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しばらくお別れ

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どうも、柚子です。

5時間ほど前に、今学期の試験無事に終わりましたー!そして、大学2年生が終わりましたーー!

月曜日までは最高気温10℃だったのが、急に暖かくなって、今日はなんと最高気温35℃!!最後の試験も冷房のある部屋に会場は急遽変更されました。試験は科学史。科学史はダーウィンの進化論のように、少しずつ進歩してきたか、それともいくつかの大きな変革によって進んできたか?というような質問に答えてきました。

先週あった認知脳科学の試験も帰ってきて….90点!一番心配な教科だったけれど、どうにかAもらえたかな?まだ最終の成績が発表されていないのでドキドキです。

 

久しぶりにお絵かき。結構雑ですが、思ってたより上手く描けました。キャンパスの中心広場にて。

 

さーーて、最後の試験まで日にちが空いていたので、ここ数日は友達とご飯行ったりと、友達との時間をたくさん過ごしました。

木曜日は高校の先輩とご飯へ行って、金曜日は友達とアイスクリーム食べに行き、土曜は地域の日本人の方々と桜祭りの打ち上げ!そう、(確か)話しそびれていましたが、4月末に地域の日本人の方々や、近くの高校と協力してちょっと遅めの桜祭りを行いました。私はブラウンの生徒を何人か連れてヨーヨー釣りなどのゲームコーナーを手伝いました。去年の最後に近くの高校へ書道を教えに行ったことがきっかけでこのような地域の桜祭りの運営にも携わることができて、キャンパス内にこもってしまいがちな学生にはとても貴重な経験でした。おかげ様で地域の日本人の方々にもお会いすることもできました。

 

ヨーヨー釣りも見守る私(手前)。水を入れ過ぎたのか、こよりが弱いのか、なかなか釣れない…。

 

日曜日は”自称”水泳部の友達と鍋を食べに行き、月曜日はイタリア人街で女子会。火曜日はルームメイトも一緒にブランチ、そして水曜日は海へ!そう、隣の美大が所有しているプライベートビーチが車で20分ぐらいのところにあって、Uber(タクシーのようなもの)を使って行きました。水は冷たくて、ちょっと汚かったけれど、貝殻や石を拾って、涼しい海風でリフレッシュしてきました。

今日は試験が終わってからはキャンパスの緑地で友達とピクニック。それからは高校の後輩と一緒にご飯を食べてきました。

 

絶対多いから!って4人で3皿頼んだのに、結局1皿食べきれずお持ち帰りしました。

 

なーんて、遊んでばっかのように思われるかと思いますが、それにはちょっと理由があります。実は、9月から一年間フランスのリヨンへ行きます!なので、まだ2年生ではありますが、しばらくはブラウンとお別れです。だから、フランスへ行く前に会わなきゃ!と思って友達をたくさん誘いました。予定を調整したり、人に声かけたり、思ってたより大変でしたが、やった甲斐ありました。特に、一つ上の先輩はいつまた会えるかわからないから寂しいけれども… なんだかそんな感じがしなくて、不思議な気持ちです。

もうすでに留学しているのに、さらに留学するの?と、思うかもしれません。一年間も行くの!?友達に驚かれます。今日はこの留学を決めた理由について書きたいを思います。

 

まず、私は入学した頃から”留学したい”と思っていました。それも、今勉強中のフランス語が使えるフランスに。元々は3年生の春学期だけ行こうと思っていました。だから”まだ先だなー”、と思っていたのですが先学期末、ふと思ったんです、”一年間行っちゃえば?”と。その思いが、今学期に入ってからいつしか固い決心になっていました。

今学期初旬、専攻も見つけ、今学期の授業も決まり、気がつけば専攻に必要な授業は今学期が無事終わればあと3つ。一学期あれば終わらせられる授業の数です。きっとブラウンよりすばらしい教育が受けられるところなんてなかなか無いから、留学するとブラウンでの時間が短くなって勿体無い!なんて言う人もいますし、その理由もすごくよく分かりますが、私にとってブラウンで”楽しい、面白い授業”と取り続けるよりも、一年間留学して”言語をマスターする”という大学生活の目標の一つを達成させる方が意味があると判断しました。今までの留学経験があるからこそ、一学期ではきっと足りないと分かっていたからこそ、できた判断でもあります。

専攻に関しては心配しなくて良かったけれど、一つ迷った理由があります。それは、秋学期にボストンキャリアフォーラム、通称ボスキャリがあること。もうご存知かもしれませんが、ボスキャリは海外では日本企業の最大のリクルーティングイベントです。今まで、”1,2、年生は相手にしてくれない”と聞いてたから、見学に行かないどころか、ウェブサイトも見たことがありません。三年生の秋はその次の夏のインターン、もしくわ卒業後の内定がもらえてしまう重要な機会。それを逃すことになります。就職の機会自体は4年生でも充分あっても、初めての場で上手くやっていけるか、すごく不安があります。しかし、このボスキャリに行くためだけに一学期分の留学をあきらめるのか?そう考えると、将来に対しての安心を求めて1年間の留学をあきらめるなんて、そんな臆病なことしたくないと思いました。

そうやって、一年間の留学を決意しました。思えば親にもあまり相談せずに、離れているからってまた勝手に決めてしまいました。冬休みの終わり、空港へ向かう車の中でちょっとだけ一年間行くこと話したっけ?それでも何も言わずに、留学に行くことが決まったことを伝えると喜んでくれて、全力でサポートしてくれる両親と家族には感謝しきれません。

フランス語を学び始めて4年。言語を上手く使いこなせないのはもちろん、フランスの文化も歴史も何も知らないままただ、”国際機関での公用語だから”という理由で言語を勉強してきました。留学を通して、言語を使いこなせるようになるのはもちろん、歴史や文化についてもしっかりと学んで来たいです。

 

海ーーー!友達のサングラスをふざけてかけたら、いつの間にか私の撮影会が始まりました(笑)

 

ところで場所はなぜリヨンなのか?ブラウンはパリとリヨン、2都市に留学のプログラムがあります。ブラウンのプログラムなので学費はブラウンに払い、奨学金もそのまま適応されます。はじめの理由は”リヨンは行ったことないから”(パリは1週間ぐらい、旅行でイギリス留学中に旅行で行きました。)という、なんとも簡単な理由だったのですが、プログラムの担当者方や先学期行った生徒の話を聞いて、どんどん”良い判断をしたな”と思うようになってきました。次の学期、ブラウンからリヨンに行く生徒はなんと私だけ!(それに対し、パリは20人ほど!)現地の担当者には、”リヨンのもう一人のお母さんだと思って!”と言われて、行く前から心強いです。

 

気がつけば、留学を始めて4年。家族も私も、私の留学生活に慣れてきました。来学期留学するブラウン生全体への説明会の内容が、なんだか少し微笑ましく聞えてしまった。ブラウンで過ごした期間は、ちょうど高校留学の期間と一緒になった。4年…小さい頃にアメリカで過ごした期間と同じ年数。あの頃は、もう一生アメリカに戻ることは無いのだろうと思って、アメリカでの思い出が遠くなるのが怖くてたまらなかった。

”私は日本人だ”

中3の頃、ようやく胸張ってそう思えるようになりました。

しかし、海外で8年も過ごした私は一体何なんだろう?最近また考え始めてしまった。いや、あれだけ悩んでたどり着いた結論なんだ、今更また考えなおして、無駄に自分を悩ませる必要はない。何だか、自分のアイデンティティについて考えなおすのは、パンドラの箱を開けてしまうことのように思える。でも、もう一度考え直せるぐらいに、私の海外で過ごした時間はまた増えてきたのか?

 

あの頃は、想像もできなかった今の自分。今度はまた次の一歩へ。今は想像もできない私の姿が来年、リヨンにあるのだろうか?

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“e”なのか、”a”なのか?

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どうも、柚子です!

今週は絶賛試験期間中です!正式には5月10日からが試験期間なのですが、その前の学習期間に試験を行ってしまう授業も多く、10日に全ての試験が終わるっていう友達もいたりします。親が車で迎えに来て、荷物を運び出す光景もちらほら見かけるようになりました。

私はと言いますと、今週は月~水まで毎日試験があったので、今日は久しぶりに落ち着いております。朝、珍しく目覚まし時計の音を聞き逃してしまいましたが…何も予定は無いから大丈夫!とは言っても、まだやることはあるのですが…。10~15ページのエッセーと、18日に試験がもう一つあります。

 

花びらが散って、ピンク色の地面。

 

月曜日は人類学(人類の進化について)の試験、火曜はフランス語のオーラルの試験、そして水曜日は一番不安だった認知脳科学の試験だったのですが…

試験会場の講堂に入ると、もう既に多くの生徒が裏返した試験問題を前に座っていました。しかし、一番前で溜まっている10人前後とTA(Teaching Assistant、教授のアシスタント)。何か良くわからないけど、とりあえず試験問題をもらいに私も前の方へ行ってみると…

”We’ve run out of exams” (試験問題、足りなくなっちゃった)

!?!?

