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【クマタチの教室】ジャパニーズ

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カナです。「日本人ってなんだろう」とのことで。
簡単そうで、難しい質問ですね。

私も典型的な「日本から離れて、初めて日本人アイデンティティーが強まる」パターンに当てはまります。それまで、「自分は日本人だ」と実感したことはあまりありませんでした。これは健太くんの言う、他者との比較になるのですかね。

個人的には、アメリカに来て、「日本人らしくなった」よりは「自分の日本人らしさを実感」したといった方が正しいと思います。そして「日本人プライド」はかなり強まりましたね。

他のメンバーが書いているよう、日本人の人との接し方はかなりユニークだと思います。礼儀や言葉遣い、主に敬語について皆さんは触れましたが、私が日本人を表すキーワードだと思うのは「迷惑」。

英語では trouble, disturbance と訳すことができますが、日本人の言う「迷惑」の定義となる範囲は特殊な気がします。私たちは両親から「他人に迷惑をかけないよう」と幼い頃から教えられ、電車やバスでは「他のお客様への迷惑にならないよう」とのアナウンスを毎日聞きます。「迷惑をかけない」ことは暗黙のルールとして、日本社会に浸透していますよね。

私がとっているInternational Advertisingの授業では文化がどのように広告・宣伝を影響するのか学びます。やはり東洋VS西洋との比較になるのですが、東洋の代表例となるのは日本。そして、その授業でなるほど…と思ったのが、ソニーのイアフォンの宣伝の仕方です。イアフォンという製品がそれぞれの文化でどのような物として捉えられているかによって、広告の形・宣伝のメッセージが変わってきます。

日本では「他人に迷惑をかけないため、周囲への音を防ぐ物」に対し、アメリカでは「他人からの騒音を防ぐ、自分のための物」として捉えられているそうです。聞いてみると確かに…と思いますが、私はイアフォンの目的は後者だと思っていました。自分がアメリカ化しているのではないかと思い正直、ちょっとショックでしたね。(笑)

他の例でいうと、去年、ニュージャージー出身のルームメイトと共同生活をしていた時。二人ともそれぞれ時間割が違うので、起きる時間も帰宅する時間も違う。私はルームメイトがまだ寝ている間は、ドアノブを抑えながらソーっとドアを閉めたり、レンジやコーヒーマシーンを使わないようにしたり当たり前のようにしていたのですが、彼女は私が寝ている間でもバンバンガシャンガシャンとかなりの音をたてていました。もう少し静かにお願いしますと伝えた後でも、気を使うことを「忘れる」ことが。「他人に気を使う」よう幼い頃から訓練されている私からすると、静かにすることは一般常識だと思うのですが、そのような環境で育ってない人たちからすると、迷惑はお互い様という論理が働くそうですね。

最後に。メイちゃんが上下関係について触れていましたが、私自身、先輩と「親友」の関係になったことはありません。年齢や学年を聞き、同級生でないことに気づいた途端、よくわからない壁が出来てしまいます。アメリカ人の友達を見ていると、学年関係なく、友達関係を築いています。アメリカでは上下関係はそこまで関係ないので、あまり気にしないようにしていますが、無意識に「先輩」「後輩」と勝手にレッテルをつけてしまう。メイちゃんのいうとおり、日本の中高に通い、部活で身についた事なのだろうなとたまに思います。

他にも「日本人らしい」事はいくらでもあると思いますが、今回はここまでにしておきます。

宣伝:ブラ熊公式インスタも開始しました!

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タヨウセイ

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こんにちは。ご無沙汰しております。一年間音信不通で大変失礼しました、今学期から復活します、カナです。

今学期はプロビデンスから少し(結構)離れた、デンマーク王国からお送りします。え?何故デンマーク?と思う方が多いと思いますが、心理学世界ではまだ出来立てホヤホヤな分野、「ポジティブ心理学」を学ぶため、Danish Institute for Study Abroad (DIS)というアメリカの留学プログラムを通して、コペンハーゲンに留学しています。

