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”アーティスト”としての一日

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畳の上の敷布団

ぐつぐつ煮える鍋の音

夜道に響く”火の用心”

 

これら一つ一つが、日本にいることを実感させてくれる。

 

時刻通りの電車、バス

昼間に届く家族ライン

チップのいらないレストラン

 

ああ、東京に帰って来たのか。

 

今学期はなんだか長く感じて、家に帰ってくるのがすごく久しぶりに感じる。それだけ今学期は充実していたのだろうか?確かに、先輩になったり、新しい団体に入ったり、大統領選挙など、いろんなことがあった。そして、一息ついて疲れが一気に出たのか、帰国後風邪を引いて一日寝込んだ。ほんと、4年ぶりぐらいのことだと思う。冬休みはいろいろと予定が入っているので、体調には気をつけようと思う。

 

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早速ケーキを作りました

 

帰国前の月曜日、今学期一を争ううれしい出来事があった。”書道を教えに来てくれないか?”という依頼が、近くの高校からあったのだ。その高校では、選択授業としてcalligraphyを教えていて、普段は西洋の方式をやっているけれど、東洋のことも教えて欲しいとのこと。書道を10年以上やっていて大好きな私にとっては、アメリカで書道を教える機会をいただけるなんてとても光栄なことでした。授業プランと簡単なプレゼンを作って、友達と朝7:30に出発。そういえば高校は8時台から授業がはじまったっけと、思い出して懐かしかった。高校に入ると、テレビの中に入ったようだった。アメリカの高校なんて、ドラマや映画でしか見たことなかったから。せわしく移動する生徒や廊下に並ぶロッカー、その雰囲気を味わえてなんだか気持ちが高ぶった。

 

“Today, we’re doing something different.” 

今日はいつもと違うことをします。

“We have visiting artists from Brown”

ブラウン大学から訪問しているアーティストたちがいます。

 

美術の先生が、授業を始める。私が”アーティスト”だなんて。何だか照れたけど、うれしかった。小さい頃の夢は”アーティスト”になることだったっけ。何だか夢がかなったようだ。

それから5時限、短いお昼休憩を挟みながら学年も人数も様々なクラスを友達と、学校の美術の先生と教えた。まずは自己紹介して、書道について道具や姿勢を紹介して、永字八方を教えて…。筆の本数が足りなかったり、生徒が静まらなかったり、興味が無くて別の教科書を隠れて読んでたり、携帯を出して音楽を聴いたりと、決して簡単では無かったが、本当に楽しかった。その理由の一つに、自分に自信がついたことがあると思う。

書道って、何だか地味で、舞台の上等で発表できるものではない。筆や半紙が必要だし、それに私はただ長い間やっているだけでそんなに抜群に上手い訳でもない。だから堂々と特技とも言い張れないでいた。でも、教えてみて気がついた、自分には人に基本を教えられるぐらいのテクニックは持っていると。筆の入り方やはらい方、私もまだまだだけれども、人に教えることができた。そして、いつも舞台で輝く人を見てうらやましく思っていたけれど、ようやく私にも何か披露できるチャンスが来た。本当に、今まで書道をやってきて、本当に良かったと思った。

書道のことだけではなく、”教える”ことに関しても自信になった。一限目後の休憩の時、美術の先生に教え方をほめられ”You’re a natural”と言われた。そして、私が授業でやり切れる以上のことを授業準備で用意してきたことに対して、そうやって多めに準備して様子を見て切り落とす方法をほめてくれた。これらは無意識にやったことだが、その先生の言葉で気がつくことができた。思えば今学期は毎週環境学を高校生に教えたり、最近は”教える”機会が多かった。人に教えることがどんなにやりがいのあることで、私にも合っていることなのか、気づくことができた。

 

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私は授業の始めに自己紹介として世界地図をプレゼンに入れた。それは日本で良く見る、太平洋を中心とした地図。私は日本、私の友達は中国から来てると、指をさして言った。そして、この地図はアメリカでいつも目にするものとは違うけど、東アジアでは普通なことを話した。そしてこの地図を見ると私達が今いるRhode Island こそ”Far East”なのかもね、と。違う視点から見ると物事は違って見える、ってことのわかりやすい例でもある。

今回、プロビデンスの高校生に”違う視点”を教えるはずが、自分でも自分について”違う視点”から見ることができ、それが自信になった。私は書道ができて、教えることが好き。進路を決めるのにも役立つ気づきだろうか?

