業を受けて、私は人類学みたいに人の文化や社会の発展よりも、もっと“人”自身の発達に興味があったんだと気がつきました。また、今まで自分が受けてきた教育や、将来自分に子供ができたときにどんな教育を受けさせるべきかとかいろいろ考えさせられました。

“理想の教育が受けられると思うから”

こういう理由で留学を選んだ私。しかし一体“理想の教育”とは何なのだろう?

 

教育において、親が教育にどのような価値を置くかが子供の達成度を大きく左右するそうです。私は親に“勉強しなさい”と言われたことはほとんど無いし、両親はそんなとっても教育熱心だと思ったことは無い。でも思えば父が良く言う言葉がいつも私に教育を受ける大切さを伝えてきてくれた気がします。

“勉強しすぎて死んだ人はいない”

 

大学一年目を振り返ると見せかけて、なんか本当に繋がりの無い話のブログになってしまいましたね。帰り道、深夜の空港で思ったことをつらつら書いたのでお許しください。

 

夏休みは大学生活から離れますが、引き続き毎週ブログを書き続けたいと思います。私の大学一年目をブログを通して見守りくださりありがとうございました。そして今後ともよろしくお願いいたします!

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Baby Steps

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”はじめのいっーぽ、のーこした!”

 

みなさんは”だるまさんが転んだ”を遊んだ”を遊ぶ時、”はじめの一歩を残した”ことはありますか?”はじめの一歩を残す”ことで最後、鬼が自分に近づいてタッチされそうになった時、その”一歩”を使って鬼から逃げることができるんです。そもそも、こんなルールなかったでしょうか?

少なくとの私が遊んだ”だるまさんが転んだ”にはこれが認められていて、私は毎回はじめの一歩を残していました。

考えてみると、これってとてもおかしなルールです。遊びを”始める”という意味も持つ”初め”の一歩を踏み出さずに一体何が始まるんだ、ってなっちゃいますよね。はじめの一歩を”残した”後にどうせ遊びを始めたら前に進むのだから、”初め”の一歩を踏み出すじゃないか。”はじめの一歩を残す”ことなんて、理論的に無理です。遊びが成り立たなくなってしまう、というか一生始まらない。

でも、なんで”だるまさんが転んだ”を遊んでいた私は、”はじめの一歩”を残すことにそんなに魅力を感じたのでしょうか?遊びの最後に鬼にタッチされる可能性があるかどうかも分からないのに、万が一の事を考えて備えたかったのでしょう。しかしたかが遊び。鬼になるのがそんなに嫌だったのか?こんなちっぽけなリスクに備えてはじめの一歩を毎回残していた私は、相当な臆病者でしたね。

 

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試験期間中だというのに、久しぶりに写真を編集して遊んでました(笑)

 

こんな風に、はじめの一歩を踏み出さなきゃ何も始まらない。

確かにはじめの一歩を踏み出すのは勇気がいることです。だから、そこでの一歩をもっと効果が確実に得られる時に使いたいのも理解できます。”だるまさんが転んだ”で言えば、遊びの結末の予想が全くつかない始めよりも、最後に鬼が近づいてきた時に一歩を使ったほうが確実に自分に利益が出ます。

 

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ようやく初夏の雰囲気となったプロビデンス

 

でも、違う。

だって、繰り返しになりますが、はじめの一歩無しでは何にも始まらないから。はじめの一歩無しに、結果に近づくなんてありえません。

 

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あれ、春夏飛ばして秋!?

 

そろそろ春学期の最後を迎えます。

今学期の最後の授業が終わった。

一歩

フランス語の試験を終えた。

一歩

教育学の論文を提出した。

また一歩

たくさんやることがある気がするけど、一歩一歩確実に進んでる。

 

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朝起きて、一日を始める準備をができた。

一歩

教授に期末のエッセーについて話に行った。

一歩

たまってた洗濯をした。

また一歩

一歩一歩は小さいかもしれないけれど、意味の無い一歩なんて無いと思う。

 

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ブラウンのキャンパスにはいろんな鳥がいます

 