さて、新企画始まりましたね。

「多様性」ですか。なるほど。まあブラウンらしい、米国大学らしい、トピックですね。

はい、では始めましょう。

メイちゃんが「「多様性 is so vague」と苦い顔をするメンバーがいました(笑)」と言っていましたが、確かにそうですね。私も賛成です。(ちなみに誰かすぐ分かりました。どうしても知りたい方は個人的にお尋ねくださいませ。)

何故 “vague” なのか。まあ、人間の集まりの有り方を示してるからでしょうね。これを読んでいる方が人間であれば、ご存知だと思いますが、人間は複雑です。アイデンティティーだったり、考えや意見を持ってたり、結構面倒臭い生き物ですよね。複雑な生き物の集まりのあり方=複雑であやふやな事である事は当たり前です。

でも、個人的な意見として、どんなに複雑でvagueであっても、必要な事だと思います。今世界で起きている事を見ると分かりますが、人は「他人」や「違い」を怖がり、「他人」を除外するような社会が現状です。イギリスのEU離脱も、難民を受け入れない日本も、同じ人類であるにも関わらず、自分の心地良い居場所から遠く離れた人や考え方はすぐ拒否したがります。正直、私自身も自分と正反対な人とは自然と距離を置いてしまいます。これは本能的な事でありながら、私たちには「他」を受け入れる寛容性や優しさは持っています。しかし、自然と「他」を認め合い、受け入れる姿勢は、「他」を経験と学びを通し得られるものです。なので、「違い」に出会える場所や環境を作ってくれる「多様性」は、違いを受け入れられる寛容な社会を築くために必要な事だと思います。(ちょっと言っている事がクサイですが、お許しください)

巴基君が「自分の多様性」について語っていましたが、これが私の言う「自然と「他」を受け入れる姿勢」と似ています。Empathyや「聞く」能力や「違い」を受け入れる寛容性は「多様性」の存在によって養われるものです。世界中の皆がこのような能力を持った人達であれば、意見の食い違いによる問題は減少すると思いませんか?そんな単純な事じゃねーよという方がいるかもしれませんが、良い社会を築くための第一歩は、多様性によって養われる能力を鍛える事なのではないでしょうか。

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そして多様性には色々なカテゴリーがある。国籍や人種のみではない。という意見もありました。確かにそうかもしれませんが、正直、そこはしょうがないと思います。よく大学の宣伝に使われる写真は大体、アジア人、黒人、白人、ラテン系の人が芝生の上でニコニコしているものですよね。(私が一年生の時、カメラマンに「アジア人もう一人!」と写真に入れられた事があります。)なので、人種=「見た目」と考えてもおかしくないでしょう。社会心理学では、人間関係が生まれる第一の様相は「見た目」だと習います。友達関係も、恋愛関係も、すべて人は人をまず「見た目」で判断し、「見た目」によって話し方や話す内容を無意識に変えているのです。なので、それぞれの「見た目」によって他の人や社会からの扱いが変わってきます。そしてこの社会・他人からの「扱い」によって、アイデンティティーが形成されていく。なので、特にアメリカのような人種多様な国家では、多様性=人種的多様性となるのはしょうがない事でしょう。これは “Visible Diversity”と言われ、人種・国籍・ジェンダー・年齢等、 明らかに違いが見られる多様性の種を指します。これに対し、”Invisible Diversity” は性、教育、収入、SES、宗教等、表には見えない人々に違いを指します。どちらも大切ですが、Invisible Diversityが大学等で意識され始めたのは最近です。キアちゃんが言っていたように、First-Gen and Low Income Student Centerは今年設立されたばかりです。なので、”Invisible Diversity”がもっと注目されるのは時間の問題でしょう。

ブラウンが多様かと言われたら、多様ですよ。でも、世界中すべての人間を集めた場所はどこにもありません(地球以外ね)。2年間ブラウンで過ごし、なんとなく「アメリカ」を見てきたと思っていた私は、コペンハーゲンに来て、初めて、全米の大学から学生が集まるアメリカのプログラムで、ブラウンでは全く目にしない「アメリカ」を見る事が出来ました。なので、どんなに「多様」な場所でも、似たような人が集まる場所には限界がある。それでも、人為的にできるだけ「多様性」のある環境を作るのには意味があって、普段自分のコミュニティーでは出会わないような人々と出会う可能性が少しでも高くなるよう、環境設定する事は「学びに来る」学生が集まる大学にとっては大切な事でしょう。