 

秋学期が終わって1週間。まだ今学期を振り返る余裕はもててない気がする。2016年も残り数日。今年を振り返る余裕も無い。でも振り返る必要はあるのだろうか?私はまだまだ前向きに、振り返り過ぎないでこれからも前に進んで行きたいと思う。

 

読者のみなさん、2016年もブラウンの熊たちを読んでくださり、ありがとうございました。2017年も、がんばって書いて行こうと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。それでは、良いお年を。

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いろんな人に会える場と、7年後の楽しみ

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どうも、最近は毎日甘いものがどうしても食べたくなる柚子です。

今朝は朝ごはん仲間が二人もクリスマス柄のセーターを着ていると思いきや、よく考えたら12月1日でした。もうそんな時期ですね。

先日の感謝祭の休暇。4日間の休暇の間も時間が止まる訳はなく、ルームメイトの家で七面鳥食べてゆっくりできた反面、宿題をためる4日間ともなってしまいました。ということで今週は大変です。来週までに10ページほどのエッセーを2つ書かないとです(汗)しかし、ポジティブに考えると来週で2つの授業が終わります!

授業は来週が最後で、冬休みが楽しみでなりません。勉強に集中しなくてはならないとわかっていながら、冬休みの計画を立ててばかりです。

 

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すでにクリスマス一色のNYC

 

さて、先日の休暇の最後はNYCにて日本の中高の同級生に会ってきました。アメリカで日本の中高の頃の友達にまさか会えると思っていなかったので、とても感動しました。中1の頃出会ってから6?いや7年!?あの頃は想像もできなかった自分達の姿が、NYCにいるなんて驚きでした。これから7年先も、きっと今の自分には想像できない何かをしているのだろうか?と思うと、楽しみでもありながら何だか不思議な気持ちです。

 

友達と話してて改めて気づいた、留学してて良かったこと。それはいろんな人に出会えること。もちろん日本の中高も良い人ばかりで、とても楽しかったです。しかし中高一貫で長い間一緒にいると、何だかマンネリ化してしまうというか、同じ部活やクラスなど、同じものに興味を持つ人ばかりに囲まれるようになります。しかし留学していると、”日本人”という随分広いカテゴリーを共通点として繋がれたりします。今回のNYC観光も、先輩を招待して、その先輩が知っているNYCにいらっしゃる日本人の方々を招待してくださり、とても楽しい一日をすごせました。

外国人に会うのはもちろん、日本人の中で出身、学校、学部、趣味など全く違う方とも、同じ”日本人”だから会おう!なんて声をかけて、いろんな人に会えるのも留学の良いところだな、と感じました。

 

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ロッカフェラーセンター。有名なクリスマスツリーはこの時はまだ点灯していませんでした。

 

同じ制服を着て、同じ鞄を持って同じ学校に通って同じ先生から同じことを学んでいた中高の友達と、冬休みに成人式の日に会うことになっています。なんだかみんな同じように見えてきてしまっていた高校時代があったけど、今はみんなそれぞれの大学へ行って、それぞれのことをやっている。友達の話を聞いたり、フェイスブックでサークルやゼミの活動についての投稿を見たり読んだりすると、なんだかみんなそれぞれの場で輝いている。

そんな、更に”自分らしく”なった同級生に久しぶりに会うのが楽しみです。

 

さーて、まずは今学期あと少し。ラストスパートがんばります!

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未来予想図

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投稿遅れてしまってすみません、巴基です。

 

先週忙しく書けなかったのですが個人的に非常に内容の濃い2週間でした。宿題に追われながら色々な会社の説明会に行ったり、初めて会社の面接を受けたり、初めてクラブのイベントの計画に携わったり。

 

そんな中ずっと考えていたのが:

1.自分はどんな人なのか?長所は?短所は?

2.結局自分は将来何をしたいのか?

 

特に後者は1時間スケジュールを空けてずっとそれだけについて考えたりもしました。僕はよく独り言を言いながら自分の頭のなかを整理するのですが、その1時間ずっと寮の一人部屋で独り言を言いながら考えてました。

 

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寮の部屋の写真

 

今回はその一部を書き出したいと思います。

 

結局僕は大学の後何したいんだろう。

 

取りあえず今は全く分からない。

じゃあ少なくとも自分が本当に大切だと思っているもの、コア・バリューぐらいは整理した方がいいんじゃないか?

 

自分のコア・バリューって何だろう。

 

。。。

 

まず自分の日々の生活から見てみればわかるはず。

僕が一番時間を割くのは?

 

勉強と課外活動。

 

そういえば課外活動ほとんど全部趣味と関係あるな。合気道、ピアノ、ボランティアピアノ教室、スマブラ。

うん、やっぱり未来でも趣味は続けていきたい。その時間は欲しい。

 

で、それはいいけどキャリアと関係があるものだったら?何で何かしたいことがないの?

