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今回は8枚購入。これで$1は安い!

旅の楽しみ方

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メイからバトンを受け取りました、柚子です!

ご存知の通り、ただいま春休みを利用して二人でニューヨーク、マンハッタンへ来ています。

今日はメトロポリタン美術館を駆け巡ってからセントラルパークを散策し、公立図書館、Garment Districtを歩き回って夜はメイの高校の先輩の方と食事をしてきました。

都会暮らしには慣れているとは言え、マンハッタンの建物の大きさを人の多さには圧倒されます。職場も学校も遊ぶ場も住む場も全部一箇所に凝縮されたというか、本当に忙しい街です。

 

メトロポリタン美術館。今日は気温が20℃もあって、入り口は人でにぎわってました。

 

さて、みなさんは旅は好きですか?お好きな方は、どうやって旅を楽しむのが好きですか?観光名所を回るのはもちろんですが、人によっては食事だったり買い物だったり、旅の楽しみ方は様々ですよね。今日は私の旅の楽しみを二つ、紹介したいと思います!

 

1.ハガキを送る

 

今回は8枚購入。これで$1は安い!

 

観光地のお土産屋さんに行くと必ず見かけるハガキ。大体は名所の写真や絵が一面にあり、記念の写真として買っていく方も多いですよね。私は実際にこれを送るのが好きです。”こんなところに来たよ!”と友人や家族に報告するのはもちろんですが、それよりも旅とは全く関係ない近況報告やふと思いついたことを書きます。必ずハガキを送る人もいますが、いつも少し多めに買って残りは旅によって思いついた人に送ります。最近は手紙やハガキどころか、メールすらあまり書くことの無い人も多いかと思いますが、こんな時代だからこそ、ハガキってなんかとても特別に感じるというか。その時思ったことを書いて、送ってしまえばもう再びみることも無い。今までに送ったハガキの内容はほとんど忘れてしまったけど、相手の手には残る。だから変なこと書いてあることも多いかと思います(笑)。でも少なくとも私は友達からハガキが来ると、どんなにくだらない内容でもとってもうれしいので、相手もきっとそう受け取ってくれていると信じています。また、場所によっては切手が手に入りにくかったり、届くのに一ヶ月以上かかったり、特に国際便だとその国のお国柄が見たりするのも面白いです。

 

2.人との出会い

 

アットホームなホステルで朝食が充実している。

 

観光だけだとあまり新しい人に出会うって事は無いかもしれませんが、出会いは思わぬところにあったりします。例えば今朝は朝食のときに同じホステルに泊まっているデンマーク人のおばさんとの会話が弾みました。彼女は年に三回ぐらいニューヨークを訪れ、いつもここに泊まるんだとか。明日プロビデンスに帰ることを伝えると、”では今週末開かれるPillow Fight(枕合戦)は見れないのね、残念。”と言われ、思わぬところでニューヨークのちょっと(?)変わった恒例イベントについて知ることができました。また、夜は冒頭にも言ったよう今ニューヨークで勤めてらっしゃるメイの高校の大先輩とお会いし、職場を見学させてもらった後、食事をしながら仕事や大学、教育、日本の将来など実に様々なことについて話しました。こうやって旅先で人と出会うと、良い思い出になるのはもちろん、旅の先も続く人の繋がりができたり、現地の人であればその場の文化や生活により深く触れられたりと、より旅が充実したものになります。

 

みなさんも旅先からハガキを送ってみたり、新しい出会いを探したりしてみては?

 

 

今日はブラウンの合格発表もありました。”いよいよ自分も先輩になるんだ”と、少しずつ意識し始めましたがまだまだ実感が沸きません。まずは立派な2年生になれるよう、残りの1年生生活を全うしたいと思います。

 

4月に入ったということで、ですね!みなさんくれぐれも騙されないようにご注意ください:)

 

P.S.このブログに書いたことは嘘ではないですよ!

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今だからこそ、伝えたいこと

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”今日も疲れたー”

最近、日記の冒頭によく出てくる。

ここ2週間ほどは特に忙しくて“Surviving college life”(大学生活を生き抜いている)という表現がとても合う気がする。

ついに昨日は授業の後教授に質問に行ったら、

”Are you sick?”(体調悪いの?)

と心配されてしまった。そんなに疲れているように見えただろうか?(ただ眠気と戦っていただけです、ご心配なく)

 

こんなにやらなくてはいけないことが多いのに、今考えなくても良いことを考えてばかりいる私。

夏休みは何をしようか?やっぱりまたショートヘアにしようか?あのアイドルのブログは更新されているだろうか?

今週の食堂のメニューはなんだろう?久しぶりにあの人に連絡してみようか?来週の天気はどうなんだろう?

課題を終わらせるのに費やすべき時間が、どんどん無駄なネットサーフィンの時間になっていく….。

 

そんな”やばい、時間が無い!”という生活をしている中、昨日は数日ぶりにゆっくりと新聞を読んでみました。新聞は先日のブリュッセルでのテロ、難民問題、そしてそれらに対するアメリカの大統領選挙候補者の意見についての記事ばかり。日本では一体どのように報道されているのでしょうか?

私が読んでいて”悲しいな”と思ったのは、イスラム教徒や難民の人に対しての否定的な偏見が実に多いことです。頭の中、今考えなくて良い事もたくさんあるけど、こういう出来事があった今だからこそ思った個人的な意見を今日は書かせていただきたます。

みなさんは今中東及びヨーロッパでおきている難民問題についての意見はお持ちでしょうか?そもそも、この問題についてどれぐらいご存知でしょうか?

東の果ての国である日本からは地理的にも遠くて、あまり影響の無い問題ですから、ニュースでの報道量も少ないでしょうし、あまり詳しく知らなくとも驚きではありません。世界中で起こっている全てのことを把握するなんて無理だから、自分に関係のあるニュースが重要になってくるのは当然ですよね。例えば、私は今アメリカにいて、New York Timesを読んでいるので自然とアメリカのニュースを知り、ネットで見れる日本のニュースはなんか無関係に感じてしまって、あまり読んでいません。

 

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毎朝食堂からもらってきます

 

直接触れてみないと、関心も湧かず、与えられたニュースを”ふーん、そうなんだ”と人は簡単に信じてしまいます。だから今広がっている偏見は、本当に悲しい。だって、実際にイスラム教徒や難民の人に会ったことの無い人たちは、その偏見を信じてしまう可能性が高いから。

 

”イスラム教徒”と聞くとみなさんは何を連想されますか?日本に暮らしていればあまりイスラム教徒に遭遇する機会は少ないと思います。東京という大都市にいたって、一度だけヒジャブ(スカーフ)を巻いている人を見かけて驚いたぐらいです。そうなるとどうしても”イスラム教徒”というとニュースで見るターバン巻いて銃を持った過激派のテロリストを思い浮かべてしまうのではないでしょうか?

