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日記が書けない人の旅行記:ニューヨーク〜パリ1日目

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皆さんお久しぶりです。
いやあ春ですね。
まだまだこちらは暖かくなったり寒くなったりですが、「今は唯やってみよう。春が訪れるまで今は遠くないはず。」って感じです。

 

さてさて。

 

前回の記事を書いてから、ブラ熊も少し変化しましたが、僕は今まで通り書きたいことがあれば書くスタンスで、細々とやっていこうかと思います。

 

今回は春休みの旅行について。

 


皆さんは「観光」が好きだろうか?
僕はあまり好きではない。のっけからバッサリ言い切ってしまった。正確に言うと、観光名所を唯巡るというのが苦手なのだ。個人的な興味がそこにない限り、いわゆる観光名所には行ったことが無い気がする。これは恐らく育った環境のせいだと思う。というのも、僕の親も旅行や観光といった類のものにかなり否定的だったからだ。

 

 

ほとんどの人が中学生や高校生の時に修学旅行や遠足に行ったと思う。スポーツをしていた人であれば、それに加えて部やクラブの合宿にも行っただろう。僕自身もずっとサッカーをしていたので毎夏数回は合宿で伊豆やら飛騨高山やらに行っていたし、 チームの海外遠征で、ブラジル、スペイン、オランダにも行った。定番の京都や奈良ではなかったが、中学生のときには修学旅行と銘打った短期語学留学にも行った。
修学旅行や合宿といえばお小遣いをもらって家族や友達にお土産を買ったりするものだと思うのだが、僕の親は何故かいつも「お土産なんて買ってこなくていい。友達に買いたいのなら自分のお金で買いなさい。」という方針だった。ブラジルに行ったときですらこの調子だったので、これまでの人生で木刀や地方の銘菓のようないわゆるお土産を買ったことがほとんどない。なので、鎌倉の土産屋の店先の傘立てのような筒に雑然と入った木刀の束を見て、「なんだか学生の頃を思い出すね。」的な寂寥感を覚えたことも無いし、東京で 地方から来た修学旅行生が東京土産をどれにするか悩んでるのを見かけると、妙な敗北心と嫉妬心すら覚える。

 

 

お土産懐疑主義だけでなく、僕の親はバケーション懐疑主義の信者でもあった。記憶の限り、家族旅行に出かけたことは今まで一度もないし、ハワイやグアムなどのリゾート地にも一度も行ったことがない。小さい頃に親の仕事の都合でニューヨークには何度か行ったことはあるが、どれも短い滞在だったので、時差ボケでほとんど寝て過ごしていた。唯一の観光らしい観光であったブロードウェイでのミュージカル鑑賞では、見事に開始5分で爆睡し、演目がライオンキングだったのにもかかわらず、主人公のシンバを見ぬままエンディングを迎えてしまった。そんなお土産・バケーション懐疑主義の教えの元で育ったこともあり、未だに旅先でお土産を買わなくはいけない場面に遭遇すると、何を買えばいいのかわからなくなるし、「ただ観光をする」というのがどうにも苦手なのだ。
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昨年から始まった就職活動もほぼ終わり、あとは手元に残った選択肢を吟味して最後の決断をするだけになった。当然就職活動をしていく中で、自分が何に興味を持ち、どんな仕事にやりがいを感じ、これからどういう世界で生きていきたいのかについて、自分なりに考えてきた。そのプロセスの中で気づいたのは、目に見える「ヒト」が紐付いていないと、僕は仕事にやりがいを感じれそうにないということである。要するに自分の仕事の先に「ヒト」が鮮明にイメージできる仕事でないとダメなのだ。例えばいま運営しているコーヒーショップでは、お客さんという「ヒト」と自分の淹れるコーヒーがシンプルに結びついているからこそ、僕はやりがいを感じているのだと思う。そしてそういった類の仕事の中でも、とりわけ「ヒト」と「モノやサービス」が交わる時に生まれる経験を設計することに興味があることにも気づいた。ファーストキャリアの選択が、必ずしもこの興味に直結した仕事になるかは分からないが、興味を探求する為の下準備にはうってつけな仕事にはなりそうである。
1ヶ月ほど前、久しぶりに母親と話し、就職活動の進捗状況と考えている仕事の方向性について伝えると、「いいモノとかサービスを取扱おうと思ってる人が、まともにヨーロッパに行ったことが無いっていうのはまずいんじゃないの?」と言われた。僕の母親は稀に無責任だが筋は通っている発言をするのだ。前述の通りスペインとオランダにはサッカーの遠征で行ったことがあるし、ロンドンには大学を見るために数日間だけ行ったことがあるが、それ以外でヨーロッパに行ったことはない。母親の言うことももっともだと思い、これまでのプロビデンスと東京の行き来で、丁度ヨーロッパへ往復で行けるくらいのマイルは貯まっていたので、僕は春休みを使ってヨーロッパに行くことにした。検討の末、いくつかの都市が候補に残り、複数都市を廻ったり一つの都市に滞在したり、様々なオプションを考えた挙句、パリに1週間行くことにした。
行き先が決まれば、航空券をマイルで購入し、宿を確保し、パリ近郊に住んでいる高校時代の友人に連絡をするのに、さほど時間は掛からなかった。とりあえずパリに行って帰ってくる準備だけが済んでしまうと、僕はこの旅の目的について考えることにした。バケーション懐疑主義の敬虔な信者の元に育った僕の頭に、「とりあえずパリの名所を観光して、ワインでも飲もう」という考えがよぎることはあるはずもなく、代わりに1週間の滞在をどんな目的を持って過ごすかだけを考え続けることになった。
納得行くまで考えた末、メモ帳にはこんな箇条書きが残った。
  • 見たいものがある美術館にできるだけ全て行く。
  • 足を運ぶ価値のある建築になるだけ多く足を運ぶ。
  • 写真以外の方法でもこの旅についての記録を取る。
「できるだけ」や「なるだけ」といった言葉が、無謀な旅程を計画することを促しているようにも感じたが、僕はそんな懸念を無視して、3点目について具体的に考えることにした。(実際にこの後無謀な旅程が出来上がり、その旅程を完遂しなくてはならない強迫観念を抱えて1週間を過ごすことになるわけだが。)
旅行先でスマートフォンやデジタル一眼レフを片手に写真を撮るのは簡単である。後で見返す時に便利だし、ほぼ無限に記録を取り続けることができる。しかし僕の経験上、その時写真を撮るだけ取って後で見ないことも多いし、写真だけ見てもその内容は思い出すが、その時何を考えていたのかは思い出せないことが多い。あるいは写真だけで、その時の記憶を完璧に思い出すことができる人もいるのかもしれないが、僕にはそんな芸当はできない。写真以外の記録方法となると、文章か録音くらいである。どうせならと思い、僕はその両方で記録を取ることにした。録音はスマートフォンですればいいとして、日記を3日以上まともに書いたことが無い僕が、1週間も旅行記を書けるのか甚だ疑わしかったが、ものは試しだと思い、さっそく小さな無地のノートを本屋で購入した。そしてこの時点で、この旅行の3つ目の目標が、「毎日なるべく旅行記を書いて、録音できる場所では音でも記録を取る」というものに変わった。そして1つ目と2つ目の目標に従って、いつか懸念したとおり無謀な旅程が出来上がり、そうこうしている間に春休みになった。

 

 

 

結論から言うと、これまで日記を3日以上書いたことがなかった僕は、1週間(正確には8日間)旅行記を毎日書き続けることができた。これで晴れて「3日以上日記を書いたことが無い人」から「旅行記なら8日間書いたことがある人」になった。大きな前進である。実際の旅行記はノートに手書きで書いたが、せっかく「旅行記なら8日間書いたことがある人」になったので、ブログに載せようと思う。まともに日記を書けない僕でも、8日間も旅行記を書き続けることができたので、継続が苦手な皆さんも、これを機に是非何かに挑戦してみてほしい。非日常的な生活に身を置けば、案外簡単に苦手を克服できるかもしれないですよ。
 

はじめに

人に読んでもらうことを前提として書いた旅行記ではなく、あくまで自分の為の記録として書いた文章なので、読みにくいところも多いと思いますが、なるべく実際の文章を変えずに載せています。その代わりに、わかりづらいところには注釈を入れています。
この旅行記を書くのと並行して、ところどころ録音でも記録を取りました。よかったら各稿を読むのに併せて、聞いてみて下さい。ヘッドホンで聞くのを推奨します。
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2017/3/25 8:45am「ニューヨークのCulture Espressoにて」

予定より早く飛行機がニューアーク空港に到着。お陰で余裕を持ってマンハッタンに来れた。(注:ニューアーク空港で10時間のトランジットがあったので、空港の外に出ることにした。)Bryant Park近くのCulture Espressoで朝食を済ます。事前に調べたときには気づかなかったがHeart(注:オレゴン州ポートランドに拠点を置く有名なコーヒーロースター)の豆を使っているらしい。洒落っ気は1ミリもなく、地元の人が来るスタンドであることが伺える。その割にと言ってはなんだが、エスプレッソの調整は完璧で、コーヒーはとっても美味しかった。
僕が入店してすぐ、上下スエットのカップルが入ってきた 。そのカップルが連れていた子犬が、飼い主の女性が注文しているのを待つ間、か細い声でずっと鳴き続けていた。その後コーヒーを抱えて女性が席につくと、子犬は男性の右膝と女性の左膝の上に上手に座って、「2人は私のモノだ!」という満足げな顔を浮かべて、気持ちよさそうにウトウトしていた。そしてその横では見るからに寝間着姿の男性客2人が談笑中。その間にも、またもや寝間着姿の男性客が来店と、10分もしないうちに僕以外のお客さんは全員寝間着というなんともシュールな状況になってしまった。外の街並みは鬱蒼としているが、ニューヨークにも肩肘張らないこんなコーヒー屋さんがあるんだなと思った。しかしHeartのコーヒーはうまい!