今月末、オバマ大統領が米国の大統領として初めて広島を訪問するそうです。過去70年間の大統領たちが残してきたはじめの一歩をいよいよ踏み出すようなものでしょうか。この一歩がどんな結果をもたらすかはわかりませんんが、一歩踏み出すことには変わりありません。

 

一歩、また一歩

 

”だるまさんが転んだ”では幅跳びみたいに誰が”はじめの一歩”で一番前に進めるか競ったこともあるけれど、”はじめの一歩”でがんばって人より前に出る必要なんて、今思えば無かったかもしれません。大切なのは、飛躍することでは無くてとにかく一歩踏み出すこと。一歩踏み出せばどんなに小さな一歩でも、確かに前に進む。来るかもわからないリスクに怯えてはじめの一歩を踏み出さなきゃ、何も始まらない。

 

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一歩一歩

小さな一歩かもしれないけど

世界も私も

確かに一歩

進んでる

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だから今日も、もう一歩

課題の山も、きっと越えられる。

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”学ぶ”って楽しい

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突然ですがナゾナゾです。

 

ある父親と息子の親子が不運に交通事故に合いました。父親は即死、息子は重症で病院に搬送されました。手術室に運び込まれた患者の顔を見て、外科医は言いました”I can’t operate. He’s my son!” ”私はこのを手術を行えない。これは私の息子だ!”と。

 

あれ?父親は交通事故で亡くなったはずなのに、なぜ?みなさんはこのナゾナゾの答え、わかりますか?

 

多くの人は、こんな事を考えます

-実は死んだ父は再婚後の父で、外科医が血縁の父だった

-同性婚の両親で、父親が二人いた

-実は父親ではなく、祖父だった

-重症の彼は、外科医の息子のそっくりさんだった

-父親が蘇生した

などなど

 

みなさんの考えも似たようなものでしょうか?

しかしどれも間違えです。

答えはとっても単純で、当たり前で、なおかつ衝撃的です。準備は良いですか?

答えは….

 

 

 

 

外科医は重症の彼の母親だった

 

 

 

 

!!

 

 

そう。当たり前でしょう?人には必ず父親と母親の二人の親がいるんだから、父親が亡くなったなら、外科医は母親であるに違いない。それ以外に何がありえますでしょうか?離婚とか同姓婚とか考えたあなた、考えすぎですよ?

 

…と言いたいところですが、私は恥ずかしながらこのナゾナゾがわからず、答えを聞いたときに衝撃を受けた一人です。そう、私たちは”男女平等”とか日々唱えながらも、無意識にも社会の中で形成された”外科医=男性”というイメージを持っていたために、外科医=男性→外科医=親ならば外科医=父親、と考え、どうやったら死んだはずの父親が存在できるのか理由を探したのです。

このように、人にはどうしても避けられない偏見が備わっていると、先日行ったMahzarin Banajiさんの講演“Blindspot: Hidden Biases of Good People”(盲点:良い人の隠れた偏見)で学びました。この公演、本当に面白かった。研究の内容はもちろん、彼女のユーモアを交えたプレゼンの方法も、とにかく面白かった。

 

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関係ありませんが、先日行ったVintage Fairで見つけたゲーム。上の台詞にがなんとも彼らしい”It’s not about whether you win or lose, but whether you win!” (勝ち負けの問題ではない、勝つことに意味があるのだ!)

 

講演の内容を全てご紹介したいところですが、長くなりすぎてしまうので何点か特に面白かった点をご紹介します。

-女性の名前のハリケーンの被害が大きくなるのは、人々は女性の名前を聞くとあまり危機を感じず、備えが不十分になるから

-目が離れた人のほうが頭が悪く見える

-面接はいろんな偏見が影響するから望ましい選抜方法ではない

-偏見は悪いわけではない。生き抜く上で正しい判断ができるように人間が発達してきたものだから

-問題は偏見によって誰を傷つける(harm)かではなく、誰を助ける(help)かである

などなど。

 

こうやって大学が他の大学の教授やプロフェッショナルを招待して講演を行ってくれるのは、本当にすばらしい学びの機会だなと思います。話の内容が高度すぎてわからなかったり、疲れてて講演者には失礼ながらも寝てしまったりすることもありますが、今回みたいに面白いのにあたると本当にinspire(鼓舞)されます。

