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帰国子女はセコイ

/ 5 Comments /

私は帰国子女です。
小学生の時に海外のインターナショナルスクールに約4年半通っていました。

英語が全く喋ることができない小学一年生だった私。インターでの最初の一ヶ月は泣いてばかりでした。
未だに、初めて喋った英語の文章を覚えています。
Do you want to come to my house?
「デュー・ユー・ヲント・テュ・カム・テュ・マイ・ハウス?」この英語の文章をカタカナで手の平にマッキーで書き、勇気を出して友達を家に誘いました。

その日から徐々に英語が話せるようになり、知らないうちには読み書きも自然に出来るようになっていました。

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帰国してから、一年間だけ公立の小学校に通いました。その中、アメリカ人のように流暢に英語を話せることが出来た私は、「なんか英語で言ってみて!」と他の生徒によく頼まれました。正直、そう頼まれても何を言えば良いか分からないし、戸惑いましたが、毎日「お願い!」と頼まれ、結構注目を浴びていました。でも小学六年生の時は皆注目を浴びたいものです。この状況を気にくわなった子がいて、小学六年生の一年間は大勢に仲間外れにされ、辛い日々の連続でした。

そこで中学受験をすることにし、「草・花・犬」くらいの漢字しか書けなかった中、母親と一緒に漢字ドリルで必死に勉強をしました。

そして何とか私立中高一貫校に通うことに。楽しい毎日でしたが、中高で英語の勉強で苦しんでいる友達には「帰国子女はセコイ。帰国子女はズルい。」とよく言われました。

それを言われるたびに「英語は今出来るかもしれないけれど、小学校の時に大変な思いもしてきた。」「ズルいとか言われても、帰国子女であることは別に私のせいではない。」とずっと思っていました。

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でも正直、今になって考えてみると私は「英語」というものを武器にして生きてきたなと思います。
日本にいると、英語が話せるだけでかなり感心されます。小学校の時に海外に行くことが出来たのは父親のおかげで、私は特に何もしていないので、凄くなんかありません。ただラッキーだっただけです。でも英語が話せることが日本であればどこでもポイントアップになる。それに私はどれだけ甘えてきたか。

履歴書にある「資格」の欄は英語の試験ばかり。英語に関連しない試験は漢検くらい。
今まで塾や家庭教師のバイトで英語と数学を教えてきましたが、やはり数学よりも英語を教えるのを頼まれたり。
模擬国連・国際NGOでも「英語が話せること、そして海外経験があること」が自分の特徴だと言い張り、活動してきました。
日米併願をした私はアメリカ大学に受かることを優先的に考え、日本の大学受験は結局AO入試で終わらせ、結局AOの願書にも英語の資格ばかりに頼ってばかり。
今年の夏も留学関連のプログラム、最近設立されたインターナショナルスクールでのお手伝いをすることになり、やっぱり英語関連のもの。

英語を武器にして生きてきた。失敗談もあるけれど、英語に頼って成功したことは数え切れないほどある。
そんな中、学部留学をして、英語を武器にして生きることが出来ないことに気づきました。

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英語が出来るのが当たり前の環境だから英語が出来ても武器にも何にもならない。それは受験の時から頭の中ではわかっていましたが、実際にそう気付いたのは留学してからです。
「英語はツールでしかない。」とよく言われますが、世界でだと本当にそうで。日本社会では「英語はツールだけでしかない」と言い切れないところがある気がしますが、日本列島から一歩出ると、英語が出来るから何? って感じで。

英語が出来るかどうかより、英語で何をするか。何を伝えるか。それが大事。
英語に頼って生きている、私みたいな帰国子女は結構いると思います。(帰国子女全員がそうだとは限りません。)私を含め、その人たちから「英語」というものを取り上げたら一体何が残るのか?どんなスキルや武器があるのか?
留学をして、そんなことに気づくことが出来ました。

「帰国子女がセコイ」と言われるのに飽き飽きしていた私。今になって、「いや、帰国子女はセコイ。」と認めることが出来ます。

英語が出来るならそれはそれで良い。でもそこだけでは満足をしてはいけない。英語というツールを使って何をするか。

次、一時帰国した時は「英語」を全く使わない、全く頼らない生活に挑戦したいと思います。

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Comments 05

  • tomoya

    2015年6月11日 3:30 PM · 返信

    突然のメッセージ失礼します。
    たまたま通りすがってブログを拝見し、非常に共感しました。

    私も帰国子女で同じように多くの得をしてきたなと思います。特に日本だと英語教育が未熟なため、英語さえできれば、例えばそれなりの学歴が得られるかと思います。

    人にはいろいろ価値観があるとは思いますが、私は自らの選択というのを大事にしたいと思っています。英語は決して自分の選択の中で得たものではないので、本当にラッキーなだけ。それよりも、部活を選んで学んだことや、会社を選んで得たことを大事にしています。

    この話をすると永遠に語れると思うのでこの辺で。
    通りすがりで失礼いたしました。

  • やら

    2015年6月12日 12:14 AM · 返信

    またもや通りすがりで失礼します。
    いまアメリカ西海岸在住の学生です。

    カナさんがおっしゃっていること、経験したこと、色んなことに共感するんですが、一つ質問があります。

    私も時々使うのですが、そもそも「セコイ」とは(特に帰国子女のセコイ)いったいどういう意味なんでしょうか?
    セコイというのは公平ではないから使う言葉なのでしょうか。

    すみません、
    ふと思い書いてみただけなので流してください。

  • ぽん

    2015年6月13日 7:49 AM · 返信

    やらさんへ

    同じく通りすがりの者です。
    一般的に「帰国子女はセコイ」と言うフレーズには、「勉強しなくても英語ができてずるい」という嫉妬のような感情が含まれていると思います。
    あまり論理的な言葉ではなく、やるせない気持ちを晴らすために他人を攻撃したい時に使う場合が多いと思います。

  • 非帰国子女

    2015年6月14日 2:47 PM · 返信

    私を含めほとんどの非帰国子女が心に抱いたことのあると思われる、『帰国子女はセコイ』
    しいて言えば原因は海外赴任しない自分の親と現在の日本社会や教育の歪さにあるし、帰国子女も小さい頃に苦労した結果なのは当然なのですが、そういうことまで頭が回らない子供は、周囲に突然求められるようになった未知なる言語の習得について、ほぼ理想的な姿を体現する絶対的な存在が目の前に現れたときに、もう自分はどう頑張ったってそうはなれないと知って、その理不尽を帰国子女にぶつけてしまうのです。

    もちろん努力次第で大人になってからもある程度は身に付けられますが、どうしても埋められない差はありますよね。別にそれでも不自由なく生きていけると知るのも、また大人になってからなのですが。

  • まっつー

    2015年7月9日 6:20 PM · 返信

    突然のコメント失礼します。
    私も2歳から7歳までをアメリカで過ごし、帰国後、カナさんが経験された事と同じようなことを経験しました。
    得した事ももちろんありますが、英語が出来るがゆえに少し悩んだこともありました。
    そしてこの秋から今度はアメリカの大学へ進学します。
    口が裂けても、英語が得意、とは言えない環境の中、英語で何ができるか、伝えられるか。もう一度しっかり考えたいと思います。
    カナさんの文章を読む事ができて、よかったです…!

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