 

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2017/3/25 10:45am「グッゲンハイム美術館にて」

 

初めてグッゲンハイム美術館に来た。渦巻状のこの美術館は写真で目にしたことはあったが、いざ中に入ってみると建物の内部の構造の緻密さに驚かされる。外観から分かる通り螺旋状になっているのだが、実際に中に入るとその構造が見学者と作品が自然に出会う為の構造であることに気づく。見学通路が螺旋状に一筆書きになっているので、見学していてほとんどストレスがたまらないし、迷うことも無い。
中ではピカソとカンディンスキーの作品が多く展示されていた。絵もかけないし、美術の知識もさほどない僕でも感じるのは、ピカソの画家としてのキャパシティの底知れない大きさである。ありとあらゆる異なるスタイルで名画を描き続けていたことを考えると、本当に恐ろしい。マイルス・デイヴィス然りだが、才能を持った芸術家の創作欲の底知れなさには時々身震いする。
建築について少しだけ書き足す。上から下に下がるにつれて気づいたのは、 通路を進むにつれて、すでに観た作品が視界の隅に見えることがあるということだ。螺旋という構造上、常にどこかでオーバーラップが生じるので、必然的に複数のレイヤーが重なり、自分がいるレイヤー以外のレイヤーにある作品も見えることになる。見方によっては、鑑賞者が2回、3回と作品と出会うことができる構造になっている。

 

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2017/3/26 10:00am「ピカソミュージアムにて」

 

無事にパリに到着。天気もよく気持ちのいい朝になった。若干寝不足だが、それを吹き飛ばすほど街並みが綺麗。
電車を乗り継ぎ、パリ北駅へ。とりあえずスーツケースを預けて、14時のチェックインまで時間をつぶす。手始めにピカソミュージアムへ。天候のせいもあるのか、中には柔らかく暖かい空気が流れている。特設展はオルガ・ピカソ展だった。オルガを描いた作品が山のように沢山ある。その殆どで彼女は椅子に座って斜め下を向いていた。微妙に違う角度やタッチで描かれた斜め下をむいた彼女のポートレイトを何枚も何枚も観ていると、徐々に彼女という人間が浮かび上がってくるような錯覚に陥る。それにしても本当に眠いけれど、美術館は楽しい。

 

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2017/3/26 11:30am「Fringeにて」

ピカソミュージアムの近くにあったので、Fringeというコーヒーショップに立ち寄る。 “Coffee, food, photography”のキャッチコピー通り、店内には写真集が何冊もあり、壁には大きく引き伸ばされた写真が飾られている。日本の写真家が好きなのか、壁に飾られた写真は全て日本人の写真家が撮影したものだった。
豆はCoffee Collective(注:デンマークの有名コーヒーロースター)、ロケーションはマレ地区、壁には日本の河川敷の写真、と文字にするとなんとも不思議な組み合わせだが、それぞれが不思議に調和している。
エスプレッソも上手に調整されていたし、ハンドドリップも美味しかった。隣のお客さんが食べていたサンドイッチも美味しそうだった。近所にほしい。

 

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2017/3/26 1:00pm「ロダンミュージアムにて」

 

眠気がピークに達してきた。クロークの場所がわからず庭を荷物を持ったまま周ってしまった。建物の中に入ってやっとクロークが見つかり、ほっとする。
ピカソミュージアムでは様々なタッチの作品が並んでいて観ていて飽きなかったが、ロダンミュージアムは特大のサーロインステーキを何枚も食べているような気分になる美術館だ。ただでさえ立体の彫刻というだけで作品の持つエネルギーが大きいのに、これでもかというほど筋骨隆々のロダンの作品は、なお一層作品の含有するエネルギーが大きい。庭に何体も並んだ背の高いブロンズ像に見下されると、今にも飲み込まれそうになって「何だかすみません。もうかないません。」と言いたくなってくる。
座ったらそのまま3日間寝れる程眠かったので、庭のベンチで少しだけ眠る。当たり前だけど起きたらまだブロンズ像はポーズを決めて仁王立ちしていた。眠ったことが功を奏したのか、はたまた時間が経ってロダンの彫刻に慣れてきたのか、徐々にブロンズ像に対する恐怖が和らいでくる。そして1つ1つの像と相対している内に、なんだか仏像を拝む仏教徒のような気分になってきた。金剛力士像を初めて見た当時の日本人は絶対恐怖を覚えただろうなと確信する。
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今週はここまでです。

 

来週は2日目以降の旅行記を公開したいと思います。

 

お楽しみに!

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友達

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いつも夜の12時には寝ようとする私。いつもお昼の12時までには起きようとするルームメイト。

こんなにも生活習慣が違うのに、なぜか気が合って二年間も一緒に暮らしている。

一年生の頃のルームメイトは学校が勝手に決めるから、運命の出会いとも言えるだろうか。

 

朝7時半、私の携帯のアラームが鳴る。ルームメイトを起こさないように、そっとベットから降りて顔を洗いに洗面所へ向かう。

洗面所で遭遇する向かいの住民。彼はいつも私より早起きなのか、もう既に着替えていたり、シャワーに入ってたりする。そう、”彼”。ブラウンでは男女共用のトイレは驚くことでもない。

“Hi”ちょっと寝ぼけた一言の挨拶。メガネをかけてないのであまり顔は良く見えない。きっと寝癖が今日もひどいけど気にしない。

家の洗面所みたいに、男女が並んで朝の準備をする。

 

いつも一緒に朝食を食べる友達。一年生の頃からの”朝8時の朝食の会”は最近は8時10分、15分、月・水・金だけ、と少しずつ遅く、回数も減りつつある。

朝ごはんの友達は、なぜかあまり昼間は遭遇しない。特に夕食の時間に遭遇すると、何だか不思議な感じがする。

彼女はヨーグルトとオムレツ、彼はwheat bread二枚に卵とベーコン、私はベーグル。みんな大体食べるものが決まっている。

 

時々いつもの友達が見当たらなかいと、別の友達のテーブルへ行く。こっちはなぜかみんな朝からパソコンを開いて勉強している。

一人が卵の白身だけのオムレツを食べているのを見て”白身だけって食べる意味あるの?栄養は大体黄身にあるんだよ!”と、どうしても白身だけ食べることが納得できない私の発言を発端に、朝からくだらないけどちょっぴり真剣な議論が始まる。

 

桜はなかなか日本みたいな”満開”にはならない…。

 

同じ授業の友達。授業以外ではその子の事全く知らないけれど、キャンパスで遭遇すると必ず挨拶してくれる。

授業へ向かうときとか、出るときとか、時々ちょっと話しかけてみる。

 

以前から友達で、今学期初めて授業が一緒になった友達。

”今学期は授業で週2回はゆうこのことを見るようになったけれど、いつもオシャレね!”

と服をほめてくれた。

日本からの友達には、”え、いつもこんなに髪の毛ボサボサで行ってるの!?”と言われたばっかだったけど(笑)

 

一緒に近くの高校へ環境学を教えに行く友達。ミーティングとワークショップと、週に2度は会う。

毎週誰が車に乗れるかは早いもん勝ち。遅いと学校のバスで行くことになる。でも最近は車が故障中だからみんなで仲良くバスを使う。道中はたわいも無い話で盛り上がる。

なぜか歌いながら出迎えてくれるバスの運転手さん。定員オーバーなのも気にせず”みんな乗りな!”と言ってくる。席が無いことに気づいた友達は、”え?これありなの?”と戸惑った顔をしたまま、静かに通路に腰を下ろす。

ミーティングはいつもちょっとカオス。日本みたいに誰も発言しないとか、挙手とかもう関係ない。”もう話逸れすぎだよ…”と思ってしまうけれど、なんだかんだいつも時間通りに終わる。

環境のことや科学、教育や自然に出ることが好きな人が集まる、個性豊かな友達。

 

しだれ桜。

 

学校のカフェで働く友達。

“Oh, hey! how are you doing?”(やあ!最近どう?)と簡単な挨拶を交わしてから、”Can I have a chocolate chip muffin and a small latte?”(チョコチップマフィンとラテお願い。)と業務連絡に切り替わる。

“See you!”(じゃ、またね!)

