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この季節

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最近は外に出る度、新しい発見が。

短い桜並木を作り上げていた寮の外の桜も、

いつしか散った花びらの跡形すらなくなり、

緑に、ピンクに、木々が空を染めていく。

あれ?こんな景色だったっけ?

まだ開ききっていない木の葉が、

枝先の無数のポンポンに見えて何だか面白い。

昨日までは蕾だったのが、今朝は花になっていて、

地面にはあちらこちらにタンポポが。

良くみたら綿毛もあって、耳を済ませると鳥の声が聞えてくる。

あ、モンシロチョウ。

誰かが起こした訳でもないのに、生命はなぜ、

いつ芽生えるか分かるのだろう?

まだ初々しい、葉の黄緑色。

見慣れた景色が、生き生きしてくる。

授業が終わり、残すは試験。

やらなきゃいけないのに、何だかやる気が出なくて、

ただぼーっと

パソコンの画面を眺めてばかり。

窓の外の、風に揺られる木の葉

最近は雨が降ると、東京の梅雨を思い出すアスファルトの臭いがする…

いや、集中しなければ。

今学期は、慣れない筆記試験ばかり。

エッセーは教授に締め切りを延期してもらった。

教授のやさしさに感謝するとともに、その分がんばらなければ。

試験が終わったら、

待っている友達との楽しい約束。

今度会うまでの、お別れ会。

卒業される、四年生。

改めて考えると、何だか寂しい。

ほら、だから!

今はちょっとがんばって、

最後の課題を終わらせよう。

楽しい休暇へ向けて、最後の一歩。

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宗教について考える

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どうも、柚子す。

最近プールに通い始めました。友達と”水泳部”とか言っちゃって、私が部長ならしいです。ブラウンのIDを持っていれば自由にプールもジムにも入れるのに、学年末になってようやく利用する気になりました。そう、気がつけばもう学年末。なんと今日で授業は最後です。

 

学期が終盤とあって課題に追われつつあるのですが、先週末はお菓子作りのワークショップへ行って来ました!近くのJohnson and Wales Universityという大学には料理学校があるのですが、そちらへ行ってシュー生地を使ったお菓子の作りました。私はお菓子作りが好きで、暇があればお菓子を作っているのですが、本格的な用具も材料も揃った場所で作るのは初めて!微妙な温度の調節ができる五段オーブン、大きさや形が様々な絞り口、金箔や砂糖の装飾…。いつも趣味でやっているお菓子作りとは全く違く感じました。製菓を専門とする生徒達にたくさん助けてもらいながら、なんとか完成させました。

 

見た目も中身も本格的。

私の班はイチゴとピスタチオのシューエクレアを作りました!

 

さて、本題に入りましょう。私は今学期Brown Religious Literacy Projectと言って、5つの宗教について10週間を渡って学ぶ週1のセミナーに参加しています。ユダヤ教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教、キリスト教と、まずは教授とその宗教の知識人を招待してプレゼンをしてもらい、次の週は生徒同士でディスカッションをする、という形式で進めてきました。

みなさんはまず、”religious literacy“と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?直訳すると”宗教についての知識(識字能力)”。みなさんはどれぐらい宗教について知っていますか?

人々の移動が盛んになり、見た目や考え方が違ういろんな人と会うことが多くなった今、人々が平等に暮らせるようにいろんな”違い”への理解が広まって、国籍や性など、個人のアイデンティティに関することも話されることが多くなってきました。ブラウンみたいに、みんながある程度同じ理想をもっていると分かっているところでは尚更、みんなオープンにこのような話をします。しかし、宗教については語られません。授業で”女性の意見が反映されてない”とか”黒人の立場から見たら全然違う”とかよく聞くけど、”○○教の考えだとこうだ”とかいう意見、聞いたことがありません。多くの人の生活の中心に宗教があるのにも関わらず、宗教は個人のもの、敏感な課題だから話すべきでない。なんとなくこういう思いが溜まって、タブーな議題になってしまいました。

宗教についての知識がなぜ大切なのか?わかりやすい例は今のムスリムの人への恐怖、Islamophobiaです。イスラム教がどういう宗教なのか全く知らないから、中東の不安定な情勢とイスラム教を結びつけ、ムスリムの人はみな”ジハード”とか”テロ”とか行う悪いやつらだ、と思ってしまう人が多くいます。他にもヨガに熱中しながらそれがヒンドゥー教からきているということを知らなかったり、瞑想をただ心を落ち着ける用法として使ったりしている人がいます。自分の宗教の根本的な部分もちゃんと知らずに、”私は○○教です”と主張している人や、逆に自分の知識が足りないから”私は○○教です”と主張できない人など、いろんな人がいます。

