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”ハーフ”になりたかった帰国子女の私

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昨日はブラウンのearly decisionの合格発表で、695人の合格者が発表されました。今までで一番多い人数だとか。まだ2年生になったばっかりな気がするのに、もう新しい後輩の3分の1が決まったなんて、何だか信じられません。もし読者の方の中に合格者がいれば、おめでとうございます!

 

news-from-brown

https://news.brown.edu/articles/2016/12/early

 

さて先週のことですが、“HAFU/ハーフ”という映画を見ました。これは日本に住むハーフ、又はミックスルーツの方々についてのドキュメンタリーです。日本という一般的には”単一民族国家”として知られる国でハーフとして生きるとは、どのようなことを意味するかを描いてます。学校でいじめられたり、ハーフだけど日本語が話せなかったり、見た目が違うから”お前何者?”と聞かれたり、ハーフならではの悩みをリアルに映し出していて、とても印象的でした。

 

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現在、日本で生まれる新生児の49人に1人は日本人と外国人の間に生まれる。

え?そんなに?日本って日本人ばっかじゃなかったっけ?

そういえば、私の周りにも。3年生のクラスにいた学年で一人の白人の男の子。彼はインターナショナルスクールに転校してしまった。学校で一人いた、黒人の女の子。違う学年だったからたまに見かけるぐらいで、”あの子一体何なんだろう?”と思ってたっけ。この夏見かけた、肌の色が違うけど日本語で話す親子。最近良く近所で見かける”外国人”。

日本も、どんどん変わってきていて、最近はそれをよく感じます。

 

”ハーフ”はもともと動物に使われていた言葉だから、”ミックスルーツ”や”ダブル”なんて言い方も考えている。

なるほど、”ダブル”って言うと、”半分何か”じゃなくて”2つ持ってる”と思える。言葉を変えるだけで、見方が全く変わってくる。

人は何で一つのものに断定しないと落ち着かないのでしょう?中途半端だとなんだか信用できなくて、不安な気持ちは理解できますが、両方あったほうがお得、というか強い!とも考えられると思います。例えば、私が好きな漫画の話の多くでは主人公が敵と味方、両方の力をもっていて、途中”自分はどっちなんだ”って葛藤しますが、両方理解できるから強いんです。両方の力があるから、強いんです。みなさんが知ってそうなもので言えば、”進撃の巨人”のエレンは人間だけどなぜか巨人にもなれたり、”寄生獣”では新一は右手だけ寄生獣だったり。他にもいろいろあります。

漫画の世界では両方の力をもった者が強くて、特別で、読者はそれを認められるのに、現実社会になるとなかなか難しいのでしょうか…。

私が好きな漫画の主人公の多くがある意味”ハーフ”だと気づいて、はっとしました。

 

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クリスマスが近いのでGingerbread houseを作りました!

 

いろいろ考えさせられた映画でしたが、一番強く思ったのは、帰国子女として私にも共感できることが多くあったことです。アメリカに帰りたいと強く思ったり、何か自分は違うなと思ったり…。

”ハーフなの?”

最近はあまり無いけど、英語が話せるだけでこう聞かれたことが何度かあります。その度に私は違うけど、アメリカに住んでいたことを説明しました。

 

正直、”自分がハーフだったら良かったのに”と思ったことがあります。ハーフがうらやましかった、というか。帰国子女って、何だかとても中途半端で。ただアメリカに住んだことあって、英語話せるだけで、堂々とアメリカの文化を主張することもできなければ、なんだか日本人とは違うと思われる。というか、自分でも”私は他の人とは違うんだ”と思ってた。でも日本人の血しか流れて無いから、”私は違う!”とも言い切れなくて。ハーフだったら堂々と、”私は半分アメリカ人なんだ!”って言えるんじゃないかって。

このドキュメンタリーを観ていろいろ共感できて、私もこういう話に参加したいなーって思ったけれど、待て自分。私、”ハーフ”でも”ミックスルーツ”でも無いじゃないか。

久しぶりに、”やっぱりハーフに生まれたかったな”とちょっと思ってしまいました。

 

そもそも”帰国子女”って何なんでしょうね?最近はなんか帰国子女がエリートのように思われていますが、それは例えば”バイリンガルである”こととかを推測して思っていませんか?それに、異文化を経験したことが同じなら、留学経験者も”帰国子女”になるのでしょうか?帰国子女についても是非ドキュメンタリーを作ってほしいなと思いました。異文化を経験したけど、それを”自分のもの”とは主張しきれず、かと言って自分の文化とは何か違う、”中途半端”な私達の思いも知って欲しいです。

 

いつか”ハーフがうらやましい”とか、”ハーフだと思われた”話を母にした時だっただろうか、とても印象に残った母の言葉があります。

”福島と神奈川、文化すごく違うからハーフ同然よ!”

