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とうもろこしが食べられない

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ずっと自分は、違いを理解できる人間だと思っていました。

小さい頃から色んな国を渡り歩き、色んな肌の人や色んな背景の人と出会い、それらの人を尊重できると思っていました。

 

なので、「黒人は涙も黒いのかね」と眉をひそめる祖父を見て、

「あの外人、列を乱しちゃって!」と言う人たちを見て、

なんでこの人たちは、人との違いを理解できないのだろうかと不思議でしょうがありませんでした。

 

今年の1月まで。

 

今回のスーパーボールのCMは政治的なメッセージが込められていたものがちょいちょいありましたね。Airbnb “We Accept”

 


 

冬休みの一週間、カンボジアに行ってきました。

 

経緯はというと、カンボジア人のルームメイトが「家、くる?」と聞いてきたので、

「あら!いくいく」とそういった類の会話があって、彼女のお宅にお邪魔することになったのだと思います。

 

カンボジアの中でもきっと高級住宅街に当たるのであろう、

3階建てで天井がやたら高い家に招かれました。

 

到着して早速、

「うちのトイレは、ちょっと違うシステムなのよ。あはは」

 

と言われ覗くと、私は静かに驚くことになります。

 

まずトイレットペーパーがありません。代わりに、横のノズルを使うとのことです。

トイレの流す部分も壊れているため、蓋を開けて、中に指を突っ込み水を流すのよ、と彼女は朗らかに説明してくれます。

 

シャワーも無く、あるのは水の溜まったプラスチックの白いバケツ。

浮かんでいる銀の器で水を汲んで、それを体にかける仕組みです。

 

内心ぎょぎょぎょとビビりつつ、彼女にとってこれは普通なのだ。

慣れる慣れると自分に言い聞かせます。

 

しかし。

 

夜、狭いトイレで体を流していると、蚊が二匹ブンブン飛んでいるのに気付き、発狂しそうになります。

まず室内になぜ虫がいるのか。そんなはずはないと思いながら、「マラリア」「Zika」と不吉な単語が頭の中でぐるぐると回っています。

 

脚、背中、腕、全身10箇所以上刺された部分を眺めながら、

適応能力の長けた私は、カンボジア初日で思います。あぁ、帰りたい。と。

 


 

なかでも衝撃的だったのは、翌日、果物などが売られている市場に案内された時でした。

3歩 × 3歩ほどのスペースに、肉、野菜、卵などこれでもか!と言うほどぎっしりと並んでいます。

包丁を片手にあぐらをかいている女性の靴下が、生肉に触れています。

 

 

とにかく匂いがきつい。

靴の裏から伝わってくる、地面の謎のぬめりを意識しないようにしながら、ルームメイトについていきます。

 

途中「果物、買いなよ」と彼女に勧められ、私は頭を横にふります。

「え、なんでよ。美味しいよ」と不思議そうに聞かれましたが、

私は、呼吸を止めるのに精一杯でした。

 


 

マーケットを抜けて、路上で購入したとうもろこしを二人で持ちながら、

川辺に腰掛け、茶色い水が流れるのを眺めていました。

 

“Do you think it’s gross?”

「汚いと思う?」

 

と突然聞かれて、私は何を答えていいのかわかりませんでした。

 

「私は、汚いと思うよ。」とルームメイトはけろっと言います。

 

彼女は、「これなんだろね」と言いながら、

とうもろこしの粒の間に挟まっている白い物体をほじくり、地面に捨てています。

 

「まぁ汚いって分かっていても路上で売られているもの、食べちゃうけどね。そんで、そのあとお腹壊したりね。小さい頃病気がちだったけど、この環境が原因なんだろうね。」

 

とうもろこしを平らげている彼女の横で、私はというと、売っていた少年が最後に手を洗ったのはいつだったのだろうと余計なことを考え始め、とうもろこしをかじる気もなく、ただ手に持っていました。

 

 

「でも慣れる。流れに任せるのよ。

カンボジアはカンボジア。アメリカはアメリカ。

とうもろこし食べてお腹壊したとしても、ここではみんなそれで生きてるよ。」

 

その後、私の蚊に刺された箇所がびっくりするほど腫れ上がってしまったため、病院に連れて行かれたのですが、その際出された薬も飲めませんでした。

 

病院の石鹸がカップ麺の包装紙で包まれていたのを見て衛生状態を疑ったからかもしれないですし、後でアメリカの病院で診てもらおうと考えたからかもしれません。

 

「地元の人はこの薬を飲んでいるんだ。死ぬわけじゃない」と自分に言い聞かせる戦法も通用せず、

とにかく私は、2年間一緒に住んでいるルームメイトの故郷であるカンボジアに、

慣れることはできませんでした。

 


 

最終日の朝。

台所にて。

 

「カンボジアに来る人は、2種類の反応をするのね。」と彼女は言いました。

 

「例えば私の高校のUWCの人はいつも、何それ食べたい、何それやろうやろうって、興味津々で、ずっとテンション高かったのよね。

 

もう一方は、ボランティアで一緒にいたイギリス人ね。

シャワーもなくて、電球に虫がわーって寄ってくるようなところに滞在したんだけど、泣き出したりする子がいるのよ。1日だけ都会に行ける機会があった時には、ネイルとかしてさ。またその一日終わったらその村に帰るのに、この人たち何してんだろうって笑」

 

「貴亜はさ、イギリス人と同じ反応をしているよ。」

 


 

ずっと、私は適応能力に自信がありました。

ドイツ、日本、アメリカ。色んな国に住んで、色んな人に会って、ウンタラカンタラ。

でも所詮、守られているところです。所詮、先進国です。

英語を話せれば生きていけるし、蛇口からは毎日綺麗な水が出ます。

 

今回のカンボジア旅行も、彼女の家だし、彼女が全て案内してくれました。

それでもやっぱり適応することはできませんでした。

 

しゃりしゃりの細かい氷の入ったアイスコーヒーは今まで飲んだ中で一番美味しかったし、夜の市場で食べたココナッツの殻に入ったアイスクリームも信じられないくらい絶品でした。彼女が運転するオートバイの二人乗りも、一瞬死ぬんじゃないかと思いましたが、ものすごく楽しかったです。

 

でも。

 

椅子を拭いた布巾で、まな板を拭いたりだとか、この人たちにとっては当たり前なのだと、頭ではわかっていても、美味しいなと思っていても、数秒前に、そこに蝿が止まっていた記憶が頭をよぎると、箸が止まってしまうのです。

 

違いを受け入れられない、というのは頭で考えてどうにかなるものでは無く、実はもっと根本的な、

とうもろこしが食べられない、だとか、トイレの水に指を突っ込みたくないだとか、

そういった生理的なものに近いのかもしれません。

 

やれ!受け入れ受け入れ!というのは素晴らしいことだけれども、同時に

「違いを受け入れられない状態」を、理解する必要がある気がします。

それを無視しちゃ、一番ダメな気がします。

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