すごく仲の良い友達でも、簡素なやり取りで終わってしまう。

 

日本語会話テーブルの友達。毎週肉無しのカレーライスを囲んで日本語で話す。おかげで私まで日本語が上手くなった気がする。

ここで出会った友達がきっかけでできた”女子会グループ”。時々男子も混じるけれど(笑)

一緒にご飯食べて、映画みたり、イケメンの話したりと、女子会をする。最近は忙しくてなかなかできないけれど。

今日も卒業生がボストンから来てくれて、4人でプチ女子会をした。”忙しい”とか言わないで、もっとちゃんと人と会う努力しないとなと思う。

英語と日本語が飛び交う、不思議な空間。

 

夕食の時間の食堂で偶然会った、音楽の才能溢れる友達。食事は20分で食べ終わってしまっても、1時間以上話すことは良くある。”せっかく天気が良いから、外散歩しながら話さない?”と言って食堂を出たけれど、なぜか音楽室へ行くことになった。

スタジオに入ると、すぐさまピアノとドラムに飛びついて演奏を始める友達二人。”もっと楽器頑張っていればな”と、二人の才能に圧倒される私。

ピアノを弾いていた友達はどこからかギターを持ってきて、ドラムの子はピアノへ移動。なぜか私にドラムのバチを差し出してくる。”みんな自分があんまりできない楽器やるんだから、ほら!”と。

今まで実際にドラムを叩いたことあるのは5分にも満たないぐらいだけれど、とりあえずスタンダードなエイトビートを合わせる私。二人は”あんまりできない”とか言いながら、いろんなメロディを醸し出す。途中あきらめて、手で叩くコンガに切り替える私。

いろんな音が交じり合う、ちょっとカオスだけれども楽しい空間。

 

突然現れ、演奏を始めたバンド

 

舞台で輝く友達。一年の頃の演劇の授業で一緒だった子と、同じ寮に住んでいた子。演技の中から、私がいることに気がついているのだろうか?

オーディション、さらに一ヶ月以上、毎日4時間ものリハーサルを経て完成させてきた作品。それだけ時間をかけた、思いのこもった作品にはいつも圧倒される。

いつか私も…と、舞台に立つことにはあこがれるけれど、私はそれだけの時間と思いをかけられるだろうか?本当に演劇に熱心な友達を見ていると、私がいるべき場所ではないのかな?と思ってしまう。

 

夜、深夜まで一緒にマフィアのゲームをする友達。

マフィアをやるときにしか会ったこと無いから、普段はどんな人なのかは知らない。

”あんたの事は信用できない!”とか、”絶対あいつを殺せ!”とか、結構酷いことを大声で何分も叫び合うけれど、あくまでゲーム。

盛り上がったゲームが終わる度に、”おまえのあの瞬間見事だったよ!”とか”ああーそうだったのかーー!!信用しなくてごめん!”だとか、みんなケロっと変わって次のゲームに備える。

 

日本の中高の友達。留学してから特に、何だか距離を感じてしまっていた。でも、この冬の成人式で会ってから”そうでもないのかな?”と思い始めた。

春休み、日本からはるばる来てくれた友達。先週、留学中のニューヨークから来てくれた友達と、中高一緒だったのに話したこと無かった友達。

今更同じ中高の新しい友達できるとなんて思っていなかったけれど、いろんな縁があってできた新しい友達。やっぱり5年ちょっと一緒に過ごした友達は何だか特別なものがある。

 

小学校の頃の友達。今はフェイスブックで様子を見るぐらいだけれど、この間コメントしたらすぐに返してくれた。

昔は毎日電話してばっかだったっけ?メールなんて無かった頃。何について話してたかなんて、今では忘れてしまったけど。

将来また会うことはあるのか?会ったらどうなるのか?いろいろ思うことはある。でも、きっと大切なのは”連絡できる”ってわかっていること。

 

今日久しぶりにFBメッセージをくれた友達。いきなり日本語だったから少し驚いた。

まあ、高校時代一年間で中国語とスペイン語をマスターした人だから、日本語ができるようになって不思議でも無いけれど。

夏に東京で会えるかもしれない!

私は頑張ってその子の母国語であるフランス語で返事してみた。

 

人で賑わうメイングリーン。最近はツアー客も多い。

 

新しい環境へ行くと、心配なのは”友達ができるかどうか”。特に親なんては”友達できた?”とか”一番良い友達は?”とか聞いてくる。週末の夜に遊びに行ったり、いつも一緒にいる人とかがいない私は、たまに部屋で一人、孤独に感じてしまうことがある。天気が良くなって、広場で友達同士で座って話したり、勉強したりしている生徒を見ていると、”私だったら誰とああいうことできるだろう?”とか考えてしまう。やっぱりもっとパーティーとか行って、もっと人と会う努力するべきなのかな?って。

でも、きっと人によって友達との接し方は違うし、友達はたくさんいる。いつの間にか知っている人が増えて、キャンパスを歩いていると知っている人を見かけることが多くなった。特に二年生になってからそう感じることが多くなって、ブラウンがさらに心地よく感じるようになった。

ここに書ききれない友達とのエピソード、たくさんある。だから決して私は孤独では無いんだと、自分で自分を励ます。

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念願の松葉杖

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救急車と松葉杖といえば、誰もが人生一度は経験したいリストに入っているのではないかと思います。

 

しかし、いくらカッコイイと言えども大変です。

小学生の頃に松葉杖が必要になってしまうと外で遊べなくなる。

社会人の頃に怪我をすると、生活に支障をきたしてしまう。

 

大学3年生というちょうど良い時期。

ついに、先週、夢が叶いました。

ーーーーー

「せめて、ド派手なシュートを決めてその脚になったんだろうね。」

 

救急車の中、髪の毛を後ろに束ねているヒッピー男系の救急隊員が、痛み止めの種類を選びながら聞いてきました。

 

「まぁ、そんなところね」と私は爽やかにゴマカシながら、事態に至るまでを説明します。


ーーー

 

私は大学の女子クラブ・サッカーチームに所属しているのですが、練習中のこと。

 

パスを渡す練習で、なにやら左足の膝を捻ってしまいました。

そう。ド派手なシュートをきめたでも、試合でもなく、練習。さらに言うとただのパス練。地味な倒れ方の割には自力で立ち上がれなくなってしまっため、キャプテンにお姫様抱っこでフィールドの脇に運ばれます。そして、大学の緊急連絡先EMSに電話。

 

こういったときには患者に精神的に寄り添うことが大事なのでしょう。電話先の女性は、すぐに救急車がくるからね、と励ましながら言います。

 

「わかるわよ。私も最近膝が痛いからね、わかるわよその痛み。」

違う類の痛みのような気がしますが、ツッコまないでおきます。

 

すると、チームメートがざわつき始めます。

パトカーが来たとのこと。

 

EMSの連絡が来ると警察沙汰ではなくても、パトカーは現場に行かなくてはいけないらしい。

すぐさま駆けつけてきた警察官からは「しまった、救急車より先に着いちまったよ」の雰囲気が漂っています。とりあえず待ち時間の間何か仕事をしなきゃと思ったのでしょうか、私になぜかフィールドの名前の由来について聞いてきます。

 

20分待った後、救急車がようやく到着。

私よりも先に警察官がホッとした表情を浮かべ、いそいそとパトカーに戻って行きました。

救急車からは黒い制服をきた救急隊員2名が中から登場。

「ヤーレヤーレ誰かさんが地面に寝転んでいるぞー」と比較的ゆったりと近付いて来ます。

ウィーンと上下するかっこいい担架に乗せられ、「1 – 10だと痛みはどれくらい?」という質問に「6」とテキトーに答えておきます。


それよりなにより、初めての救急車です。ウッフフとワクワクし、こっそり写真をとります。

いえーい

 

病院に到着。

ドラマでみるシーンのように救急診療から入場すると、受付の人が聞いてきました。

「1 – 10で痛みはどれくらい?」

またその質問かい、と思っていると

 

新たに、頭部から流血している高齢者の女性が担架に乗せられて運ばれてきます。

交通事故でしょうか。

血まみれおばあちゃんと比べると、私の痛みなんて・・と考え始め「3」と答えます。

 