 

私は以前はイスラム教徒はに対して偏見をもっていました。世界史でイスラム教について学んで思想は美しいなと思ったけれど、教科書の写真やニュースでしか見たことの無い彼らは私にとっては全く別世界の人たちでした。正直”毎日5回もお祈りして、断食もするし、巡礼とか、こんな大変そうな決まりを全部従って生活できるなんて、なんかおかしな人たちに違いない。”と思っていました。

それを変えたのは高校留学。入学前にルームメイトの一人がマレーシア人だと分かると姉が一言、”じゃあイスラム教徒かもね!”と。そしてフェイスブックで調べてみると、彼女はヒジャブをしている、イスラム教徒でした。なんかドキッとしたというか、怖かったというか。あの未知でちょっとおかしな(?)集団の一人と一緒に生活するのかと。

空港で初めて彼女に会って、驚きました。イスラム教徒の女性はみんな黒いスカーフを巻くのかと思ってたら、彼女はなんともオシャレなヒョウ柄のスカーフを巻いていたからです。早速ひとつ、偏見がぶち壊されました。イスラム教徒の女性はみんな黒ずくめで全身を隠している訳ではなく、ヒジャブにもいろいろあるんだと。

私のルームメイトはとても厳格なイスラム教徒でした。だから本当に毎日5回お祈りするし、断食もする。食べ物やお菓子の材料にお酒が少しでも含まれていれば絶対に口にしない。イスラム教の決まりを、しっかりと守っていました。

彼女と生活するうちに私はだんだんと気がつきました。私が”大変だろうな”と思っていた様々な決まりや教えは彼女の日常生活の一部であって、ある意味あたりまえだから、別に大変なことでもないんだと。5回のお祈りは、私たちが毎日朝起きて歯を磨くことぐらいに彼女にとっては日常に組み込まれた、ごく自然な行為だったのです。 私がもっていたイスラム教徒へのイメージは全く間違っていたのだと、彼女と出会って初めて知ることができました。

”イスラム教徒=テロリスト”では無いとみなさんも分かってはいると思いますが、やはり直接イスラム教徒と遭遇する機会がないと別のイメージを持つのはなかなか難しいことだと思います。今回私の体験を伝えたいと思ったのは、少しでもみなさんにイスラム教徒への違ったイメージを持ってもらいたかったからです。ちょっとした個人的な体験で、メッセージ性もあまり無いかもしれませんが、何か伝えられたことを願っています。

 

今思えば高校の二年間、よくわからない4人で寮生活をしました。本当に多様性に溢れていて、決して”仲良しこよし”とは言えない4人。厳格なイスラム教徒に学校一のパーティーガール。だらしないイタリア人に”まじめ”キャラな私。共通点なんてあんまり無かった。何度も”4人で何かしよう!”と言いながら、卒業直前まで実現できなかった。二年目の始めには、”何でこんな、あんまり知らない3人と暮らしていながら、居心地が悪いとは思わないのだろう?”と不思議に思った。

きっとそれは、お互い相性はあまり良くないと理解しながらも、なんらかの信頼関係があったからだと思う。だから一度も物が盗まれたり、秘密をばらされたりする心配をすることはなかったし、4人の間で大きなトラブルが起きることも無かった。4人の間の会話は多くはなかったけど、話始めれば盛り上がるし、お互いの誕生日を祝ったりもした。

 

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卒業後のパーティーでの写真。部屋が一緒でなければ、お互いを知ることもなかったのではとも思える4人。出会えて本当に良かった。

 

世界も、こんな風に機能できれば良いのに。

国同士、人同士、お互い違うことが多くて、仲良しこよしになれないことは分かっている。それでもお互いを信頼して、同じ地球を共有して平和に暮らす。時々もめることもあるけど、大事にはならない。共通点を見つけては盛り上がって、努力してみんなで何かをする機会を設ける。

あの4人部屋は、理想の世界のモデルだったのだろうか?

 

はあ…

ということで今日も寝るのが0時を過ぎてしまいました。(日付が変わる前にはいつも寝ることにしてます)

でも、テロや偏見のニュースが多い今だからこそ伝えたかったこと、伝わりましたでしょうか?

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受験の思い出(その2)

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どうも、柚子です。

先週の”受験の思い出”の投稿に今春日本で受験生だったKeiさんが受験に対しての持論を述べてくださったので、今日はそちらに返信したいと思います。彼の持論、みなさんも是非読んでみてください。

 

まずはKeiさんからいただいた鋭いご指摘に対して。

”まず一つ、日本の大学に戻ることがもったいない、ということ。これは違うでしょう。なにもアメリカの大学>日本の大学なんてことはないと思いますよ。易々と一括りに、もったいないとは言って欲しくないものです。海外経験はあるだろうけど、あなたが偉くなったんじゃない。”

これについてはごもっともです。両方の仕組みをちゃんと理解しないまま、”もったいない”と優劣をつけるような発言をしたことをお詫び申しあげます。しかし、そう思ったのは事実なので、その理由を説明させていただきます。

私は決して一括にアメリカの大学>日本の大学とは思っていません。アメリカの大学について知っていく上で、あくまで自分にとってはアメリカの大学のほうが良いという決断にたどり付きました。ブラ熊のミッションステートメントにもあるよう、留学は一つの手段であり、みんなに合うものではない、と私も思っています。

私は高校に入ってから日本の受験や学校、集団主義について疑問を感じるようになりました。学校が嫌だった訳ではないけれど、なんか自分一人がいつも浮いてる感じがしたというか、少し息苦しかった。正直、UWCで留学する機会が得られてなければあと2年間高校生活が耐え切れなかったと思っています。せっかく、この違和感を感じるしくみから抜け出す機会を得られたのに、日本の大学に進学することでわざわざまた戻るのは私にとって”もったいない”ことでした。

また、日本の大学を受験するにあったって、IB(国際バカロレア)を使用してできる受験が限られていたり、特に国立大学を受験するにはもう一度日本の大学受験のために勉強しなおさなければならないということがあり、せっかく頑張ってIBの勉強をしてもそれを上手く利用できないから”もったいない”と感じたということもあります。

結局私は日本の受験戦争を戦い抜ける自信も勇気も無かったから、逃げ道を通ってきたのです。おっしゃるとおり、私は全然偉くありません。UWCに行って、IBを精一杯やって、更に日本で受験に励んだ同級生たちのほうが”偉い”というか、私はとても尊敬しています。

後から弁解しているように思えるかもしれませんが、私が”日本の大学に戻ることがもったいない”と思った理由、理解していただけたでしょうか?

 

続きまして、”私たちは受験を一体誰、そして何のためにするのでしょう?”という私の疑問についてのKeiさんの意見

”結局は自分のためではないでしょうか。それも未来にいる、今の自分のため。”

これが一番の理想であると思います。受験は、自分のためであるはずです。しかし現実は必ずしもそうでないようです。”東アジアの教育”の授業では、韓国の例を聞いて私は驚きました。

一般的に、若者の死因として多いのは事故死ですが、韓国では若者の死因の一位が自殺だそうです。自殺の理由の多くは大きすぎる親からの期待やプレッシャー。韓国では日本以上に受験戦争が激しく、年一回の一つの試験の点数のみで進学できる大学が決まり、大学で就職もその先の人生も決まってしまうのだと。韓国人の友達に聞いた話ですが、大学の合格発表の日に”これでもう充分満足したでしょ”という親へのメッセージを残して自殺した若者が最近いたそうです。

日本では受験戦争が自殺の問題になるほど深刻化はしていませんが、何のために受験をしているのか見失ってしまう学生は多いと思います。そんなプレッシャーを減らすには、受験の仕組みが変わる必要があると私は思います。また、Keiさんのように、”結局は自分のためである”としっかりと芯を持って、親のプレッシャーにも負けずに受験を乗り越えられる学生が増えれば良いのですね。

 

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夕立の後に虹が!今日は”St. Patrick’s Day”なので、あの虹の先にはLeprechaunと彼のお金の入った壺があったのかな?

