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「ブラ熊」と向き合うこと

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こんにちは、メイです。

 

日曜日にキアさんがアナウンスした通り、来週からは今までと少し違った形で記事が更新されていきます。「とりあえず何でもええで」がテーマとなる記事はしばらくの間今週が最後になります。

 

何について書きましょう。

 

………。

 

いきなりですがカミングアウトします(笑)

 

実は毎週記事を書く(書いてないけど)前に、わたしはいつもノートに手書きで書く内容を固めています。思い付きで書こうとすると終わりが見えなくなってしまい、途中自分で何が書きたいか分からなくなることが多いので。学校のペーパーのようにアウトラインを決めてからパソコンに向かっているのですが…

 

「メイの記事は、筋が通っているけど淡々としている。」

 

だいぶ端折りましたがこのようなことを某ブラ熊メンバーからアドバイスとしていただきました。

 

なので。今週はノートを捨てました。

 

本当に思い付きで書いていったらどうなるのか、実験です。

 

***

 

今年でついにブラ熊は発足当時のメンバーを総入れ替えさせて、新体制に。

これから先、ブラ熊をどうして行きたいか。

 

うーーーーーーん。

 

発足当初のメンバーへの憧れが強い分、個人的にはどうにかしてそれを引き継ぎたいと思うばかりで、去年一年は過ぎていきました。だけど結局、私と「あの方々」は違う人なわけだし、経験してきた事も違うし、それは無茶な話なわけで。「自分の個性を生かせばいいんだよ」という綺麗だけど聞き飽きたセリフは、意外にも実現にはとてもじゃないけど難しいことを身に染みて感じました。

 

 

 

どうしても、発足当初のあのブラ熊が自分の中では強く残っていて、背を向けることはできても完全にポイっとはできない。自分も数年後、いや、去年から見てだと一年後。つまり今。先輩方のようにたくましく、頼もしく、どこかカリスマ性のある人間でいたいとずっと思っていた。

 

でもしばらくブラ熊から物理的な距離を置いて、(記事書かないで)、夏休みが明けて、こっちに戻ってみると、あー自分は甘えていただけだったんだなとすっと思えるようになっていた。先輩への憧れが強すぎたんじゃない。自分について考えることが面倒なだけだったんだ、と。毎週ブログを書きながら、日々の大学生活と自分について振り返る機会を重ねていく内に、その大変さと労力の多さに怖気付いて、「憧れ」にすがっていただけだった。でももう、すがるものは何もない。良く言えば、「自分の個性を生かす」がもっとドロドロして、もっとリアルなものになりうるチャンスがある。ドロドロドロドロ。

 

 

前に誰かが言っていた(気がする)ように、発足当初の代が原色なら、今の代は混合色。その話自体が出ていたのがちょっと前の事だから、きっと今年の代は混合色どころか、絵具以外の何かが混ざっていそう。でもそれがキラキラのラメかもしれないし、ただの水かもしれない。それこそまさに私達次第。

 

一人のメンバーとして…ブラ熊とは。

 

 

自分について考えさせてくれる場所というより、

自分について考える大変さを教えてくれた場所。

 

 

綺麗なものを追い求めるには、まずドロドロさんとお友達にならなくてはいけないよ、と叱ってくれた場所。

 

私は、発足当初のメンバーとは違う。

 

直接日本から海外の大学に入る術も大変さも知らないし、「これ!!!!!!」という一つのものにパッションを注ぐほどの判断力、決意力がまだない。もう2年生だけど、まだ2年生だから、色々な事に目が行き、右往左往の日々を送っている。

 

一言で言えば、「迷子」が個性。

 

そして、この記事を読んでいる方々の中にも「迷子」がいるかもしれないし、「元迷子」の方もいるかもしれない。もしかすると「迷子予備軍」も。きっと誰もが通る道で、私は今まさに「迷子」の道を突き進んでいる。

 

みなさんと一緒に、「迷える」者でありたい。

 

これが、今年一年の、個人的なテーマ。です。

ちょっとジブリのキャッチコピーっぽいですけど。メイだけに。

 

***

 

というわけで、ブラ熊全体としての新たなる章が開幕される前に、自分の心持をただつらつらと書いてみました。

 

案外ノートなくても書けそう(?)。

 

それではまた来週!