毎日夜中の1時に来る大学のイベント情報をまとめたmorning mail。迷惑だと言う生徒もいるけれど、私は毎朝”今日はどんなイベントがあるんだろう?”と楽しみに読んでいます。予定が空いている時間に興味のある講演があれば、行ってみる。こうして必要以上に自分を忙しい生活に追い込んでいます…なんて(笑)

 

”もう、早く日本に帰ってまったりした生活がしたい~”と思う反面、”やっぱり新しい知識を得るのは楽しい。もっともっと学びたい!”と思う気持ちでいっぱいです。てか溢れてます。

 

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プロビデンスのカフェ、Pasticheさんの有名なフルーツタルト!フルーツはもちろん、クリームもタルト生地も新鮮でとってもおいしかったです。

 

今は教育学の期末のために日本のゆとり教育についてのエッセーを書いているのですが、日本の教育について調べ始めると、これもまた本当に面白い。今までゆとり教育とか存在は知っていたけれど、”授業時間が増えたりして迷惑だな”と思ったぐらいで実は何も知らなかったので、制度の目的や影響について知って驚きました。そして図書館で本を探していると、日本の教育制度について書かれた面白そうな本が視界に入ってきて、ついテーマであるゆとり教育から脱線してしまいそうになります。時間があれば全部読みたいところですが、締め切りが来週に迫っているのでがまんがまん…。

いろんな論文や資料を読んでいると、自分はなんて日本の教育制度について無知だったんだろうと気づかされます。こんなんでよくも高校時代、友達と”理想の教育”とかについて語ってたなと思いました。歴史や背景を理解して意見を論じている専門家はやっぱり知識量の次元が違うなと。

ここ数日で学んだことについて語りたいところですが、そうすると私の期末のエッセーになってしまうので(笑)まずはそっちを進めます。

 

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ケーキ<3

 

もう何度も繰り返している気がしますが、ほんと最近、学んでいる事が多く感じます。ここで得た知識、いろんな人に共有して、意見を交わして、議論して、得た知識を生かしたいです。このブログにも、書きたいことが多すぎて、毎週”今週はこれについて書こう!”とか思ってても結局当日別のことを思いついてそれについて書いてしまいます。きっと帰国したら話すのやめられなくて、家族に”うるさい”って文句言われる気がします。

 

今までの人生の中で一番”学ぶって楽しい”って実感しています。学生でいて、大学に通えて、学んでいられて、本当に良かったって。

 

こんなに毎日いろいろ学んでいる私ですが、先ほど部屋の鍵を忘れて部屋から締め出されるというバカをやらかしました。この一年やらかさずに済んだと思っていたのに…。幸いにもルームメートに電話したら案外近くにいて、すぐに駆けつけてくれましたが。学問だけでなく、”忘れ物をしない”とか日常生活の中でもまだまだ学ぶことは多そうです(笑)

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先日、スーパーへの行き方を学びました。イチゴの試食(それも丸ごとでチョコがけ!)とは、なんとも太っ腹。

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”夢”

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“Paint a dreamscape”

(夢の風景を描け)

今週の美術の課題。

線画、静物画、人物画、色を使った絵と基礎的な美術の手法の学習から発展して、課題もどんどん自由になってきた。

 

うーん、”夢”か。最近見た夢を思い出してみる。

最近はなぜか夢にうなされていることが多い気がする。朝起きると思い出せないし、夢を見ている間も何でよくかわからないけど、何かに対して不満を抱いて怒っているというか、うなっている自分に気づく。掛け布団の向きが変わってたり、ベットから落ちていることも最近よくある。

意識があるようで、無意識な世界の”夢”。何か悩んでいることでもあるのだろうか?