未だに良い締め方がわからない。以上。


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オタクになりたい

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こんにちは。カナです。

久しぶりにプロビデンスからお送りします。

昨日新入生が正式に入学し、今日から授業が始まりました。今年から二年生。二年生と言えば専攻を決める学年。春学期までに決めないといけないので、今学期はまだ考える時間はありますが、正直すごく焦っています。取る授業も決めていたつもりが、実際に行ってみると想像と違っていたりする。まだ授業が始まってから1日しか経っていませんが、やっぱり焦ります。

「先が全く見えないパニック精神」と「なんとかなるだろう精神」が頭の中で毎日のようにバトルしている。(なんとかなるだろう精神はどこから来ているのでしょうね…)

とりあえず、文系の専攻に進むのは決まっていて、教育・哲学・社会学・心理から一つか二つ専攻するつもりです。でも、哲学オタクだったり、心理学オタクと自分を呼べる程この学問が好きかと聞かれるとそんな訳でもない。そこまで熱心でないなら、専攻すべきなのか?考えもしなかった専攻が他にあるのではないか?と考えたりもする。

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「趣味なに?」

突然ですが、私はこの質問が嫌いです。趣味が特にないことにコンプレックスを持っているからこそ嫌い。趣味を持っている人の方がおもしろくて、魅力的だと思うから。
「趣味なんてなんでも良いんだよ」とよく言われます。確かにそうで、ケンタみたいにコーヒーオタクもいれば、友達で鏡オタクもいます。
私はとにかく飽きっぽい人なので、短期間ハマることは出来ますが、長期間ハマり続けることは不得意です。

「趣味なに?」「趣味ない。」
の後に大体聞かれるのは、「暇な時は何してるの?」

「人と会ってる。(日本の場合)」

これが私の答えです。私は暇な時間があったり、丸一日空いている日があると、大体友達で会ってくれそうな人を探して、人と会います。
会える人が見つからない時は、カフェに行って作業をすることが多いです。
そして、そのカフェでは大体、見知らぬ人と最低10分は会話をします。隣の人に話しかけられるか、人間観察をしている際に目が合った人と話すか。見知らぬ人なので、連絡先などはあまり交換しませんが、日本だと名刺をもらうことが多いですね。

私はとにかく話すのと聞くのが好きです。
辞書によると、趣味の定義は:仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄。
人と話すことはある事柄かもしれないけれど、「趣味」とは言えないだろう。でもこの考えはどこから来るのか?自分が「人オタク」と思いたいなら「人オタク」になれば良いじゃないか。最近はそう思ったりもします。

きっとそう思うのは趣味探しに諦めている自分がいるからかもしれない。

話しが少し逸れましたが、専攻に決めるのに考える上でも、仕事を探す上でも、「趣味=オタク精神」は大事な要素となりそう。ちょっと中身のない記事でしたが、このオタク精神、見つかったら報告します。

以上。

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残り一週間

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アメリカへ戻るまで一週間となった。
約三ヶ月という長い時間だったはずの事が一瞬で終わってしまった気がする。
私は環境・状況において「自分」が変わる。良く言えば、それぞれの環境に順応する力があり、悪く言えば、ただ流されやすいだけ。だから今まで何個もの自分のバージョンを作り、成ってきた。
まず、日本にいる自分とブラウンにいる自分は同一人物だと思えないほど違う気がする。何が違うかと聞かれると、物事の考え方、そして人との接し方と答えられる。が、どう違うのかと聞かれても答えられないから難しい。

その場その場において変わっていくと、自分の軸がない事に気づく。そして、軸がなく、ただ場合によって変わっていくからこそ、成長しているのかも全く分からない。どれが本当の自分なのかも分からない。でも変わっているのは必ずしも性格ではないため、多重人格であるわけでもない。ただ、多数の世界・人生を一気に経験している気がする。