 

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正直に生きること。

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4年前の夏、瀬戸内海に浮かぶ豊島という小さな島に静かに佇む、ある美術館に訪れたことがある。
それは単なる美術館、単なる建築物、単なる美術鑑賞の場ではなく、
そこに在った芸術は、単なる鑑賞品ではなく。
そこには、確かに、空間の中に宿った命のようなもの。なにかが生きている様だった。
豊島美術館の白く丸い形体は、周りの木々の中に埋もれるように建っている。入り口で、まず靴を脱ぐ。足の裏に感じるひんやりと冷たいコンクリートとその硬さは、その下に在る地が私の身体を常に支えてくれていたことを教えてくれる。一歩一歩がなんだか重い、けれどもゆっくりこの空間の中を歩き続けていたい。空に向かってくり抜かれた2つの円形の穴。それらからは青空が覗き、風が吹き込んで。やがて足元を小刻みに這う水滴は、隣の水滴と、そして又その隣のと。静寂の中。一体化して大きくなったり、分裂して小さくなったりする。これが、この美術館に在るたった一つの作品、内藤礼の「母型」だ。
まだもうちょっとここにいたい、そう思えるなにかがそこにはあった。なにを頭に浮かべればいいかもわからない。この、今まで出会ったことのない感情を理解することができない。でもそこを後にした私は、ふわりとした目に見えないなにかを、身体の芯、ずっと奥にある根っこの部分から感じた。

 

・・・・・

 

見慣れた景色、会い慣れた人々、やり慣れた物事と共に、
私たちは日々のルーティーンを過ごしている。
ブラウンに4年前入学した時、既に6年間をアメリカで過ごしていた私は、自分のことを「留学生」と呼ぶことに違和感を感じ始めていた。英語も難なく喋ることができたし、アメリカの文化や教育システムも十分理解していたし、日々の勉強量は高校時代のものに比べると余裕があるとも思っていた。だから私にとってのブラウン生活は、サバイバルでも、ドラマチックな日々でもなかった。
一日一日が、一つずつそれぞれの輪郭を描くのではなく、それらは「毎日」という一つのバケツの中に入れられて、「日常」という名の大きな塊りになっていく。とっても静かに、流れるように過ぎていく毎日。
風とか、空気とか、影とか、光とか。
そういうものと、自分の毎日が一体化して、流れて消える、そんな感じ。

 

学生として日々学校に通うことも、社会人として日々会社に勤めることも、
受験生として日々勉学に励むことも、就活生として日々面接官と会話することも、
いつかは新鮮さを失い、やがてひとつのルーティーンになっていく。
面倒くさいことも、つまらないことも、飽きてしまうこともきっとあるだろう。
私のブラウン生活も、そのようなものだった。
朝起きて、支度。学校へ行く。
授業を聞く。図書館に行って、課題をする。
友人と言葉を交わす。家に帰って、ご飯を作る。
時々、週末には誰かと外食をしたりお酒を飲んだりして何かについて語る日もあったけれど、それも回数を重ねるうちに日常の一部になっていた。

 

でもある時から、何気ないことに気を向け始めていた。毎日の中に、ふと姿を現わすなにか。
授業で学んだ新しいことや、
自宅への帰路で目にしたなにかや、
友人が口にした言葉や。
それらが、自分の中で静かに感情を生み出していること。それをきっかけに、考え、何かに気づけること。そしてそれは、日常の中に潜む非日常は、目の前になるその何かと、その誰かと、真摯に向き合った先にあること。
服についたシワの一つ、部屋のカーペットに映し出されたブラインドの影、水道の蛇口から落ちる水滴が刻むリズムすらをも。私の中になにかを芽生えさせる。

 

自分がするべきこと、自分が求められていること、
それよりも、自分と自分の目の前にある何か、目の前にいる誰かとの対話。
周囲にどう感じて欲しいか、
それよりも、自分自身がなにをしたくて、言いたくて、描きたくて、伝えたいのか。
ルーティーンを作り上げる一つ一つになにかの意義を見出したい。
意味がなさそうに見えて、何事からも必ず自分が感じることはあるはずだ。