 

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先週キャンパスで見かけた車。政治的メッセージについてはいろいろ議論できるが、アートとしてはすばらしい。

 

“You’re shouting in Japanese”

(日本語で叫んでるよ)

高校のルームメイトに、私の寝言についてこう言われたことがある。

言われた時は驚いた。まずは自分がよく寝言を言っているということは、家では一人部屋だった私にとっては新しい発見だった。次にバイリンガルだけど、寝言は日本語なことなのと。そしてなによりも何か”言ってる”のではなく”叫んでる”らしいこと。そんなに大声で寝言を言ってるなんて、思わぬところでルームメイトたちに迷惑をかけていたなんて(笑)

このことを知ってから、自分でも寝言を言っていることに気がつくようになった。寝ている時って無意識なのに?と思うかもしれないが、”あ、今これ自分実際声に出して言ってるな”ってなぜかわかる。気づいたところで私は特に止める努力もせず、”今までもずっとそうだったみたいだし、まあいっか”と思って話し続けるのだが。そもそも、止めようと思ったところで止められるものなのだろうか?

 

夢って、自分でコントロールできないからとても不思議だ。何か頭の中にあることを夢見るのだろうから、何度も見たい夢の物語を想像しながら眠りに入ろうとしたことがあるが、思い通りの夢が見れたことは無い。気がつくと”眠っている間ぐらいは忘れたい”と思っていた今日の出来事や近づく締め切りのことなどを考えている自分がいて、いつの間にかなんか筋の通らない事柄を関連させた夢を見る。

学校の友達が、なぜか今いる旅行先にいて、外人の友達なのに日本語を話していて、現実ではお互い知らないはずの友達同士がとても仲良くて、みんなで謎の組織からよくわからない目的で逃げていたり、夢ってなんかめちゃくちゃだ。でもその非現実性がおもしろい。

”現実ではない”とわかっていても、どうしても現実だと信じてしまうこともある。例えば早起きしなくてはならない日、私はよく寝坊する夢を見る。とってもリアルで、目が覚めて時計を見て安心するのだが、もう一度寝ても寝坊する夢を見る。これを3回ぐらい繰り返す。それも毎回少しずつシナリオが違うから、”やばい、今度こそはマジで遅刻だ!”と思ってスリル満点というか、安心して眠れない。

逆に幸せな夢が現実味を帯びていると、起きてやっぱり夢だったことに気づくととても悲しくなる。夢が楽しすぎたせいで、一日中気が落ち込んだ日もあった。これは寝言を言う私に特徴的なことかもしれないが、時々、夢の中で(実際に寝言で言っているのだろうが)何度も誰かのことを呼びかけても振り向いてくれないことがある。”何でこんなに無視するの?”と思い始めた頃、眠りから覚めて”あ、そうか。だって本当は隣にいないんだもん。呼びかけに応える訳が無いよね。”と気づく。こういうことがあると、ほんと悲しい。

家に帰った夢とか、場所を移動したリアルな夢は、目を覚ますと一瞬”あれ、今自分どこにいるんだっけ?”と思ってしまう。夢って現実と非現実との境界が曖昧になって、不思議だ。

 

”夢”って一体何なんだろう?頭の中で考えていることなのだろうけど突然、忘れかけていた知り合いが夢に出てきたりもする。その人のことなんて考えてもいなかったのに。夢って何かを暗示しているのだろうか?それとも私たちの”無意識”が作る、自分の本心というか、根本的な何かを表しているのか?

 

”夢の風景を描く”

私が想像したのは、最近の夢にうなされる自分。暗い色の何かが、渦を巻くようにして中心で寝る私を取り囲む。でも夢って渦みたいに連続性が無い。むしろばらばらしていて、論理的に繋がらない。それに悪い夢ばかり見ている訳では無いし…。楽しい要素も何か私に不満を抱かせる要素もあるし、何かはっきりした形あるものがあるようでない。

ふーむ。これをどう表現しよう?