足りない?どういうこと?

どうやら、前に溜まっていた人達はみな試験問題を受け取っていない生徒ならしい。ちょっと焦った顔で、他のTAや教授に連絡を取ろうとするTA。試験をちゃんと受けられるのか?試験開始時間が迫り、緊張した空気が漂う。

”とりあえず席に着いて!そして試験問題を持っているはずのTAリーダーが電話に出るのを待とう”

何だか、想像もしていなかった状況…。TAは試験監督の役目も果たさなくてはいけないので、部屋を離れるわけにはいかない。試験開始まで、あと4分。

”試験は予定通り始める。もともと試験時間はかなり多めだから大丈夫だと思うけれど、まだ試験問題をもらっていない人は届き次第始めて、遅れた分時間を延長します。”

そう説明し終わると、教授が入ってきた。TAが駆け寄って状況を説明し、彼は試験を取りに部屋を出た。試験開始まであと2分。

”Well, I guess we underestimated the number of students…”

(あらまあ、生徒数を過少評価してしまったみたいわね。)

ちょっとジョークを交えるが、何でこんなことになったのか教授も少し困惑した様子。シーンとする講堂…。

“Well, don’t look at me like that!” 

(もう、そんな目で私のことを見ないでよ!)

どんな目で生徒が彼女の事を見ていたか分からないけれど、試験前の緊張とこの予定外の状況に不安を表す生徒の視線を集めていたのに違いない。

結局、試験開始7分後に試験は届き、無事に全員試験を受けられた。何でこんな状況になったのか、ちゃんとは分からないけれど、試験会場を苗字によって2つに分けたのが原因なのではと思います。講堂で受ける人の方が多いのに、少ない方の試験問題の束を持ってきてしまったとか?

 

キャンパス北端かた見た空。飛行機雲が見事!

 

試験内容はそれほど難しくなかったのですが(少なくともそう感じたのですが…)最後の筆記の問題で、以外なこと苦戦してしまいました。それは、英語!

”遺伝子が構造を影響する”

と書きたかったのですが、

“The gene effects the structure”

?待てよ、何だか変に感じる。

“The gene aeffects the structure”

と、eaに書き直したのですが…

いや、やっぱ違う!と思って

“The gene eaeffects the structure”

と、最終的には全部(そう、4回ぐらいこの単語を使わなくてはならなくて…)”e”で始まる”effect“に直しました。

 

“effect”“affect” 、基本的には両方とも”影響””影響する”という意味なのですが、どういう時にどっちを使うのか、未だに分かりません。そこで、夕食の時に友人二人に聞いてみました。

“Effect は名詞で、Affectは動詞だよ。だから、柚子が試験に書いた文章の場合だとAffectが正解だったかな。”

うーん、やっぱそうか…と思いながらも、教育学の授業でAffectが名詞として出てきたことを話すと、

”え?本当に?調べてみるよ。(スマホで調べる)あっ!本当だ!心理学など、学問的な専門用語として使われるらしい。”

なるほど!だからAffectは基本動詞で、学問的な場面では名詞なのか。と、一件落着と思いきや、

”あれ、でもEffectも動詞、名詞、両方として使われることがある気がする…。”

またスマホで調べ始める友達。やはり、Effectも動詞として使えるよう。では両方動詞として使うとき、どのような違いがあるのか?

”発音が同じだから紛らわしいんだよ。”

と言って、例文を使って説明しくれたもう一人の友達。

うーーん、なかなか理解できない。

しかしなんとなく、Effectは直接何かを影響することで、Affectはもう少し間接的というか、あまり意図を持たずに影響することだと理解できました。

だから例えば、

“The government effects the economy.”

(政府が、経済を影響する)

この場合は政府が実際に経済を動かす能力を持っているのでEffectで、

“The weather affects my health.”

(天気が私の体調に影響を与える)

という場合は、別に天気が私の体調を変えようと思っている訳では無いからAffectを使います。

 

“The gene effects the structure”

結局、この場合は”e” なのか”a”なのか?

うーん、正直わからない。

友人達は、”きっと、そんなことで点数が引かれることはないよ!”と言って励ましてくれました。

 

しかし、未だに私の頭の中には”?”が。

どなたか私の回答が合ってるか、間違っているか、分かる方いたらコメントで教えてください。

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この季節

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最近は外に出る度、新しい発見が。

短い桜並木を作り上げていた寮の外の桜も、

いつしか散った花びらの跡形すらなくなり、

緑に、ピンクに、木々が空を染めていく。

あれ?こんな景色だったっけ?

まだ開ききっていない木の葉が、

枝先の無数のポンポンに見えて何だか面白い。

昨日までは蕾だったのが、今朝は花になっていて、

地面にはあちらこちらにタンポポが。

良くみたら綿毛もあって、耳を済ませると鳥の声が聞えてくる。

あ、モンシロチョウ。

誰かが起こした訳でもないのに、生命はなぜ、

いつ芽生えるか分かるのだろう?

まだ初々しい、葉の黄緑色。

見慣れた景色が、生き生きしてくる。

授業が終わり、残すは試験。

やらなきゃいけないのに、何だかやる気が出なくて、

ただぼーっと

パソコンの画面を眺めてばかり。

窓の外の、風に揺られる木の葉

最近は雨が降ると、東京の梅雨を思い出すアスファルトの臭いがする…

いや、集中しなければ。

今学期は、慣れない筆記試験ばかり。

エッセーは教授に締め切りを延期してもらった。

教授のやさしさに感謝するとともに、その分がんばらなければ。

試験が終わったら、

待っている友達との楽しい約束。

今度会うまでの、お別れ会。

卒業される、四年生。

改めて考えると、何だか寂しい。

ほら、だから!

今はちょっとがんばって、

最後の課題を終わらせよう。

楽しい休暇へ向けて、最後の一歩。

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松葉杖2

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さて、松葉杖生活が始まり4週間です。いい天気ですね。

腕の筋肉がついてきていること以外に、気付いたことが2つあります。

 

①目立つ

 

松葉杖をついていると、目立ちます。

一人だともちろん、松葉杖2人だとさらに威力が増します。

 

偶然、同じタイミングで怪我をした後輩の小林太一くんと会った時です。

私が水曜日に病院に運ばれたと言ったら「俺は、火曜日。」と少し自慢気に言われました。

彼もサッカーで怪我したとのこと。

二人でThayer通りを歩いた日の光景といったらなんとも、もう。

 

コッツ、コッツと響き渡る間抜けな音。

二人並ぶ、松葉杖。

本人達は脇汗をかきながら必死に杖をつくけれども歩行者よりも遅いスピード。

 

松葉杖愛好会の集会か、二人とも同時に交通事故にあったのか

通る人は露骨に振り返るか、笑えをこらえ口の周りをモホモホさせる人がどちらかです。

ACLを断裂した患者A(写真左)と半月板を負傷した患者B(写真右)

共に手術を控えていますが、なぜだかいい笑顔ですね。

 

松葉杖に括り付けている赤い風船も原因かもしれませんが、とにかくかなり露骨に視線をいただきます。

 

大学からはというと、エレベーターがある建物に住んでもらおうと、なんと寮の部屋をもう一ついただいたり、授業を行き来するための送迎バスを用意してもらえたりかなり面倒を見てもらっていますが、

 

もう一つ気づいたこと。ちょいと真面目な話。

 

②助ける、ことについて。

 

私に対しての接し方で、人のあり方がよく見えてしまいます。

一般的に、皆、知らない人でも驚くほど優しくしてくれます。

ドアを開けてくれたり、ものを運んでくれたり、話しかけてくれたり。

 

一方で、「面倒をみる」にも段階があるのだと気付きました。

 

The fundamentals of caring という一話の途中までしか見ていないドラマでこんなセリフがあります。人の面倒をみるとき、大事なのはアロハだよと。

 

A: Ask

L: Listen

O: Observe

H: Help

A: Ask again

 

特に最後の ”Ask again”で、その人が自分のことをどれくらい気にしてくれているのか、よくわかります。

 

「大丈夫?」と一段階で終わるんじゃなくて。

再び、「本当に大丈夫?」と最後まで付き添う

ってとこです。

女性の扱い方初級編でありそうなコツですが、「別に、怒ってないよ。」と女性が言ったら「あ、そっか!おっけー」と頷いてしまったら冷たい視線が飛んでくるのと同じように、

「大丈夫よ、助けはいらないよ!」というのは本当にその通りで助けが欲しく無い場合もあるけど、案外そうでないことの方が多いような気がします。

 

困っていたら、そのまま言えばいいのに、と怪我をする前は思っていたのですが、これがかなり勇気のいることだと気づきました。無言で助けてくれるのが一番、助かります。

 

まぁでもほとんどの場合、なんだか申し訳なくなって断っていますが。

ギブスに、、ではなく脚に描かれたロボ。

 