 

そう思わせてくれたのは、紛れもなくブラウンの熊たちだった。

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・・・・・

 

豊島美術館の、あの空間に包まれていた私は、なんだか周りにあるすべてのものがとても尊いものであるという錯覚に陥っていたような気がする。いや、あの時に感じた尊さは、本当に錯覚と呼べるものだったのだろうか。4年前、あの場に住む何か磁石のようなものに惹きつけられて、その力が、一体なんだったのか、この4年間を経験せずには理解できていなかっただろう。

 

自分が何処にいるとか、誰といるとか、
そういう外的要因をすべて取っ払って目の前に在るものと純粋に向き合って。
あの空間が切り取ってくれた毎日の美しさ、日常の中にある非日常、それを目にした時に自分の中に芽生えた感情を、たとえそれが一瞬で消えるなにかだったとしても、信じることができて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が今、自分として生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな気がした。

 

・・・・・

 

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その瞬間に、何かが自分の中で生まれる。
カタカタと動き出したなにかが、ふんわりと匂いを香らせるなにかが、
煙のようにもくもくと自分の中を少しずつ息苦しくさせながらも。

 

だから私はこの先も、自分の感じるものに対して、正直に生きていきたい。

 

無論、常に正直でいると、とても生きづらい世の中だ。きっとこの先、そう生きることで、真っ直ぐ走っては壁にぶつかって、起き上がって再び走り出した先には又壁があるのだろう。でも、それでも、私はやっぱり、何事に対しても、いつも真正面から向き合っていきたい。それに対して肌で感じる何かと。一瞬に生まれ、消え去ってしまうかもしれない感情と。何十回、何百回言っても伝わりきらないくらい大きな気持ちとも、些細な小さな気持ちとも、全部。そのまま、誠実に対話することが、その先にある何かに繋がるのだと信じたい。
自分の中に在る感情や気づきを表す言葉を何度も口にするとその重みがなくなる、とよく人は言うけれど、回数を重ねたって量が増えたって、言い過ぎのことなんてきっとない。

 

 

 

 

 

だから今、最後の記事を書きながら思ったことを、ここに綴らせてください。

 

 

 

 

 

 

 

4年間、私のブログを読んでくださった皆様、ありがとうございます。
そして。

 

ありがとう、ブラ熊。

 

 

 

 

 

2016年6月6日
小高かの子

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帰国子女のホンネ

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こんにちは、メイです。

情けない話ですが、実は昨日滅多にしない料理のお手伝いをしていたら、大惨事が起こりました(泣)というのも、甘辛ピーマンと言う大きい獅子唐のようなピーマンの種取りを素手で行った結果、辛味成分であるカプサイシンによって手全体がやられてしまいました!!!

 

 SONY DSC

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こやつにやられました…。

 

ブログを書くにも手が痛すぎて書けず、あまりの痛さに今朝の4時までずっと氷水に手をつけていました、とほほ。幸いなことに午後からやっと痛みが引いてきたので、ブログ更新とさせていただいています!柚子、代わってくれてありがとう!!!みなさんも甘辛ピーマンには気を付けて下さいね!

 

今週は、今まで書こうと思ってなかなか書く時間がなかった事について話します!少し長くなりますがお付き合いいただけると嬉しいです。

 

***

 

“Why Brown?”

「あなたはなぜブラウン大学を選んだのですか?」

 

この質問、何回聞かれたことか。そして、何回答えをはぐらかしてきたことか…。

いやいやいや、答えはぐらかしながら良くブラウン大学に受かったな。いや本当そうです。こう言われても仕方ありません。

 

「日本を出て世界を見てみたい。学部などに縛られずリベラル・アーツの学校で好きな事をやりたい。自分の力が世界で通用するのか試したい。」

 

どれも答えになりそうなもので、しっくり来ない。

 

そうやってグルグルグルグルと考えながら、私はちょうど去年の今頃、今自分が面と向かっているパソコンと同じ画面とにらめっこしていました。

 

たかが200字。されど200字。

どうしても、ブラウンに行きたい!という自分なりの理由が絞っても絞っても出てきませんでした。

 

あれ?そもそも自分何でアメリカの大学受けようと思ったんだっけ?なんで日本飛び出してアメリカの高校に来たんだっけ?