宗教について話すことがタブーになってしまった環境に、宗教について自由に話して学べる場を設けようという目的で、このBrown religious literacy projectが始まりました。毎週2時間集まりますが、授業ではないので単位はもらえません。過去にこのセミナーに参加した生徒が企画をし、応募して選ばれた20人程度が参加します。一学期で全部の宗教についてある程度理解できると思ったら大間違い。どの宗教も奥が深すぎてとても4時間では話しきれません。

 

このセミナーの遠足で行ったNewport。雰囲気はリアルにディズニーランド!

 

水曜日の最後のセッション。前の週に教授の話を聞いたキリスト教についてのディスカッションを行いました。いつもはプレゼンで良く理解できなかった点について話したり、その宗教の子に少し自分の経験について話してもらったりします。アメリカの学校ってこともあって、参加している生徒の多くがキリスト教。そのためいつもより議論が膨らみました。

”それはカトリックのものだけだと思ってたけど…”

”えっ!?カトリックにはそんなの存在しないよ!”

”??私もカトリックだけどその教えあったよ”

”…うーん、同じ宗派でも結局はどこの教会に属すかで違うのかな?”

何度もおきる、このような矛盾。”この宗教の人たちは必ずこの根本は信じている”といえるものがどの宗教でもなかなか見つけられません。

 

”宗教ってそもそも何なのか?何でこんなに大切なのに、タブー議題なのか?”

この疑問を一学期かけて聞いて来たのですが、なかなか答えが見えてきません。そんな中、フランス語の授業で今週はフランスの政治、特にLaïciteについて学びました。Laïcite(発音:ライシテ)とは、フランスの政教分離政策のことです。”政教分離”というと一般的には政治と宗教を別々にすることを言うのですが、フランスではこれが政治はもちろん、公立の教育機関で実施されています。簡単に言うと、公立の学校で不況活動をしてはいけないのはもちろん、過度に宗教を象徴するものを身に着けてはならない、というルールがあります。問題は”過度に宗教を象徴するものを身に着けてはならない”という部分。例えばカトリックのロザリオやムスリムの女性のスカーフが対象となりますが、2004年に施行され主にはムスリムの人に影響を与えています。

クラスメートは皆、このような法律に反対し、Laïciteがフランス国民の中では好評なことにショックを表していました。”個人の表現を制限するなんて良くない”、”そもそも’過度’の基準は何になるのか?不公平すぎる”と、みんな次から次へと手を挙げ、反対の意見を述べていきます。あまりの勢いに、先生は”別に宗教を禁じている訳ではない。教育機関の中で、みんなが平等に扱われるように人々を守る政策だ。”とあくまで学校内だけのことを確認する。それでも反論は止まらない。

私もはじめは宗教の象徴するもの(religious symbol)を禁じて、中立の環境を作るとか、そもそも無理だし間違った考えだと思いました。お互いの違いを見て、疑問を持って質問してみて、お互いから学んでこそ理解が深まるんだと私は信じてます。だから社会に存在する違いを学校の中だけでは隠すとか、良くないと思います。

授業時間ももう終わり。先生がなんとか議論を止め、今度のエッセーの課題を発表した。その一つは”ブラウンでLaïciteが施行されたら、どうなるか?”というもの。これに対し、教室中から”Oh~”という、”そんなことなったらやばいぞ”という声が響きました。ブラウンでこんな法律なんてありえない、ということが雰囲気から伝わって来ました。

 

しかし、実際どうでしょう?よく考えてみると、そんなにありえないことでは無いのではないか?と思えてきました。Religious literacy projectで話してきたように、ブラウンではほとんど(というか全く?)個人の宗教について語られません。スカーフをつけているムスリムの女性の方は明らかにマイノリティです。もしLaïciteがブラウンで施行されたら…考えてみると影響するのはほんの一部の人達ではないか?という考えにつきました。

ルールなんて無くとも、皆自然と宗教はプライベートの生活に限って、学業とは区別しているように思えます。もちろん、私があまり宗教心が強く無いからそう感じているだけかもしれませんが…。フランスでLaïciteが支持されていることが、それほど驚くことでもないと思えてきました。

 

アイスクリームを持って海辺へ。

 