 

さらにKeiさんが受験とは何だと思うかについて。

”受験は、自分がどういう人間で何がしたいのかを考える最高のチャンスなんじゃないかなと思えてくる。”

この意見には驚きました。なぜなら、以前受験について友達と議論した時、”アメリカの受験は自己アピールのエッセーを書いたり、今までやってきた活動について書いたりと、”自分とはどういう人間か”を考える機会になるけど、試験中心の日本の受験はただ勉強するだけで、そういう機会が無い”という意見が出たからです。

言われて見れば、日本の受験では勉強をすることが中心ですが、”何に向けて勉強するか”がとても重要です。そしてそれを決めるには”自分がどういう人間で何がしたいのか”を考える必要がある。アメリカの受験ではそれを表に出してわかりやすくしているだけで、確かに日本の受験も同じことを必要としているのですね。思わぬ共通点を見つけました。

 

”人生の試練と捉えるのもいいけど、それを乗り越えれば大きく成長出来ることは間違いないんだから、自分を高めるチャンスだと思えばきっと別の角度から見ることができると思う。”

近々始まる新年度の受験生にKeiさんの言葉を送りたいです。

 

最後に日本式とアメリカ式の受験制度について

”それぞれの大学に(日本の場合は)アドミッションポリシーがあって、大学の求めている生徒じゃない人には来てもらう必要はないんです。公平不公平もないと思います。大学の基準に適さなかったら、点数至上でも人間重視でも入れさせてもらえないでしょう。”

確かに、どちらの受験制度が良いとは簡単には言えませんし、実際両方とも現在見直されている過程にあります。”公平不公平もないと思います。”とおっしゃりましたが、そうでしょうか?例えば、アメリカの大学で、大学は多様性を増やすためにいろんな国籍の生徒が欲しいとしましょう。最近は中国からの受験者は多いけれど、日本からはまだそこまでいないから、学力や課外活動の面では少し劣っているけど、日本人の生徒を大学は合格させる。国籍なんて選べるものではないから、この決め方ではとても不公平ではないでしょうか?その反面、点数至上の日本の仕組みでは勉強することによって、自分で進む道を選べる。決め付けられたことは無い、結果は全て自分の努力に委ねられる。その分平等ではありますが、”勉強”という手段しかないから、それが得意でない学生にとってはとても不公平である。いくら”大学の基準”だとはいえ、ある程度”学びたい”と思う人たちが公平に評価されることが必要だと私は思います。

 

”少しといいましたが長くなってしまいました。すいません。よくわからない持論を展開してごめんなさい。”

いえいえ、とてもはっきりした持論をお持ちだと思います。私こそ、よくわからない持論を展開させていただきました。今回はこのようなコメントありがとうございました!

 

読者のみなさん、どうでしたでしょうか?

いつも一方的に発信してばかりなのでKeiさんのように、持論を述べてくださると議論のようなことができてとても面白かったです。

これからもご意見、リクエスト、持論、批判、メッセージ、突っ込み、抗議、評価、なんでもお待ちしています!

さあ遠慮せずに、迷ったらLeave a comment!

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受験の思い出

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71年前の今頃、東京は焼け野原になっていました。

5年前の今頃、東日本大震災が発生しました。

もう二度と同じようなことは起きてほしくは無いけれど、決して忘れてはいけない、重要な出来事。

そして毎年今頃、日本中の受験生に喜ばしい、または残酷な判断が下されます。

何度も繰り返されてきて、社会現象とも言える”受験”。今回は読者の方からのリクエストがあったので、私の大学受験の体験の話をしたいと思います。

 

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昨日は20℃と急に暖かくなり、main greenには人がいっぱい!

 

”9月からイギリスに2年間留学します”

高2の4月、友達にそう報告すると、聞かれる質問は

”大学も海外に行くの?”

その頃は海外の大学に進学するなんて考えたこともなかったし、経済的に無理だろうと思っていてので

”いやいや、大学はまた日本に帰ってくるよ”

と答えてました。

しかし留学生活を始め、アメリカの大学のリベラルアーツのことや、奨学金のことなどいろいろ知るにつれて、”ここまで来て日本の大学に戻るのはもったいない。アメリカの大学に進学したい”と思うようになり、いつしかアメリカへの進学しか考えなくなりました。

思えば、”高校の後は大学進学”という考え自体、自分が恵まれているからこそできたこと。

 

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一年前の今頃は、気晴らしにウェールズの海岸を散歩してました。あの海を、次に見れるのはいつだろう…。

 

高校で行われる”カレッジフェアー”や個々の大学の説明会に行って情報を集めた9月。

とりあえず必要になるCommon Application を記入し始めた10月。1月に”お試し”気分で受けたSATも今回は真剣に勉強して挑んだ。

”まだ受ける大学決めて無いの!?”と友達に驚かれ、焦って受験する8校を決めた11月。説明会等で気に入った大学を選んだ。第一志望は特に無い。Common applicationの自己アピールエッセーも書いた。

他に受けられそうな科目が無いから、数学Ⅱと世界史のSAT2を受けた12月。冬休みはヨーロッパ旅行をするから、旅立つ前の1週間の短期間で個々の大学の追加のエッセーを書き上げた。見直しすぎてたら切りが無いと思い、書き終えてはすぐに提出した。友達に”もう願書全部提出し終えた”と報告すると、”早っ!”と驚かれ、”やっぱりもっと時間をかけるべきだったか…”と少し後悔するが、後戻りはできない。

奨学金申請に関して親に頼った1月。大学の面接も行われた。

印象に残ったブラウンの面接。自己紹介や志望理由を聞かれた後聞かれた質問は

”自分を野菜に例えると何ですか?”

は?野菜?こんな考えたことも無い質問に戸惑った。

とっさに思い浮かんだのは、お弁当にいつも入っていて、栄養満点だけでなく、色味を足して華やかにする重要な役割を持つプチトマト。でも嫌いだから、自分をプチトマトなんかに例えたくない、絶対に!でも他にどんな野菜が??(嫌いなプチトマトとやっぱり答えるべきかとも真剣に考える)同じように明るい色の野菜と言えば…にんじん!いろんな料理に使えて、でも鮮やかで存在感がある、と焦って理由を加える。その焦りを感じたのか、”根っこ(core)の野菜でもあるよね。だからしっかりもしてる”と面接官が上手くフォローしてくれた。最後は”どっかの大学に入れると良いね”となんかそっけなく言われ、”これはダメだったな…”と思った面接。

合否の通知が来始めた2月。”○○が××大学に受かったんだって!”とか、喜ばしい噂が学校を流れ始める。その一方で、もちろんまだ一つも合格をもらっていない人もいる。みんなちょっと緊張した空気。

どんどん合否発表がされ、緊張も高まった3月。とある名門校の合格発表があったある日、同じ寮に不合格だった子が数人いてとても空気が重い。無関係な私はいつものように寮の共同のリビングルームで楽しく友達とおしゃべりした後、自分の部屋に向かった。

廊下に出て見た光景にショックを受けた。同じ寮の男の子が、うずくまって大泣きしていて、寮母さんが必死に慰めていた。IBの予測点は満点の45点、運動も音楽もできて、努力家の、まさに”完璧”といえるような彼が、泣いている。結果自体よりも、自分に期待して支えてきてくれた親を喜ばせられなかったことが悔しくて、親とのテレビ電話では初めて親の前で泣いたとか。もう何時間もこんな状態だったらしい。彼ほど完璧な人が、大学に評価されないで、こんなどん底に突き落とされる姿を見て、何もできないのは本当に辛かった。そして”大学受験”とはどれほどの重さを抱えるかを痛感させられた。

今まで”この大学に絶対に入りたい!”という強い思いを持たずに来た私。日本では知られていなくとも、アメリカで知られている大学に入れれば良いと思っていた私。私が自分に合う大学を選ばなくとも、大学が私がそこに合うかを判断してくれるから、間違えは無いと人任せだった私。でも、そんなに甘い考えではいけないんだと気づかされた。周りはもっと真剣に、強い思いを持って受験に挑んでいる。こんな楽観的な考えの自分には、周りと競える能力どころか、競う権利すら無いのでは?