こう冗談で言った母。でも私にとっては冗談じゃなくて、なんだか私を楽にしてくれた言葉でした。

 

日本人は日本人でも、地域によって全然違う、だから私も”ハーフ”。一般的に”ハーフ”だと言われる人は、たまたまその片方が外国だっただけで、違う環境で育った二人の間の”ハーフ”なのは同じなんだ、って思えた。私が思う”ハーフ”や”日本人”の定義が覆った。だから最近は”ハーフなの?”って聞かれたら”福島と神奈川のハーフ(笑)”って答えてます。友達にはちょっと”へぇ?”って顔されるけど(笑)

 

映画”ハーフ”皆さんも是非観てみてください

ウェブサイトリンク:http://hafufilm.com/

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カリガリ博士とタチ監督

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こんにちは、小高です。
昨日で全ての授業が終わり、正式にリーディングピリオド(試験前の勉強期間のようなもの)に入りました。今学期の期末は、テストが2つにプロジェクトが2つ。すべてが2日間にぎっしり詰まっているので、忙しくなりそうです。
今週は、卒論の題材について考えている時間が多かったですね。ブラウンで卒論は「書きたい人は書いて良いよー」スタンスで、書くとオナーというものが貰えます。タカがよく話しているやつですね。私は美術史・建築史の中でも特に近代建築に興味があるので、映画セットのデザインと近代建築を交えてなにか書きたいなーとずっと思っていました。いざ、なにについて書こうと考えてみると、書きたい事がありすぎて決めるのが難しかった笑 今週末に願書を書いて、教授に提出します。とおりますように!
さてさて、今日はそんな卒論の題材ちなんで、映画セットについてお話したいと思います。「ある映画について書いて欲しい!!」という読者の方がいらしたので、その映画と、私の大好きなジャック・タチ監督の映画について書きます。
Das-Cabinet-des-Dr-Caligari-poster
「カリガリ博士」というローベルト・ヴィーネ監督による1920年のドイツのサイレント映画。簡単にあらすじを説明すると、精神に異常をきたした医者・カリガリ博士が、自分の夢遊病患者・チェザーレを利用して、連続殺人をさせる物語。そのお話は、登場人物の1人であるフランシスの視点から回想として話されます。チェザーレはカリガリの指示に従って殺人を行った後、心臓発作で死亡。カリガリのあとを追ってたどり着いた精神病院でフランシスは、やっとカリガリが一連の殺人の犯人だと知ります。と、思ったら、、、、映画の最後にはまさかのどんでん返し。実は、フランシスの回想は妄想で、現実で彼は精神病患者。カリガリ博士はそのフランシスが入院している精神病院の院長。という不思議なエンディング。
この映画は、とにかくセットが芸術的。
絵が描かれたキャンバス、ギザギザにとがった木材を使って、水平じゃない床や、歪んだ柱などの形を作って登場人物の不安定な感情を表現しています。
“The Cabinet of Dr. Caligari (1920) Trailer”
(https://www.youtube.com/watch?v=Y0A0sfxM6AE)
スクリーンショット 2015-04-24 午後10.33.41
スクリーンショット 2015-04-24 午後10.33.07
メイクや衣装もかなりこだわっていて、黒いタイツを履いていたり、ギザギザの模様がプリントされているワンピースを着ていたり。そしてサイレント映画なので、台詞やナレーションはすべて手書き。1つ1つの文字が工夫されていて、制作側のこだわりが本当に伝わってくる作品です。

スクリーンショット 2015-04-24 午後10.33.31

実はこの映画、ドイツ表現主義(German Expressionism)というアートムーヴメントの代表作。表現主義は、モネやドガの印象主義(Impressionism)に対する言葉で、感情の起伏、とくに不安を比喩的に表現する作品が多いです。ナチスドイツ時代には、ヒトラーから「退廃芸術」、道徳的にドイツの社会を害するものとして禁止されることになります。1910年、つ20年代のドイツは、第一次世界大戦後で、不安や恐怖が広がっていました。そのような感情を表現しようと生まれたのがドイツ表現主義。そのムーヴメントの中心として活躍していたキルヒナーやマイトナーの絵画と、「カリガリ博士」のセットはかなり似ています。
スクリーンショット 2015-04-24 午後10.32.30エルンスト・キルヒナーの絵画
スクリーンショット 2015-04-24 午後10.32.20ルートヴィッヒ・マイトナーの絵画
ある評論家、ジークフリート・クラックアワーが1947年に出版した、「カリガリからヒトラーへ」という著書は、この「カリガリ博士」をナチスドイツのヒトラー政権と照らし合わせて分析しています。
自らのを慕っているチェザーレを巧みに操り、連続殺人、そして村中に混乱を巻き起こしたカリガリ博士は、まるで自分の権力を利用した大衆操作や、第二次世界大戦での不道徳的な行動を起こしたヒトラーを象徴するキャラクターです。そして、そんなカリガリ博士の罪を一度は暴いたと思ったフランシスも、最後には「すべては妄想だったのか…」と力尽きてしまう。権力のあるナチス政権を目の前にした時の市民や軍人のもろさをも表しています。
そう思うと、ギザギザで落ち着きの無いセットは、この時代のドイツ市民の心の中を表したような感じ。