このようにして、宗教と学問、特に科学は区別され、さらに遠ざけられて、いつしか対抗するようになって….。他にも原因はありますが、アメリカでは”nones“、何の宗教にも属さない、という人が増えてきているらしいです。

しかし宗教と科学、そんなに違って、対抗しているものなのか?私達の日々の考えかたから、宗教の影響を全く切り離すことは可能なのか?そもそも人は何かを信じることなしに存在できるのか?”宗教”ってそもそも何なのか?Religious literacy projectの最後のディスカッションはなんとも大きな質問がたくさん出されて終わりました。

 

宗教について、どれぐらい考えたことがあるでしょうか?日本では、仏教と神道が中心かもしれませんが、キリスト教の文化もいろいろ取り入れられつつあります。”イースター商戦”とか言って、キリスト教の人たちにとって一番大事とも言える祝日をただ”女性向けのパステルカラーと卵のかわいい祝日”として流行らせるのはどういうことなのか、考えたことはあるでしょうか?6月にまだイースター仕様のディズニーランドへ行って、違和感を感じたことはありますでしょうか?私は恥ずかしながら最近まで寺と神社の違いをあまり理解していませんでした。仏教の中でも宗派など、ちゃんと知っていますでしょうか?

宗教に対して寛容なことは、”違う考えも受け入れられる”という意味で日本人の良いところとも言えるかもしれません。しかし、いつしかタブーとなってしまったこの議題について話し、学ぶ場を設けることによってreligious literacyを高めていくことの大切さをこのセミナーを通して学びました。

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”政治家”も悪くない?

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あと少し、あと少し!

そんな気持ちで今週を乗り越えて来ました柚子です。

そして今日からいよいよ春休みーー!!心が急に軽くなりました。

今週ば木、金と試験があり、フランス語のエッセーがあり、いつもの宿題もあり…。先週末あたりから授業のために読まなくてはいけないものを、あきらめざる終えない状況になっていたので、いつも以上にやらなくてはいけないことが多くて…。しかし、逆に言えば今週さえ終われば”終わった!”という達成感にさらに”春休み”という喜びが組み合わさる訳ですから、もう本当に今は開放された気持ちです。特にフランス語で800語のエッセーを書いたことに達成感を感じました。

さて、先週からサマータイムになり、日本時間に一時間近くなりました。おかげで夜は19時半まで明るいです。しかし気温は相変わらず…氷点下~10℃の範囲。今日行った講演の講演者は”まあ、ニューイングランドの”春”に久しぶりに歓迎されたわ!”なんというジョークで話を始めていました。

 

ニューイングランドの”春”(蕾の気配すらなく、写真右下には雪も残ってる…)

 

講演というと、月曜日にブラウンにDavid Cameronさんが来ました。そう、前英国首相のキャメロンさん!こんな方も呼べるのかと驚く同時に、ブラウンで経験できるものの豊富さに改めて気が付かされました。

 

(ブラウン大学の記事↓)

https://news.brown.edu/articles/2017/03/cameron

(学生新聞の記事↓)

David Cameron discusses international rise of populism

 

さすがに知られた人物とあって、セキュリティーも警戒態勢。事前申し込みのチケット制(無料)だったにも関わらず、会場には一時間前から長蛇の列ができていました。会場は満杯、ブラウンの学校長に紹介され、いよいよキャメロンさん登場!

話の内容は、現在の世界情勢を受けてここからどう進むか?というのがテーマだったのですが、私が今回の講演で一番印象に残ったのは、とにかく話が上手だったことです。今までブラウンでいろんな方々の講演へ行きましたが、講演者の多くは教授。内容はすばらしくとも、目的は”研究の内容を観客に伝える”ことのため、話が上手いとは限りません。しかし、さすがは政治家。”話すこと”が職業なことだけあって、スピーチの構成、声の大きさ、姿勢、どれも参考にしたくなりました。

 

まずは会場をジョークで沸かせます。それもどれも”ブラウンの生徒”という観客に合わせた、良く事前に調べたことが伝わってくるジョーク。”ロードアイランド州が英国から独立を宣言した一番最初の州であり、一番最初に英国へ攻撃を始めたことを忘れた訳では無い”、と面白ろおかしく言ってみたり、ブラウンの伝説の教授Josiah Carberry に触れてみたり、そしてもちろんトランプ氏についてもジョークを飛ばしました。

”いやー、おかげでもうトランプ氏の会話の盗聴を聞かなくてすむよ。-もちろん冗談ですけどね。”

最近、オバマさんがトランプさんを盗聴していたのでないか?というニュースがあったこともあり、この発言は会場を一瞬どよめかせ、さらにはニュースにも取り上げられました。真実は…?