横に立っていた救急隊員は「さっきまで6だったじゃないか」と言った表情を寄越したような気がします。

 

車椅子に座らされ、手首になにやらつけられて、待合室に連れて行かれました。

 。

待っている間はとにかく暇です。
目の前に幼稚園児数名が手がけたような絵画が壁にかかっていたのでそれを眺めることに。なんとも色づかいが不吉で、不思議と心がどんよりしてきます。ついでにテレビは殺人のサスペンスドラマが流れています。

待合室に飾られた・・絵。


さらに2時間ほど待ち、脚の痛みより、車椅子の硬さによるお尻の痛みの方が勝り始めた頃ようやく呼ばれました。

 

結果・・。

 

 

足を固定するやつと松葉杖。

足を固定するものですが、サイズが合っていないため膝がたまに曲がります。

 

病院滞在時間、5時間。

シーンとした病院の裏口に連れて行かれ、寮に帰るために大学の無料バスを呼びます。

10分後にきた運転手が一言。

 

「せめて、素晴らしいシュートを決めて怪我したんだろうね」

 

ヒッピー救急隊員と全く同じコメントです。

けっ、ただのパス練だわいとまた思います。

 

しかし救急車と松葉杖、

小さい頃からの夢が二つも叶ったので思い残すことはありません・・!

 

次回号

やはり松葉杖は不便です。

もう飽きました。

 

ちなみに怪我をしたら大学側はケッコー色々と面倒を見てくれます。

どんなことをしてくれるんでしょう?お楽しみに。

 

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違う視点から見た歴史

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ここ最近雨の多いプロビデンスからお送りします、柚子です。一週間前の雪から雨に変わったので、いよいよ春本番かな?と期待を高めているところですが、今日は突然の雷雨に驚きました。

最近は毎日家族から東京の桜の開花の様子の写真が送られてきます。特に中高の近くだった千鳥が淵の写真はなんだか懐かしく感じて、今度日本で春を過ごす時は必ず行きたいなと思いました。

 

母から送られてきた千鳥が淵の写真

 

”桜咲きました!”

私が二年前家族に送ったメールの件名。先週、電話越しに母が、私がブラウンに合格してからちょうど2年だったことを思い出させてくれました。あの夜、喜びの報告をするのにとっさに考えた件名。心はやっぱり日本人の私は、合格を開花する桜に例えて表現しました。

そして今年も合格発表のとき。今年は今までで一番多くの願書が提出され、その中から今までで一番多い2,722人に合格が通知されたそうです。もし読者の方々の中に合格された方がいらっしゃりましたら、おめでとうございます。そして是非”ブラウンの熊たち”にご連絡くださいね。

 

(今年の合格発表について伝える記事↓)

https://news.brown.edu/articles/2017/03/admitted

 

日本では今週から新年度でしたね。私の家族や友達も、新しい学年や職場環境での日々を始めています。みなさんの新しい環境でのご活躍を願っております。

 

一方ブラウンではここが桜並木…になるはず。

 

さて、最近は寝言でも英語を話すようになり、頭の中の英語の部分が増えてきたのかな?とは思っていまずが、先ほども言いましたように心はまだ日本人。今日はアメリカで学ぶにあたって日本人として感じたことを話したいと思います。どういうことかと言うと、第二次世界大戦の話が出てきた時。何て表現すれば良いのでしょうか、何だか心にチクリと感じて、少し息苦しくなるというか….。

 

思いもよらぬところでそういう状況に合いました。それは月曜日の人類の進化についての授業中。その日はHomo erectusについてだったのですが、その化石の中に1920年代に中国の北京周辺で発見された通称“Peking Man”というものがあるという話の最後。

”しかし、この化石は第二次世界大戦中に行方不明になってしまいました。日本の侵略から守ろうと、アメリカ軍が化石を安全な場所に移そうとしたのですが、まあその頃は真珠湾攻撃とかいろいろあって…。移動中に日本軍の攻撃にあって、化石は無くなってしまったのです。幸いなことにその化石の鋳造が多く作られていたので、全く失われてしまった訳では無いですけれどね。”

第二次世界大戦中、日本の真珠湾攻撃を発端に太平洋戦争が始まり、日本はアメリカの敵国になりました。特にアメリカ人にとって真珠湾攻撃は、日本で言えば原爆投下のように決して忘れてはならない歴史。別に私個人が何をした訳では無くとも、一人の日本人として”日本は敵国””日本は悪者”というような話を聞くとなんだか心にチクリと感じます。特にそれが歴史の授業で普通にこういうことを習って聞いてきて、何にも違和感を感じない他の30人の生徒に囲まれた教室だと、何だか意識が高まる。あの教室で私が日本人だと知っている人はあまりいなかっただろうけれど、一人だけ教授の一言を重く受け止めていた気がします。

 

一昨日は近くのアイスクリーム屋さんが”1コーンタダの日キャンペーン”開催!

 

小学校3年生のある日、アメリカの小学校の読書の時間になぜか私はいろんな乗り物の写真と解説が書かれた本を手にしていた。読書の時間は話してはならないことになっていたのだけれど、私がちょうど戦車や戦闘機のページを開いているときに隣の男の子がそっと私の耳にささやきました。

”これもこれもこれも、ぜーんぶアメリカが作ったんだよ。”

日本は敵国。日本は敗戦国。初めてアメリカから見た歴史を身にしみて感じ、理解したときのことを、今でも覚えています。

 

”アメリカが作った”と言えば忘れてはいけないのが原子爆弾。今週の科学の歴史の授業ではいよいよ20世紀中盤、原爆の開発、そして利用についてでした。

”原爆は使用するべきではなかっただとか、戦争を早く終わらせて長引いていたならば亡くなっていたであろう命を救うという正当な理由があっただとか、いろんな議論はあるけれど、今日はその話はしません。”

”原爆を使用する正当な理由があった”、”原爆が使用されていなければ戦争は長引きさらに多くの命が失われていた”。私はこのような意見は日本では聞いたことがありませんでした。今回はこの意見を聞くのは初めてではなかったけれど、留学を始めた当初こんな意見があることに私は驚きました。日本では原爆は”悪”だと学んできたから、こんな意見があったことを想像もできませんでした。

 

教授は続けます。

”私が今回みんなに読んでもらった本を選んだのには理由がある。まずはもちろん、とても良く書かれているからだけれども、一番の理由は題名です。’Hiroshima: the world’s bomb’ (広島:世界の爆弾) 。原爆は確かにアメリカで開発され、アメリカ軍によって使用されましたが、実は”アメリカのもの”とも言えないのです。なぜなら、世界中の科学者達が開発に関わっていたからです。”

20世紀始め、科学の中心は英国とフランスからドイツへ変わりつつあった。そして特に物理の世界で注目を集めていたのが量子力学。原子の世界を解明すべく、多くの科学者が自らの研究に情熱を注いでいた。自分の好奇心を満足させるため、真実を解明するためのはずだった科学が、だんだん国のため、政府のためになり、いつしか科学は兵器の発展にも欠かせなくなった。そして、第二次世界大戦とナチスドイツの権力の拡大でドイツやその周辺の国々の優秀な科学者たちはアメリカへ逃げることになる。そのおかげでアメリカの大学は大きく発展をし、原爆開発にもヨーロッパ各国からの科学者が集まった。

原爆とアメリカをいつも結びつけて考えていた私には、とても新しい考えでした。そして、ナチスの権力の拡大があったからこそ、今”世界トップ”とも言われるアメリカの大学が存在するという、なんだか皮肉な歴史。

 

原爆の開発、そして投下について話し終えた教授の締めの言葉、

”そして、9月2日に日本は降伏しました。”

9月2日?終戦、玉音放送は8月15日、と覚えていた私は”教授!日にちが間違っています!”と言い出したかったのですが、歴史についての知識ははるかに私をこえる教授が間違っているはずが無いと思いなおし、黙って考えてみました。よく考えてみると、日本の降伏を国民に知らせたのは8月15日でも、実際国同士で正式な書名をしたのが9月2日なのではないかという考えにいたりました。授業後調べてみるとその通りで、国によって第二次世界大戦の終戦は違う日が記念日となっていることがわかりました。

 

しばしば日本のニュースでは中国や韓国の歴史の教科書の内容が報道されまずが、その他の国ではどのように歴史が教えられているか、考えたこともありませんでした。視点を変えただけで、こんなにも歴史の見え方が違うことに驚きました。”日本はアメリカの敵国”と考えたら、もし”様々な国が共同で開発した原爆”と習っていたら、私がアメリカの教室で感じる”心のチクリ”はどう違っていたのだろうか?”視野を広める”とはどういう意味か、改めて感じさせられました。

 

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”政治家”も悪くない?