ついでに、特にアジア人に多いのですが、ドアを開けてくれない人も100人に1人はいて、開けてくれた場合でも、2つドアがあったとき手前のしか開けてくれない人もいて、そういう人をみると「ん?」って思ってしまいます。

 

時間に余裕がある人とか、お金に余裕がある人とかと一緒で、自分のことをすでにできていると、相手のことを考えて、面倒をみる余裕が生まれるのだなぁとつくづく思います。

心の余裕と想像力。

 

・・・といった、助ける側の心得をパソコンで打っていた矢先、ルームメイトに言われました。

 

「貴亜、なんで悲しんでるの」と。

 

特にそんなつもりはなかったので、ちょいと驚きます。

 

「いや、悲しんでいる。」と彼女は断言します。

そこまで言われると本当にそんな気がしてきます。

 

そして彼女は両手を広げ、満面の笑みで言いました。

 

「謙虚になるいい機会かもね。」

 

と。

 

私は意味がわからず聞き返します。

謙虚ってどういうこと、と。

 

「何が欲しいのか、どうして欲しいのかを周りの人に言いなよ。

全部一人でできる、もしくは何も言わなくても誰かが勝手に助けてくれるって思うんじゃなくて、人を使えるいい機会なんだから。自分から助けを求めな。

じゃないとずっとそのままだよ。ベッドの上に座って、痛い、なんもできないって、ただ状況を悲しむだけ。」

 

ふむ。

ふと気づきます。

稀に登場する、助けてくれない人たちに対して、なんて気が使えないんだとぶーぶー言ったり、そのわりには助けようかと言ってくれた人の手を払ったりしていたけれども、私自身、助けられる側にも心得があるはず。

 

でもその前に、私は反発します。

「助けを求めることこそ、傲慢でしょ。自分でできることは、自分でしたい。人に迷惑かけたくないから助けを求めないのよ。」と。

 

んまぁ謙虚さと傲慢さ、両方必要なのかもね、と彼女は言います。

 

「ただ、迷惑になるなんて思う必要はないよ。関わりたくなければ、人って結構正直に断ってくるから笑」

 

再び女心の例でいうのであれば「なんで、怒ってるの」と聞かれたら「別に。」とくだらない意地を張るのではなく、せっかく本当の理由を話せるいい機会なのだから、そこはただ素直に理由を言えばいいのかもしれません。

助けようか、と言われたら、「あなたの助けなんかいらないわよっ」と強がるんじゃなくて謙虚になったほうがいいのかもしれません。

 

助けを待っていて、差し伸べられた手を断って、なんで誰も助けてくれないのかしら、なんで誰もわかってくれないのかしら、と自ら進んで孤独になるのではなく。

差し伸べられた手は取るべきだし、助けが欲しいなら欲しいというべきなのかもしれません。

 

助ける側は、想像力と余裕

助けられる側は、謙虚さと傲慢さ。

 

「私はここにいるんだから」

彼女は私をじっとみて聞いてきます。

「何を助けて欲しいの」

 

しかし、その話を聞いた後でも、助けを求めるのはやはり難しい。

20分の沈黙。彼女はそれでも静かに、黙って椅子に座っています。

 

「せ、洗濯物を、地下の洗濯機まで運んでくれますか」と言うのにかなり時間がかかったけど、ルームメイトの返答は即座でした。

 

「あったりまえよ」

 

そうして彼女は「何これ重いわウゲー」っとしっかり文句を言いながら洗濯物を下の階まで持っていってくれました。

やはり、一人で運ぶより軽かったです。

 

おわり

 

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宗教について考える

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どうも、柚子す。

最近プールに通い始めました。友達と”水泳部”とか言っちゃって、私が部長ならしいです。ブラウンのIDを持っていれば自由にプールもジムにも入れるのに、学年末になってようやく利用する気になりました。そう、気がつけばもう学年末。なんと今日で授業は最後です。

 

学期が終盤とあって課題に追われつつあるのですが、先週末はお菓子作りのワークショップへ行って来ました!近くのJohnson and Wales Universityという大学には料理学校があるのですが、そちらへ行ってシュー生地を使ったお菓子の作りました。私はお菓子作りが好きで、暇があればお菓子を作っているのですが、本格的な用具も材料も揃った場所で作るのは初めて!微妙な温度の調節ができる五段オーブン、大きさや形が様々な絞り口、金箔や砂糖の装飾…。いつも趣味でやっているお菓子作りとは全く違く感じました。製菓を専門とする生徒達にたくさん助けてもらいながら、なんとか完成させました。

 

見た目も中身も本格的。

私の班はイチゴとピスタチオのシューエクレアを作りました!

 

さて、本題に入りましょう。私は今学期Brown Religious Literacy Projectと言って、5つの宗教について10週間を渡って学ぶ週1のセミナーに参加しています。ユダヤ教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教、キリスト教と、まずは教授とその宗教の知識人を招待してプレゼンをしてもらい、次の週は生徒同士でディスカッションをする、という形式で進めてきました。

みなさんはまず、”religious literacy“と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?直訳すると”宗教についての知識(識字能力)”。みなさんはどれぐらい宗教について知っていますか?

人々の移動が盛んになり、見た目や考え方が違ういろんな人と会うことが多くなった今、人々が平等に暮らせるようにいろんな”違い”への理解が広まって、国籍や性など、個人のアイデンティティに関することも話されることが多くなってきました。ブラウンみたいに、みんながある程度同じ理想をもっていると分かっているところでは尚更、みんなオープンにこのような話をします。しかし、宗教については語られません。授業で”女性の意見が反映されてない”とか”黒人の立場から見たら全然違う”とかよく聞くけど、”○○教の考えだとこうだ”とかいう意見、聞いたことがありません。多くの人の生活の中心に宗教があるのにも関わらず、宗教は個人のもの、敏感な課題だから話すべきでない。なんとなくこういう思いが溜まって、タブーな議題になってしまいました。

宗教についての知識がなぜ大切なのか?わかりやすい例は今のムスリムの人への恐怖、Islamophobiaです。イスラム教がどういう宗教なのか全く知らないから、中東の不安定な情勢とイスラム教を結びつけ、ムスリムの人はみな”ジハード”とか”テロ”とか行う悪いやつらだ、と思ってしまう人が多くいます。他にもヨガに熱中しながらそれがヒンドゥー教からきているということを知らなかったり、瞑想をただ心を落ち着ける用法として使ったりしている人がいます。自分の宗教の根本的な部分もちゃんと知らずに、”私は○○教です”と主張している人や、逆に自分の知識が足りないから”私は○○教です”と主張できない人など、いろんな人がいます。

宗教について話すことがタブーになってしまった環境に、宗教について自由に話して学べる場を設けようという目的で、このBrown religious literacy projectが始まりました。毎週2時間集まりますが、授業ではないので単位はもらえません。過去にこのセミナーに参加した生徒が企画をし、応募して選ばれた20人程度が参加します。一学期で全部の宗教についてある程度理解できると思ったら大間違い。どの宗教も奥が深すぎてとても4時間では話しきれません。

 

このセミナーの遠足で行ったNewport。雰囲気はリアルにディズニーランド!

 

水曜日の最後のセッション。前の週に教授の話を聞いたキリスト教についてのディスカッションを行いました。いつもはプレゼンで良く理解できなかった点について話したり、その宗教の子に少し自分の経験について話してもらったりします。アメリカの学校ってこともあって、参加している生徒の多くがキリスト教。そのためいつもより議論が膨らみました。

”それはカトリックのものだけだと思ってたけど…”

”えっ!?カトリックにはそんなの存在しないよ!”

”??私もカトリックだけどその教えあったよ”

”…うーん、同じ宗派でも結局はどこの教会に属すかで違うのかな?”

何度もおきる、このような矛盾。”この宗教の人たちは必ずこの根本は信じている”といえるものがどの宗教でもなかなか見つけられません。

 

”宗教ってそもそも何なのか?何でこんなに大切なのに、タブー議題なのか?”