(この発言を取り上げた記事↓)

http://www.telegraph.co.uk/news/2017/03/21/david-cameron-jokes-doesnt-have-hear-donald-trump-wiretaps-anymore/

 

先週末は雪道をハイキング!途中で始まった雪合戦。

 

会場の好感を得たところで、もっと真剣な内容に入ります。”私はこれからの世界情勢に大事なことは主に3点あると思う。だから今日の話ではこれらを掘り下げて行こう。”お見事。なんともシンプルに今日は何を話すのか、まとめてみました。それからは英国女王やロシアのプーチン大統領とのエピソードを交えながら、グローバル化が進むこれからの世界に必要だと思うことを話してくださりました。

 

最後はブラウンの学校長との対談形式。事前に生徒や教授から集められた質問で質疑応答が行われました。イベントは17時までだったのですが、もうまもなく17時というときに学校長が最後にした質問。

”生徒の多くはあまり政治家になることを志望しないのですが、政治に関わるべきでしょうか?”

最後の質問に、キャメロンさんは”これには立ち上がって答えないと!”と勢い良く立ち上がり、ステージの中央で生徒に向かって話し始めました。”まあ、政治人生が50で終わってしまった私にアドバイスを聞くのはどうかと思うけど。”とまた観客の笑いをとりながら、政治家になることがいかに大事か、特になぜ今、政治家になるのが大切なのか、熱く語ってくださりました。”’政治家かなんて…’と思っている自分を捨てて、何か自分ではなく、周りの人のために何かするんだ。”

今まで、”国のためにはなりたいけれど、政治家にだけはなりたくない”と思っていた私でしたが、キャメロンさんの話を聞いて少し”政治家も悪くないかな?”と思ってしまいました。人前で話すこと好きだし、日本のためになりたいし…。どうせ政治家なんて結局は自分の名誉のためにやっているんだろう、と思っていましたが、キャメロンさんは本当にこの職業が好きでやっているんだな、ということが伝わってきて、少し考えが変わりました。

講演後、こう思ったことを友達に話すと”それは政治家だから、人を納得させるのが上手いだけよ”

なるほど。話の上手さに、私もキャメロンさんの意見に納得させられてしまいました。でもたしかに、前よりは少し政治家に対して良い印象をもてるようになりました。

 

夕食の列に並んでいるとき、前の人たちがこの講演について話してみました。

”ジョークすごく良かったね。でも…”

”たぶんブラウン生の多くは、キャメロンさんの保守的な考え方に違和感を覚えるんだろうね。”

”なんだか質問どれもやさしいものばかりだったね。もっと鋭く聞けたよね。”

さすがはブラウン生、評価が厳しい。”わあ、すごい!”とだけ思ってしまった私は、まだまだ”critical thinking”がなってないのかな?

 

人類学の授業で使用した化石の模型。中央は有名な”ルーシー”の骨。

 

さーーーて、春休みです!”アメリカの大学の春休み”というと、フロリダや南米のビーチに行ったり、というイメージが強いですが、イメージ通り学期中にある休みとしては一番長いため、友達同士で旅行するなんて人も多いです。私が今年は日本からの友達とニューヨークへ行ってきます!

 

日本では新年度が始まりますね。桜も咲いているそうですね。フレッシュなスタートを切る方もいらっしゃるのではないでしょうか?

こちらはまだ少し寒さが続きそうですが、春休み楽しんできます!

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スタートライン

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高校を卒業する前だったから、2年前の春のことだっただろうか。ロシア人の友達と、”卒業後は何をするか”とか進路について話していた。お互いもうアメリカの大学から合格の通知は受けていて、残すは最終試験だけって所だったけれど。ロシア人の彼には一つ迷っていることがあった。それは入学を一年間遅らせて何か他のことをする、いわゆる”Gap year”をとるかとらないかであった。

”いいね、やれば良いじゃん!”

私が促すと、彼はこう答えた

”うーん…そうしたい気持ちは山々なんだけど、アメリカとロシアの関係っていつどうなるかわからないから…。もし入学一年遅らせたら、その間に関係が悪くなって入学できなくなったりしないかが心配なんだ。”

….