”アメリカで知られている大学に行ったって、将来日本で就職するとなったら’ただのどっかのアメリカの大学’と思われてしまうから意味が無い”

父の言葉を思い出す。

子供達に期待を込めて、ずっと支えてきてくれた両親。姉も兄もその期待に応えて優秀な大学へと進学し、ハードルを上げてきた。私もそれ並み、またはそれ以上を行かなくては。廊下で泣いていた彼が言っていたように、やっぱり親を喜ばせたい。

残る合格発表はアメリカの、日本で言えば旧帝国大学的な存在のIvy Leaguesのみ。今のところそこそこのリベラルアーツカレッジにしか合格していない私は、このときになって急に不安になってくる。

今まで”奇跡的に受かればうれしいな”程度だった気持ちが、”受かりたい”という気持ちに変わる。

 

3月31日、Ivy Leagues 合格発表日。高校の緊張感は最高潮。この日に限って寮のWi-fiがダウンして、友達のwi-fiを借りてどうにか合否発表のサイトへアクセス。

まずは某Y大学の結果….

不合格。

まあ、そうだよね。こんな思いで受験した私が合格できるはずが無いもんね。少しでも期待した自分がいけなかった。

”親を喜ばせたい”という思いはあったけど、やっぱり自分が合格するはずは無い。日本では名の知れぬ小さなアメリカのリベラルアーツカレッジに行くんだなと思った。

”どっかの大学に入れると良いね”あの面接を思い出す。受かってるはずがない。

期待はしないで、続いてブラウンの結果…..

 

Congratulations!

 

え?

冒頭に見えた言葉に驚いた。そしてなぜか涙が出てきた。信じられなかった。家族にどう報告しよう?

限られたwi-fiで急いで家族に送った報告のメールの件名は”桜咲きました!”

部屋を出て友達に報告すると、みんな自分のことのように喜んでくれた。

先日大泣きしていた彼もIvy Leaguesに合格したらしい。自分のこと以上にうれしかった。

 

ハッピーエンドに終わりましたが、大泣きしていた彼を見た夜と、合格発表の夜は忘れられません。相変わらずまとまりの無い文章失礼いたしました。話せばもっと受験の思い出はありますが、なるべく短くまとめてみました。

 

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日本で3月は桜の時期ですが、ウェールズではスイセンの時期!ウェールズの国花でもあります。

 

今、”東アジアの教育”の授業で日本、中国、韓国のシビアな受験戦争について話しているのですが、そこで共通しているのは”親の期待からの学生へのストレス”。多くの学生は、”親の期待に応えるため”に受験をがんばっているんだとか。

私たちは受験を一体誰、そして何のためにするのでしょう?

親のため?家族の名誉のため?学校の名誉のため?就職のため?未来の自分のため?今の自分のため?

考え始めると、分からなくなってきます。

それともこれは乗り越えなくてはいけない、”人生の試練”のひとつなのでしょうか?

テストの点数だけで評価される東アジアの制度のほうが平等で良いのか、”どんな人か”を評価するアメリカの制度は主観的で不公平なのか?

受験によって、こんなに大きく人生を左右されて良いのだろうか?そもそも、それほど大きく人生を左右するものなのだろうか?

 

日本の受験生のみなさん、お疲れ様でした。国立の二次を受ける方はご健闘祈ります。

アメリカ大学を受験している方、良い結果が出ることを願っています。

 

P.S.夏子さん、リクエストありがとうございました!

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親の姿

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先日美術の授業で、こんな宿題が出されました。

 

“Make a full-length, life-size drawing of your parents from memory, using art materials of your choice”

”好きな画材を使って、実物大の両親の全身の絵を、記憶を元に描け”

 

両親の絵?実物大?それも記憶から?

私は人物を描くのは苦手だし、それも両親を描くなんてなんか照れくさいし、大きな作品だし、どうするべきか戸惑いました。

 

“Be creative. This is a chance to loosen up, have fun!”

”創造的になって。これは肩を緩める機会よ、楽しんで!”

授業では観察からの模写を行ってきたので、写実的では無くても良いから、もっと創造的な制作をすることが教授の目的のよう。

 

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もう一つの宿題だった、RISDの自然史資料館での観察からの描写

 

週末、私は美術室に行って早速課題を始めました。

とりあえず2メートルほどの紙を用意して、定規で測って両親の大体の体の位置を書き込む。それからいよいよ二人の姿。

両親の絵を描いたのなんて、いつぶりだろう?母の日や父の日に小学校でカードを作ったりしましたが、そのときも人を描くのがあまり好きでない私は両親の姿ではなく、彼らが好きなものを描いた気が…。今回の課題は”記憶から”描くということで、目を瞑って両親を思い浮かべてみました。

 

みなさんは、両親を思い浮かべた時、どんな姿が思い浮かぶでしょうか?

彼らはどんな格好?何をしている?どんな表情?

 

この時思い浮かべた姿は、自分が持つ両親のイメージの象徴。ただの外見だけでなく、自分にとって両親とはどのような存在なのかを表していると思います。

更にそのイメージを絵にすることで、具体化されていく。絵は写真と違って、自分で表現したいものを自由に選べるから、現実はどうであれ”自分にとっての両親”をどう表すかが焦点になってくる。

規模が大きくで照れくさい、ちょっと面倒な課題だと思っていましたが、進めていくうちに”両親を記憶を元に描く”ことの奥深さに気がつかされ、楽しくなってきました。

 

鉛筆で下書きを始める。

 

私が思い浮かべたのは、週末二人で散歩に出かける父と母の姿。二人は数年前から週末は東京のあちこちを歩いて回っています。10kmの散歩なんて、短いぐらい。

母はいつも明るく、笑顔で楽しそうで、茶色いミニリュックを背負ってる。最近あまり着ていないけど、印象的な朱色のコートを持っていて、タートルネックとパンツスタイルが多い。

父は最近写真撮影に本格的になってきて、いつもカメラを持ち歩いている。黒いコートにサングラス、機能的な面を考えての格好。”母のお出かけに付き合わされてる”と、ちょっと文句も言いながら、きっと実際は自分もすごく楽しんでいる。

やっぱ20年以上も一緒に暮らしているだけあって、なんかお互いにバランスとって噛み合う二人。

そんな二人を囲む背景は何色だろう?散歩道にある色が良いけれど…。

水色は冷たいし、黄色はなんか不安定で明る過ぎる。ピンクはなんかもやもやするし、灰色や茶色は暗すぎる。

最後に選んだのは黄緑色。日を浴びる街路樹の色で、これから訪れる春を連想させる。そして何よりも、私にとっての両親の存在を上手く表した色だと思う。はっきりと言葉にできませんが、いろんなものが上手く混ざってできたちょうど良い色、というか。

アクリル絵の具で色をつけていく。シンプルな絵にしたので、はっきりと、べた塗りするように。大きい絵だから、同じ色をたくさん作るのが難しいし、細かいところを誤魔化したりできない。でも大きな筆での作業はなんか楽しい。”私にとって、父と母はどのような存在か?”を考えながら…。

 

1日かけて完成した作品はこちら。

 

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本物はこの何倍も美男・美女です。

 

お父さん、お母さん、二人の姿公開してごめんなさい(笑)

私の中で、二人はこんな姿をしています。そして、これは他人に”お父さんとお母さん、どんな人?”と聞かれた時に私が表現したいと思う二人の姿でもあります。

 

”写真とは違う味があって良いですね”

(母からの感想)

絵って、とても主観的な表現方法で、具体的な言葉にしなくて良いからなんか良い。きっとこの絵を見て他人が解釈する”私の両親”は”私にとっての両親”とはまた違うだろうけれど、完璧に理解してもらえないところが、なんか自分の秘密を公にしながら同時に保てるようで、面白い。どんなに赤裸々に表現しても、失われない”自分だけのもの”がある。

”人を描くのはあまり好きで無いし、見たものをそのまま描くことはできるけど想像から描くのは苦手だ”と思っていた私ですが、今回この課題をきっかけにチャレンジしてみて、その楽しさに気がつくことができました。

みなさんも是非、”自分にとっての両親”を描いてみては?

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UNOのルールは”uno”(一つ)でない

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どうも、最近ラグビーを始めた柚子です!

早速、週三回の朝の筋トレに励んでおります。そして今日は初めての外での練習に参加して来ました!