 

話をさらに二年前に戻しましょう。

 

***

 

高校一年の冬、まだ日本の高校に通っていた頃。

 

帰り道に母から一本の電話が入りました。

「今学校から電話が来たんだけど、合格だって!セントポールズ行けるって!」

という内容でした。

 

「わかった、ありがとう。」

 

その時何て言ったかははっきり覚えていないけれど、きっとこのように大声を出して喜ぶこともなく、涙を流すこともなく、けれど頭の中を真っ白にしながら返事をしたのでしょう。

 

とりあえず電話を切って自転車を家まで漕ぎ始めました。

 

「しまった、とんでもないことになってしまった。」

冬の風を切りながら内心とても焦りました。当時の私はダメ元で成蹊が提供している留学プログラムに応募していたので、まさか本当にアメリカに行くことになるとは思っていませんでした。

 

無題 (7)

 

正直、今でも留学に対する自分のテキトーなアプローチが後ろめたいです。

小学生時代をイギリスで過ごした私は、中学受験は一般枠で受けたものの、その後は何かと「帰国子女」という自分に無条件で与えられたものを使いたい放題利用していました。中学生になって帰国子女でなければ苦労するであろう英語の勉強に時間を割くこともない。空いた時間は他の科目にまわして勉強したり、部活の練習にあてたり。英検だって、そんな勉強しなくてもとれてしまう。

 

「英語が強みの自分は、いつでも海外に飛べる」

そんな将来への余裕さえ、中学生の自分にはありました。この留学プログラムに受からなくても大学とか大学院で留学できるから大丈夫、と鼻を高くしていました。とりあえず応募してみよう、という中身のない動機は今この記事を読んで下さっている皆様にはお伝えすることがとても恥ずかしいです。

 

なので母から合格の知らせを受け取った時は、喜びというよりも困惑しました。

 

「大学受験はどうすればいいの?」「友達や家族なしでやっていけるの?」「そもそも日本にいた方が自分は幸せなんじゃないの?」

そのような不安に押しつぶされそうになりながらも、わたしはひたすら自転車をこぎ続けました。

 

数日後、わたしはアメリカに行くことに決めました。

「これだ!」という明確な理由を見つけたわけではもなく。考えれば考えるほど、答えは見えなくなり、日に日に考えることに疲れている自分がいた。

 

「だったらオファーを断って、日本に残ればいいじゃん?」

もちろんその道を選ぶことは十分できましたが、当時の自分は留学することに決めました。

 

「このチャンスを手放したくない。」

そう強く願ったのです。

 

「アメリカに行きたい、世界を知りたい!」

というような情熱的な決断でもなく、周りに胸を張って言えるような理由でもありません。たしかに何も考えず応募をしてしまったかもしれない。他の候補者で、目標を高く持ち私より留学に行くべきである人がいるかもしれない。けれどアメリカへの切符を勝ち取ったのは紛れもなくわたしだ。帰国子女という大きなアドバンテージはあるけど、英語以外の成績もトップクラスにしようと日々勉強したり、毎日5時に起きて部活の朝練に向かったり、スタメンを勝ち取ったり。「帰国子女だから」と言われないように他の面で精一杯努力した。その結果が実ってアメリカに行かせてもらえる、こんなチャンス自分から手放したくない!と思うようになっていたのです。

 

***

 

わたしは昔から肝心な時に限って、競争心を失ってしまいます。特に受験生特有のあの緊張感、大嫌いでした。いつも仲良しの子だって、受験の話になればライバルになってしまう。情報収集に有利だからとかいう理由で先輩とか先生と仲良くなる人に対して、いつも疑問を抱いていました。

 

みんな何でそんな必死なのだろう?大学に受かることがそんなに大事なの?