このとき、私はこんな心配が存在することを初めて知って驚いた。しかし自分の中では”そんな、ロシア人の学生がアメリカの大学に行けなくなるほど、1年の間に大きく国際関係が変化することは無いだろう”と思った。

 

あれから二年。信じられないことが起こった。それもいとも簡単に、一人の男によって。ロシアではなかったけれど、ムスリムの国7カ国の国民のアメリカへの入国が制限されたのだ。私は直接影響を受ける訳では無いけれど、対象の7カ国から今アメリカの大学に勉強しに来ていると知っている高校の頃の友達の顔が頭に浮かぶ。世界の注目が、とあるツイッターアカウントに集中する。

 

何だろう。

悲しい。

 

前はよく、歴史の教科書や戦時中が舞台のドラマなんかを見たりして、”あの頃に生きた人は大変だったんだろうなあー”とか他人事のように思っていた。自分の生きている間に、そんな歴史の教科書に載るような大きな出来事なんて起こらないだろう、と。しかし最近はそうでも無い気がする。6年前、部活中の体育館であの大きな揺れを感じた時からだろうか?それとももっと前、突然学校に母が迎えに来て、無残に崩れる高層ビルをテレビの画面で見た時からか?

 

自分は、歴史的な瞬間を生きている。

最近はそう自覚するようになった。

 

雪の次の日、晴れるとなんとも爽快

 

さて、私の感情や、専門知識の無いことについて語るのはここまでにして、もっとちゃんと分かっていることについて書きたいと思います。ということで、今学期の授業を紹介したいと思います。まだ宣言はしていませんが、この間ようやく専攻を決めました。“Science and Society”と言って、直訳すると”理科と社会”….なんだか小学校の教科に聞えてしまいます。だからと言って英語が分かる人に言っても”は?”って顔されます。簡単に説明すると、”理科の歴史”です。実はこれはそんなに珍しい学問ではなく、ハーバード等では名の知れている独立した学部もあります。

ScienceとSociety(日本で言えばいわゆる理系文系?)は二極化して見られがちですが、社会の中ではどうかかわって、お互いどのどのように発展してきたか、ということを学びます。なかなか理解しにくいと思うので、これから紹介する今学期の授業の説明の中でもう少し掘り下げて行けたらと思います。

 

SCSO 1000 Introduction to Science and Society

(理科と社会:入門)

その名の通り、私の専攻の入門の授業です。Scienceとは一体何なのか?他の考え方(ways of knowing)とはどう違って、なぜこんなにも私達の社会の中で価値あるものとして評価されるのか?こんなことを考えるディスカッションが中心の授業です。例えば今日の授業では、Popperという哲学者が考えたScienceの定義について話しました。今の世の中で一番Scienceとして認められているのは物理や数学だけれども、生物はちょっと違ったりする。さらに心理学になると、”それはscienceでは無い”と言う人も出てくるが、社会科学の学問の多くは”私達もScienceだ”と主張したがり、その地位を望むのはなぜなのか?

少しはどういう学問か、分かっていただけたでしょうか?

 

CLPS 0040 Introduction to Cognitive Neuroscience

(認知脳科学?認知神経学?入門)

テレビのニュースや新聞で、”○○は脳の××が関係していることが判明”というような見出しの記事を見たことがあるでしょうか?それらはこの分野の研究によるものです。正しくどう訳して良いかわからず申し訳ありません。脳科学と認知科学を合わせたというところでしょうか。私の専攻では、理系科目も4単位必要なので、認知科学の分野を選びました。私にとっては初めて、ちゃんと”教科書”がある授業です。初めて”試験”が中心の授業です。今までの文系科目はいろいろな文献からの抜粋が多く、課題はエッセーばっかりだったので新鮮です。また、私がとったことある授業の中では最大規模の120人なので、初めて講堂で授業を受けます。

今までとった授業の中で、一番理系の授業です。

 

ANTH 0310 Human Evolution

(人類の進化)

この授業も、名前の通り人類の進化について学びます。これはbiological anthropology(自然人類学)の授業で、人類が物理的にどうやって発展してきたかを学びます。”人類学”と言うと文化人類学を思い浮かべる方も多いと思いますが、このようにとても理系よりの分野もあるんです。今はまず、進化論の発展や遺伝の仕組みなどを学んでいます。細胞分裂やら染色体、DNAやRNAなど、高1の生物の資料集を思い出します。今思うと、あれは図解や写真が多くて、とっても分かりやすくできていましたね。メンデルの豆の実験など、懐かしいものが英語に姿を変えて現れてきています。

覚えることが多そうですが、がんばります。

 

FREN 600 Writing and Speaking French Ⅱ

(フランス語で書く、話す2)