 

。。。

 

あ、そうか。自分が心から解決したいと思う問題がないからだ。

もちろん解決すべきと思うものはあるけど、やっぱりパッションがないとどうにもならないよなー。いくら自分のスキルを磨き続けたとしても最終的にはそこをクリアしないと。

 

じゃあどうやったら問題を見つられるのか?やっぱり時事には関心を持たないとだめだな。この考えがあってるかどうか知らないけどやっぱりそこはスタート地点になりうると思う。うん、そうしよう。

 

まとめると将来趣味を続ける時間がある職業が良くて、今はパッションを見つけるためにとりあえず時事には興味を持ったりいろんな人と話したりしよう。それで見つけられた時のために今のうちに自分の弱点は克服していこう。

 

こうして書き出してみるとなんだか自分を客観的に見つめているような感じがして面白いですね。

 

皆さんはどうですか?未来を見据えてますか?将来自分が色々な意味で本当に何をしたいのか、どういう日々を送りたいのかもう分かっていますか?

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違う角度から見てみると

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アメリカに戻って来ました巴基です。

 

先週はずっと南京や杭州、上海を旅行していたので疲れ果てています(今朝は15時間寝てしまいました笑)

ただ北京とは違った中国の一面を見ることができ、とても有意義だったと感じています。

 

そんな楽しい旅行も終わりいよいよアメリカに帰る時、成田空港で乗り換えをしたのですが、その時に不思議な感覚に陥りました。

 

日本って、凄い。

 

今まで日本を批判的な目でばかり見ていた自分にとっては物凄く新鮮な体験でした。まるで自分が外国人になったかのように前は気づいていなかった日本の文化を感じました。

 

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こんな何でもない冷やし湯葉山菜そばに感動してしまった僕って。。。

 

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更に、色々と感動するあまりその場でスマホに書き出してしまいました(笑) 水は中国では熱いお湯のみ無料、身体検査については中国では地下鉄に乗るたびに毎回荷物検査がある上飛行場では2回身体検査があるので書きました。

 

その後無事アメリカに戻り、友だちや親と中国の事について話す機会が多い中で気づいたことが、

 

ステレオタイプの怖さ

 

日本から見た中国のイメージと言えば”政府の弾圧が厳しい、日本人が嫌い”等色々あると思いますが、ほとんどが嘘か大げさだと思います。僕が会った中国人はみな親切でしたし、日本人が嫌いな人はかなり少なくなっているとも聞きましたし、ニュースでも別に日本への嫌悪感をあおっている感じはなくどちらかと言うと中国視点から物事を見ているという感じでした。例を挙げると、日本の憲法改正への動きのニュースを報道するにあたって日本への直接的な批判は一切なく、代わりに野党の弱さを安倍政権の支持率の高さの原因としてあげたり、国民の憲法改正に対しての支持率の低さも指摘したりとかなりきちんと客観的にニュースを報じているように感じました。

 

ではなぜ僕は留学前、中国に対して少なからずマイナスなイメージを持っていたのか?個人的には、私たちが中国へのイメージを中国政府の行動や言動を基にのみ作り上げているから。

 

もちろんテレビで出てくる”中国”はほとんどの場合中国政府なので仕方がないと言えば仕方がないのですが、改めて先入観、そして一つの観点にとらわれてしまう事の恐ろしさを感じました。

 

留学中に学んだ文法の中で、僕が特に好きなものが一つあります。

 

从另一个角度来看…

 

日本語に直すと”違う角度から見てみると。。。”になります。

 

”お互いに理解しあうためには、まず相手の観点を理解する事が重要”だと僕は常に感じてきました。

そんな僕の考えを裏付けてくれたようにも思えた今回の中国留学でした。

 

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杭州の西湖の夕焼け。ロマンチックな風景を見たい方はぜひ^_^

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チェックボックス

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いよいよアメリカに帰るまであと三日となりました。

あれ?”帰る”?”行く”?どっちなの?最近友達にも聞かれるし、自分でもよく考えます。家や家族は日本だけれど、ブラウンにだってちゃんと私の居場所はあるし…私の所属はどこなんだろう?