この疑問を一学期かけて聞いて来たのですが、なかなか答えが見えてきません。そんな中、フランス語の授業で今週はフランスの政治、特にLaïciteについて学びました。Laïcite(発音:ライシテ)とは、フランスの政教分離政策のことです。”政教分離”というと一般的には政治と宗教を別々にすることを言うのですが、フランスではこれが政治はもちろん、公立の教育機関で実施されています。簡単に言うと、公立の学校で不況活動をしてはいけないのはもちろん、過度に宗教を象徴するものを身に着けてはならない、というルールがあります。問題は”過度に宗教を象徴するものを身に着けてはならない”という部分。例えばカトリックのロザリオやムスリムの女性のスカーフが対象となりますが、2004年に施行され主にはムスリムの人に影響を与えています。

クラスメートは皆、このような法律に反対し、Laïciteがフランス国民の中では好評なことにショックを表していました。”個人の表現を制限するなんて良くない”、”そもそも’過度’の基準は何になるのか?不公平すぎる”と、みんな次から次へと手を挙げ、反対の意見を述べていきます。あまりの勢いに、先生は”別に宗教を禁じている訳ではない。教育機関の中で、みんなが平等に扱われるように人々を守る政策だ。”とあくまで学校内だけのことを確認する。それでも反論は止まらない。

私もはじめは宗教の象徴するもの(religious symbol)を禁じて、中立の環境を作るとか、そもそも無理だし間違った考えだと思いました。お互いの違いを見て、疑問を持って質問してみて、お互いから学んでこそ理解が深まるんだと私は信じてます。だから社会に存在する違いを学校の中だけでは隠すとか、良くないと思います。

授業時間ももう終わり。先生がなんとか議論を止め、今度のエッセーの課題を発表した。その一つは”ブラウンでLaïciteが施行されたら、どうなるか?”というもの。これに対し、教室中から”Oh~”という、”そんなことなったらやばいぞ”という声が響きました。ブラウンでこんな法律なんてありえない、ということが雰囲気から伝わって来ました。

 

しかし、実際どうでしょう?よく考えてみると、そんなにありえないことでは無いのではないか?と思えてきました。Religious literacy projectで話してきたように、ブラウンではほとんど(というか全く?)個人の宗教について語られません。スカーフをつけているムスリムの女性の方は明らかにマイノリティです。もしLaïciteがブラウンで施行されたら…考えてみると影響するのはほんの一部の人達ではないか?という考えにつきました。

ルールなんて無くとも、皆自然と宗教はプライベートの生活に限って、学業とは区別しているように思えます。もちろん、私があまり宗教心が強く無いからそう感じているだけかもしれませんが…。フランスでLaïciteが支持されていることが、それほど驚くことでもないと思えてきました。

 

アイスクリームを持って海辺へ。

 

このようにして、宗教と学問、特に科学は区別され、さらに遠ざけられて、いつしか対抗するようになって….。他にも原因はありますが、アメリカでは”nones“、何の宗教にも属さない、という人が増えてきているらしいです。

しかし宗教と科学、そんなに違って、対抗しているものなのか?私達の日々の考えかたから、宗教の影響を全く切り離すことは可能なのか?そもそも人は何かを信じることなしに存在できるのか?”宗教”ってそもそも何なのか?Religious literacy projectの最後のディスカッションはなんとも大きな質問がたくさん出されて終わりました。

 

宗教について、どれぐらい考えたことがあるでしょうか?日本では、仏教と神道が中心かもしれませんが、キリスト教の文化もいろいろ取り入れられつつあります。”イースター商戦”とか言って、キリスト教の人たちにとって一番大事とも言える祝日をただ”女性向けのパステルカラーと卵のかわいい祝日”として流行らせるのはどういうことなのか、考えたことはあるでしょうか?6月にまだイースター仕様のディズニーランドへ行って、違和感を感じたことはありますでしょうか?私は恥ずかしながら最近まで寺と神社の違いをあまり理解していませんでした。仏教の中でも宗派など、ちゃんと知っていますでしょうか?

宗教に対して寛容なことは、”違う考えも受け入れられる”という意味で日本人の良いところとも言えるかもしれません。しかし、いつしかタブーとなってしまったこの議題について話し、学ぶ場を設けることによってreligious literacyを高めていくことの大切さをこのセミナーを通して学びました。

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日記が書けない人の旅行記:ニューヨーク〜パリ1日目

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皆さんお久しぶりです。
いやあ春ですね。
まだまだこちらは暖かくなったり寒くなったりですが、「今は唯やってみよう。春が訪れるまで今は遠くないはず。」って感じです。

 

さてさて。

 

前回の記事を書いてから、ブラ熊も少し変化しましたが、僕は今まで通り書きたいことがあれば書くスタンスで、細々とやっていこうかと思います。

 

今回は春休みの旅行について。

 


皆さんは「観光」が好きだろうか?
僕はあまり好きではない。のっけからバッサリ言い切ってしまった。正確に言うと、観光名所を唯巡るというのが苦手なのだ。個人的な興味がそこにない限り、いわゆる観光名所には行ったことが無い気がする。これは恐らく育った環境のせいだと思う。というのも、僕の親も旅行や観光といった類のものにかなり否定的だったからだ。

 

 

ほとんどの人が中学生や高校生の時に修学旅行や遠足に行ったと思う。スポーツをしていた人であれば、それに加えて部やクラブの合宿にも行っただろう。僕自身もずっとサッカーをしていたので毎夏数回は合宿で伊豆やら飛騨高山やらに行っていたし、 チームの海外遠征で、ブラジル、スペイン、オランダにも行った。定番の京都や奈良ではなかったが、中学生のときには修学旅行と銘打った短期語学留学にも行った。
修学旅行や合宿といえばお小遣いをもらって家族や友達にお土産を買ったりするものだと思うのだが、僕の親は何故かいつも「お土産なんて買ってこなくていい。友達に買いたいのなら自分のお金で買いなさい。」という方針だった。ブラジルに行ったときですらこの調子だったので、これまでの人生で木刀や地方の銘菓のようないわゆるお土産を買ったことがほとんどない。なので、鎌倉の土産屋の店先の傘立てのような筒に雑然と入った木刀の束を見て、「なんだか学生の頃を思い出すね。」的な寂寥感を覚えたことも無いし、東京で 地方から来た修学旅行生が東京土産をどれにするか悩んでるのを見かけると、妙な敗北心と嫉妬心すら覚える。

 

 

お土産懐疑主義だけでなく、僕の親はバケーション懐疑主義の信者でもあった。記憶の限り、家族旅行に出かけたことは今まで一度もないし、ハワイやグアムなどのリゾート地にも一度も行ったことがない。小さい頃に親の仕事の都合でニューヨークには何度か行ったことはあるが、どれも短い滞在だったので、時差ボケでほとんど寝て過ごしていた。唯一の観光らしい観光であったブロードウェイでのミュージカル鑑賞では、見事に開始5分で爆睡し、演目がライオンキングだったのにもかかわらず、主人公のシンバを見ぬままエンディングを迎えてしまった。そんなお土産・バケーション懐疑主義の教えの元で育ったこともあり、未だに旅先でお土産を買わなくはいけない場面に遭遇すると、何を買えばいいのかわからなくなるし、「ただ観光をする」というのがどうにも苦手なのだ。
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昨年から始まった就職活動もほぼ終わり、あとは手元に残った選択肢を吟味して最後の決断をするだけになった。当然就職活動をしていく中で、自分が何に興味を持ち、どんな仕事にやりがいを感じ、これからどういう世界で生きていきたいのかについて、自分なりに考えてきた。そのプロセスの中で気づいたのは、目に見える「ヒト」が紐付いていないと、僕は仕事にやりがいを感じれそうにないということである。要するに自分の仕事の先に「ヒト」が鮮明にイメージできる仕事でないとダメなのだ。例えばいま運営しているコーヒーショップでは、お客さんという「ヒト」と自分の淹れるコーヒーがシンプルに結びついているからこそ、僕はやりがいを感じているのだと思う。そしてそういった類の仕事の中でも、とりわけ「ヒト」と「モノやサービス」が交わる時に生まれる経験を設計することに興味があることにも気づいた。ファーストキャリアの選択が、必ずしもこの興味に直結した仕事になるかは分からないが、興味を探求する為の下準備にはうってつけな仕事にはなりそうである。
1ヶ月ほど前、久しぶりに母親と話し、就職活動の進捗状況と考えている仕事の方向性について伝えると、「いいモノとかサービスを取扱おうと思ってる人が、まともにヨーロッパに行ったことが無いっていうのはまずいんじゃないの?」と言われた。僕の母親は稀に無責任だが筋は通っている発言をするのだ。前述の通りスペインとオランダにはサッカーの遠征で行ったことがあるし、ロンドンには大学を見るために数日間だけ行ったことがあるが、それ以外でヨーロッパに行ったことはない。母親の言うことももっともだと思い、これまでのプロビデンスと東京の行き来で、丁度ヨーロッパへ往復で行けるくらいのマイルは貯まっていたので、僕は春休みを使ってヨーロッパに行くことにした。検討の末、いくつかの都市が候補に残り、複数都市を廻ったり一つの都市に滞在したり、様々なオプションを考えた挙句、パリに1週間行くことにした。
行き先が決まれば、航空券をマイルで購入し、宿を確保し、パリ近郊に住んでいる高校時代の友人に連絡をするのに、さほど時間は掛からなかった。とりあえずパリに行って帰ってくる準備だけが済んでしまうと、僕はこの旅の目的について考えることにした。バケーション懐疑主義の敬虔な信者の元に育った僕の頭に、「とりあえずパリの名所を観光して、ワインでも飲もう」という考えがよぎることはあるはずもなく、代わりに1週間の滞在をどんな目的を持って過ごすかだけを考え続けることになった。
納得行くまで考えた末、メモ帳にはこんな箇条書きが残った。
  • 見たいものがある美術館にできるだけ全て行く。
  • 足を運ぶ価値のある建築になるだけ多く足を運ぶ。
  • 写真以外の方法でもこの旅についての記録を取る。
「できるだけ」や「なるだけ」といった言葉が、無謀な旅程を計画することを促しているようにも感じたが、僕はそんな懸念を無視して、3点目について具体的に考えることにした。(実際にこの後無謀な旅程が出来上がり、その旅程を完遂しなくてはならない強迫観念を抱えて1週間を過ごすことになるわけだが。)
旅行先でスマートフォンやデジタル一眼レフを片手に写真を撮るのは簡単である。後で見返す時に便利だし、ほぼ無限に記録を取り続けることができる。しかし僕の経験上、その時写真を撮るだけ取って後で見ないことも多いし、写真だけ見てもその内容は思い出すが、その時何を考えていたのかは思い出せないことが多い。あるいは写真だけで、その時の記憶を完璧に思い出すことができる人もいるのかもしれないが、僕にはそんな芸当はできない。写真以外の記録方法となると、文章か録音くらいである。どうせならと思い、僕はその両方で記録を取ることにした。録音はスマートフォンですればいいとして、日記を3日以上まともに書いたことが無い僕が、1週間も旅行記を書けるのか甚だ疑わしかったが、ものは試しだと思い、さっそく小さな無地のノートを本屋で購入した。そしてこの時点で、この旅行の3つ目の目標が、「毎日なるべく旅行記を書いて、録音できる場所では音でも記録を取る」というものに変わった。そして1つ目と2つ目の目標に従って、いつか懸念したとおり無謀な旅程が出来上がり、そうこうしている間に春休みになった。