昨日の午後からの荒れた天気の影響で、フィールドはドロドロ。おまけに昼間は快適だった天気も風と共に変わり始め、途中雨が降り出してきて寒かったですが、ボールに触れたり走ったり、楽しかったです。

天気のこともあって1時間ちょっとの練習でしたが、泥まみれになりました。なんと下着にまで泥が付きました。新品のスパイクもこの通り。

 

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これでも泥少し落としたんですよ!

 

さて、先日のLong weekendは毎晩友達と食事に行ったりしてキャンパスで楽しく過ごしました。今日はその中でも土曜日の出来事について書きたいと思います。

 

***

土曜の朝。ルームメイトは家に帰ったので一人の部屋で起床。

”やばい。この四日間何も予定立ててない。一人ぼっち引きこもり生活はやだ!”

と思って何人かの友達にメッセージを送り始める。

一緒に週末を過ごせそうな友達を数人見つけ、”自分に友達がいる”という事を確認できて一安心。

効率の悪いグループチャットでの会話の末、今夜は寮の友達と6人で食事に行くことに。

 

午後8時、寮の一階で集合。メンバーは以下の通り。

 

J君:音楽専攻予定でNY出身。日本語が話せる。

P君:インド人だが今は確かクウェートに住んでいる。K-POPが好き。

Kちゃん:インド出身で演劇が好き。髪の毛の先端を去年は青、今年はピンクに染めている。

Mちゃん:コスタリカ出身。ポケットが無いことを理由にいつも彼女のスマホをなぜかP君が持っている。

Q君:カナダ出身。ニュースが好きで、ラテン語を始めいろんな言語が話せる。

+私

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お店の店員は何枚か写真撮ってくれたのですが、どれも若干ぼやけてる…。でも店員さん、ありがとうございます。

 

みんなそれぞれ出身などが全く違う、なんとも多様性に溢れたグループ。みんなでインド料理を食べました。

会計は6人で割り勘。それもやり方がすごい。日本だと”割り勘”というと現金しか思い浮かびませんが、これがカードでできてしまう。6枚のカードを勘定に挟んで店員に渡すと、何も言わなくとも店員はそれぞれのカードに1/6の代金を精算してくれるんです!そもそもカードが自分の目の見えないところに持ってかれること自体私は不安になってしまうのですが、カードを一度に6枚も渡すなんて斬新なやり方に驚きました。

 

食事の後、Q君は帰宅、残りの5人はP君の部屋でUNOをすることに。

 

uno

 

みなさんUNOはご存知ですか?そう、あの一人7枚カードを持って、真ん中のカードと同じ色または数字のカードを出していき、手持ちのカードが一枚になったときに”UNO!”と叫ぶゲーム。実に単純なゲームですよね。世界中で遊ばれているゲームだし、国際色豊かな私たち5人でも、もちろんみんな知っていました。

だからルールの確認なんて必要ない、と思ったら大間違い!

 

私が色は違うけれど同じ数字のカードを数枚重ねて出すと…

他4人”何それ!カードは一枚ずつ出すんだよ!それに色も違うし!”

自分の番では無いのに、真ん中のカードと全く同じカードを突然出すJ君。

カードを2枚持っているのに気づかず、誤ってKちゃんに対して”UNOと言って無い!”と言ってしまった私に対し、”間違えた罰としてカードを引きな!”と言うP君。

”UNO”といい忘れた罰として引くカードの枚数は7枚派と2枚派に分かれる。

数字ではなく、リバースという数字以外のカードで終わるKちゃん。

”どうせ勝者は一人なんだから”と一人終わった時点でカードを次のゲームに備えて集め始めるMちゃん。

”点数記録しないの?”と終了後戸惑うJ君。

 

こんな風に、万国共通の単純なカードゲームだと思っていたUNOですが、人によって少しずつ知っているルールが違うことが判明。2回目からは1回目に出てきたいろんな人のルールを加えて、しっかりとルールを確認してから続けました。

日本では修学旅行などで大富豪をするとき、みんな知っているルールが違うので何が”アリ”で何が”なし”かなど、ちゃんと確認してから始めることはよくあることでした。しかしそれは大富豪が結構複雑なゲームだからこそと思っていました。トランプに比べて遊び方は一通りで単純だと思っていた分、今回UNOにもこんなにいろんな遊び方があると知って驚きました。

 

***

 

冬休み中、確かNHKのクローズアップ現代で、日本に外国人が増える中、多様性を受け入れることへの課題が取り上げられていました。番組中の例として、東南アジアからの移民の多い団地で、ごみ捨ての仕方の理解などの些細な違いから大きな行き違いが生じてしまっていて、解決方法として特に子供達を通して文化交流の場を増やした、という話が紹介されました。

この例を見て、高校の2年間90ヶ国近くの人たちとインターナショナルスクールで過ごした私は正直”こんなの本当に初歩的な取り組みだし、当たり前じゃん。”と思ってしまいました。しかし、逆に”こんなに初歩的に思えることも日本にはまだ新しいんだ。多様性を受け入れるというのはこんなにも難しいんだ”ということに気がつきました。

私は多様性に溢れた環境での経験をできたからこそ、人の違いを受け入れることを自然とできるようになった。文化交流とか、違いを理解し合うとか、当たり前に思えるようになった。最近”多様性”(diversity)を売りにするアメリカの大学などが増えていますが、そんな”多様性”に富んだ環境で過ごすことの価値がようやく分かった気がしました。

”多様性とは○○で、こうすれば多様な人と平和に暮らしていけるのです”という確実な答えなんて無いけれど、多様性のある環境で過ごしていれば、今回のUNOのような身近な出来事からなんとなく”多様性”とは何か、どう対応すれば良いのかが身についてくるんだと思います。生活習慣や趣味、宗教、家族の経済環境など、様々な面での違いに直接触れている間に、いつの間にか自分には”多様性へ対する考え”が形成されていました。

だんだんと自分でも何が言いたいのかよく分からなくなってきてしまいましたが、なんとなく伝わりましたでしょうか?

最近、まるで手に入れなくてはいけない流行りのファッションアイテムのように使いまわされている気がする”多様性”(diversity)という言葉ですが、その大切さ、そして理解への難しさに改めて気づかされた土曜日でした。

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新たな挑戦

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”勉強以外ではどんなことしていたの?”

冬休み中に久しぶりに会った家族や友達に聞かれて一番答えにくかった質問。

なぜなら、何かに所属して一生懸命活動した気がしなかったから。

周りの友達はサークルに入ったり、ボランティア活動に参加したりと、何か深く関わっている活動が何かしらあるのに対して、私はどうなんだろう….。

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Activities Fair の様子

 

秋学期の初め、Activities Fairという学校の様々な活動が紹介さる勧誘イベントがあって、みんな笑顔で”~に興味はある?未経験s者も大歓迎!是非来てね!”と笑顔で迎えてきます。”何でも新しいことにチャレンジできるよ!””いつでも参加したり、やめたりできるよ!”とか、いろいろ言ってきます。

 

しかしそんなの嘘です。

 

歌やダンスやスポーツなど、技術を必要とする団体に所属するにはオーディションが行われ、選ばれた人しか参加できません。経験者のほうが技術があって選ばれるのは当然のことで、未経験者に”新しいことをチャレンジする機会”なんて与えられません。

 

私は大学に行くにあたって、”絶対にやりたい!”と決めていたことが一つあります。それは、バレーボールです。

中学の頃にバレー部に入っていて、選抜メンバーにもなれず、高校ではやめてしまったのですが、やっぱり好きだし、チームが無いとできないスポーツなので大学みたいなところでないとなかなかできません。やる気満々で新しいバレーシューズを買い、運動着も持ってアメリカへ出発しました。

 

バレー部のTry out(まあオーディションのようなもの)

 

ダメでした。

すごく落ち込みました。

そして悔しかったです。

”これだけはやりたい”って思ってたのに、それができないなんて。

 

では何をしよう?