留学フェローシップのサマーキャンプで出会った高校生は真逆の事を言っていた。場所によって変わる自分がいるからこそ、自分の軸が見つかったと。私にとってそれはとても衝撃的だった。自分の経験と逆の経験をしている人もいて、さらに、何故自分はこのような思いがあるのか自分に問い詰めるようになった。正直、未だに分からない。

前回の記事でも書いたように、ISAKのサマースクールでカウンセラーとして務めた。そこでの自分は今まで経験した自分の中で一番好きだった。何が好きだったのかもまた答えられない。けれども、自分が「なりたい人間」に一番近いバージョンだったと思う。その時に、今までモラルが一番働いていたのは確かだ。人は大体、道徳的に「何をすべきか」を頭の中で分かっているが、時と場合によってそのすべき事を素直に出来ない事がある。そのような瞬間が少なく、自分でも自分に満足していた。

ISAKが終わり、別の場所に移動すると、また新しい自分が出来てくる。それと同時に、ISAKバージョンの自分は自然と消滅していく。自分の中では、ISAKの自分をどの場面でも取り戻すためにに努力しているつもりだ。「なりたい自分」への第一歩を失いたくない。しかし、物理的な距離を考えると、アメリカはISAKの自分(軽井沢)からかなり離れている。

だからアメリカに戻る前に、このISAKバージョンを自分の中に確実に作り上げ、留ておきたいと思う。そのバージョンが自分の軸だと考えたい。そうすれば、アメリカでも「なりたい人間」へどんどん近づいていける気がする。この「なりたい人間」は職業における将来像とは全く関係ない。優しさだったり、理解だったり、対応の仕方だったり、そういう事を要素として考えている。

日本での残り一週間は、それを意識して生活するつもりだ。

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ブラウン生といえる

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お久しぶりです、カナです。
投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。

ここ数週間、投稿しないで何してたの?
何かあったんだと思って心配してたよ…
と思ってくれている方にお答えします。

簡単にまとめると
1. ブラウンの熊たち ツアー
ご存知の方が多いと思いますが、ブラ熊メンバーで約13校をまわり、留学説明会を実施しました。

2. International School of Asia, Karuizawa (ISAK) Summer School 
80人の中学生を対象としたサマースクールのカウンセラーとして参加しました。

3. 留学フェローシップ(留フェロ) サマーキャンプ
主に、海外大学受験を目指している日本人高校生のエッセイ指導を行うものです。メンターとして参加しました。

+アルバイト って感じ。

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今年の夏は「留学」と「教育関係」でまとめることができてしまう。正直、夏休みが始まる前は、似たような内容の物を三つもやる意味があるのか?と不安もありつつ、夏休みを過ごしてきました。

インターンシップなり、研究なり、他の選択肢はたくさんあった中、何故この三つを選んだのか?夏休みの計画を立てる時、思わずインターシップを探そうとしたのですが、まず何の分野で探したいのか、どこでやりたいのか、全く分からないまま、インターンシップを探そうとしていました。迷っているうちに時間はどんどん過ぎて行き、インターンシップ探しから離れる事にしました。
どのような夏を過ごしたいか考えた時、去年の夏まで遡り、去年の夏参加したいと思っていたものが知らないうちに夏休みのスケジュールに組み込まれていました。

去年夏何を考えていたか?
・まず、ブラ熊はブラウン入学が決まってから、このツアーに参加している自分を勝手に想像していた。
・留フェロは、多くの知り合いが関わっている事から、自分も仲間入りしたいと思っていた。
・ISAKは、高2の時からフェイスブックでISAKのページをフォローし、ただただこの学校のファンだった。ぼんやりとこの学校の人とご縁があったら良いな…と思っていたところ、今年はサマースクールでカウンセラーとして関わることが出来た。
・アルバイトも、留学関係の世界とは全く違う世界の仲間と出会うことが出来たので、後悔はしていない。

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結局、去年少しやり残した気持ちを整理することが出来たので、個人的には満足しています。