前にも書いたことあるかもしれませんが、インターナショナルスクールに通っている頃、”homeって何だろう?”って友達と話したことがあります。私の高校ではみんな”留学生”として家を離れているのはもちろん、多くの引越しを経験している生徒も多くいました。大体みんな”home”というと自分の出身の国のことをさすけれど、学校で生活している間は”I’m going back home”と寮に帰るときに言うこともある。

だから別に”home”って結局はその時自分の心があって”帰る”場所であって、別に一箇所とは限らないし固定されてもいない。時にはそこに”帰る”んだし、久しぶりだったらなんだか”行く”という感覚に近くなるのかもしれません。

 

日本に帰ってきてから三ヶ月、今度はアメリカにまた帰ります。

 

この夏休み、本当に充実していました。特にはじめの方は忙しすぎてブログにも書いたよう、学期中よりも忙しく睡眠時間の取れない生活を、必死に過ごしていました。しかし気がつけば立てていた目標や予定をひとつひとつクリアしていき、残るはアメリカへ行く準備のみとなりました。

 運転免許取得
 UWCのオリエンテーションキャンプ
 ニュージーランドの随行

私のこの夏の三大プロジェクトを無事に達成。その他にも…

 バイト
レ 留学説明会
 友達に会う
 お世話になった人に会う
 広島旅行
 青春18切符での鈍行電車の帰路
 成人式の前撮り
 浴衣を着て花火大会
 家族でおでかけ

など、本当にいろんなことをしました。

 

チェック、チェック、チェック

 

チェックボックスにチェックを入れていって残る空き箱がもう無いのかと思うと、達成感とともになんだかもの寂しい気持ちになってきます。手帳に何も書いていない、のんびりした三日間…何をしよう?

もちろん、夏休みやりたいこと全部できたわけではありません。思ってた程、趣味の読書とお菓子作りに時間を割けられなかったし、友達と一度も大好きなカラオケに行かなかったなんて!…ちょっと自分でも驚いています。でも別に”やり残した”という思いはありません。

小学校や中高の友達、ブラウンの友達、インターナショナルスクールの友達、これから留学に行く人、中高生、バイト先の方々、家族、いろんなコミュニティのいろんな方とお話をして、この夏は自分がどういう環境で、どういう風に自分の考えを形成してきたのか気がつかされました。例えば、小学校の頃の友達に会って、”中高の友達とはこういうところが考え方が違うな。なるほど、この価値観は中高の時に得たのか!”とか、中高の友達と会って”私のこの考え方は、きっと日本にいたら気がつくのが難しかっただろう”とか、今の中高生を見て”大学生の生活や考えってやっぱり違うんだな”とか、思います。祖父に”高校留学したときはそうでもなかったけど、アメリカへ行ってゆうこちゃんは考え方がより進歩した”と言われたけれど、その意味を実感できた気がします。

二十歳になって”大人になる”とはどういうこともよく考えましたが、それもあってか今までで一番自分の成長を感じられた夏休みでした。他人から見てどうなのかはわからないけれど…。

 

これからまた新学期。いくらブラウンも”home”と呼べるようになったとはいえ、新学期へ向けてまた不安ばかりです。空港から学校に辿りつけるだろうか?ラグビーの練習についていけるだろうか?とりたい授業は取れるだろうか?何か忘れている手続きは無いだろうか?新しい友達はできるだろうか?また更に太ってしまうのではないか?行けばどうにかなるのだろうけれど、その場に行くまでは本当に不安だらけです。留学に慣れてきたとはいえ、こういう不安はなくなりません。

 

ああ、私もドラえもんの力を借りてマリオみたいに土管でワープしてアメリカに行けたら良いのになー(笑)そしたらどんなに楽なんだろう?そんなこと考えながら渡米の準備をする柚子がお送りしましたー。

来学期もよろしくお願いします!

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初めての留学(パート4:西洋と東洋、考え方の違い)

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今週もまだ北京にいる巴基です。

大雨が降ったり空気汚染が物凄くひどい日があったりとなんだか最近天気に恵まれませんが毎日楽しく過ごしています。

 

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水はけがひどいので歩道が川に。。。

 

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景山公園から見た故宮。生だとものすごい迫力なのに空気汚染のせいで写真だと。。。

 

僕が今参加している留学プログラムでは、毎週月曜日に中国か中国語と何らかの関係がある人を招いてプレゼンをしてもらっています。中国の町と村の格差、中国の空気汚染の実態などどれも興味深いものばかりですが、そんな中今回紹介するのはギリシャと中国古代の数学の違い。

 

応用数学専攻、中国の文化を学びたい僕にとって最高のテーマ。

 

プレゼンの中で教授は自分のギリシャ古代の哲学について少し語ってくれた。ただたらたらと説明するのではなく自分の考えやプラトンの”幾何学を10年やらねば哲学は出来ない”などの面白いお話も混ぜてくれるところを見ると、流石Princeton in Beijingが招いた教授、と勝手に上から目線で頭のなかでコメントしたり。