 

 

 

結論から言うと、これまで日記を3日以上書いたことがなかった僕は、1週間(正確には8日間)旅行記を毎日書き続けることができた。これで晴れて「3日以上日記を書いたことが無い人」から「旅行記なら8日間書いたことがある人」になった。大きな前進である。実際の旅行記はノートに手書きで書いたが、せっかく「旅行記なら8日間書いたことがある人」になったので、ブログに載せようと思う。まともに日記を書けない僕でも、8日間も旅行記を書き続けることができたので、継続が苦手な皆さんも、これを機に是非何かに挑戦してみてほしい。非日常的な生活に身を置けば、案外簡単に苦手を克服できるかもしれないですよ。
 

はじめに

人に読んでもらうことを前提として書いた旅行記ではなく、あくまで自分の為の記録として書いた文章なので、読みにくいところも多いと思いますが、なるべく実際の文章を変えずに載せています。その代わりに、わかりづらいところには注釈を入れています。
この旅行記を書くのと並行して、ところどころ録音でも記録を取りました。よかったら各稿を読むのに併せて、聞いてみて下さい。ヘッドホンで聞くのを推奨します。
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2017/3/25 8:45am「ニューヨークのCulture Espressoにて」

予定より早く飛行機がニューアーク空港に到着。お陰で余裕を持ってマンハッタンに来れた。(注:ニューアーク空港で10時間のトランジットがあったので、空港の外に出ることにした。)Bryant Park近くのCulture Espressoで朝食を済ます。事前に調べたときには気づかなかったがHeart(注:オレゴン州ポートランドに拠点を置く有名なコーヒーロースター)の豆を使っているらしい。洒落っ気は1ミリもなく、地元の人が来るスタンドであることが伺える。その割にと言ってはなんだが、エスプレッソの調整は完璧で、コーヒーはとっても美味しかった。
僕が入店してすぐ、上下スエットのカップルが入ってきた 。そのカップルが連れていた子犬が、飼い主の女性が注文しているのを待つ間、か細い声でずっと鳴き続けていた。その後コーヒーを抱えて女性が席につくと、子犬は男性の右膝と女性の左膝の上に上手に座って、「2人は私のモノだ!」という満足げな顔を浮かべて、気持ちよさそうにウトウトしていた。そしてその横では見るからに寝間着姿の男性客2人が談笑中。その間にも、またもや寝間着姿の男性客が来店と、10分もしないうちに僕以外のお客さんは全員寝間着というなんともシュールな状況になってしまった。外の街並みは鬱蒼としているが、ニューヨークにも肩肘張らないこんなコーヒー屋さんがあるんだなと思った。しかしHeartのコーヒーはうまい!

 

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2017/3/25 10:45am「グッゲンハイム美術館にて」

 

初めてグッゲンハイム美術館に来た。渦巻状のこの美術館は写真で目にしたことはあったが、いざ中に入ってみると建物の内部の構造の緻密さに驚かされる。外観から分かる通り螺旋状になっているのだが、実際に中に入るとその構造が見学者と作品が自然に出会う為の構造であることに気づく。見学通路が螺旋状に一筆書きになっているので、見学していてほとんどストレスがたまらないし、迷うことも無い。
中ではピカソとカンディンスキーの作品が多く展示されていた。絵もかけないし、美術の知識もさほどない僕でも感じるのは、ピカソの画家としてのキャパシティの底知れない大きさである。ありとあらゆる異なるスタイルで名画を描き続けていたことを考えると、本当に恐ろしい。マイルス・デイヴィス然りだが、才能を持った芸術家の創作欲の底知れなさには時々身震いする。
建築について少しだけ書き足す。上から下に下がるにつれて気づいたのは、 通路を進むにつれて、すでに観た作品が視界の隅に見えることがあるということだ。螺旋という構造上、常にどこかでオーバーラップが生じるので、必然的に複数のレイヤーが重なり、自分がいるレイヤー以外のレイヤーにある作品も見えることになる。見方によっては、鑑賞者が2回、3回と作品と出会うことができる構造になっている。

 

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2017/3/26 10:00am「ピカソミュージアムにて」

 

無事にパリに到着。天気もよく気持ちのいい朝になった。若干寝不足だが、それを吹き飛ばすほど街並みが綺麗。
電車を乗り継ぎ、パリ北駅へ。とりあえずスーツケースを預けて、14時のチェックインまで時間をつぶす。手始めにピカソミュージアムへ。天候のせいもあるのか、中には柔らかく暖かい空気が流れている。特設展はオルガ・ピカソ展だった。オルガを描いた作品が山のように沢山ある。その殆どで彼女は椅子に座って斜め下を向いていた。微妙に違う角度やタッチで描かれた斜め下をむいた彼女のポートレイトを何枚も何枚も観ていると、徐々に彼女という人間が浮かび上がってくるような錯覚に陥る。それにしても本当に眠いけれど、美術館は楽しい。

 

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2017/3/26 11:30am「Fringeにて」

ピカソミュージアムの近くにあったので、Fringeというコーヒーショップに立ち寄る。 “Coffee, food, photography”のキャッチコピー通り、店内には写真集が何冊もあり、壁には大きく引き伸ばされた写真が飾られている。日本の写真家が好きなのか、壁に飾られた写真は全て日本人の写真家が撮影したものだった。
豆はCoffee Collective(注:デンマークの有名コーヒーロースター)、ロケーションはマレ地区、壁には日本の河川敷の写真、と文字にするとなんとも不思議な組み合わせだが、それぞれが不思議に調和している。
エスプレッソも上手に調整されていたし、ハンドドリップも美味しかった。隣のお客さんが食べていたサンドイッチも美味しそうだった。近所にほしい。

 

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2017/3/26 1:00pm「ロダンミュージアムにて」

 

眠気がピークに達してきた。クロークの場所がわからず庭を荷物を持ったまま周ってしまった。建物の中に入ってやっとクロークが見つかり、ほっとする。
ピカソミュージアムでは様々なタッチの作品が並んでいて観ていて飽きなかったが、ロダンミュージアムは特大のサーロインステーキを何枚も食べているような気分になる美術館だ。ただでさえ立体の彫刻というだけで作品の持つエネルギーが大きいのに、これでもかというほど筋骨隆々のロダンの作品は、なお一層作品の含有するエネルギーが大きい。庭に何体も並んだ背の高いブロンズ像に見下されると、今にも飲み込まれそうになって「何だかすみません。もうかないません。」と言いたくなってくる。
座ったらそのまま3日間寝れる程眠かったので、庭のベンチで少しだけ眠る。当たり前だけど起きたらまだブロンズ像はポーズを決めて仁王立ちしていた。眠ったことが功を奏したのか、はたまた時間が経ってロダンの彫刻に慣れてきたのか、徐々にブロンズ像に対する恐怖が和らいでくる。そして1つ1つの像と相対している内に、なんだか仏像を拝む仏教徒のような気分になってきた。金剛力士像を初めて見た当時の日本人は絶対恐怖を覚えただろうなと確信する。
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今週はここまでです。

 

来週は2日目以降の旅行記を公開したいと思います。

 

お楽しみに!

