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多様性は氷山

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昔、英語の授業で先生が言った。

 

ヘミングウェイの本は文章はシンプルだけど意味は奥深い。彼のスタイルは氷山の様なもの。見える部分よりもむしろ見えない部分に意味がある。

 

 

多様性もそうだと思う。みんな何となく意味を理解していて”いい事だ”と納得しているが、実際のところどうなのだろうか。結局多様性の何がいいのか。

 

実は先日某コンサルティング会社の人事部の方がこの”多様性”という言葉を使って会社を説明していたのですが、そこで”多様性”とはその会社の方たちにとってどういうものなのかお尋ねしたところ、帰ってきた答えが”人種”や”出身”といった答えばかりでした。

 

うーん。何だかしっくりこない。多様性という言葉がまるでそこらじゅうで適当に使われているよう。

 

僕の思う多様性は、大学や会社にあるだけでは意味を成さない

 

そもそも何故多様性を求めなければならないのか?大学受験の時なんかは聞きあきてもう多様性という言葉に反応もしなくなった。どうしてこうも大学や会社はこの言葉を使いたがるのか?

これはあくまで個人的な推察ですが、大学が多様性を推しているのは多様性を重視するのもありますが、むしろ平等である事をアピールしたいから。

 

イメージダウンにつながる可能性がある事は排除しなければいけない。アメリカの大学で自由・平等が重視されない大学は生徒が行きたくなくなる。そうすれば優秀な学生も受けてくれない。そうなったらライバル校に差をつけられてしまう。そういう隠れた動機が色々と潜んでいる気がします(あくまで個人的な感覚ですが)。

 

では個人にとって多様性とはどんなもので何をもたらしてくれるのか。

僕にとって多様性そのものは重要ではない。なぜなら、結局友達の大多数は結局自分とある程度似ている人になってくるから。

 

それよりも大事なのは自分の多様性。

 

他の人の意見を理解できる能力。物事を客観的に見れる能力。世界は広いんだという認識。違いを受け入られる心の広さ。多様性が重要な理由は、単に色々な背景を持った人との交流が出来る事ではなく、いかに他人と理解しあえるかだと思う。この理解力を得るための場所として初めて多様性のある場所が活きてくる気がする。

 

皆さんがこの多様性という名の氷山の奥深くを探索したとき、出てくる答えは違うかもしれません。ただ、僕はそこで”理解力”というものを見つけた。多様性があるだけでは足りない。最終的には多様性の価値は自分で生み出すものだと思っています。

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