ツアーやキャンプの良いところは、短い間で一気に多数の人との出会いがあること。人との対話によって、自分について学ぶことが多かったですかね。一つ大きかったのは、「ブラウン」という名が自分のアイデンティティの一部として確立したこと。ブラウン大学では、みんなブラウン生なので、あまり自分を表す言葉として使いません。しかし、この三ヶ月間ブラウン大学から離れ、自己紹介をする時や大学について聞かれることが多い中、いつの間にか自分のことを「ブラウン生」と呼べるようになりました。

ブラウンでの1年目での悩み:「ブラウン大学に通っていると言えるが、ブラウン生だとは言えない」

この悩みがやっと解消され、ブラウン二年目への心の準備が出来た気がします。

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狭い世界・広い世界

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Aさん:「え?!C君と友達なの?!C君、私の高校の同級生なんだけど!」
Bさん:「そうなの?!偶然だね。C君とは、あるサマープログラムで会ったんだよ!」
Aさん:「そうなんだ、やっぱ世界って狭いね!」
Bさん:「本当狭いよね!」

みなさん、こんな会話をしたことがありませんか?
私はこのような会話をよくします。(したことがない人はちょっとスルーで。)
特に今は21世紀なので、フェイスブックの共有の友達を見て、気づく事が多いですね。IMG_0414実際世界は狭いのか?

いや、世界は広い。とてもとても広い。

海外の大学に通っている日本人は少ないので、ちょっとした繋がりで、人脈を広げる事が出来ます。海外大学日本人学生コミュニティーみたいなものがあるんですね。まあ実際、何か共通点があると話しやすくなりますし、共通点がないよりは親しみやすくなりますからね。
コミュニティーがあるのは本当に素晴らしい事で、このような繋がりの仲に入れてもらえている事に感謝しています。

でも、
それと同時に、このコミュニティーが一つの世界になっていて、自分がこの世界しか見ていない気がする時がたまにあるんです。

もちろん高校の友達や、早稲田(ブラウンに通う前に少しだけ通っていました)の友達とも、よく会います。
でも、高校の友達、早稲田の友達、海外大学の友達、全員を含めて一つの世界になっている。
IMG_0414 (1)私は今、飲食店でアルバイトをしています。
バイト先で先輩とこのような会話をしました。
私:「学生なんですか?」
先輩:「ううん、もう卒業したよ。」
私:「あ、そうなんですね。都内の大学に通っていたんですか?」
先輩:「大学は通ってないよ。高卒なの。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私:「あ、そうなんですね、いつ卒業されたんですか?」
と、会話を続けたのですが。

このシナリオで強調したい所は、私が「卒業」という言葉を聞いて、真っ先に「大学」だと思ってしまった事。
ここで、自分の基準が一般的な基準だと思って、当たり前のように会話を進めようとした事。
「卒業」という言葉を聞いて、「高校」と答える世界を知らない事。

自分が一番知っている世界の人達は「大学に通ってから就職する」という人生を送っている方がほとんどです。
それが良い悪いかは別として、私はこのような世界しか見て来なかった。自分の視野がどれだけ狭いのか、少し恥ずかしかった。

また、こんな事もありました。
工場でアルバイトをしている時に、あるお兄さんに話をかけられました。
お兄さん:「大学通ってんの?」
私:「はい。」
お兄さん:「どこ行ってんの?」
私:「早稲田です。」
お兄さん:「え?こんな所でなにしてんの?ってか、何でいんの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
率直な答えとしては、「アルバイトのため」だったのですが、そんな事を聞かれているのは伝わったので、雰囲気に任せて流しました。
IMG_0414 (2)同級生で、立派なお母さんになっている人もいれば、もう既に親に頼らず就職して生活を立てている人もいる。
けれども、仲良い友達で、そのような人は本当に少ないからこそ、このような世界を知らない。

これは社会が作る壁があるからこそ、見えない世界があるのだと思いますが、私はまだ社会の事についてはほとんど分かっていません。なので、適当な事は言えませんが、自分の世界は社会の壁によって作られているもので、どうしても操られている気がする。