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友達

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いつも夜の12時には寝ようとする私。いつもお昼の12時までには起きようとするルームメイト。

こんなにも生活習慣が違うのに、なぜか気が合って二年間も一緒に暮らしている。

一年生の頃のルームメイトは学校が勝手に決めるから、運命の出会いとも言えるだろうか。

 

朝7時半、私の携帯のアラームが鳴る。ルームメイトを起こさないように、そっとベットから降りて顔を洗いに洗面所へ向かう。

洗面所で遭遇する向かいの住民。彼はいつも私より早起きなのか、もう既に着替えていたり、シャワーに入ってたりする。そう、”彼”。ブラウンでは男女共用のトイレは驚くことでもない。

“Hi”ちょっと寝ぼけた一言の挨拶。メガネをかけてないのであまり顔は良く見えない。きっと寝癖が今日もひどいけど気にしない。

家の洗面所みたいに、男女が並んで朝の準備をする。

 

いつも一緒に朝食を食べる友達。一年生の頃からの”朝8時の朝食の会”は最近は8時10分、15分、月・水・金だけ、と少しずつ遅く、回数も減りつつある。

朝ごはんの友達は、なぜかあまり昼間は遭遇しない。特に夕食の時間に遭遇すると、何だか不思議な感じがする。

彼女はヨーグルトとオムレツ、彼はwheat bread二枚に卵とベーコン、私はベーグル。みんな大体食べるものが決まっている。

 

時々いつもの友達が見当たらなかいと、別の友達のテーブルへ行く。こっちはなぜかみんな朝からパソコンを開いて勉強している。

一人が卵の白身だけのオムレツを食べているのを見て”白身だけって食べる意味あるの?栄養は大体黄身にあるんだよ!”と、どうしても白身だけ食べることが納得できない私の発言を発端に、朝からくだらないけどちょっぴり真剣な議論が始まる。

 

桜はなかなか日本みたいな”満開”にはならない…。

 

同じ授業の友達。授業以外ではその子の事全く知らないけれど、キャンパスで遭遇すると必ず挨拶してくれる。

授業へ向かうときとか、出るときとか、時々ちょっと話しかけてみる。

 

以前から友達で、今学期初めて授業が一緒になった友達。

”今学期は授業で週2回はゆうこのことを見るようになったけれど、いつもオシャレね!”

と服をほめてくれた。

日本からの友達には、”え、いつもこんなに髪の毛ボサボサで行ってるの!?”と言われたばっかだったけど(笑)

 

一緒に近くの高校へ環境学を教えに行く友達。ミーティングとワークショップと、週に2度は会う。

毎週誰が車に乗れるかは早いもん勝ち。遅いと学校のバスで行くことになる。でも最近は車が故障中だからみんなで仲良くバスを使う。道中はたわいも無い話で盛り上がる。

なぜか歌いながら出迎えてくれるバスの運転手さん。定員オーバーなのも気にせず”みんな乗りな!”と言ってくる。席が無いことに気づいた友達は、”え?これありなの?”と戸惑った顔をしたまま、静かに通路に腰を下ろす。

ミーティングはいつもちょっとカオス。日本みたいに誰も発言しないとか、挙手とかもう関係ない。”もう話逸れすぎだよ…”と思ってしまうけれど、なんだかんだいつも時間通りに終わる。

環境のことや科学、教育や自然に出ることが好きな人が集まる、個性豊かな友達。

 

しだれ桜。

 

学校のカフェで働く友達。

“Oh, hey! how are you doing?”(やあ!最近どう?)と簡単な挨拶を交わしてから、”Can I have a chocolate chip muffin and a small latte?”(チョコチップマフィンとラテお願い。)と業務連絡に切り替わる。

“See you!”(じゃ、またね!)

すごく仲の良い友達でも、簡素なやり取りで終わってしまう。

 

日本語会話テーブルの友達。毎週肉無しのカレーライスを囲んで日本語で話す。おかげで私まで日本語が上手くなった気がする。

ここで出会った友達がきっかけでできた”女子会グループ”。時々男子も混じるけれど(笑)

一緒にご飯食べて、映画みたり、イケメンの話したりと、女子会をする。最近は忙しくてなかなかできないけれど。

今日も卒業生がボストンから来てくれて、4人でプチ女子会をした。”忙しい”とか言わないで、もっとちゃんと人と会う努力しないとなと思う。

英語と日本語が飛び交う、不思議な空間。

 

夕食の時間の食堂で偶然会った、音楽の才能溢れる友達。食事は20分で食べ終わってしまっても、1時間以上話すことは良くある。”せっかく天気が良いから、外散歩しながら話さない?”と言って食堂を出たけれど、なぜか音楽室へ行くことになった。

スタジオに入ると、すぐさまピアノとドラムに飛びついて演奏を始める友達二人。”もっと楽器頑張っていればな”と、二人の才能に圧倒される私。

ピアノを弾いていた友達はどこからかギターを持ってきて、ドラムの子はピアノへ移動。なぜか私にドラムのバチを差し出してくる。”みんな自分があんまりできない楽器やるんだから、ほら!”と。

今まで実際にドラムを叩いたことあるのは5分にも満たないぐらいだけれど、とりあえずスタンダードなエイトビートを合わせる私。二人は”あんまりできない”とか言いながら、いろんなメロディを醸し出す。途中あきらめて、手で叩くコンガに切り替える私。

いろんな音が交じり合う、ちょっとカオスだけれども楽しい空間。

 

突然現れ、演奏を始めたバンド

 

舞台で輝く友達。一年の頃の演劇の授業で一緒だった子と、同じ寮に住んでいた子。演技の中から、私がいることに気がついているのだろうか?

オーディション、さらに一ヶ月以上、毎日4時間ものリハーサルを経て完成させてきた作品。それだけ時間をかけた、思いのこもった作品にはいつも圧倒される。

いつか私も…と、舞台に立つことにはあこがれるけれど、私はそれだけの時間と思いをかけられるだろうか?本当に演劇に熱心な友達を見ていると、私がいるべき場所ではないのかな?と思ってしまう。

 

夜、深夜まで一緒にマフィアのゲームをする友達。

マフィアをやるときにしか会ったこと無いから、普段はどんな人なのかは知らない。

”あんたの事は信用できない!”とか、”絶対あいつを殺せ!”とか、結構酷いことを大声で何分も叫び合うけれど、あくまでゲーム。

盛り上がったゲームが終わる度に、”おまえのあの瞬間見事だったよ!”とか”ああーそうだったのかーー!!信用しなくてごめん!”だとか、みんなケロっと変わって次のゲームに備える。

 

日本の中高の友達。留学してから特に、何だか距離を感じてしまっていた。でも、この冬の成人式で会ってから”そうでもないのかな?”と思い始めた。

春休み、日本からはるばる来てくれた友達。先週、留学中のニューヨークから来てくれた友達と、中高一緒だったのに話したこと無かった友達。

今更同じ中高の新しい友達できるとなんて思っていなかったけれど、いろんな縁があってできた新しい友達。やっぱり5年ちょっと一緒に過ごした友達は何だか特別なものがある。

 

小学校の頃の友達。今はフェイスブックで様子を見るぐらいだけれど、この間コメントしたらすぐに返してくれた。

昔は毎日電話してばっかだったっけ?メールなんて無かった頃。何について話してたかなんて、今では忘れてしまったけど。

将来また会うことはあるのか?会ったらどうなるのか?いろいろ思うことはある。でも、きっと大切なのは”連絡できる”ってわかっていること。

 

今日久しぶりにFBメッセージをくれた友達。いきなり日本語だったから少し驚いた。

まあ、高校時代一年間で中国語とスペイン語をマスターした人だから、日本語ができるようになって不思議でも無いけれど。

夏に東京で会えるかもしれない!

私は頑張ってその子の母国語であるフランス語で返事してみた。

 

人で賑わうメイングリーン。最近はツアー客も多い。

 

新しい環境へ行くと、心配なのは”友達ができるかどうか”。特に親なんては”友達できた?”とか”一番良い友達は?”とか聞いてくる。週末の夜に遊びに行ったり、いつも一緒にいる人とかがいない私は、たまに部屋で一人、孤独に感じてしまうことがある。天気が良くなって、広場で友達同士で座って話したり、勉強したりしている生徒を見ていると、”私だったら誰とああいうことできるだろう?”とか考えてしまう。やっぱりもっとパーティーとか行って、もっと人と会う努力するべきなのかな?って。

でも、きっと人によって友達との接し方は違うし、友達はたくさんいる。いつの間にか知っている人が増えて、キャンパスを歩いていると知っている人を見かけることが多くなった。特に二年生になってからそう感じることが多くなって、ブラウンがさらに心地よく感じるようになった。

ここに書ききれない友達とのエピソード、たくさんある。だから決して私は孤独では無いんだと、自分で自分を励ます。

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念願の松葉杖

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救急車と松葉杖といえば、誰もが人生一度は経験したいリストに入っているのではないかと思います。

 

しかし、いくらカッコイイと言えども大変です。

小学生の頃に松葉杖が必要になってしまうと外で遊べなくなる。

社会人の頃に怪我をすると、生活に支障をきたしてしまう。

 