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あと少し、あと少し!

そんな気持ちで今週を乗り越えて来ました柚子です。

そして今日からいよいよ春休みーー!!心が急に軽くなりました。

今週ば木、金と試験があり、フランス語のエッセーがあり、いつもの宿題もあり…。先週末あたりから授業のために読まなくてはいけないものを、あきらめざる終えない状況になっていたので、いつも以上にやらなくてはいけないことが多くて…。しかし、逆に言えば今週さえ終われば”終わった!”という達成感にさらに”春休み”という喜びが組み合わさる訳ですから、もう本当に今は開放された気持ちです。特にフランス語で800語のエッセーを書いたことに達成感を感じました。

さて、先週からサマータイムになり、日本時間に一時間近くなりました。おかげで夜は19時半まで明るいです。しかし気温は相変わらず…氷点下~10℃の範囲。今日行った講演の講演者は”まあ、ニューイングランドの”春”に久しぶりに歓迎されたわ!”なんというジョークで話を始めていました。

 

ニューイングランドの”春”(蕾の気配すらなく、写真右下には雪も残ってる…)

 

講演というと、月曜日にブラウンにDavid Cameronさんが来ました。そう、前英国首相のキャメロンさん!こんな方も呼べるのかと驚く同時に、ブラウンで経験できるものの豊富さに改めて気が付かされました。

 

(ブラウン大学の記事↓)

https://news.brown.edu/articles/2017/03/cameron

(学生新聞の記事↓)

David Cameron discusses international rise of populism

 

さすがに知られた人物とあって、セキュリティーも警戒態勢。事前申し込みのチケット制(無料)だったにも関わらず、会場には一時間前から長蛇の列ができていました。会場は満杯、ブラウンの学校長に紹介され、いよいよキャメロンさん登場!

話の内容は、現在の世界情勢を受けてここからどう進むか?というのがテーマだったのですが、私が今回の講演で一番印象に残ったのは、とにかく話が上手だったことです。今までブラウンでいろんな方々の講演へ行きましたが、講演者の多くは教授。内容はすばらしくとも、目的は”研究の内容を観客に伝える”ことのため、話が上手いとは限りません。しかし、さすがは政治家。”話すこと”が職業なことだけあって、スピーチの構成、声の大きさ、姿勢、どれも参考にしたくなりました。

 

まずは会場をジョークで沸かせます。それもどれも”ブラウンの生徒”という観客に合わせた、良く事前に調べたことが伝わってくるジョーク。”ロードアイランド州が英国から独立を宣言した一番最初の州であり、一番最初に英国へ攻撃を始めたことを忘れた訳では無い”、と面白ろおかしく言ってみたり、ブラウンの伝説の教授Josiah Carberry に触れてみたり、そしてもちろんトランプ氏についてもジョークを飛ばしました。

”いやー、おかげでもうトランプ氏の会話の盗聴を聞かなくてすむよ。-もちろん冗談ですけどね。”

最近、オバマさんがトランプさんを盗聴していたのでないか?というニュースがあったこともあり、この発言は会場を一瞬どよめかせ、さらにはニュースにも取り上げられました。真実は…?

(この発言を取り上げた記事↓)

http://www.telegraph.co.uk/news/2017/03/21/david-cameron-jokes-doesnt-have-hear-donald-trump-wiretaps-anymore/

 

先週末は雪道をハイキング!途中で始まった雪合戦。

 

会場の好感を得たところで、もっと真剣な内容に入ります。”私はこれからの世界情勢に大事なことは主に3点あると思う。だから今日の話ではこれらを掘り下げて行こう。”お見事。なんともシンプルに今日は何を話すのか、まとめてみました。それからは英国女王やロシアのプーチン大統領とのエピソードを交えながら、グローバル化が進むこれからの世界に必要だと思うことを話してくださりました。

 

最後はブラウンの学校長との対談形式。事前に生徒や教授から集められた質問で質疑応答が行われました。イベントは17時までだったのですが、もうまもなく17時というときに学校長が最後にした質問。

”生徒の多くはあまり政治家になることを志望しないのですが、政治に関わるべきでしょうか?”

最後の質問に、キャメロンさんは”これには立ち上がって答えないと!”と勢い良く立ち上がり、ステージの中央で生徒に向かって話し始めました。”まあ、政治人生が50で終わってしまった私にアドバイスを聞くのはどうかと思うけど。”とまた観客の笑いをとりながら、政治家になることがいかに大事か、特になぜ今、政治家になるのが大切なのか、熱く語ってくださりました。”’政治家かなんて…’と思っている自分を捨てて、何か自分ではなく、周りの人のために何かするんだ。”

今まで、”国のためにはなりたいけれど、政治家にだけはなりたくない”と思っていた私でしたが、キャメロンさんの話を聞いて少し”政治家も悪くないかな?”と思ってしまいました。人前で話すこと好きだし、日本のためになりたいし…。どうせ政治家なんて結局は自分の名誉のためにやっているんだろう、と思っていましたが、キャメロンさんは本当にこの職業が好きでやっているんだな、ということが伝わってきて、少し考えが変わりました。

講演後、こう思ったことを友達に話すと”それは政治家だから、人を納得させるのが上手いだけよ”

なるほど。話の上手さに、私もキャメロンさんの意見に納得させられてしまいました。でもたしかに、前よりは少し政治家に対して良い印象をもてるようになりました。

 

夕食の列に並んでいるとき、前の人たちがこの講演について話してみました。

”ジョークすごく良かったね。でも…”

”たぶんブラウン生の多くは、キャメロンさんの保守的な考え方に違和感を覚えるんだろうね。”

”なんだか質問どれもやさしいものばかりだったね。もっと鋭く聞けたよね。”

さすがはブラウン生、評価が厳しい。”わあ、すごい!”とだけ思ってしまった私は、まだまだ”critical thinking”がなってないのかな?

 

人類学の授業で使用した化石の模型。中央は有名な”ルーシー”の骨。

 

さーーーて、春休みです!”アメリカの大学の春休み”というと、フロリダや南米のビーチに行ったり、というイメージが強いですが、イメージ通り学期中にある休みとしては一番長いため、友達同士で旅行するなんて人も多いです。私が今年は日本からの友達とニューヨークへ行ってきます!

 

日本では新年度が始まりますね。桜も咲いているそうですね。フレッシュなスタートを切る方もいらっしゃるのではないでしょうか?

こちらはまだ少し寒さが続きそうですが、春休み楽しんできます!

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Snow Dayになるまで

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図書館のパソコンでの勉強中…

”グー”

隣の子がいびきをかいて寝ている。それも椅子に寄りかかり、顔を上に向け、口も開けた状態で。勉強中に疲れて寝てしまったのだろう、と思ったが、その子の前には何も勉強道具は見当たらず、パソコンも画面は暗いまま。寝るために部屋へ戻る時間は無いのかな?と割り切っていびきを無視した。

斜め左向かいの子は平日なのになぜかスーツとネクタイという姿で勉強している。長い時間いるようだけれど、着替える時間は無かったのだろうか?となりでいびきをかいている子とは印象が正反対だ。斜め右向かいには図書館と自分のノートパソコンの両方を見つめる子が。何だかオフィスで働いている人のように、器用に両方のパソコンを操作しながら何かしている。その間に隣の子は起きて席を立ち、コーラとお菓子を買ってきてパソコンの電源を入れた。

何だかいろんな人がいるんだなと、最近図書館で勉強するようになった私が感じたひと時でした。

 

相変わらす宿題に追われる毎日ですが、今週はなんと日本人の高校生が3人も大学見学にブラウンにいらしてくださりました!ブラ熊の読者の方々も、もしプロビデンスを訪れることがございましたら、ぜひぜひお声かけてくださいね。学生の方は宿泊、授業の潜入に関してもできるかぎりご協力させていただきます!

 

さて、本題に入りましょう。先日はまたSnow Dayと言って、大雪の予報があったため学校が休みになりました。おかげで溜まってた宿題にも追いつける!…はずだったのですがそうも行きませんでした。勉強熱心なブラウンの学生ですが、それでも学生にとって突然学校が休みになるということはうれしいことです。今日は、正式にSnow Dayと発表されて学校が休みになるまでのブラウンの様子を紹介します!

