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違う視点から見た歴史

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ここ最近雨の多いプロビデンスからお送りします、柚子です。一週間前の雪から雨に変わったので、いよいよ春本番かな?と期待を高めているところですが、今日は突然の雷雨に驚きました。

最近は毎日家族から東京の桜の開花の様子の写真が送られてきます。特に中高の近くだった千鳥が淵の写真はなんだか懐かしく感じて、今度日本で春を過ごす時は必ず行きたいなと思いました。

 

母から送られてきた千鳥が淵の写真

 

”桜咲きました!”

私が二年前家族に送ったメールの件名。先週、電話越しに母が、私がブラウンに合格してからちょうど2年だったことを思い出させてくれました。あの夜、喜びの報告をするのにとっさに考えた件名。心はやっぱり日本人の私は、合格を開花する桜に例えて表現しました。

そして今年も合格発表のとき。今年は今までで一番多くの願書が提出され、その中から今までで一番多い2,722人に合格が通知されたそうです。もし読者の方々の中に合格された方がいらっしゃりましたら、おめでとうございます。そして是非”ブラウンの熊たち”にご連絡くださいね。

 

(今年の合格発表について伝える記事↓)

https://news.brown.edu/articles/2017/03/admitted

 

日本では今週から新年度でしたね。私の家族や友達も、新しい学年や職場環境での日々を始めています。みなさんの新しい環境でのご活躍を願っております。

 

一方ブラウンではここが桜並木…になるはず。

 

さて、最近は寝言でも英語を話すようになり、頭の中の英語の部分が増えてきたのかな?とは思っていまずが、先ほども言いましたように心はまだ日本人。今日はアメリカで学ぶにあたって日本人として感じたことを話したいと思います。どういうことかと言うと、第二次世界大戦の話が出てきた時。何て表現すれば良いのでしょうか、何だか心にチクリと感じて、少し息苦しくなるというか….。

 

思いもよらぬところでそういう状況に合いました。それは月曜日の人類の進化についての授業中。その日はHomo erectusについてだったのですが、その化石の中に1920年代に中国の北京周辺で発見された通称“Peking Man”というものがあるという話の最後。

”しかし、この化石は第二次世界大戦中に行方不明になってしまいました。日本の侵略から守ろうと、アメリカ軍が化石を安全な場所に移そうとしたのですが、まあその頃は真珠湾攻撃とかいろいろあって…。移動中に日本軍の攻撃にあって、化石は無くなってしまったのです。幸いなことにその化石の鋳造が多く作られていたので、全く失われてしまった訳では無いですけれどね。”

第二次世界大戦中、日本の真珠湾攻撃を発端に太平洋戦争が始まり、日本はアメリカの敵国になりました。特にアメリカ人にとって真珠湾攻撃は、日本で言えば原爆投下のように決して忘れてはならない歴史。別に私個人が何をした訳では無くとも、一人の日本人として”日本は敵国””日本は悪者”というような話を聞くとなんだか心にチクリと感じます。特にそれが歴史の授業で普通にこういうことを習って聞いてきて、何にも違和感を感じない他の30人の生徒に囲まれた教室だと、何だか意識が高まる。あの教室で私が日本人だと知っている人はあまりいなかっただろうけれど、一人だけ教授の一言を重く受け止めていた気がします。

 

一昨日は近くのアイスクリーム屋さんが”1コーンタダの日キャンペーン”開催!

 

小学校3年生のある日、アメリカの小学校の読書の時間になぜか私はいろんな乗り物の写真と解説が書かれた本を手にしていた。読書の時間は話してはならないことになっていたのだけれど、私がちょうど戦車や戦闘機のページを開いているときに隣の男の子がそっと私の耳にささやきました。

”これもこれもこれも、ぜーんぶアメリカが作ったんだよ。”

日本は敵国。日本は敗戦国。初めてアメリカから見た歴史を身にしみて感じ、理解したときのことを、今でも覚えています。

 

”アメリカが作った”と言えば忘れてはいけないのが原子爆弾。今週の科学の歴史の授業ではいよいよ20世紀中盤、原爆の開発、そして利用についてでした。

”原爆は使用するべきではなかっただとか、戦争を早く終わらせて長引いていたならば亡くなっていたであろう命を救うという正当な理由があっただとか、いろんな議論はあるけれど、今日はその話はしません。”

”原爆を使用する正当な理由があった”、”原爆が使用されていなければ戦争は長引きさらに多くの命が失われていた”。私はこのような意見は日本では聞いたことがありませんでした。今回はこの意見を聞くのは初めてではなかったけれど、留学を始めた当初こんな意見があることに私は驚きました。日本では原爆は”悪”だと学んできたから、こんな意見があったことを想像もできませんでした。

 

教授は続けます。

”私が今回みんなに読んでもらった本を選んだのには理由がある。まずはもちろん、とても良く書かれているからだけれども、一番の理由は題名です。’Hiroshima: the world’s bomb’ (広島:世界の爆弾) 。原爆は確かにアメリカで開発され、アメリカ軍によって使用されましたが、実は”アメリカのもの”とも言えないのです。なぜなら、世界中の科学者達が開発に関わっていたからです。”

20世紀始め、科学の中心は英国とフランスからドイツへ変わりつつあった。そして特に物理の世界で注目を集めていたのが量子力学。原子の世界を解明すべく、多くの科学者が自らの研究に情熱を注いでいた。自分の好奇心を満足させるため、真実を解明するためのはずだった科学が、だんだん国のため、政府のためになり、いつしか科学は兵器の発展にも欠かせなくなった。そして、第二次世界大戦とナチスドイツの権力の拡大でドイツやその周辺の国々の優秀な科学者たちはアメリカへ逃げることになる。そのおかげでアメリカの大学は大きく発展をし、原爆開発にもヨーロッパ各国からの科学者が集まった。

原爆とアメリカをいつも結びつけて考えていた私には、とても新しい考えでした。そして、ナチスの権力の拡大があったからこそ、今”世界トップ”とも言われるアメリカの大学が存在するという、なんだか皮肉な歴史。

 

原爆の開発、そして投下について話し終えた教授の締めの言葉、

”そして、9月2日に日本は降伏しました。”

9月2日?終戦、玉音放送は8月15日、と覚えていた私は”教授!日にちが間違っています!”と言い出したかったのですが、歴史についての知識ははるかに私をこえる教授が間違っているはずが無いと思いなおし、黙って考えてみました。よく考えてみると、日本の降伏を国民に知らせたのは8月15日でも、実際国同士で正式な書名をしたのが9月2日なのではないかという考えにいたりました。授業後調べてみるとその通りで、国によって第二次世界大戦の終戦は違う日が記念日となっていることがわかりました。

 

しばしば日本のニュースでは中国や韓国の歴史の教科書の内容が報道されまずが、その他の国ではどのように歴史が教えられているか、考えたこともありませんでした。視点を変えただけで、こんなにも歴史の見え方が違うことに驚きました。”日本はアメリカの敵国”と考えたら、もし”様々な国が共同で開発した原爆”と習っていたら、私がアメリカの教室で感じる”心のチクリ”はどう違っていたのだろうか?”視野を広める”とはどういう意味か、改めて感じさせられました。

 

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