 

哲学の話が一段落したところでいよいよ本題。まずは中国の*九章算術という古代の数学の本の一部分を読んでみる。

 

”18分の12を約分すると? 答え:3分の2

約分の法則

分数と分母が2で割れるなら2で割る。出来なければ、分子と分母を並べて少ないほうの数字を大きいほうの数字から引く。この作業を繰り返し、最大公約数を割り出す。…”

 

なるほど確かに最大公約数に簡単にたどり着いている。

 

次にエウクレイデスの本*原論から:

”互いに素数ではない2つの数字から、最大公約数を求めなさい。

AB、CDを互いに素数でない2つの数字とする。

よってAB、CDの最大の尺を求める必要がある。

CDがABの公約数の場合、CDは自信の尺でもあるので、CDはCD、ABの公約数である。

そしてもちろんこれは最大公約数でもある。何故ならCDよりも大きい数がCDの尺であることはあり得ないからである。(以下省略)”

 

僕の第一印象:長い。。。

 

そんなシンプルすぎる反応は置いといてその後教授は色々な面からこの二つの違い、そして共通点について説明してくれました。

 

共通点:

-最大公約数を求める方式が同じ(読めば一目瞭然)

-どちらも数学を理解しようとするだけでなく問題を解こうとしている

 

相違点:

-中国ではまず問題を提示してから説き方を説明しているが、ギリシャでは説き方と説き方の仕組みをまず説明している

-例えばギリシャの方式では互いに引き算をして最後に17と170になった場合そこで”17”という答えを自分で見出さなければならないのに対し、中国の方式では17と17になるまで続ける

-中国では数学を実際に応用するために数学を学んでいたのに対し、ギリシャでは数学を発展させるために学ぶことが多かった

 

教授はどちらかというとあまり人に見られていない共通点について多く話していたんですが、上記から読み取れるように相違点ばかりに注目してしまいました。(笑)

 

特に興味を引いたのが相違点から読み取れる西洋と東洋の考え方の違い

 

古代の西洋数学ではどちらかというと個人の考え、速さ、理論を重んじるのに対し、東洋ではどちらかというと効率、現実性、リスクの少なさを追求している。

これは一般的な思考回路にも通じるところがあると思います。

 

アメリカでは個人の尊重、日本では互いへの思いやり。

アメリカではリスクをかえりみない精神、日本ではリスクを取らず安定を求める。

 

もちろんステレオタイプだけ見て”アメリカ人はみんなこう、日本人はみんなこう”と決めつけるのは間違っていますが、古代西洋と東洋の考えの違いが現在にも通じるところがあるという事に驚きました。

 

来週のプレゼンも楽しみです。

 

*九章算術のWikipediaリンク:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E7%AB%A0%E7%AE%97%E8%A1%93

*原論のWikipediaリンク:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E5%8E%9F%E8%AB%96

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初めての留学(パート3:個別談話での発見)

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你好!巴基です。

 

今週も北京からお送りいたします。

 

前回の記事の最後に先生の個別談話が好きだと書きましたが、今回はこのほぼ毎日ある個別談話でいままで興味深いと思ったことについて書いていきたいと思います。

 

まず一番印象に残っている談話は、中国の教育事情。”先生なんだから当たり前でしょ”という人もいるかもしれませんが、実は先生のほとんどは外国人を教えるための学科に所属しているので僕が聞いた教育事情は先生視点ではなく生徒視点のものです。

中国では高校卒業前に”高考”という試験(日本でいうとセンター試験のようなもの)が生徒の今後を決めるので、高校時代はみな必死に勉強します。ただ大学に入ると、大抵の学生は遊び放題です。なんか昔の日本に少し似ているかも?

僕のように”何で折角大学に入ったのに遊びほうけてるの?”と思っている人のために中国の高校生の一日を書きたいと思います。(あくまで先生から聞いた話です)

午前6時 起床

午前7時ごろ 予習授業開始

午後12時まで授業

午後12時から2時までは昼ご飯・昼寝の時間(中国人は昼寝をよくするんです。僕も初めて聞いたときはびっくりしました)

午後2時 授業再開

午後5時半ごろ 晩ご飯の時間

午後7時ごろ 授業再開

午後10時ごろ 授業終了

家に帰る時間や勉強の時間を考慮すると午前1時ごろ就寝

 

あり得ない鬼スケジュール。。。昼寝がしたくなるわけですね。

 