春休みにニューヨークでの美術鑑賞をしたからか、なんとなく点描画法を使ってみたいと思っていた。白く塗った板に、gel medium(媒体?)を使って重くしたアクリル絵の具で点を打っていく。

 

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週末の美術室。パソコンの画面を見るのに疲れたからちょっと美術の課題をやりに行こう、という思いのはずが、気がつくと5時間経っている。正直言って、授業の課題できっとクラスメートにしか見られない、終わったら捨ててしまうような作品に何でこんな時間をかけるのだろう?と思ってしまう。でも作っていて楽しい。自分はやっぱり美術が好きなんだなって、こういうとき改めて感じる。本当は舞台の上で輝くような、人前で何か披露することができるようになりたいけど、自分にはこうやって作品を通して表現するほうが向いているのだろうか?なんか地味に思えて、それに自分に大した才能があると思えないけど、やっぱり好きなものは好きなんだなって思う。

 

完成した作品はこちら。

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上下左右も始まりも終わりも無く、いろんな要素が交じり合って、何かを形作るようでそうでなくて。

 

みなさんにはどう見えますでしょうか?

そして、あなたの”夢の風景”はどんな風景ですか?

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”真面目”って損?

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”私はいつも英語版を読んでるよ。だって原文読むの時間かかるし…”

”私も!みんな授業中英語版をパソコンで開いて見てるよね。真面目にフランス語で読んでる人いるのかな?”

”G君ぐらいじゃない?彼面白いよね。なんかいつもすっごくがんばってる。発言してくれるからクラスのみんな助かってるけど(笑)”

こんな会話を交わすフランス語の授業のクラスメート二人。きょとんとした表情の私に気づいたのか、こう言ってくれた。

”英語版、題名に’English version’ってググればすぐ出てくるよ!”

私もおそらく英語版を読んでラクしたいだろうと思ったのだろう。

 

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先週からフランス語の授業ではGuy de Maupassant 著のPierre et Jean (ピエールとジョン)という小説を読んでいる。週三回ある授業で、毎回半章~一章分読んで行かなくてはならない。私が持っているPDF版で言えば大体一章30ページほど。内容をちゃんと理解しようと、分からない単語を全て調べながら読み進めていると、たった5ページを読むのに1時間近くかかることもある。日本の中高の英語の読解の授業での友達の苦労と努力はこんなかんじだったのだろうか?ようやく理解できた気がする。

授業では口頭で物語の内容を確認したり、とある場面や表現の重要性、内容に対する意見を話し合う。話すのが苦手な私にとっては、内容を理解して意見を持っていてもそれをちゃんと文章にして発言するのが一番難しい。でも、その”英語版を読んでいる”と言った子は話す能力は私よりあるから、内容さえ理解していれば授業に同じぐらい、もはや私以上に貢献できる。発言量から見れば、教授には英語版を読んだ彼女のほうが授業の予習をちゃんとしたように見えるだろう。

そして私のクラスメートは、真面目にフランス語で読んでいそうなG君をバカにしていたというか、彼の真面目さを笑っていた。

こういうことがあると、真面目にやっている自分がバカらしく思えてくる。だって、英語版を読んだほうが早く、それに確実に内容を理解できるし、みんなそうやって授業に参加しているんだから。なんでこんな効率の良い方法、私も思いつかなかったのだろう?何時間もかけて原文を読んだことなんて、教授には分からないし評価してもらえない。真面目に授業の予習に取り組んだ自分が損している気がする。

 

他にもこうやって、真面目に取り組んでいる自分が損している気がする出来事は多くある。例えば日本の中学での校外学習でのこと。鎌倉での前日班ごとの自由行動だったのだが、”小町通り立ち入り禁止、食べ歩き禁止”と言われていた。ご察知の通り、多くの班はこれらの規則を破った。一方、真面目な私は班長として私の班に規則を守らせた。後から学年集会で規則を破った人たちは怒られたけれど、彼女らが小町通りで楽しい時間を過ごせたのは変わらない。結局はやったもん勝ちではないか?真面目な班はその”楽しい時間”を過ごせずに、損したのではないか?

 

自分で言うのも何だが、私は真面目な性格だと思う。言われたことは言われた通りにやらなくたはならない、という思いがとても強い。だから学業で言えば宿題みたいに”やらなくてはならない”と言われたものは必ず期限通りにやる。だから特に校外学習での班長みたいな立場だと、規則を破ったときにどうなるのかが心配で、いくら周りに”少しぐらい大丈夫だよ!”と言われても、なんかそわそわしていまいち心から楽しめない。

真面目な性格だと、”ちょっと悪いことをして楽しもう”という楽しみがなかなか味わえない。これって人生損しているのではないか?