 

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Mononcle_poster
もう1人、今日私が紹介したいのは、ジャック・タチというフランス人の監督さん。彼の作った映画の中でも特に、「ぼくの伯父さん (Mon Oncle) 」と「プレイタイム (Playtime) 」の2本が最高。1950年後半〜60年にかけて作られたこれらには、近代建築にとても影響されたモダンな住宅セットや街並みが見られます。
「ぼくの伯父さん (Mon Oncle)」は、パリの古い下町にすむ伯父さんことユロが、アメリカナイズされたモダンな住宅で悪戦苦闘するコメディー。魚のスカルプチャー、非効率的に並べられた石畳や、自動で開閉するガレージ、食器棚など、すこしやり過ぎなセットは、かなり面白いです。私は個人的に近代建築の大ファンなのですが、この映画はそんな近代の建築スタイル、ライフスタイルをちょっと小馬鹿にしたような作品です。
“Jacques Tati Mon Oncle – Trailer”
(https://www.youtube.com/watch?v=vqVpQ6S0BDA)
tati2とってもモダンなセット(真ん中に魚います笑)
corbu-villa-church-1ル・コルビュジェの設計した家。上のセットとどこか共通点を感じます。
hqdefault伯父さんことユロが住むボロボロの家
「プレイタイム (Playtime)」には、またまたユロが登場。
今度のユロおじさんは、仕事のクライアントのオフィスを見つけられず近代化したパリで迷子に。そこに、同じくフランスの古き良き観光スポットを探し巡るアメリカ人観光客に会う、というお話。タチ監督は自費を投げ打ち、ほぼ10年がかりでこの作品を作り上げました。ちなみにこの映画に出てくるすべての建物、というか街自体がこの映画のためだけに作られたセットなのです。
ここでもタチは、近代建築のパロディーを入れます。
同じ様な高層ビルがズラーッと並んだ街。旅行会社のガラスの壁に貼られている海外旅行のポスターには、目の前に建つビルとまったく同じような建物の写真。当時世界中で、”インターナショナル・スタイルInternational Style)”といって、「国際的な展開をしていた近代建築において、個人や地域などの特殊性をこえて、世界共通の様式へと向かおうとするもの」(Wikipediaから) が流行っていました。そんな、単調な現代をからかったような、でもユーモア溢れる一作です。
“Playtime official reissue trailer 2014”
(https://www.youtube.com/watch?v=zrYB8hgyq4s)
playtime外と同じように、オフィスの中もまるで機械のような統一感。個性がなにもない。
tumblr_lltzb7SDB41qjlaxio10_1280旅行会社のポスター。全部同じような街並。笑
8-Wassily-Barcelona2近代建築を代表する建築家・ミースファンデルローエがデザインした椅子。かっこいい。
1273455816-nightshot1958年、この映画が製作中の時にマンハッタンに建てられたシーグラムビルディング。ミースとフィリップジョンソンの建築。たしかに街の一体感がすごい。
img_hamamatsucho_04_L汐留のオフィス街。今も「近代的=機械的, 統一感, 資本主義」という式は成立するのかもしれない。

 

こういう風に、その時代の世の中に向けたメッセージのようなものを持つ映画は沢山あります。
20世紀の始めからどんどんテクノロジーの進歩があって、建築も、人々のライフスタイルも、街並みも、考えからも、徐々にその時代風景に合わせて変わってきたのかもしれないです。時代遅れだけれどゆったりした毎日を過ごすのと、機械化された毎日は、どっちがいいのかな?と。ここ数年でもどんなに人間の毎日は変わってしまったのか。それはいいことなのか、悪い事なのか。一歩下がって、考えてみるのも、時々はいいのかもしれません。

 

ということで、今日はこのへんで!
建築/セットばっかりの話だけど、是非興味を持ってくれたらなと思います!
是非、この3本の映画見てみてください!

 

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