もう一つ印象に残っているのは、日本の文化が中国に及ぼしている影響の大きさ。

中国での名探偵コナン(僕の2番目に好きなアニメ)やワンピースの流行。国家大劇院のロビーで流れるジブリの音楽。中国のお土産屋さんで何故か売っているドラえもんやくまモンのグッズ。”科学”などの日本語の単語が中国語の一部になる場合も。改めて現代社会が良くも悪くもいかに繋がっているかというのを実感した気がします。

 

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例の国家大劇院のロビー。コンサートを聴きに行った時に撮ったもの。色々な中国の楽器が聴けて満足^_^

 

もちろん個別談話の目的は中国語の会話力を上げることですが、個人的にはこの個別談話の醍醐味は先生によって様々な方向へと話が進んでいく事です。大抵は自分の履歴や趣味から話が発展することが多いのですが、1度も同じ方向へ話が進んでいったことはありません。ある先生には細かい発音までみっちり指摘され、ある先生とは歴史について意見を交わしあい、ある先生とは中国のアニメ事情について話す。終わった後はいつも何だか体が軽い。ストレスが吹き飛んでしまったよう。

 

ある意味この個別談話で一番得たことは”話す”という事自体の楽しさを再発見出来た事かもしれません。

 

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もちろん毎週末北京や周辺を観光することでもストレス解消になってますよー ^_^

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不寛容社会と自分

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お久しぶりです。巴基です。

 

現在成田空港でこの記事を書いています。何故かと言うと、今日から北京での2ヵ月間の留学が始まるからです。プログラムでは中国語しかしゃべれないので、このサイトにアクセスすることが出来れば日本語の維持を兼ねて来週からはまた毎週記事を書きたいと思っています。

 

来週からは忙しくなりますが、ここ1ヵ月は甲府にある祖母の家でのんびりと暮らしていました。ネットが家にないおかげで色々と不便でしたが、ある意味ネットと縁を切ることによってメールやメッセージをチェックする時間がなくなったので、その分ブラウンでは忙しくてなかなか出来ていなかったことが色々と出来て充実していました。

 

上高地経由で北陸旅行に行った時の写真 :

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上高地の河童橋

 

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千里浜なぎさドライブウェイ

 

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白川郷

 

本当によく疲れが取れました(笑)

 

そんな中ブラウンでできていなかったことの一つがテレビでニュースを見ること。ストーカー事件や舛添都知事の辞職、参議院選挙に向ける動き。ニュースを見るにつれ、少しずつまた違った視点で日本を見つめなおすことが出来ました。

 

 

そんな中、一番興味を持ったのが、“不寛容”という言葉。意味は前から知っていましたが、日本社会に当てはめて議論されているのを見て驚きました。“日本って前からこんな事あった?”と考えさせられました。

 

そうして改めて考えてみると、個人的には日本社会は不寛容になったというよりも、日本人の多くが社会のルールではなく自分のルールで動くようになったと感じています。車が制限速度をはるかに上回る速度で走っていたり、横断歩道がすぐそこにあるにも関わらず無いところで大通りを渡ったりと些細な事から、ツイッターで勝手に自分の妄想を膨らまして挙句の果てに人を刺したりと重大な事まで。もちろん悪い方向ばかりに変わっている訳では無いのだけど、なんだか最近日本は良くも悪くも変わってしまった感じがする。

 

そんな中、テレビに向かって“この人バカだねー”とか“何を考えているんだろう”と言ったりすると、ふと思う。自分は身勝手じゃないといえるのか?自分はこの画面の向こうの人を批判する資格はあるのか?相手の立場に立って物事を考えられているのか?

 

 

うっかりしていると世界が自分の価値観というフィルターを通してしか見れなくなる。みんなが自分のフィルター越しに世界を見た結果が“不寛容社会”なのだろうか。結局どうすればジャポニカ学習帳の表紙に昆虫を取り戻せるのか。どうすればインターネットでの度重なる“炎上”を止められるのか。自分の意見だけ言って人の話を全く聞かないという事がネット上ではよくあるみたいですが、どうすれば人は一度落ち着いて自分と異なる意見を聞き、それについて考える力を持てるのか。

 

何だかあまりまとまっていない気がしますが^_^; とにかく色々と現代社会について考えさせられた1ヵ月でした。

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上達への道は皆同じ

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ご無沙汰してしまっています。。。巴基です。

ここのところ忙しく大変ですが、元気に毎日を過ごしています。

 

おとといの日曜日、合気道4級の試験を受け合格しました!他にも4人ほど5級の試験を受けましたが、試験を見ていて初めて”先輩ってこういう気分なんだなー”と自分で勝手に納得していました(笑)