 

何にでも真面目に取り組めば、きっと周りから信頼を得られるだろうし、フランス語の授業の予習なんかは特に、長期的に見れば真面目に取り組んだほうがメリットは多いだろうけれど、どうしても周りがラクをして、楽しんで、自分と同じ結果を出しているのを見ると損した気分になってしまう。

自分の真面目な性格はきっと変えられないと思うが、たまにはこの”真面目さ”を捨てて、規則とか気にせずに、気楽に何か少し”悪いこと”をして楽しんでみたい。

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物を貸すリスク

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ありえない。ありえない!

常識の無い人の行動にはしばしば驚かされる。そして頭にくる。

先週お伝えした認知科学の授業のクラスメート(この先、Eちゃんと呼ぶ)から、実験に使う物を作るのに絵の具を貸して欲しいと言われた。私が作った装置に黒い絵の具が使われているのを見て、私が絵の具を持っていることを知ったのだろう。そんなに大量に使う訳では無いだろうし断る理由は何も無かったので、黒い絵の具と筆とパレットを貸してあげた。”では木曜日の授業の時に返してね!”と言って手渡した。

 

木曜日、授業にて。

今日は週の始めに行った実験結果をそれぞれ発表する日。Eちゃんは発表の後、約束通り絵の具を返してくれた。貸す時に入れた袋に入れたまま。確認のため中身を見て、驚いた。

貸したものがこんな状態で帰って来たからだ。

DSC07951

そう、筆もパレットも洗ってなく、黒い絵の具がこびりついていた。

薄いビニール袋から黒が透けて見えた時に”まさか?”と少し思ったが、その予感が的中してしまった。

Eちゃん:”Thank you!”

私:(笑顔で)”You’re welcome!”

心の中:”おい、よくも洗わずに返したな。何考えてんだお前。マジでありえない。”

苛立ちの気持ちを笑顔で隠した。

 

確かに絵の具をきれいに落とすのは大変なことで、もともとパレットも筆も真っ白であった訳ではない。しかし、見てみよう。

DSC07953

残った絵の具が立体的に固まってる。ティッシュでふき取ろうとした痕跡も無い。本当に使って、そのままほっておいたのだろう。これは確信犯だ。

絵の具は乾くと固まる。特に筆は固まると使えなくなる。それに色が黒!パレットでは次使う時に作った色が見にくくなるし、筆の黒が少しずつ落ちてきたら他の色への影響はとても大きい。いつもまつげがくりっと上を向いていて、黒髪ロングのアジアンビューティーなEちゃんよ、ブラウンの医学大学院(medical school)への入学が保障されているPLMEプログラムに入っている優秀なEちゃんよ、申し訳ないが、君はこんなことも知らないのか。苛立ちを超えて、なんかあきれてしまう。

いくら”人や文化によって常識の定義は違う”と言っても、これはさすがに頭に来た。

まあ、約束通りに授業で返してくれただけ良いとしよう。

些細なことかもしれない。 しかしこういう些細な事がなぜか一番頭にくる。

 

日本であれば、借りたものは元の状態にしてなるべく早く返す、当たり前ですよね。元の状態どころか、お菓子など、何か付け加えて返すことも多い。これは貸してもらったことへの感謝の気持ちの表現だと思う。使ったらきれいに戻すのは最低限の常識で、何ならそれ以上のことをするのもほとんど当たり前だ。

しかし、日本以外ではどうだろう?