私は個人的に、社会の壁を越えて、自分が今まで見てきて世界でない世界を出来るだけたくさん見たいと思います。
職業を基準にした世界もあれば、ライフスタイルを基準にした世界もある。全部を見たいし、全部と繋がりたい。そうしなければ、自分の手で車のハンドルを持って、運転をしている気がしない。
タブーやマナーをわきまえながら、一歩でも良いから色んな世界へ踏み入りたいと思います。

私の友達が言っていました。「人間は出来るだけ物事を客観的に見るように努力すべき」だと。
自分がいる所から千歩、一万歩下がって、物事を見ていかないと視野が広いなんて言えない気がする。

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最近の人間観察

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こんにちは、カナです。
今日はどうしても、書くネタが思いつかないので、マイブーム?について話したいと思います。

いきなり話が変わりますが、私は最近やっと日本で携帯が使えるようになりました。
それまでは、街中を歩きながら必死にWiFiを探したり、見つからないときはスタバのWiFiを盗んだりして、なんとか人と連絡を取り合っていました。

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インターネットが使えないと本当にすることがありません。
電車を待っているとき、電車に乗っているとき、友達との待ち合わせで待っているとき、etc..

私は乗り物酔いをしやすい人なので、電車では本を読めません。なので、電車では寝ることくらいしかできないんですが、People Watching、つまり人間観察に最近はまっています。

洋服、雰囲気、話の内容の盗み聞きはもちろん、他にもこんなことをしています。

People Watching その①
ある人の雰囲気を見て、結婚しているかしていないか推測する。
そしてその人の左手の薬指を見て、自分の推測が当たっているかどうか確認する。
ただの自己満。

People Watching その②
カップルを見つけたら、手のつなぎ方、二人の距離、話している内容等を基準にして、どれくらいの期間付き合っているのか推測する。
答えはない。ただの自己満。

People Watching その③
満員列車でないときは、持ち物、服装、寝ているかどうかなどを見て、全員がどの駅で降りるのか推測する。
当たっていたらその日はラッキー。ただの自己満。

People Watching その④
同じ車両に乗っている人の人数と携帯をいじっている人数の割合を計算する。
結果:電車の時間帯によって大幅に変わります。

People Watching その⑤
同じ車両にいる人たちが全員無人島に連れて行かれたら、誰がどのような役割を果たすか勝手に妄想する。

なんてことをしています。

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この記事で、人間観察に関する深い意味とか、日本の電車から読み取れることについて読めるかな…と期待しているみなさん。
申し訳ありません。特にないです。

来週はもう少し真面目な記事を書きます。

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帰国子女はセコイ

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私は帰国子女です。
小学生の時に海外のインターナショナルスクールに約4年半通っていました。

英語が全く喋ることができない小学一年生だった私。インターでの最初の一ヶ月は泣いてばかりでした。
未だに、初めて喋った英語の文章を覚えています。
Do you want to come to my house?
「デュー・ユー・ヲント・テュ・カム・テュ・マイ・ハウス?」この英語の文章をカタカナで手の平にマッキーで書き、勇気を出して友達を家に誘いました。

その日から徐々に英語が話せるようになり、知らないうちには読み書きも自然に出来るようになっていました。

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帰国してから、一年間だけ公立の小学校に通いました。その中、アメリカ人のように流暢に英語を話せることが出来た私は、「なんか英語で言ってみて!」と他の生徒によく頼まれました。正直、そう頼まれても何を言えば良いか分からないし、戸惑いましたが、毎日「お願い!」と頼まれ、結構注目を浴びていました。でも小学六年生の時は皆注目を浴びたいものです。この状況を気にくわなった子がいて、小学六年生の一年間は大勢に仲間外れにされ、辛い日々の連続でした。

そこで中学受験をすることにし、「草・花・犬」くらいの漢字しか書けなかった中、母親と一緒に漢字ドリルで必死に勉強をしました。

そして何とか私立中高一貫校に通うことに。楽しい毎日でしたが、中高で英語の勉強で苦しんでいる友達には「帰国子女はセコイ。帰国子女はズルい。」とよく言われました。

それを言われるたびに「英語は今出来るかもしれないけれど、小学校の時に大変な思いもしてきた。」「ズルいとか言われても、帰国子女であることは別に私のせいではない。」とずっと思っていました。