 

ピアノ、合気道、スマブラ。

 

この3つの趣味で腕が徐々に上がるにつれ、なんとなく上達への共通点が見えてきた気がします。そこで今回は個人的な上達への近道について書きたいと思います。

 

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1.練習は目標をもって行う

これは自分で気が付いていても実行に移すのにかなりかかりました。昔からピアノの練習をするとき、僕は知らないうちに何回も何回も同じように曲を弾いていました。ダメだとはわかっていても、ほかのもっと効果的な練習は時折やるぐらいですぐにまたたらたらと練習してしまっていました。しかし、やはりリズムを意識したメトロノーム練習、メロディーを意識したパート・片手練習、曲の情景が変わるところのパート練習など、自分が出来ていないことに集中して直す練習が結局効果的だと身に染みて感じるようになりました。やはり量よりも質ですね。

 

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2.練習はできるだけ頻繁に

これはかなり常識的ですが、先週1週間ぶりにスマブラをやったら驚くほどに腕が落ちていてびっくりしました。1週間やってないだけなのにキャラクターが思うように動かない。。。(*_*;

”稽古に来る人が上達する。それだけだ。” - 合気道のクリス先生

 

3.上達を楽しむ、上達しない時はイラつかない

上達には壁がつきもの。どんなに自分では上達していないと思っていても、それは次のレベルへ行くための工程。

壁を超えるたびに思う事です。スマブラで負けてばかりいても、ピアノの音色が全然思うように響かなくても、合気道の技で先生に何度もダメ出しをくらっても。

前には進んでいる。そう自分に言い聞かせて練習を続ける。

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春休みに行った合気道道場の猫、Moochie弟子

 

4.考えられた練習、考えない本番

これにはあれっ?と思う方もいるかもしれませんね。この場合の考えないとは、「脳が無意識に考えてくれる」という事です。

どの技をすればいいのかわからない場合や技のやり方を忘れて固まっているときに、合気道の先生のクリスがよく僕たちに言うことから来ています。

 

Don’t think, just move.

考えてないで、動け。何とかしろ。

 

練習の時は上に示した通り、考えられた目標とそれに合った練習が必要です。ただ、いざ本番になったら考えてばかりいると考えていたことがすでに過ぎ去ってしまい、脳が混乱したり止まったりすることがあります(少なくとも僕は)。例えば、ピアノのコンサートで「次の音はどういう風に弾かなきゃいけないんだっけ?」とか考えていたら指が止まって頭も真っ白になって固まってしまう、という事を何度か経験していますし、スマブラをやっていて「こういう場面では自分はこういう行動をとらなければ」と考えているうちに相手は自分を攻撃してきてます。

本番では自分を信じて意識して考えるのは最小限にする。

個人的に本番で力を発揮するのに役立っている考え方です。

 

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スマブラ for Wii U 世界トップ3のDabuz選手との写真

 

いかがでしたか?なんか最後の辺は上達というよりも単なるアドバイスになってしまいましたね(^_^;)

 

ではまた来週、お互い頑張りましょう~

 

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美術館の在り方

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お久しぶりです、小高です。
春休み中はブログを書けず、というのも10日間ほど北欧旅行へ行っておりました。
ストックホルム、ヘルシンキ、コペンハーゲン。
これでもか、というほどの量のサーモンとトナカイの肉を食べて参りました。もう魚はこりごりでござんす。嘘です。お寿司が食べたいです。
「北欧で見た全てのものがかののことを連想させたのよねぇ、オホホ」と、ある日北欧旅行から帰ってきた友人が言っていたことがあって。
私自身も、雑貨や家具、建築など、北欧デザインはタイプのものが多く、「学生最後の休みだし、いってみよージャマイカ!」ということでいくことにしました。滞在中は、とにかくアート三昧でした。美術館、教会、気になっていた現代建築物、美術館、雑貨屋さん、美術館、美術館。
それそれ訪れた場所を写真付きで紹介したいところなのですが、ひとつひとつ書くのはちと面倒なので、それはやめます。ごめんちゃい。
この旅行を通して、気づいたことは結構あったと思います。
私はやっぱりこういう作品が好きだなぁ、とか
今度こんな絵を描いたら面白いかも、とか
あの人この彫刻好きそう!送ってあげよ〜、とか
なんだか色々独り言に溢れた時間でしたが、とっても有意義で。
やっぱり、沢山の好きなアートに直接触れることができる機会って、日常にはあんまりない。
ネットや美術史の教科書に載っている作品の写真を見るのも十分ワクワクワクワクワクワクワクワクするのですが、『本物』のパワーってやっぱり全然違いますね。
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美術館はただの “アートを鑑賞する場” ではない、と私は思います。
展覧会に行って自分の作品へのインスピレーションをもらうことは沢山あります。でもそれ以上に、大好きなものたちに囲まれながらその静かな空間の中に居る、ということ自体、心休まる瞬間のような気がします。美術館に行くことは刺激的なことでもあり、そして同時にメディテーションの機会でもある。洗練された、ある意味とても神聖な空気感。与えてくれる沢山の発見や学び。周囲に人が居ながら自分だけの時間が過ごせる自由と安心感。
美術が人々にとって、もっと日常的なものになってくれれば、と願うことはあまりないのですが、
美術館がもっと、誰もが気軽に足を運べる場所であったらなあ、と思うことは時々あるもので。
でもだからと言って、日常的になりすぎて、美術館の空気感みたいなものを大切にしない人々が増えてしまったら、それはあまり好ましくないし。
だからきっと、「日常」と「非日常」の絶妙なバランスを保たなくてはいけないんだろうなぁ、と思います。