よく”外人に物を貸すと返してもらえない”ってこと、聞きませんか?少なくとも私の経験上、これは良くあります。とある私の日本人の友達は、外人の友人が、以前貸したペンを使っているを見て”あ!”と指差したら”そう、これ君がくれたペンだよ。”と言われたとか。

これは貸す時の勘違いによる出来事なのだろうか?それとも文化によって”物を貸す”という概念が全く違うのか?いや、でも”借りた物は元の状態にして返す”ってことぐらい、万国共通であってほしい。

理由はどうであれ、こういうことが続くと人に物を貸したくなくなってしまう。だから私は授業の時は貸せるペンを持っていると思われないように、筆箱を鞄の外に出さないようにしたりしている。

けちな人になりたく無いし、日本人なら誰にでも物を貸せる訳でもない。しかし、物を貸すときにはやっぱりリスクがあるんだと改めて思わされた。みなさんもお気をつけください。

 

すみません。ただの愚痴になってしまいましたね。お詫びに、先日遭遇したなんともかわいらしい子を紹介します。

 

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あら、かわいい

 

こんな小さなリス、初めて見ました。大学の建物の中に迷い込んでしまったのを、何人かの生徒が外に出してあげたそうです。まだ人間への警戒心が少ないのか、生徒の靴に自ら乗ったりしてました。

 

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巨人の足じゃないよ、リスが小さいんだよ!

 

嫌な気持ちも、吹き飛ばしてくれますね。

 

P.S.絵の具は石鹸だ洗ったり、爪で剥ぎ取ったりを繰り返してほとんど落ちました。

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How are you?

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一向に進まない支度の途中、朦朧とした頭で思う

”もう理由をつけて休んでしまおうかな?”

いやいやわかってますって。なんとなく言ってみただけだよ。

わかってるから怒らないでよ。

-ナノウ、”ハロ/ハワユ”より

 

ボカロ好きの人はきっとご存知でしょう。忙しい時、疲れた時、なんか辛い時に自分に”最近どう?”とやさしく語りかけてくれる名曲です。ここ数日ずっと頭の中を流れています。みなさんも是非、疲れた時は一息ついて、この曲に聞き入ってみてください。

 

“How are you?

友達に会うと必ず聞かれる一言。どんな状況であろうと、これは社交辞令だから

“I’m good”

と返す。

しかし実際はどうだろう?

今週は良いこと無くて、時間も無くて、いろいろできる気がしなくて、火曜日の時点でなんか泣きそうになってしまいましたが、さっき大雨の中のラグビーの練習から帰ってきて、シャワーを浴びて、”あ、もう明日は金曜日なんだ”と気がつくとなんか気が晴れたというか、ちょっとリフレッシュしました。

いやー、たまに天然のシャワーを浴びるのも悪くないですね(笑)

 

さて、今日は火曜日に泣きそうになった理由について書きたいと思います。

理由はこいつです。

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平行四辺形

特に鋭角が45°のもの。

正確に言うと、平行四辺形が悪い訳ではなく、これを使った実験とその過程をいまいち理解できない私がいるせいで泣きそうになってしまったのですが。

 

今学期の始めにも言いましたが、今とっている認知科学の1年生のセミナーはなんと生徒が5人しかいません。そこで、論文を読んでとある仮説についてその真偽を議論し合うだけでなく、実際に実験してみよう!となったのですが、理系科目からはしばらく離れていた私にとって、独自の実験を一から考えるのがとっても難しくて…。この授業は中間も期末も無く、成績の70%がクラスへの貢献(参加?participation)で計られるのである意味あまり成績とか気にせずにいられる楽な授業のはずなんですが….今更になって”なんでこの授業とったんだろう…?”とか思ってます。しかし実は”せっかくなら実験をやってみたい!”と言い出したのは私だったりするので、頑張ってます。

 

授業の焦点となっている理論はGoodaleとMilnerという学者の研究によって発表された“The two visual system hypothesis” 。簡単に説明しますと、”脳は物の認知(perception)と運動(action)を二つの別の経路で処理している”という説です。この説に対して、本当だとか間違っているとか、もう何十年も議論されているそうです。

GoodaleとMilnerの研究は形は見えないのに物はよけられるというような視覚失認(visual agnosia)の患者に対して主に行われていますが、症例が少ないため障害を持たない一般の人を使う必要が出てきます。そこで行われるのが視覚的錯覚を使った実験。被験者の視覚が錯覚に惑わされていながら、手の運動に錯覚の影響が無かったら、認知と運動は別の経路で処理されているってことが証明できる訳です。