 

3月12日午後1時50分。

ミーティングへ向かう道中で、友達に会った。すると彼はこう言う

”火曜日、雪すごいらしいよ。”

え?そんなにすごいの?と天気予報を確認してみると、なんと30cm以上の積雪の予報!風も強くて、吹雪になるという内容だった。このようにして、みんなが少しずつ雪の予報について知り、これは学校休みになるかな?と期待が膨らみ始めた。

 

ブラウンではこうなると、学校側にSnow Day を願うキャンペーンが始まります。そう、キャンペーン。ブラウンの学生の中でこれは恒例イベントになっていて、少しでも雪がすごそうな予報が出ると始まります。具体的に何を行うかと言うと、いつもSnow Dayにに関する判断をするRussell Careyさんへ”学生達にSnow Day を!”と訴えます。FBページやイベントが作成されたり、学生の代表が直接メールをしたりと、結構いろいろあるんです(笑)

おかげ様でRussell Careyは”学生達にSnow Dayを与えるヒーロー”的な存在になっています。

 

FBで見つけたミーム。”私達は彼の助けを受けるのには値しないが、私達には必要だったヒーロー”(下は合成写真)

 

今回の場合はFBページとイベント、さらには書名集めが始まりました。

 

FBイベント。”文化のためにSnow Dayを!”

 

サイトを使っての書名。

 

するとFBページにとなりの美大RISDの生徒からコメントが…。

 

Aさん: おい、お前らブラウンの生徒!一ヶ月半の冬休み終えたばかりじゃないか!(RISDはその期間に授業があり、冬休みは短い)RISDの私達はあなた達のバカバカしさには付き合ってられないわ。

するとブラウンの生徒は

Bさん:私たちもSnow Day が与えられなかったRISDの仲間達のために協力するから!いじけた態度取らないで。

それに対し、

Aさん:もう、マジで君たち甘やかされすぎだよ。お前らガンの治療法見つけたりしなきゃいけないんじゃないの?Snow Dayなんてとってられないはずよ!

Bさん:ブラウンはBauhaus式(ドイツの思想)じゃないからね。でもあなた達は常に私達よりクールで美しくあり続けるわ

Aさん:(何か満足できてなさそうな顔の絵文字×2)

確かに、冬休みが2週間ぐらいしかなかった身からすればとんでもないことでしょう。

 

今回は嵐になることが予報から明らかだったため、前日の月曜日の午後2時にはSnow Day が発表され(おとなりのRISDも)、めでたしめでたし、ということになりましたが、いつもそうとも限りません。例えば、去年は何度も生徒の代表がメールで交渉したものの、Snow Day にならなかったこともありました。

 

さて、しかしこんな生徒が騒いだところでSnow Dayの決断をするのに影響を与えることはあるのか?ブラウン大学の新聞が運営しているブログによると、もちろんこんなのは影響しないらしいです。つまりは生徒の自己満足ってことです(笑)しかしこんなくだらないメールもちゃんと返してくれるRussell Careyさんもユーモアをお持ちなようで。

(本人とのインタビュー記事↓)

A conversation with campus celebrity Russell C. Carey

 

ということで以上、将来世界を変えたい!と思っているようなブラウンの学生達が、全く効果の無い、しょうもないことに熱心になる姿をお届けしました。みんな心はまだ子供?ってことですかね?(笑)

 

P.S.Snow Day当日はお昼頃から雪が雨に変わり、結局30cm雪が積もるようなことにはなりませんでした。そろそろプロビデンスにも春が来る…かな?

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買わなかったブレスレット

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再び、カンボジアでのこと。

お店でジュースを飲んでいたら、子供の売り子が店内に入ってきました。

 

少年は色とりどりのブレスレットがぶら下がっている棒を両手に持ち、こちらのテーブルに近づき、私たち二人を恥ずかしそうに見てきます。

 

人生初めて見る児童労働に戸惑っている傍、ルームメイトはクメール語で少年に話しかけます。

途中彼女は、私の方を指さし、何やら少年に耳打ち。

 

すると少年は私の方を振り向き、ブレスレットを見せてきました。

 

状況がいまいち理解できていない私に、ルームメイトは説明してくれます。

「この人の方がお金持ってるから、彼女が買ってくれるよ。って伝えといた。あははは」

とのこと。

 

なんというなすりつけでしょう。こういうところが大好きです。

 

ふざけるんじゃないわよ、と私が文句を言っていると、

同じ店にいたイギリス人男性が「買っちゃダメだよ」と注意してきます。

彼はボランティアで半年間カンボジアに滞在しているとのこと。

 

「お金をあげたところで、正しく使われるか分からないし、児童労働を推奨することになるから」と。

 

私も同意します。

数ドルあげたとしても、少年の人生を変えられるわけじゃない。

お金をあげるなんてただの自己満足だよねと。

 

黙ってもじもじしていた少年は、しばらく立ち止まっていたあと、

収穫が見込めないお店を出て行きました。

 

ーーーー

 

夜、ルームメイトが聞いてきました。

「なんで買わなかったの。」と。

 

君も買わなかったじゃないかーいとツッコミそうになりますが、彼女は私を咎めているのではなく純粋に理由が知りたいと分かっているので私は答えます。

お店にいたボランティアのイギリス人男性と同じ理論よ、と。

 

7歳の少年にお金をあげたところで、所詮、親の手元にいく。

小さい子供を道に出して働かせるような親に、正しいお金の使い道がわかるか不明。

それなら、団体に寄付した方が、効果的にお金が使われる。

 

ルームメイトは、言います。

「さっきの少年、教育を受けたいんだって。」と。

 

私は言い返します。

「親にそう言え、って指示されただけでしょ。同情されるように」

 

ルームメイトは黙ったあと、言いました。

 

「うちのお母さんは、あの少年みたいに9歳から道端で働いていて、それで教育を受けられた。で、いま病院で働けている。

 

いつも私たちはさ、お金が正しく使われないんじゃないか、って考えるよね

例えばあの少年が教育にじゃなくて薬物に使うとする。お菓子を買うのかもしれない。もしかしたら靴に使うのかもしれない。で、私たちは思うわけよ。すでに靴を履いているんだからそれで十分だろうに。新しいのを買うなんて無駄遣いだ。あの人たちはお金の使い道を理解していない。やっぱり、お金あげる価値がなかったって。」

 

「でもさ。」

彼女は言います。

「少年が教育のために使うお金で、お菓子を買ったとする。

それって本当に、無駄遣いなのかな?」

 

「何が必要で、何が必要じゃないかを判断してさ。常に他人を「正そう」とする。純粋にあの少年は、私たちが経験した普通の子供時代を送りたいだけなのかもしれないのにね。

お菓子食べて、綺麗な靴を履いて。あるいは本当に、教育を受けるために働いていたのかもよ。

 

団体に寄付したところで、実際にさっきの少年にいくかって、いかないんだよね。

せっかく寄付したお金も、ほとんどが組織の闇に消えるのよ。」

 

ふむ。

そもそも私は、目の前の少年にお金をあげなかったからって、代わりに団体に寄付をするのか?

恐らく、しない。

 

自分たちは無駄なものを日々買いながら、他人のお金の使い道を厳しく批難する。

 

「いつから私たちはこんなケチになっちゃったんだろうね。」

彼女は言いました。

 

“Sometimes we forget what we have.”

「たまに忘れちゃうよね。自分たちが持っているものを。」

 

ブレスレット。棒にぶら下がっているのを全部買っても10ドルかからなかったでしょう。

自己満足だ、何に使うかわからない、とかなんとか言っているより、大事なのはもっている人があげるという心の余裕なのかもしれないですね。

 

何が正しいんですかね。

 

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”ネイティブ”なはずなのに…

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どうも、柚子です。

いつもは11時半、遅くとも12時には寝る私ですが、最近は11時半まで宿題をやる日々が続いています。(これでも大学生にしては大分寝るのが早いみたいですが…)お蔭様で(?)もう机の上はぐちゃぐちゃ….。この写真の左側にあるベットの上も机の延長として使ってしまう始末です。

 

必要の無いものばかり出てる…お母さんに怒られそう….。

 

大雪についてお知らせして、先日20℃まで気温が上がったと思いきや、今度はまた氷点下で風がピューピュー吹いたり…。今日は風が強いだけだけれど、明日は雪の予報ともう何だか分からない天気が続いています。そんなこともあってか先週は体調を崩しました。今回はそのときに感じた、言語の壁についてお伝えします。

 

私は4歳のときに渡米して英語漬けになり、6歳の頃には流暢に話せるようになった。学校の勉強も、友達との会話はもちろん、買い物に行ったときの店員の話など、理解するのに苦労することは無くなった。“Native speaker””幼い頃にその言語を取得した者”をさすらしいから、私は英語の”ネイティブ”だと言えると思う。実際レジュメにもそう書いてみた。家族には”弾丸トーク”と言われ、英語を(日本語も…)話すのが早すぎるから落ち着けといわれる。今はアメリカの大学に通い、日々名の知れた哲学者や科学者が書いた文章を英語で読み、授業ではその内容についてのディスカッションに積極的に参加している。

しかし、こんな私でも、未だに言語の壁を感じることがある。それは病院でのこと。

先日ちょっと具合が悪くなった。腹痛と頭痛があって熱っぽい。ルームメイトもインフルの病み上がり、ということもありBrown Health Servicesに電話してみた。Brown Health Services はキャンパス内にある診療所。アメリカにいると医療費が心配だが、大学の保険のプランに加入している私は少なくともここは医療費のことを心配せずに診察や治療を受けられることは分かっている。緊急時以外は予約を取ってから診察を受けるシステムになっている。

 

相手が電話を出て、何の症状で診察を受けたいのか聞いてきた。

私:”I have a stomachache”

(お腹が痛いんです)

相手:”OK, so you’re coming in with abdominal pain”

 (腹痛で診察を受けたいのね)

(私:アブドミ…はぁ???)