 

そんなモヤモヤした状態で受験に立ち向かいました。

モヤモヤモヤモヤ。

 

「これがそのままブラウンのアプリケーションに書くことが出来ればなぁ。自分の目標や夢が全部モヤモヤしているって。」

そう思いながら何とか200字書き上げました。

 

少し恥ずかしいので全文お見せするわけにはいかないのですが、最後はこうシメました:

 

“I want to go to a school that will allow me to paint my college life with all of these colors, making my own shade of Brown as I go along.”

 

「たくさんの色を使って、自分だけのブラウン色で大学生活を色づけたいです。」

 

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という、ブラウンと色のブラウンをかけた一文でした。200字の中には一つも「目標」や「夢」の言葉やそれ類の話はしませんでした。ただ単に、自分の興味のあることをあげ、それらをごちゃ混ぜにしながら学べる大学に行きたい、と伝えたのです。このエッセイが合格の決め手となったのかは定かではありませんが、モヤモヤしていた自分の素直なメッセージが届いたとわたしは思うようにしています。

 

今思えば、ブラウンは受験期はっきりとした目標のなかった私を受け入れてくれた、唯一の学校ではないのかなと思っています。

 

”Why Brown?”へのちゃんとした答えを出せずにいた中、ブラウンに行こうと決めた理由も心のどこかで自分の居場所はブラウンにあると感じ、高校留学に踏み切った時みたいに、「ブラウンを手放したくない」と願ったからです。

 

***

 

高校でも大学でも、アメリカに留学していると言うと、「凄いね、その決断力尊敬する!」とか「目標や夢があってうらやましい!」とお褒めの言葉をいただきますが、私のように迷子の留学生はいると思います。

 

けれど留学した理由がハッキリしていないからと言って、日々努力していることには変わりありません。むしろ、理由もはっきりしないまま留学のチャンスを手に入れることができたのは周りの応援があってこそで、無駄にはできない、と身が引き締まる思いです。

 

もちろん意味もなく留学に行ったり決断を下すことを勧めているわけではありません。ただ、目標がはっきりしない自分をあまり責める必要もないと思うのです。大事なのは、どのような道を選ぶにしても、自分が全力で立ち向かえる覚悟ができているかどうかだと思います。

昨日、柚子の記事にもありましたがブラ熊のメンバーとして「等身大の生活」を読者の皆さんにお伝えできているかどうかと考えました結果、このようなながーーーい記事になってしまいました!

 

出来ればかっこ良く、「目標高く持って、アメリカ留学なり大学受験なり頑張って来い!!!」と言いたいところなのですが、まずは自分の正直な気持ちを、ブラ熊に入れさせていただいてから3か月間考え抜いた末に書かせていただきました。最後まで読んで下さってありがとうございます(泣)ブラ熊こそ、はじめは迷子状態で踏み込んだものの、今は「手放したくない」と強く思う私にとって大切な存在です。

 

相変わらずまとまりのない記事ですが、ご意見やご感想お待ちしております!!!

 

そしてみなさん、甘辛ピーマンにはご注意を!!!

それではまた来週!

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変わりゆくままに

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どーも。健太です。

 

いきなりですが、告知です。

薄々感づいている方もいらっしゃるかもしれませんが、この度ブログの担当を刷新します。新しい各曜日の担当はこちら。

 

日: キア

月: ケンタ

火: トモキ

水: メイ

木: ユウコ

金: カノ

土: ゆう/きょうか(隔週で担当)

 

ということで、カナとトモチーニさんが抜けることになりました。カナはとりあえず今学期は休業、智也さんはこれをもってブログを卒業という形になります。それぞれには思うところがあると思うので、僕の口からは特に言いません。今週は、それぞれの元の担当曜日(カナは水曜日、智也さんは火曜日)にバトンタッチの旨を書いてもらうので、そこでそれぞれの思いについて説明してくれると思いますのでお楽しみに。

 

でもまあ….