大体の実験は、まずは被験者に錯覚を見せ、錯覚に現れる物体がどれぐらいの大きさに見えるかを指で表してもらいます。それからその物体を親指と人差し指の二本で掴んでもらって、掴みに行くときに開いた指の間隔の最大距離(maximum grip aperture)を記録します。錯覚によって物体の大きさは正確に認知できていないのに、掴みに行くときは実際の物体の大きさに指の間隔を広げるという興味深い研究結果が多く出されています。しかし注意しなくてはいけないのは、だからと言って二つの別の経路があるという証明にはならないということです。もっと他の理由があるかもしれませんし、実験の行われ方の問題もあります。

ここまでの説明、みなさんついて来られていますでしょうか?なるべく簡単に説明しようとしていますが、私自身、そこまで知識が無いので…興味がある方は調べてみてください。

 

さて、いよいよ私が今やろうとしている実験について。授業では、一人ずつ好きな視覚的錯覚を選んで自分の実験を考えようということに。ここから苦労が始まりました。

まず、まさかの選んだ錯覚がもう一人と被った。この世にいくつも錯覚は存在するというのに、5人しかいないというのに、被った。それに思いついた実験は全く一緒という….。選んだ錯覚はShepard’s table illusion。二つの平行四辺形は合同なのに、違う形に見える錯覚です。結局私は同じ錯覚を使って違う実験をすることに。

 

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二つのテーブルの表面は向きが違うだけで、実は全く同じな平行四辺形です。

 

私が考えた実験は、まずは被験者に”実際は合同ではないけれど、合同に見える平行四辺形”を作ってもらいます。そしてその”同じに見えるけど実は違う”平行四辺形を掴んでもらって、その違いを見るという実験。

平行四辺形の二辺を動かして大きさを変えられる装置をデザインして作りました。まずは裏紙で試行錯誤。それから春休み中に画用紙で作成。”これで春休み後の実験にばっちし!”と思いきや、火曜日にもっと頑丈なほうが良いと言われ二日で材料を買いに行って作り直すことに…。それに、”実際どのように実験を行うのか?”という部分に入ると、私が考慮していなかった様々な点が発覚…。何をどう被験者に見せて、何をどういう順番で何回行うかなど、決めなくてはならないことが多くて…。

”これは2×2×2の、合計8ブロックの実験だね”

”Controlの例も入れるべきだね”

話が理系すぎて何言っているのかよくわからないというか、わかるけど理解するのに時間がかかるというか、理解した気になっているだけで実際理解していなかったり…。他の四人は自分が何をやっているかちゃんとわかっているようで、そんな中私はもう頭がパンクしそうになっていて…。

 

”実験をやってみたい!”とか軽い気持ちで思いましたが、実際に実験をデザインして行うことの大変さに気がつきました。ここまでやって、結局最後までやり遂げられないのでは?失敗するのでは?また全部作り直すとか無理だよ!いろいろ不安になって、火曜日の授業のあとは泣きたくなってしまった訳です。

教授にこの不安を伝えると、

“Don’t worry, we’ll support you. That’s what we’re here for. You’ll be fine!”

心配しないで、サポートするから。私たち(教授と研究員)はそのためにいるんだ。君にもできるさ!

陽気なイタリア訛りの英語で励ましてくれた。

 

DSC07869

装置のアイディア、試作品、そして右側の黒いのが完成品

 

今日、どうにか授業までに実験の装置をつくり直して教授に見せると、“This is perfect!”(これで完璧だよ!)とほめられた。実は角度や長さが少しずれていたり、定規を使ったのに若干真っ直ぐではなかったりと、完璧とはほど遠いのですが….。素人なので許してください、という気持ちです。

実際に使う研究室と器具を見せてもらい、来週には実験を行って何かしらのデータを集めるのが課題です。明日は実験の最終確認をしてきます。目の前に形あるものができて、少し不安も無くなりました。来週、問題なく実験が行えますように!

 

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研究室の中。指の動きを感知する装置は6万ドルもするらしい。ちなみに左側のカメラ目線(?)の方が教授。

 

こんな訳で、ここ数週間平行四辺形を切り抜きながら”自分は理系な頭ではないんだな”と感じた柚子でした。

 

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