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でも正直、今になって考えてみると私は「英語」というものを武器にして生きてきたなと思います。
日本にいると、英語が話せるだけでかなり感心されます。小学校の時に海外に行くことが出来たのは父親のおかげで、私は特に何もしていないので、凄くなんかありません。ただラッキーだっただけです。でも英語が話せることが日本であればどこでもポイントアップになる。それに私はどれだけ甘えてきたか。

履歴書にある「資格」の欄は英語の試験ばかり。英語に関連しない試験は漢検くらい。
今まで塾や家庭教師のバイトで英語と数学を教えてきましたが、やはり数学よりも英語を教えるのを頼まれたり。
模擬国連・国際NGOでも「英語が話せること、そして海外経験があること」が自分の特徴だと言い張り、活動してきました。
日米併願をした私はアメリカ大学に受かることを優先的に考え、日本の大学受験は結局AO入試で終わらせ、結局AOの願書にも英語の資格ばかりに頼ってばかり。
今年の夏も留学関連のプログラム、最近設立されたインターナショナルスクールでのお手伝いをすることになり、やっぱり英語関連のもの。

英語を武器にして生きてきた。失敗談もあるけれど、英語に頼って成功したことは数え切れないほどある。
そんな中、学部留学をして、英語を武器にして生きることが出来ないことに気づきました。

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英語が出来るのが当たり前の環境だから英語が出来ても武器にも何にもならない。それは受験の時から頭の中ではわかっていましたが、実際にそう気付いたのは留学してからです。
「英語はツールでしかない。」とよく言われますが、世界でだと本当にそうで。日本社会では「英語はツールだけでしかない」と言い切れないところがある気がしますが、日本列島から一歩出ると、英語が出来るから何? って感じで。

英語が出来るかどうかより、英語で何をするか。何を伝えるか。それが大事。
英語に頼って生きている、私みたいな帰国子女は結構いると思います。(帰国子女全員がそうだとは限りません。)私を含め、その人たちから「英語」というものを取り上げたら一体何が残るのか?どんなスキルや武器があるのか?
留学をして、そんなことに気づくことが出来ました。

「帰国子女がセコイ」と言われるのに飽き飽きしていた私。今になって、「いや、帰国子女はセコイ。」と認めることが出来ます。

英語が出来るならそれはそれで良い。でもそこだけでは満足をしてはいけない。英語というツールを使って何をするか。

次、一時帰国した時は「英語」を全く使わない、全く頼らない生活に挑戦したいと思います。

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スーパーヒーロー

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スーパーヒーローと聞いたら誰を思い浮かびますか?
Google先生はウルトラマン、仮面ライダー、ドラゴンボール、アンパンマンを日本のスーパーヒーローとしてあげています。
アメリカだとバットマン、スパイダーマン、キャプテンアメリカンが有名でしょう。

でも私たち学生・子供にとってのスーパーヒーローとは誰でしょう?

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今日はぐんま国際アカデミーに訪れ、事前交流会を行いました。夜には学校のPTAの方とお食事をすることに。残念ながら、全員の方とはお話をすることが出来なかったのですが、7名の保護者さんとお話がすることができ、とても貴重な体験となりました。
たった二時間という短い間でしたが、全員趣味や職業が違ったり、お子さんの学年が違ったりと、本当に興味深い会話がテーブルで飛び交い、今夜は新たな「学び」を得たことができたと思います。

興味深い会話とは何か?
それはそれは
保護者さんの学生時代でのデートスポットで盛り上がり、同性愛者や慰安婦問題について熱く語り、お子さんのクリエイティブなサイエンスフェアでのプロジェクトについて教わり、等です。

今日、ご一緒させてもらった保護者さんや先生方はとても意識が高く、 驚きました。(上から目線になってしまい、申し訳ありません。)小学一年生の親御さんでも「留学も一つの選択肢と考えて」という理由で参加されている方もいました。
改めて、今回のお食事で気づくことができたのは、どれだけ親御さんがお子さんのことを考えていてくれるか。