必死になって、何か”所属して、熱中できるもの”を探しました。

アカペラやダンスのオーディションへ行ってみました。

 

やっぱダメでした。

 

私の居場所は無いのだろうか?

 

考えてみれば、私は半端者です。

小学校の頃にやったからピアノとトランペットは一応”演奏できる”。バレーはやってたけど選抜でなかったので”ポジションは何だったの?”と聞かれると毎回困る。高校で軽音部に入ってベースをやったが留学したため活動はやめ、あまり上達せず。カラオケで友達に”歌うまいね”と言われるけどすばらしい歌声を持っているわけでもない。書道は長年やっているが普段の字は汚いし、美術は好きだけど創造性に溢れているわけでもない。アイドルは興味あるが、イベントなどに行ったりはせず”ファン”とはとても言えないし、演劇は興味はあるけど全く知識が無い。

 

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先週の美術の課題。明暗の学習なので、輪郭はあまり描くべきでは無いのですが、それがなかなか難しい…。

 

”何でもできるんだね”

と言われますが、裏返して見ればどれも中途半端にそこそこできるだけで、”特技は何?”と聞かれると何も答えられない私。

何か一つ、誇って”私はこれができます!”って言えるものが欲しくて、だから大学ではバレーにまた集中しようと思ったのに。

中途半端にいろいろやってきた私は、努力を積み重ねて能力を極めてきた人たちにはとても及びませんでした。

 

自分の無能さを突きつけられ、一番、というか”これだけは”やりたいこともできない。この状況で、何をするか。

 

あきらめてしまうのは簡単な逃げ道です。

”ああ、自分は負け者だ”と認めるのです。

でも私は悔しくて、あきらめられませんでした。

だから、不意に訪れた新しいことにチャレンジする機会を掴みました。

 

ある日、知らない人からメールが一通

”バレーが好きなら、ラグビーをやろう!私も高校ではバレーをやっていたんだけど、ここに来てラグビーを始めたら、ラグビーの方が何倍も楽しいことに気づいたんだ!是非一度、見学に来てね!”

どうやって私のことを見つけたのかは分かりませんが、私個人への勧誘が来たのがとてもうれしかったです。今まで拒否されてばかりだったので、初めて”私が必要とされる場所があるのかもしれない”と思えた瞬間でした。

 

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ラグビーなんて、高校の留学先のウェールズでは盛んだったから知っていたけど、全く未知のスポーツ。それも競技人口が少ないので、ブラウンにあるのはvarsityと言って大学の代表チームだけ。タックルとかするし、危険なイメージもあります。

でも、これも何かの運命なのかもしれない。今この機会を掴まなかったら、私は大学生活、また中途半端にいろいろやって終わってしまう。

ということで、女子ラグビーチームに参加しました。

正直、不安でいっぱいで、自分でも長い間悩みました。春学期から参加することにしたため、家族には何度も”本当にやるの?”と聞かれたし、自分でも”もしかしたら春までに何か違うものを見つけるのでは?”とか、”やっぱりやめようか?”とかいろいろ考えました。

しかし”やってみなければわからない”という思いを持ち続け、ようやく先週からチームの活動への参加が始まりました。

今はまだ外には出れてなく、筋トレとパス練習しかしていませんが、基本的なスケジュールは週4回練習と週3回筋トレと忙しくなりそうです。

体は小さいし、まだ筋力も体力も、ラグビーに関する知識も全然ありませんが、今度は中途半端で終わらないよう、一生懸命頑張りたいと思います。

 

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今学期の授業~柚子編~

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“Hey”

午後8時頃、ルームメイトが部屋に戻って来たかと思いきや、荷物を降ろし上着を脱ぐと、自分側の部屋の電気を消して寝てしまった。

私より早くルームメイトが寝ることは今までに無かったので、とても驚きました。いつもおそらく午前1時ぐらいまで起きていて、朝は遅いルームメイトが…。体調でも悪いのか?それとも何か嫌なことでもあったのか?いや、ただ疲れたんだろう?

それにしてもまだ8時。これは“昼寝”なのか、それとも朝までこのまま寝るのだろうか?“相当疲れていたんだろうな”と思いながら、私はその後なるべく静かに部屋で過ごしました。

ルームメイトはその後ちょうど私が寝る頃に起きてきました。

“Are you alright? (大丈夫?)”

と声をかけると、

“~中国語~…I mean, I’m ok. I was just very tired (…じゃなくて、大丈夫。すごく疲れただけ。)”

寝ぼけて中国語で答えちゃうところがなんかかわいい。

こんな風に生活習慣は全然違うルームメイトですが、何のトラブルも無く仲良く暮らしています。

***

さーて、2週間前から言っておりましたが、今日は今学期の授業を紹介したいと思います。がっつり理系だった昨日のメイの教科選択とは打って変わって、とっても文系な感じになっています。

画像2

今学期はバランスの取れた時間割になりました。

 

1.FRECH 0400 Intermediate French Ⅱ(フランス語中級)

実はフランス語やってます。それもなんだかんだ3年目。先学期のFRENCH300に続けて今学期も取っています。しかし、特に話す・聞く能力が無く、全てフランス語で行われる授業には先学期よりかは慣れたものの、苦労しています。流暢に話せるようになること、そしてできればフランスへの留学を目標に奮闘しております。

 

2.EDUC 1580 Cross-cultural Perspectives on Child Development (子供の発育発達に対する異文化的な視点)

直訳するとこうなってしまいます…。教育学の授業で、内容としては子供の発育発達の研究をする上で多様な文化の違いを考慮する重要性について学びます。

例えば良く目にするこれ

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見つけた画像はShirley 1961ですが、51人が基準になっているのはGesell, 1925。まあ内容や実験対象の少なさにあまり変わりは無いでしょうが。

 

“赤ちゃんは通常は何ヶ月までに首がすわり、何ヶ月でハイハイを始め…”というような基準。

これってアメリカのNew Havenの51人の子供の研究を元に作られたということを知っていましたか?“とあるアメリカの町の、中流階級のたった51人の白人の子供達がそう発達したから、地球上の全ての子供はこう発達する”と言い切るのはおかしくありませんか?実際、赤ちゃんが抱えられることの多い文化ではハイハイをすることがそもそも無かったり、生後決まった時期に行われる儀式で一人で座れるように早く首がすわるように促す文化のところもあるそうです。しかし今でも広くこの基準が子育てハンドブックなどに記載されているのが事実です。このように、子供の発育発達について、いろんな文化的視点から考える授業です。

 

3.VISA 0100 Studio Foundation(美術基礎)

念願だった美術の授業!これからブラウンで美術の授業を取るにも、お隣の美大のRISDで授業を取るにも必修の授業です。美術の基礎を学ぶということで、作画が中心です。今のところは鉛筆と木炭を使った静物画を描きました。1時間50分の授業が週二回と、ちょっと絵を描くには時間が短いですが、実践的な授業で楽しいです。高校を卒業して以来作品制作からはしばらく離れていたので、久しぶりにスケッチブックを前にして緊張しましたが、“やっぱり美術好きだな~”と改めて感じてます。

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4.CLPS S0050B The Two Visual Systems: The Visual Perception of Control and Action(二つの視覚系統:制御と動作の視覚的認知)

認知/言語/心理科学(Cognitive, Linguistic, Psychological Science)のセミナーです。”人の視覚はモノを認知するためとそれに対する動作を行うためと二つの系統に分かれている”という理論について論文を読んで果たして正しいのかどうか議論します。今のところ、視覚失認(visual agnosia)という状態になった患者DFについての研究を読んでいます。DFは物の大きさや形、向きは認知できないのにも関わらず、物を掴んだりすることはできるのです。彼女に対して行われた実験結果から、一体何が証明できるのか?酷評していきます。