寂しいですよね。

 

ブログ設立当初から一番長く記事を書き続けてきた智也さん。そしてユニークなアプローチで面白い記事をたくさん書いてくれたカナ。読者の方々の中にもたくさん2人のファンがいらっしゃると思います。(ちなみに僕も2人のファンです笑)

 

そして全く関係はないですが、同じタイミングといえば同じタイミングで、僕のとっても好きだったテレビ番組が終わってしましました。その名はヨルタモリ

 

ヨルタモリ1(Photo)

ご覧になったことがある方もいるかもしれませんが、一応説明を。設定としては女優の宮沢りえさんが、東京の湯島にWhite Raibowというバーを開き、そのバーに立ち寄ったという設定でゲストの方が毎回登場します。そしてバーの常連さんと宮沢さん、そして架空の人物に扮するタモリさんがお話ししたり、音楽を演奏したりする番組です。

 

個人的にはゲストのチョイスがとってもつぼだったり、タモリさんが扮している人物のモデル(岩手にある有名なジャズ喫茶のマスターの菅原さんや建築家の安藤忠雄さん)が好きな方ばかりで、初回から欠かさず観ています。

 

yorutamori_0503a(Photo)

もともとこの番組自体は1年の契約でタモリさんが受けたらしく、今月いっぱいで終了になることはだいぶ前から決まっていました。個人的にはすごく残念だったのですが、反面どんな最終回になるのかが少し楽しみでもありました。

 

そして迎えた最終回。(一応ここからはネタバレになりますので、観たくない人はとばしてください笑)

ゲストはSMAPの中居さん、香取さん、草彅さん。そして肝心のタモリさんはご本人として来店しました。

いつものようにおしゃべりしていると終盤、おなじみのショートコント(?)として、NHKの「視点・論点」をパロディした「始点・終点」が流れます。(この番組を観たことない方には、なんのこっちゃだと思いますが笑)

そしてコントは最終回の意向に沿うかのように、タモリさんの「始まりはなにかの終わりでもあり、終わりはまたなにかの始まりでもある。始点・終点は、実は無いのかもしれない」というナレーションで締めくくられます。

 

これだけでもとっても深いのですが、それを受けてのタモリさんと宮沢さんのやりとりがまた深いのです。

 

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タモリさん:自分がこれが「始めだ」と思ったものが、そうじゃ無いことがあるんだよね。そう思った時に、「ありのまま」ってありえないと思うんだよね。「ありのまま」って、ある点があるからそう言っているだけの話で。実際よく考えてみると、自分の始点ってないよね。

宮沢さん:そうですよね。昨日の自分と、今日この時間を過ごした、明日の自分は違いますよね。だから変化していくことも含めて、「ありのまま」でいいんだったら、いいんだけど。

 

深いですねえ笑

 

 

「ありのまま」とは、必ずしも特定の固定された姿ではなくて、

変化していく姿こそが真の「ありのまま」である。

 

 

 

そんな真理を、僕はブラ熊に置き換えて考えていました。

 

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ブラ熊にはれっきとした「始まり」がありました。とっても個性的な先輩たちの熱い思いを源とした「始点」が。等身大の「ありのままの」生活を届けていく中で、メンバーが成長し変化していく過程が描かれてきました。そして少しずつ「始まり」を経験したメンバーが抜けていくという、ブラ熊にとっての変化が訪れました。もしかしたらその変化は「始点」から離れていっているかもしれない。でも変化していくことも含めて「ありのままのブラ熊」だということなんだと思います。

 

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たくさんの思いがあると思います。

卒業していったメンバー。卒業していくメンバー。それを見送るメンバー。新しく入ってくる新米熊たち。そして読者の皆さん。

それぞれに寂寥、期待、不安、いろいろな思いがあると思います。

 

それでも、「ありのままに」思ったこと、感じたこと、考えたことを書いていくブラ熊の姿勢に、変わりはありません。

 

もしかしたら、これがブラ熊にとってのなにかの始まりかもしれません。

 

…. というわけで笑

なんだか少しシリアスでしたが笑

 

でも、読者の方で今回のメンバー刷新や、最近のブラ熊について何か思うところがある方は、是非コメントを書き込んでください。コメントが少ないので、どのメンバーの記事にコメントしても、皆泣いて喜びます笑

 

ではこの辺で。

 

明日からの投稿をお楽しみに!

 

 

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