大学3年生というちょうど良い時期。

ついに、先週、夢が叶いました。

ーーーーー

「せめて、ド派手なシュートを決めてその脚になったんだろうね。」

 

救急車の中、髪の毛を後ろに束ねているヒッピー男系の救急隊員が、痛み止めの種類を選びながら聞いてきました。

 

「まぁ、そんなところね」と私は爽やかにゴマカシながら、事態に至るまでを説明します。


ーーー

 

私は大学の女子クラブ・サッカーチームに所属しているのですが、練習中のこと。

 

パスを渡す練習で、なにやら左足の膝を捻ってしまいました。

そう。ド派手なシュートをきめたでも、試合でもなく、練習。さらに言うとただのパス練。地味な倒れ方の割には自力で立ち上がれなくなってしまっため、キャプテンにお姫様抱っこでフィールドの脇に運ばれます。そして、大学の緊急連絡先EMSに電話。

 

こういったときには患者に精神的に寄り添うことが大事なのでしょう。電話先の女性は、すぐに救急車がくるからね、と励ましながら言います。

 

「わかるわよ。私も最近膝が痛いからね、わかるわよその痛み。」

違う類の痛みのような気がしますが、ツッコまないでおきます。

 

すると、チームメートがざわつき始めます。

パトカーが来たとのこと。

 

EMSの連絡が来ると警察沙汰ではなくても、パトカーは現場に行かなくてはいけないらしい。

すぐさま駆けつけてきた警察官からは「しまった、救急車より先に着いちまったよ」の雰囲気が漂っています。とりあえず待ち時間の間何か仕事をしなきゃと思ったのでしょうか、私になぜかフィールドの名前の由来について聞いてきます。

 

20分待った後、救急車がようやく到着。

私よりも先に警察官がホッとした表情を浮かべ、いそいそとパトカーに戻って行きました。

救急車からは黒い制服をきた救急隊員2名が中から登場。

「ヤーレヤーレ誰かさんが地面に寝転んでいるぞー」と比較的ゆったりと近付いて来ます。

ウィーンと上下するかっこいい担架に乗せられ、「1 – 10だと痛みはどれくらい?」という質問に「6」とテキトーに答えておきます。


それよりなにより、初めての救急車です。ウッフフとワクワクし、こっそり写真をとります。

いえーい

 

病院に到着。

ドラマでみるシーンのように救急診療から入場すると、受付の人が聞いてきました。

「1 – 10で痛みはどれくらい?」

またその質問かい、と思っていると

 

新たに、頭部から流血している高齢者の女性が担架に乗せられて運ばれてきます。

交通事故でしょうか。

血まみれおばあちゃんと比べると、私の痛みなんて・・と考え始め「3」と答えます。

 

横に立っていた救急隊員は「さっきまで6だったじゃないか」と言った表情を寄越したような気がします。

 

車椅子に座らされ、手首になにやらつけられて、待合室に連れて行かれました。

 。

待っている間はとにかく暇です。
目の前に幼稚園児数名が手がけたような絵画が壁にかかっていたのでそれを眺めることに。なんとも色づかいが不吉で、不思議と心がどんよりしてきます。ついでにテレビは殺人のサスペンスドラマが流れています。

待合室に飾られた・・絵。


さらに2時間ほど待ち、脚の痛みより、車椅子の硬さによるお尻の痛みの方が勝り始めた頃ようやく呼ばれました。

 

結果・・。

 

 

足を固定するやつと松葉杖。

足を固定するものですが、サイズが合っていないため膝がたまに曲がります。

 

病院滞在時間、5時間。

シーンとした病院の裏口に連れて行かれ、寮に帰るために大学の無料バスを呼びます。

10分後にきた運転手が一言。

 

「せめて、素晴らしいシュートを決めて怪我したんだろうね」

 

ヒッピー救急隊員と全く同じコメントです。

けっ、ただのパス練だわいとまた思います。

 

しかし救急車と松葉杖、

小さい頃からの夢が二つも叶ったので思い残すことはありません・・!

 

次回号

やはり松葉杖は不便です。

もう飽きました。

 

ちなみに怪我をしたら大学側はケッコー色々と面倒を見てくれます。

どんなことをしてくれるんでしょう?お楽しみに。

 

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違う視点から見た歴史

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ここ最近雨の多いプロビデンスからお送りします、柚子です。一週間前の雪から雨に変わったので、いよいよ春本番かな?と期待を高めているところですが、今日は突然の雷雨に驚きました。

最近は毎日家族から東京の桜の開花の様子の写真が送られてきます。特に中高の近くだった千鳥が淵の写真はなんだか懐かしく感じて、今度日本で春を過ごす時は必ず行きたいなと思いました。

 

母から送られてきた千鳥が淵の写真

 

”桜咲きました!”

私が二年前家族に送ったメールの件名。先週、電話越しに母が、私がブラウンに合格してからちょうど2年だったことを思い出させてくれました。あの夜、喜びの報告をするのにとっさに考えた件名。心はやっぱり日本人の私は、合格を開花する桜に例えて表現しました。

そして今年も合格発表のとき。今年は今までで一番多くの願書が提出され、その中から今までで一番多い2,722人に合格が通知されたそうです。もし読者の方々の中に合格された方がいらっしゃりましたら、おめでとうございます。そして是非”ブラウンの熊たち”にご連絡くださいね。

 

(今年の合格発表について伝える記事↓)

https://news.brown.edu/articles/2017/03/admitted

 

日本では今週から新年度でしたね。私の家族や友達も、新しい学年や職場環境での日々を始めています。みなさんの新しい環境でのご活躍を願っております。

 

一方ブラウンではここが桜並木…になるはず。

 

さて、最近は寝言でも英語を話すようになり、頭の中の英語の部分が増えてきたのかな?とは思っていまずが、先ほども言いましたように心はまだ日本人。今日はアメリカで学ぶにあたって日本人として感じたことを話したいと思います。どういうことかと言うと、第二次世界大戦の話が出てきた時。何て表現すれば良いのでしょうか、何だか心にチクリと感じて、少し息苦しくなるというか….。

 

思いもよらぬところでそういう状況に合いました。それは月曜日の人類の進化についての授業中。その日はHomo erectusについてだったのですが、その化石の中に1920年代に中国の北京周辺で発見された通称“Peking Man”というものがあるという話の最後。

”しかし、この化石は第二次世界大戦中に行方不明になってしまいました。日本の侵略から守ろうと、アメリカ軍が化石を安全な場所に移そうとしたのですが、まあその頃は真珠湾攻撃とかいろいろあって…。移動中に日本軍の攻撃にあって、化石は無くなってしまったのです。幸いなことにその化石の鋳造が多く作られていたので、全く失われてしまった訳では無いですけれどね。”

第二次世界大戦中、日本の真珠湾攻撃を発端に太平洋戦争が始まり、日本はアメリカの敵国になりました。特にアメリカ人にとって真珠湾攻撃は、日本で言えば原爆投下のように決して忘れてはならない歴史。別に私個人が何をした訳では無くとも、一人の日本人として”日本は敵国””日本は悪者”というような話を聞くとなんだか心にチクリと感じます。特にそれが歴史の授業で普通にこういうことを習って聞いてきて、何にも違和感を感じない他の30人の生徒に囲まれた教室だと、何だか意識が高まる。あの教室で私が日本人だと知っている人はあまりいなかっただろうけれど、一人だけ教授の一言を重く受け止めていた気がします。

 

一昨日は近くのアイスクリーム屋さんが”1コーンタダの日キャンペーン”開催!

 

小学校3年生のある日、アメリカの小学校の読書の時間になぜか私はいろんな乗り物の写真と解説が書かれた本を手にしていた。読書の時間は話してはならないことになっていたのだけれど、私がちょうど戦車や戦闘機のページを開いているときに隣の男の子がそっと私の耳にささやきました。

”これもこれもこれも、ぜーんぶアメリカが作ったんだよ。”

日本は敵国。日本は敗戦国。初めてアメリカから見た歴史を身にしみて感じ、理解したときのことを、今でも覚えています。

 

”アメリカが作った”と言えば忘れてはいけないのが原子爆弾。今週の科学の歴史の授業ではいよいよ20世紀中盤、原爆の開発、そして利用についてでした。

”原爆は使用するべきではなかっただとか、戦争を早く終わらせて長引いていたならば亡くなっていたであろう命を救うという正当な理由があっただとか、いろんな議論はあるけれど、今日はその話はしません。”

”原爆を使用する正当な理由があった”、”原爆が使用されていなければ戦争は長引きさらに多くの命が失われていた”。私はこのような意見は日本では聞いたことがありませんでした。今回はこの意見を聞くのは初めてではなかったけれど、留学を始めた当初こんな意見があることに私は驚きました。日本では原爆は”悪”だと学んできたから、こんな意見があったことを想像もできませんでした。

 