セミナーなので上限人数は20人なのですが、今回はなんと5人!教授もあまりの人数の少なさに驚いていました。しかし人数が少ないのを生かして実験などをして何かプロジェクトをしよう!という意見が出て、おもしろく発展しそうです。ちなみに教授はイタリア人で毎回なぜかワインを使った用例を出してきます(笑)それに中間も期末も無く、成績の70%が”授業への貢献”というなんとも変わった授業です。

 

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”こういう専門的なことは理解しなくて良いから、実験や学者の主張に対しての酷評を考えよう”と言われましたが、文章には難しい脳の部位の名前がたくさん…

 

5.EDUC 1870 Education and Human Development in East Asia(東アジアの教育と人々の発育発達)

教育学の授業をどちらか一つ…と思ってたのですが選びきれず、結局今学期は5つ授業を取ることにしました。東アジア、特に韓国、中国、日本の三カ国に焦点をおいたセミナーです。教授は日本人の方で、日本(確か大阪?)でも研究を行っているんだとか。今学期始まった新しい授業で、東アジアの教育について教えるのは念願だったそうです。金曜日の午後に2時間半と、時間割的にはちょっと疲れてしまいますが、自分が受けてきた教育制度について学べるのでこれからどんな議論がされるのか楽しみです。明日は私が”幼少期と親子関係”というテーマでプレゼンとディスカッションの進行をする番なので、精一杯がんばります!

***

以上、今学期の授業でした!1年生がほとんどいない(もしかしたら私だけかもしれません)教育学の授業や、初めて理系の科目を取ってみたりとチャレンジが多い学期になりそうです。授業の規模はどれも15~25人程度と、今学期は小規模なクラスばかりになりました。議論が中心で、自分の意見や質問を発言できる授業形式はやっぱり好きです。こんなに自由な授業選択もできて、open curriculum であるブラウンで本当に良かったと思っています。

専攻を2年生の終わりまで決めなくて良いアメリカのリベラルアーツ教育を最大限に生かしてしばらくは過ごしそうです。

 

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柚子の部屋。

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どうも!柚子です!

“そろそろたまった洗濯をしないと!”

と思って洗濯機を回したのは良いものの、洗濯が終わって来てみたら全ての乾燥機が使用中…。2つは終わっているけど入れた人が取りに来ない…。洗濯機も全て使用中だったので、取りに来るまで洗濯室でブログ書きながら待機しています。

 

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洗濯機と乾燥機がそれぞれ4つあります。両方とも使用料一回1.5ドル。

 

洗濯機の混雑は寮生活では良くあることですが、高校のときは取りに行くのが遅いと勝手に洗濯物が取り出せれていたり、終わって無いのに半乾きの服が乾燥機から出されていたりとひどい状況でした。おまけに小銭は機械に吸い込まれるは、乾燥機はいくら回しても乾き足りなかったりと…。なので結局二年目は手洗いしてました。それに比べたらブラウンの洗濯機はちゃんと洗って乾かしてくれるので何も文句はありません。

さーて、ブラ熊では等身大の留学生活をお送りしてきましたが、今日はその”生活”の中心でもある”寮の部屋”を紹介しちゃいます!

まず、寮について簡単に説明しますと、ブラウンでは2年生までは必ず学校の寮に入ることになっていて、3年生からはOff- Campus Housing と言って例えば近くのアパートに住んだりできます。寮は1年生の寮、2年生の寮、と学年ごとに選べる寮が決まっていて、他にはEnvironmental house やFrench-Spanish houseなど、ちょっと特殊な家もあります。

一年生はみな二人部屋で大体は男同士、女同士ですが、希望すればGender Neutral Housingと言って、男とか女とかの観念にとらわれない部屋を選ぶこともできます。なので、私の友達は生物学上女ですが、生物学的には男のルームメイトと暮らしています。この選択肢があるのは、なんともブラウンらしい一面です。

一部女性専用の寮がありますが基本的に寮は男女分かれておらず、例えば私は向かいの部屋は女の子たちですが、お隣さんと斜め向かい側は男子です。だから私はシャワーなんかに行くときタオル姿で廊下を歩くのには抵抗がありますが、そんなのを気にしない人も結構います。

私はキャンパスの北端のPembroke Campus にあるAndrews Hallという寮に住んでいます。この寮、1年生の寮の中で一番良いと言われてるので、本当にラッキーでした。

 

Andrews Hall - Google マップ

地図はブラウンキャンパス全体。オレンジで囲んだ部分がPembrokeで赤いしるしがAndrews。

 

私の部屋は三階、ドアを開けると…

 

じゃーん

 

DSC07159

左手前にあるのは冷蔵庫。ちなみに”おーいお茶”はルームメイトが持ってきたもの。

 

こんな感じです。

生徒一人につきベッド、マットレス、枕、タンス、机と椅子、金庫とゴミ箱が一つずつ部屋に備わってます。左側が私の部屋で、右側がルームメイトのです。

お気付きかもしれませんが、ベットの高さがとても高いです。これはベットの下に収納できるようにです。私はスーツケースぐらいしかおいていませんが、人によってはもっと高さを高くして(調整可能なんです!足りなければ更に土台の上にベットを乗せる人も)もはやロフトベットになっている人もいます。そんな人は梯子を使ってベットに上ります。

 

DSC07161

殺風景ですね…。つまらなくてごめんなさい。

 

冷蔵庫はルームメイトが持ってきてくれました。真ん中のカーペットは学期の初めに二人で購入。部屋に電子レンジやテレビを置く人もいます。

暖房はありますが、冷房は無いので夏はとても暑かったです。

電気は蛍光灯が天井に二つ、それぞれ違うスイッチで付きます。なのでいつもルームメイトより早く寝る私は自分側の電気だけ先に消して寝ます。

窓にはカーテンではなく白いスクリーンがあり、これが結構気分屋で、素直に上がったり下がったりしてくれる時と、何度試しても半分までしか上がってくれない時と…ちょっとコツが必要な厄介ものです。窓はちょっと古臭くって、風が吹くとちゃんと締めていてもどこかに隙間があるのか、ピューピュー音がします。

私の壁はポスターとか何も貼ってなくてなんとも地味な感じですが、壁を傷つけなければ飾り付けは自由にしてオッケーになっています。

 

ではここからは、なぜAndrews Hallが一番良い寮と言われるのか、その理由を紹介します!

 

1.洗面台がある

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部屋に入ってすぐ、洗面台があります!これがあるのは校内でAndrews だけなのかな?朝の洗面やのどが渇いた時にいちいち部屋を出なくて良いのでとても便利です。

 

2.部屋が広い

部屋のメインの部分だけで12~15畳ぐらいの広さはあるかな?それに加えてウォークインクローゼットと洗面台のある部分があります。考えてみれば、東京ではマンション暮らしなので、家のLDKを組み合わせたのと同じぐらいの広さ…。

 

3.ウォークインクローゼットがある

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奥半分を私が使用してます。

 

大きなウォークインクローゼットが部屋の奥に、小さいのが部屋の入り口、洗面台の向かいにあります。他の寮だと部屋が狭い上に本棚とドレッサーと家具が多いので、Andrewsでは部屋がさらに広々と感じます。それにもちろん、ドレッサーより収納できる容量が多いです。

 

4.食堂がある

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16時という微妙な時間に撮ったのであまり生徒はいない。両端は部屋があったり、ソファがあったり、雰囲気の良い場所です。

 

寮の地下一階に、Andrews Commons という食堂があります。それも校内では結構人気な食堂です!フォーなどアジア料理があったり、あとは釜で焼いてるピザなどがあります。これがあるから週末は寮から一歩も出ない引きこもり生活ができちゃうんです…。

 

あとは生活する上でとーても重要なトイレを紹介します!