私:”Sorry?”

(すみません、今何と?)←電話越しで良く聞えなかったふり

相手:”Abdominal pain”

(腹痛でしょ?)

(私:abdomen=腹部、abdominal pain→腹痛、のはずだ!)

私:”Oh, yes”

(あ、はい。そうです。)

 

この会話のように、Health Services に電話するときは何度が聞えなかったふりして聞き返す。ブラウン生なら知って当たり前なのかもしれないけれど、滅多にアメリカで診察を受けず、身体の部位を学ぶような授業も取ったこと無い私には分からない言葉が多い。例えば去年腰を痛めた際、”どこが痛いの?○○は大丈夫?”など、いろんな身体や骨の部位の名前を言われたけれど、全然分からなかった。

 

私:”I have a headache and a bit of fever as well”

(頭痛と、ちょっと熱もあるんです)

相手:”OK, so you have a headache and a fever”

(なるほど、頭痛と熱があるのね)

(私:微熱って一体何て言えばいいんだろう…?)

相手:”Come in at 5pm”

(じゃあ5時に来てちょうだい)

何だか会話は腹痛よりも、頭痛と熱の方が中心かのような雰囲気で終わってしまった。

 

さあ、いざ診察へ…行く前に、いくつか考えなければいけないことがある。まずは熱。私が日本から持ってきた体温計は摂氏(℃)表示、だがアメリカでは華氏(°F)表示。スマホを使って37.5℃を99.5°Fに変換。アメリカは単位が違うから本当に困る。身長も体重も、スマホなければパッと答えることができない。

次に、痛みをどう表現するか考えてみた。思い浮かぶのは”キリキリ痛い”というどうしようもなく日本語的な表現。日本語は本当に擬態語、擬声語共に豊富だから、日常生活でもいろんな感触を表現しようと思うときに困る。”ズキズキする”だったら”throbbing”だろうし、もう本当に痛いなら”stabbing pain”だろうし….。そんなことを考えているうちにBrown Health Services に着いてしまった。

 

友達に急に誘われ、体調を崩す前はバスで20分ぐらいのところへハイクに行きました。”DANGER!”という標識を無視して急斜面を下りました…。

 

診察が始まった。電話で感じた予感は当たって

看護師:”So, you’re coming in for a headache?”

(頭痛があって今日は来たのよね?)

とまず聞かれた。一番最初の症状は腹痛だったし、熱もちょっとあるから

私:”Yes, but more because of the stomachache. And I also have a bit of fever. Around 99.5″

(はい、でも腹痛の方が辛くて…。そして99.5の熱がちょっとありました)

早速準備してきた情報を利用。

看護師:”OK. Well, it really isn’t a fever until 100.5, but I guess that’s enough to bother you”

(そう。まあ100.5まで熱とは言わないけれど、まあ具合が悪くなるには充分わね)

100.5°Fって一体どれぐらいだろう?”微熱”の表現こんなんで良いんかい。とか、いろいろ思いながら診察は進んだ。幸いなことに、看護師は質問をするたびに、いくつか選択肢をくれる。例えば、

看護師:”How often is you pain?”

(痛みはどれぐらいの頻度であるの?)

看護師:”Is it constant, or it kind of comes and goes, or it hurts when you do something or…”

(ずっとなの?それとも痛かったり痛くなかったり?それとも何かすると痛むとか…?)

こんな選択肢のおかげで、どうにか自分の症状は理解してもらえた。でもやっぱり、自分の言葉で伝えられなかった。選択肢をくれなかったら、私はきっと黙りこんでしまうのだろう。

 

 

看護師:”OK. So it doesn’t seem to be anything serious yet. I’ll say you take acetaminophen for now”

(今のところは何も深刻なものでは無さそうね。 acetaminophenを飲んで様子見てみて)

(私:アセタミノはぁ?)

私:”OK.”(はい)

看護師:”Do you know how much Tylenol to take?”

(どれぐらいタイラノール飲むべきか知ってる?)

(私:アセタミなんちゃらはタイラノールのことか…)

私:”No…” (いいえ)

看護師は特に驚きもせず、丁寧に薬の説明と飲み方の説明が書いてある紙を印刷してくれた。

 

環境学を高校生に教えるプログラムの遠足で、植物園へ行きました。この日の体感気温は-15℃。急いで温室のへ向かっている写真です。

 

アメリカの小学校に通っていたとき、具合が悪くなって早退したことがある。

そのときの私の英語力はまだまだで、先生に何をどうやって言うべきなのか分からなかった。プリントで自習して終わったら先生に確認してもらう、という時間だったので、とりあえず何も持たずに先生の確認を受ける列に並んだ。私の順番が来て、先生に”あれ、プリントは?”みたいな、顔をされたか、聞かれたか覚えていないけれど、そんな気がする。

何を言うかちょっと考えたけど、”気持ち悪い”という英語が分からなかったから、とにかく”I’m cold” と先生に繰り返した。どうにかそれは伝わって、先生に保健室に連れられたけど、保健室で言われたことは何も分からなかった。体温計の数字はもちろん、”ここに横になってなさい”という先生の言葉も何を意味するのかわからず、ベットに座って何かが起きるのを待った。今思うと母は電話越しに、よく”柚子が具合が悪くなって早退する必要があるから迎えに来て欲しい”、と理解できたなと思う。

 

あの頃から私、大して成長してないじゃないか。今でも自分がどう具合が悪いのか、自分の言葉で伝えられない。”どうせアメリカだけだから”って°Fを今でもあまり理解していないけれど、アメリカで生活すつ上でこういうのは大事だと思う。はぁ…もっと医学用語とか、少なくとも病院でよく使うことば、身体の部位、基本の薬ぐらいは覚えないとな…。いくら”英語ができる”と言っても、まだ生活経験が少ないことを改めて思い知らされた。

考えてみれば私の英語力がまだまだなところ、他にもある。例えば数字。10万の桁からよくわからなくなる。日本の人口は120 millionってのは知っているけれど、他の場所の人口など、日本語では知っていても英語で言えない。自分なりに変換したつもりで口に出してみると、大体は多すぎるか少なすぎるかで驚かれる。

なんだか、普段はあまり使わなそうだけれど、とっても大事な英語。今の自分の英語力に満足せずに、これからも日々向上させていかなければ。学問で使う英語、友達との会話で使う英語、ビジネスで使う英語、生活する上で使う英語。いろいろあって違うんだな、と改めて気づかされた出来事でした。

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【お知らせ】三月は別れの時期

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三月に入り、春の気配を感じた桜がちらほら咲き始める頃。日本では今いわゆる”卒業シーズン”、いろんな方が新しい一歩へ向けて一つの節目を迎える時でしょうか。そんな中、”ブラウンの熊たち”も一つの節目を迎えることとなりました。この度、何人かのメンバーが”ブラウン熊たち”としての活動をやめることになりました。これからは貞広貴亜、中川健太、宮脇柚子の三人でブログ中心の活動となります。

長らく”ブラウンの熊たち”を支えてくださった方々はお気付きでしょうが、私達は初期の頃から大分変わりました。人も、活動も、目標も。5年目を迎え、世代も変わり、私達は何をするべきかいろいろと悩み、話し合いました。しかし続ける価値はあると、”続けたい”と思うので、メンバーが減っても細く長く活動を続けていきます。

始めは毎日更新だったブログの更新は週1~2に減ると思います。説明会も、全国を回るような大規模なことはしばらく無いと思います。規模は縮小しても、決して最盛期を終えた流行モノのみたいに”ああ、ブラ熊ももう終わりだね”って言われないように、今まで以上に頑張っていきたいと思います。

 

細く、長く、強く。

蜘蛛の糸はあんなに細いのに、地球上で存在するものの中でトップクラスの強度があるそうです。それを器用に周りのものにくっつけて、一本一本組み合わせて蜘蛛はなんとも見事な巣を完成させます。蜘蛛ほど器用にはできないかもしれないけれど、”ブラウンの熊たち”の活動も、読者の方々など様々な方に支えていただきながら、いつかは見事な何かを完成できるようにしたいです。

 

読者の皆様、改めましていつも”ブラウンの熊たち”を読んでくださり、ありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

また、今回活動をやめるメンバーはブラウンにはまだしばらくいますので、何か質問等ございましたらコメント、メール等お寄せください。さらに、節目を迎えたブラ熊に求めるものなど、何かご意見ございましたらそちらもお寄せください。

 

最後に、今までブログを書いていた5人の方からフォトメッセージです↓


(以下トモキからメッセージ)

僕は元々日本語を書き、他の人にとって有益な情報を提供するためにブラ熊に入りました。ただ、最近は書くことへの意欲よりも他の事に挑戦したり、今関わっている他の課外活動を発展させることへの意欲の方が強くなっていることを実感しているので、この度はブラ熊での活動を休止させていただきます。まだ、”人の役に立ちたい!”という思いは残っているので、聞きたいことがあれば是非ブラ熊の方にメッセージを送っていただければと思います。今までありがとうございました。

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ブラウンでの筆記試験と勉強法

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本日の最高気温は20℃!