教授は続けます。

”私が今回みんなに読んでもらった本を選んだのには理由がある。まずはもちろん、とても良く書かれているからだけれども、一番の理由は題名です。’Hiroshima: the world’s bomb’ (広島:世界の爆弾) 。原爆は確かにアメリカで開発され、アメリカ軍によって使用されましたが、実は”アメリカのもの”とも言えないのです。なぜなら、世界中の科学者達が開発に関わっていたからです。”

20世紀始め、科学の中心は英国とフランスからドイツへ変わりつつあった。そして特に物理の世界で注目を集めていたのが量子力学。原子の世界を解明すべく、多くの科学者が自らの研究に情熱を注いでいた。自分の好奇心を満足させるため、真実を解明するためのはずだった科学が、だんだん国のため、政府のためになり、いつしか科学は兵器の発展にも欠かせなくなった。そして、第二次世界大戦とナチスドイツの権力の拡大でドイツやその周辺の国々の優秀な科学者たちはアメリカへ逃げることになる。そのおかげでアメリカの大学は大きく発展をし、原爆開発にもヨーロッパ各国からの科学者が集まった。

原爆とアメリカをいつも結びつけて考えていた私には、とても新しい考えでした。そして、ナチスの権力の拡大があったからこそ、今”世界トップ”とも言われるアメリカの大学が存在するという、なんだか皮肉な歴史。

 

原爆の開発、そして投下について話し終えた教授の締めの言葉、

”そして、9月2日に日本は降伏しました。”

9月2日?終戦、玉音放送は8月15日、と覚えていた私は”教授!日にちが間違っています!”と言い出したかったのですが、歴史についての知識ははるかに私をこえる教授が間違っているはずが無いと思いなおし、黙って考えてみました。よく考えてみると、日本の降伏を国民に知らせたのは8月15日でも、実際国同士で正式な書名をしたのが9月2日なのではないかという考えにいたりました。授業後調べてみるとその通りで、国によって第二次世界大戦の終戦は違う日が記念日となっていることがわかりました。

 

しばしば日本のニュースでは中国や韓国の歴史の教科書の内容が報道されまずが、その他の国ではどのように歴史が教えられているか、考えたこともありませんでした。視点を変えただけで、こんなにも歴史の見え方が違うことに驚きました。”日本はアメリカの敵国”と考えたら、もし”様々な国が共同で開発した原爆”と習っていたら、私がアメリカの教室で感じる”心のチクリ”はどう違っていたのだろうか?”視野を広める”とはどういう意味か、改めて感じさせられました。

 

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”政治家”も悪くない?

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あと少し、あと少し!

そんな気持ちで今週を乗り越えて来ました柚子です。

そして今日からいよいよ春休みーー!!心が急に軽くなりました。

今週ば木、金と試験があり、フランス語のエッセーがあり、いつもの宿題もあり…。先週末あたりから授業のために読まなくてはいけないものを、あきらめざる終えない状況になっていたので、いつも以上にやらなくてはいけないことが多くて…。しかし、逆に言えば今週さえ終われば”終わった!”という達成感にさらに”春休み”という喜びが組み合わさる訳ですから、もう本当に今は開放された気持ちです。特にフランス語で800語のエッセーを書いたことに達成感を感じました。

さて、先週からサマータイムになり、日本時間に一時間近くなりました。おかげで夜は19時半まで明るいです。しかし気温は相変わらず…氷点下~10℃の範囲。今日行った講演の講演者は”まあ、ニューイングランドの”春”に久しぶりに歓迎されたわ!”なんというジョークで話を始めていました。

 

ニューイングランドの”春”(蕾の気配すらなく、写真右下には雪も残ってる…)

 

講演というと、月曜日にブラウンにDavid Cameronさんが来ました。そう、前英国首相のキャメロンさん!こんな方も呼べるのかと驚く同時に、ブラウンで経験できるものの豊富さに改めて気が付かされました。

 

(ブラウン大学の記事↓)

https://news.brown.edu/articles/2017/03/cameron

(学生新聞の記事↓)

David Cameron discusses international rise of populism

 

さすがに知られた人物とあって、セキュリティーも警戒態勢。事前申し込みのチケット制(無料)だったにも関わらず、会場には一時間前から長蛇の列ができていました。会場は満杯、ブラウンの学校長に紹介され、いよいよキャメロンさん登場!

話の内容は、現在の世界情勢を受けてここからどう進むか?というのがテーマだったのですが、私が今回の講演で一番印象に残ったのは、とにかく話が上手だったことです。今までブラウンでいろんな方々の講演へ行きましたが、講演者の多くは教授。内容はすばらしくとも、目的は”研究の内容を観客に伝える”ことのため、話が上手いとは限りません。しかし、さすがは政治家。”話すこと”が職業なことだけあって、スピーチの構成、声の大きさ、姿勢、どれも参考にしたくなりました。

 

まずは会場をジョークで沸かせます。それもどれも”ブラウンの生徒”という観客に合わせた、良く事前に調べたことが伝わってくるジョーク。”ロードアイランド州が英国から独立を宣言した一番最初の州であり、一番最初に英国へ攻撃を始めたことを忘れた訳では無い”、と面白ろおかしく言ってみたり、ブラウンの伝説の教授Josiah Carberry に触れてみたり、そしてもちろんトランプ氏についてもジョークを飛ばしました。

”いやー、おかげでもうトランプ氏の会話の盗聴を聞かなくてすむよ。-もちろん冗談ですけどね。”

最近、オバマさんがトランプさんを盗聴していたのでないか?というニュースがあったこともあり、この発言は会場を一瞬どよめかせ、さらにはニュースにも取り上げられました。真実は…?

(この発言を取り上げた記事↓)

http://www.telegraph.co.uk/news/2017/03/21/david-cameron-jokes-doesnt-have-hear-donald-trump-wiretaps-anymore/

 

先週末は雪道をハイキング!途中で始まった雪合戦。

 

会場の好感を得たところで、もっと真剣な内容に入ります。”私はこれからの世界情勢に大事なことは主に3点あると思う。だから今日の話ではこれらを掘り下げて行こう。”お見事。なんともシンプルに今日は何を話すのか、まとめてみました。それからは英国女王やロシアのプーチン大統領とのエピソードを交えながら、グローバル化が進むこれからの世界に必要だと思うことを話してくださりました。

 

最後はブラウンの学校長との対談形式。事前に生徒や教授から集められた質問で質疑応答が行われました。イベントは17時までだったのですが、もうまもなく17時というときに学校長が最後にした質問。

”生徒の多くはあまり政治家になることを志望しないのですが、政治に関わるべきでしょうか?”

最後の質問に、キャメロンさんは”これには立ち上がって答えないと!”と勢い良く立ち上がり、ステージの中央で生徒に向かって話し始めました。”まあ、政治人生が50で終わってしまった私にアドバイスを聞くのはどうかと思うけど。”とまた観客の笑いをとりながら、政治家になることがいかに大事か、特になぜ今、政治家になるのが大切なのか、熱く語ってくださりました。”’政治家かなんて…’と思っている自分を捨てて、何か自分ではなく、周りの人のために何かするんだ。”

今まで、”国のためにはなりたいけれど、政治家にだけはなりたくない”と思っていた私でしたが、キャメロンさんの話を聞いて少し”政治家も悪くないかな?”と思ってしまいました。人前で話すこと好きだし、日本のためになりたいし…。どうせ政治家なんて結局は自分の名誉のためにやっているんだろう、と思っていましたが、キャメロンさんは本当にこの職業が好きでやっているんだな、ということが伝わってきて、少し考えが変わりました。

講演後、こう思ったことを友達に話すと”それは政治家だから、人を納得させるのが上手いだけよ”

なるほど。話の上手さに、私もキャメロンさんの意見に納得させられてしまいました。でもたしかに、前よりは少し政治家に対して良い印象をもてるようになりました。

 

夕食の列に並んでいるとき、前の人たちがこの講演について話してみました。

”ジョークすごく良かったね。でも…”

”たぶんブラウン生の多くは、キャメロンさんの保守的な考え方に違和感を覚えるんだろうね。”

”なんだか質問どれもやさしいものばかりだったね。もっと鋭く聞けたよね。”

さすがはブラウン生、評価が厳しい。”わあ、すごい!”とだけ思ってしまった私は、まだまだ”critical thinking”がなってないのかな?

 

人類学の授業で使用した化石の模型。中央は有名な”ルーシー”の骨。

 

さーーーて、春休みです!”アメリカの大学の春休み”というと、フロリダや南米のビーチに行ったり、というイメージが強いですが、イメージ通り学期中にある休みとしては一番長いため、友達同士で旅行するなんて人も多いです。私が今年は日本からの友達とニューヨークへ行ってきます!

 

日本では新年度が始まりますね。桜も咲いているそうですね。フレッシュなスタートを切る方もいらっしゃるのではないでしょうか?

こちらはまだ少し寒さが続きそうですが、春休み楽しんできます!

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