私の住んでいる廊下には男子トイレとGender neutral(男女問わない)トイレがあります。鍵が無いと入れないようになっているのですが、面倒なのでテープで鍵が閉まらないように止めてあります。

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シャワーはこんな感じ。まあすごくきれいって訳でも無いかな?

 

トイレが2つ、シャワーが3つ、洗面台が2つあります。掃除はお掃除の方々がしてくださり、石鹸とトイレットペーパーも提供してくれます。しかし予備のトイレットペーパーが置いてないので、時には”3階に全くトイレットペーパーが無い!?”という状況に陥ることも(笑)

他の共同スペースといえば、勉強用のラウンジが各階に2つと、洗濯室、地下に共同のキッチンがあります。ちなみにAndrewsのキッチンはなんかとても暗い雰囲気で、調理器具も全くなく、あまり使われている様子はありません…。

 

どうでしたでしょうか?

少しはブラウンでの生活が想像できましたか?

本当に寮によって場所も、部屋形や大きさ、設備など全く違うので、今回の私の部屋は参考程度に思ってくださいね。いろんな人の部屋を見てみると、やっぱり生活の中心とあってみんな自分なりに飾り付けしたりと、”その人らしさ”がすごく現れていていることが多いです。気になるならば、他のブラ熊メンバーに部屋を紹介するようリクエストしてみては?

 

P.S.前回、”来週今学期の授業紹介します!”と言いましたが、今日は部屋を紹介する気分になってしまったのでそれは来週にお預けということで。(すみません…)でも来週のほうがきっと授業の内容についてもっと語れると思うので!待っててください。

 

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授業中の食事

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ただいま~!ブラウンに帰って来たよ~!

(なんかテンション高いw)

土曜日に日本を出発したのですが、ちょうどその日はアメリカ東海岸は大雪とあって、飛行機は欠航にならなかったものの、ボストンに着陸してから機内でなんと3時間も待たされました…。香港乗り継ぎで行ったので、香港まで5時間+ボストンまで15時間+ボーディング1時間程度+空港で3時間=24時間と、丸々一日飛行機に乗ってました。

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大雪の翌日のボストンは見違えるほどの晴天

その翌日はボストンを一日観光してから、月曜日にブラウンに戻りました。プロビデンスまでの電車も信号トラベルで30分停車するなど、あまり移動には恵まれない旅路でした。おまけに、寮に着いたら何度試してもエレベーターが動かない…3階の部屋までスーツケースを運ぶことに…。おかげて時差ぼけ+ボストン歩き回った疲れ+腕が痛い…、と翌日はなんか急に歳とった気分でした。

雪がすごいからちゃんとした靴を!と思ってブーツを買いましたが、あれ?

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キャンパスにいくつか雪だるまの残骸が…。実はこの写真にもあるのですが、見つかりましたか?

雪が無い?!

ここ数日は晴天が続き暖かく、プロビデンスにある屋外アイスリンクまでもが溶け出していました。まあそのうち雪が降るだろうから、重宝するかと思いますが。

そして、体重計を買いました!秋学期みたいに5kg増えないように気をつけます!とか言いながら、早速誘惑に負けて大きな(そしてカロリー高そうな)クッキースライスを食べている私…ダメですね(笑)

さーて、ここまでのどうでも良い話はおいといて、本題…と言っても今日はどうでも良い話が続いてしまう気がしますが(笑)

最後まで読んでくださいm(_ _)m

***

昨日から授業が始まって、またshopping periodと、授業を自由に行き来して選べる期間が始まりました。私は大体とりたい授業は決まっているのですが、友達には1日に10個ものクラスに行ってみるって子もいて、“自分ももっといろんなの様子見するべきなのかな..”と思わされてしまいます。来週ちゃんと授業を決めたら、どんな授業か紹介しますね!

秋学期はあまり規模の大きな授業はとっていなかったので、昨日初めて講堂で行われる100人以上の規模の授業に行きました。いくら自己主張の強いと言われているアメリカ人でも、やはり一番前や真ん中の席へ始めから行く人は少ない。こんなにたくさんの人がいるのに、全然知っている人がいない…。数人知り合いを見つけて安心もしましたが、やっぱりまだまだ知らない人だらけだと思わされました。

そしてお昼時の授業では、堂々と授業中にお昼を食べている生徒がいることに驚きました。授業中、飲み物を飲むぐらいなら分かりますが、さすがに食べるのはどうかと思います。なんか教授にも失礼な気が…。さらに、大人数と言っても50人ほどの授業では、隣の生徒が途中タッパーを取り出してヨーグルトをスプーンですくって食べ始めました。あまり目立たないようにしようという様子は全く無く、それどころか食べている間も手を挙げて発言したり、むしろ目立っていました。教授との距離が遠い講堂で授業中サンドウィッチを食べる生徒に驚いた私ですが、これにはさすがに呆れたというか、”なんでこんなことできるんだろう?”と、隣の席の生徒として不快感を覚えました。

確かに飲食禁止とは言われて無いし、臭いの強い食べ物でもなかったし、音を立てたり周りを汚したりといった迷惑をかけるようなことは何もしていません。しかし、”授業中飲食禁止”が当たり前な環境に育ってきた私にとっては何とも受け入れ難い行動でした。

考えてみると、そもそも何で一般的に授業中飲食禁止なのでしょうね?理科の実験などで、飲食物に危険な薬品が混じってしまったら大変だから、というのは良く分かります。あとは授業に集中するため?周りを汚さないため?先生に失礼だから?確かに”食べる”って行為は意外と集中力が必要で、友達と食事に出かけたとき、料理が出てくると急にしらけてしまう、なんてことはよくありますね。

一方で、空腹では集中力は続きません。また、食べ物があると会話が弾むので、ディスカッションなどは食べ物があったほうがより発展するのかもしれません。たくさん話せばのどが渇くので、飲み物は必要になります。小腹が空いたらちょっとしたお菓子を口に入れるのはあまり気にならないかと思います。

ではお昼を食べるのは何でいけないのでしょう?目立ちすぎるから?一生懸命教えてくれている先生に失礼だから?食べながらでもちゃんと聞いていれば、支障は無いのでは?人間の本能的に、他人が食べているのを見ているのってなんか嫌だから?教授はヨーグルトを食べる生徒を見てどう思ったのだろう?そもそもアメリカでは”授業中飲食禁止”は当たり前では無いのか?

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キャンパス内(?)のショッピングストリートThayer Street。こちらももう雪は残ってない。

そういえば、日本で通っていた高校ではお昼休み前にお弁当を食べるいわゆる”早弁”は先生たちから注意されました。お昼はちゃんとお昼の時間に食べる、。(おそらく)正式な校則ではありませんでしたが、”食べる”という行為ができる時間は決められていました。また、公の場(駅や道など)や校外学習での買い食いが禁止されていたりと、”食べる”ということは何か汚らしく、他人に見せるべきでは無い行為となっていました。

生き物として、毎日”食べる”という行為は必然的なのに、なぜ場や時間などの条件を変えると他人に失礼で不快感を与える行為になってしまうのでしょう?

隣でヨーグルトを食べる生徒に対して、”なんて常識の無い人なんだろう”とつい思ってしまった私ですが、その”常識”が何を根拠に”常識”になったのか考えると、なんだかよくわからなくなってきました。

私にとっての”常識”は他の人にとっての常識とは限らない。

多様性にあふれたインターナショナルスクールでの生活を経てこのことは随分体感し、理解しましたが、全てが受け入れられるとは限りません。違う文化で育った人から不快な思いをさせられることはもちろんあるし、自分が相手に不快な思いをさせてしまっていることもあるでしょう。”授業中に食べる”といった些細な行動から、多様性の中で学ぶことの意義を考えさせられました。

まだまだこれからもこのような小さな”カルチャーショック”を日常の中に見つけていくことでしょう。

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