…って、あれ?つい数週間前に大雪についてお伝えしたかと思いきや今度は20℃??

そうなんです。先週末頃から急に暖かくなり始めて、昨日、今日と二日連続で20℃(今日は22℃!)となっています。おかげで広場を覆っていた雪もすっかり溶け、道脇にも大きな雪の山が積もっていないのでまたいつものように横断歩道を無視して道路が渡れるようになりました。(ブラウンに来たら分かると思います。もし車でお越しの場合は生徒に注意してください。交通ルール無視して堂々と渡るので…)

日本だと”衣替え”というものがあるので、五月に入ると急にみんな夏っぽい格好をしますが、こちらでは衣替えなんて存在しないので、ここ数日みたいに急に暖かくなるとみんなの服装の変化も激しいです。短パンにTシャツにサングラス。ノースリーブのワンピースにサンダル。広場に座っての日光浴をしながら勉強。春を飛び越して夏に来たようです。

 

天気の良い日はメイングリーンが賑わう。雪もところどころ残っている。

 

おまけに、寮はまだ冬仕様。つまり、”storm window”という窓がもう一層付け足されていて、暖房もついています。窓は開けられるはずなのですが私の部屋は何かが引っかかっていて開かず、暖房は消せるはずなのですがダイヤルを回しても何も変わらず…。仕方なく扇風機を回して耐えています。

 

さて、先週末は四連休だったため今週は学校は3日間だけだったのですが、なんだかとても長く感じました。そして私にとってはまたブラウンで新しいことを経験しました。それは、筆記試験

 

”大統領の日お休みします(トランプのためじゃない!)”というお店の休暇の貼紙。

 

え?ブラウンで筆記試験受けたこと無いの?と思うかもしれませんが、今まで文系の授業ばかり取っていた私は本当に経験したことが無かったのです。確かにフランス語の授業ではありましたが、どちらかと言うと日本で言う”小テスト”に値するものであって、それに言語の試験なのであまり堅苦しい意味での”試験”と思ったことがありませんでした。

しかし、今学期の認知脳科学と人類の進化の授業は筆記試験があり、昨日と今日でそれらを受けてきました。ここ数年、暗記ものなどの試験勉強らしい試験勉強をしていなかったので、どう勉強すれば良いか戸惑いました。西洋式の学校だと、単語を聞いてくるよりも、それが何を意味して何をするかと、ちゃんと理解をできているかを問うことが多いので、脳の図や猿の写真を眺めながら、”一体どこまで細かく覚えなくてはいけないのだろう?”と思いました。

 

週末は野鳥の会の散歩に参加。

 

さて、試験自体はどうだったのかと言うと…。

まずは形式。どちらの試験も選択問題、穴埋め問題、短い記述問題、写真や図を見て答える問題の組み合わせでした。問題形式としては日本の高校のときとあまり変わりませんでしたが、日本で受けてた試験に比べるととても簡単に感じました。(私が良くできたかは分かりませんが…)例えば、認知脳科学の試験時間は80分あるに対して問題数は21問。30分ぐらいで終わってしまう人が多くいました。私も、じっくり見直してかかったのは40分強。ちょっと、あれ?と思ってしまいました。

それに日本のように、問題が見えないように紙を裏にして回して”開始!”の合図で始める、のではなく、テストをもらった人から始める、終わった人から提出して帰る、というとてもゆるい形でした。ちゃんとした机ではなく、机にくっついている机?台?の上の試験であったり、講堂の席での試験だったりで、日本の高校のときみたいに”机にかけるのは正鞄だけでチャックはしめる!”とかいう規則もなく…。教授が”必要ないものはしまって!そしてやっちゃいけないことはやらないように!”と言うだけでした。

問題の内容としてはやはり、記述問題が多めだったり、”○○は~のために対して、××は~に使われる””~”の部分の穴埋めなど、単語の暗記より内容の理解を問うものが日本の高校の試験より多めだった気がします。少なくとも高校の試験のときみたいに細胞の各部の名称の穴埋めとか、そういうのは無かったです。

これはブラウンの生徒はもう基礎知識持っているということが前提で進んでいるだけかもしれませんが…。

確かにブラウンはそこそこな大学なだけあって、どこの高校でもトップの成績だった子たちが集まっています。昨日は”Grade Anxiety”(成績に関する不安)について話すイベントへ行ったのですが、みんなが恐れているのは始めての”B”だったり(アメリカではABC判定。Cまでが”可”)やっぱり優秀な子たちが集まっているんだなと思いました。

よく、”ブラウンに入るにはSAT,TOFELで何点ぐらい必要ですか?”という質問をうけますが、点数が全てでは無いにしろ、いろんな意味で優秀な子たちが集まっているのは確かだと思います。

 

筆記試験が無いからって、他の授業は楽な訳ではありません。大体の授業はエッセーが課題として出されます。Short Essayで大体1,250~1,7500語(5~7 pages)多くの課題は2500語~3750語(10~15 pages)、そしてちゃんとしたresearch paper(研究論文)になると~5,000語(20 pages)ぐらい書きます。参考文献のページを含めると、大体1、2ページはそれに費やすことになりますが…。日本にいたころは300語書いて”結構書いたな私!”と思っていましたが、そんなんではダメだと留学を始めてすぐに気づかされました。

他にもプレゼンや、言語だとオーラルの試験があったりします。今日も私はフランス語のオーラルの試験を受けてきて、内容としては自分で小説を一冊読んで、15分教授に発表する、というものでした。

 

“Duck Walk”だったので、もちろん鴨を見ました。

 

日本の高校と、全然勉強法が違うので友達に”一日何時間勉強するの?”と聞かれると困ります。授業に向けて文章を読むのは含むのか?エッセーの内容を考える時間、図書館で資料を探す時間は含むのか?よくわかりません。ブラウンの授業のシラバスには必ず“expected coursework”と言って、その授業にどれぐらいの時間を費やす必要があるかという予測が書かれているのですが、大体の授業は週に10時間(授業時間を含む)となっています。大体の授業は週に3時間授業があって、一学期4教科とったとすると、単純計算で週に28時間授業外で勉強することになります。これはあくまで多くの授業で、コンピューターサイエンス等、週20時間以上授業外で費やす必要があると噂を聞く授業もありますが…。さらに、課外活動や食事の時間、寝る時間、イベントに行く時間、いろいろ加えていくと、ブラウン生の忙しさがどのようなものなのか、想像つくかもしれません。

 

高校のときにどの教科でもひたすら赤シートで隠して覚えたのは確かに今でも役に立っていると思うけれど… 今は全部覚えなくて良くてよかったとほっとしてしまう私がいます。重要なのは、いろんな人の主張や考え方を理解して、それらを使って自分の考えをまとめ、教授に伝わるように書く。結局は”覚える”ということなのかもしれないけれど、”暗記”とは少し違う気がします。いつかのブログに書いたかもしれませんが、(高校生には?)分かりやすく言うと、留学してから今まで赤シートで隠していたところ(単語)ではなく、隠していなかったところ(意味、説明)を試験で問われるようになりました。暗記するには膨大な量で無理なので、理解して、聞かれたときは自分の言葉で説明できるように勉強します。

暗記を否定するつもりはありませんが、少なくとも私にとってはこういう、”暗記じゃなくて理解する”という勉強方法が合っている気がします。今思うと高校の時に、地理の試験が良くできたのは、地理は読み取りと記述の問題が多かったからかもしれません。

人によって、合う勉強法ってあると思います。もしこのブログに書いてあるの勉強法の方が合うかも!と思った方は是非、アメリカなり、イギリスなり、どこかこういう教育が受けられるところに行ってみてください。

 

※追記:試験の難易度は教授によって異なるので、今回のように早く終わってしまうこともあればとても時間が足りないものもあるようです。

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