文系か理系を選ぶ時も、大学受験の時も、就活の時も、自分のことのように一生懸命、調べたり、悩んだりしてくれる。大きな決断をする時に一番ストレスを溜めているのが自分だけだと思うかもしれないけど、自分以上に心配してくれているのは親だと。

かなり臭い表現になってしまっているかもしれませんが、やはり実際そう心の中で思っていても、なかなか今日のようにそれを実感できることは少ないです。

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私の両親に関して、ある質問を受けました。「アメリカの大学だとディスカッション等で主張することがあるかもしれませんが、ご家庭でされていたことはありましたか?」

私の両親は「何かやりたい」と説得をすれば、全面にサポートしてくれる言葉で言い表せないほど素敵な二人です。色々やってくれている中でも、この質問の答えとなるようなことを二つあげました。

私の母は新聞で私にとって良い情報や内容を見つけたら「おもしろそうだから読んでみて」と言って、わざわざその記事の部分だけ切り抜いてくれます。中学生の頃は「面倒臭いな」とか「まあ、見出しだけ」と思ったこともあって、しっかり感謝することが出来ていませんでした。今になると、その記事の内容で得た知識が後々役に立つことに気づき、あの新聞の記事を嫌がっていた自分が情けないです。他にも夕食中に国際問題や国内の政治問題について教えてくれたり、中立的な対策法を教えてくれたりして、今になって自分もより中立的な立場から物事を考えるようになったと思います。

今日は親に感謝すること、そしてその感謝を行動で示すことの大切さについて改めて考える機会となりました。

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私たち学生・子供にとってのスーパーヒーローとは誰でしょう?
私は「親」だと思います。

 

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『ブラウンの熊たち』は今年の夏、全国を巡り説明会をしてまっせ。

参加のお申し込みはこちらから(-v-)

席に限りがありますので、お早めに!!

説明会のご支援をして下さる方は、こちらからお願いいたします。

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ツアーのバックステージ公開!

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こんにちはろー。
はい、カナです。

知っている方も多いかもしれませんが、ブラクマは現在、留学説明会のツアーで各会場にまわっているところです!
今回の記事はツアーのバックステージは大公開!!(写真ブログ形式で)

 

一番最初の会場はなんと沖縄。尚学高校にお邪魔しました。あまり観光する時間はありませんでしたが、世界遺産の首里城をみてきました。

その時の写真がこちら。
なんかよくわからないポーズと不思議な配置。でも、後ろに写っている首里城は美しいですね。
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では、みなさん、メンバーはどこにいるか知っていますか?そうです!京都です!

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ちょうど明日の説明会に向けて準備をしているところ。

キャー。健太君の浴衣姿が!
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ドライヤーを何回もかけるキア様。
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リラックスモードでいるミス京香。
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写真一枚だけでみんなの性格がなんとなく分かりますね。(足は健太君のものです。)
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まだツアーは半分も終わっていませんが、ただ二つの会場を訪れて気づいたことは「本当にいろんな子がいる」ということ。
留学する目的や趣味、そして将来の夢など本当に様々です。だから一人一人をたった一つの基準で比べることはなかなかできない。
自分が受験生だった頃を振り返ると、よく他の受験生と自分を比較していました。誰の方が点数が高い、誰々の方が◯◯の特徴を持っている。などなど。
受験では周りの受験生がライバルなので、比較してしまうのは当たり前のことなんですが、大事なのは他人と自分を比較するより「自分」が成長することにもっと重きを置くべきだったな。と。
かなり臭いセリフですが、「自分がベストを尽くせるように努力すること」がやっぱり一番だと思う。周りとの比較で刺激を受け、燃えることは良いことだけど、周りとの比較ばかりを考えてばっかではどうにもならないだろう。
私たちブラクマのメンバーも体験談はいくらでも話せるし、アドバイスもいくらでもできるけど、やっぱり最終的に大事なのは一人一人「自分」を大事にすること。これはエッセイでフィードバックをもらった時も、どんなに凄い人に何かを勧められた時も、「自分」を大切にしてほしい。(私自身にも言えることですね)

では、プレゼン準備に戻ります。

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