今回の北欧旅行で訪れた美術館は沢山ありましたが、特に印象に残っている美術館はふたつ。
ストックホルムのアーティペラグ美術館と、コペンハーゲンのルイジアナ近代美術館。
どちらも街の中心部から少し離れていて、海に沿った膨大な敷地内に、彫刻庭園や散歩道や数え切れない数の展示室がある、という感じ。わお!一日中そこに居れるくらい、やることが沢山あります。だからこそ、家族連れからお年寄りまで老若男女が行きたいと思える場所になるんでしょう。

東京やニューヨークなどの大都市にある美術館は、このような街から離れた美術館に比べると、スケールが小さい。ひとつひとつの作品の間隔もベリースモール。それによって来館者も、ひとつひとつの作品をじっくり眺めるというより、ひとつの部屋に飾られている複数の作品をささーっと見る。的な。流れる〜川の流れのように〜。

 

IMG_7201大好きジャコメッティ。あぁ、じゃこご飯が食べたいナ。

 

このふたつの美術館を含めた旅行中に訪れたすべての北欧の美術館には、
今まで私が訪れたことのある美術施設と異なる点がありました。
それは、「ここにせっかく来てくれたんだから、楽しい時間を過ごして帰って欲しい」という美術館側の姿勢(ちなみに私は猫背です)。
それが色々な細部から見て取れました。
展示場に入る時、普通なら、最初に目に入ってくるものは、その展覧会のタイトルと説明文。
でも北欧の美術館はそうじゃなくって、まずスツール?というかポータブルの小さい椅子?が入り口に置いてあります。その椅子を手に取って好きな作品を見つけたらその前に座ってじっと眺められるように。という粋な計らい。素敵ね。
先日の記事にも書きましたが、視覚文化の現代社会を生きる私たちは、ひとつのものをじっくり見る、観察する、そして考える、ということをあまり日常的にしなくなってしまったような気がします。
しかし入り口に椅子を置いておくということだけで、来場者がこれから出会うであろう沢山のアート作品と、どうやって向き合うのか、この美術館という空間の中でどういう時間を自分は過ごしたいのか、ふと、考えさせてくれる。

 

ヘルシンキで訪れたHAM(ヘルシンキアートミュージアム)。
そこの展示場に入る前の部屋には、ひとつの工夫が施されていました。
一番最初の展示場の中心部に数え切れない量のメモが並べてあって、そこには、
「急いでませんか?5から10の数字をひとつ選んでください。急いでいればいるほど大きい数字を選んでください。たとえば、5を選んだとしたら、5つの作品につき、1つだけ立ち止まって観てみてください。」
「あなたの皮膚にタトゥーを入れるなら、どのアート作品を選びますか?」
「肖像画を描いてもらうなら、どのアーティストに頼みますか?」
などなど。フム、面白い。
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何も考えずにふらふらとアートの空間を楽しむということもありだと私は思いますが、
こうやって、今まで自分に問いかけたことのなかったような質問が頭の片隅にあることで、美術館での体験が少し変わる。
目の前にある、たとえば一枚の絵画との楽しみ方がもっともっと増えていくんじゃないかなって。私は思います。
「日常」と「非日常」の絶妙なバランス。
先程書いた私が思う美術館の理想の形を今回の北欧旅行を通して再確認した次第でございます。
ちなみに私の日本にあるおすすめ美術館は、静岡県にある「クレマチスの丘」。
ではでは、来週また。

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