相変わらすフランス語は続けています。これが基礎レベルの授業最後となり、これ以上のレベルの授業は文学や政治など、テーマごとの授業になります。そして、この授業を終えれば、フランスに行っても問題なく過ごせる程度の語学力が身につく…はずです。少なくとも、この授業をB以上で終えれば、フランスへの留学に必要な語学力があるとみなされます。私は来年一年間留学したいと思っているので、気が抜けられません。

 

HIST 1825 Science at the Crossroads

(理科の岐路)

秋学期の授業Roots of Modern Scienceの続きです。先学期の経験から、”今学期は絶対に4つしか授業はとらない!”と思っていたはずが、この間受けた授業の続きなので今学期取らなくては!と思い、登録してしまいました。実は、教授は先学期の授業、そしてSCSO1000の教授と同じなんです!彼女の授業は本当に面白くて、とっても好きです。更に、もう一人この授業には教授がいて、彼は私の専攻のアドバイザーの方なんです。今度の授業はアインシュタインから、現代までの理科の歴史を学んでいきます。

 

そして更に…

Religious Literacy Projectというものに参加します。

これは授業では無いのですが、毎週集まるセミナーのようなもので、2週ずつキリスト教、仏教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教の5つの宗教について学んでいきます。宗教ごとに、牧師や僧侶など、その宗教に深く関わっている方もいらっしゃるそうです。これは来週から始まります。

 

雪景色の中に…あれ?何か黄色いものが?

 

授業5つ+セミナーを受けることにし、自分で自分の首を絞めることになるのではないかと少し心配ですが、きっとやってみせます。専攻も決めて、ようやく少し方向性が見えてきて、授業同士もかなりお互いに関連してきて、どんどん面白くなってきました。というより、生まれて初めてこんなにも”面白い!”と思える学問を見つけた気がします。今、”一番好きな教科は?”と聞かれたら、迷わず”理科の歴史!”と答えられます。理系・文系選択で迷った高一の頃の私の願いを、こういう形で叶えられるのはうれしいです。今学期はかなり理系よりの授業選択で、初めてのことも多いですが、予測不能なアメリカ情勢にめげずに進みたいと思います。

 

今日行われた、トランプ政権下の環境政策についてのteach in

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世界をより良くする責任

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新年明けましておめでとうございます。

 

昨年末、秋学期の成績を確認してみた。すると、ビジネスの授業の成績がなぜか233%というありえない数字になっていた。配点を見ると、何の間違えがこれの原因になっているのか明らかだったが、最後のエッセイにTAからうれしいコメントがあった。

 

Proffessor Hazeltine please take note of this paper. It is well thought out and quite different from all of the others so I gave it a 3.

(ヘーゼルティン教授、このエッセイを確認してください。とても良く考えられていて、他の生徒とはとても違うので(満点が2点のところ)3点をあげました。)

 

この授業では、8つの短いエッセーを提出しなければなく、それぞれ2点満点で判定された。始めの頃は何を書いて良いのかいまいち分からず、”不十分だからもう一度書きなおしてくれ(0点)”とも言われた授業だったから更に、この最後の3点はうれしかった。

 

The phrase “The Engineer’s Burden” implies that people with advanced knowledge (like people in this class when they graduate) have a special responsibility to make the world a better place.  Do you believe you that you personally have this special responsibility?  Of course, explain your answer.

最後のエッセイのテーマは授業の名前”The engineer’s burden”(技術者の重荷)にちなんで、”教養を得た人は世界をより良い場所にする責任があるだろうか?あなたは個人的にこの責任があると思うか?”というものだった。これに対し、私は”無い”と答えた。せっかくユニークだと言ってもらえたので、その理由を紹介したいと思う。

 

1.”世界をより良い場所にする”ことのは、人によって違うことを指す

“世界(world)”とは人によって違う枠がある。例えば私はブラウンと東京、少なくとも二つの世界に生きている。そしてそれぞれの”世界”にとって”より良い(better)”なことは違う。東京にとっては土地の有効活用として高層マンションを建てることは良いことかもしれないが、いくら学生寮が溢れていると言っても、ブラウンでそんなことをすれば景観も損なうし、決して”良い”ことにはならない。それどころか、”良くない”ことになるかもしれない。だから、”教養を得た人”が”責任”として”世界をより良い場所にする”のでは無く、それぞれの”世界”に生きている人の方が”special responsibility(特別な責任)”を持っている。

 

2.世界を良くするには、必ずしも”advanced knowledge(発展的な知識)”が必要とは限らない

大学を出ていなくたって、自分の生きる世界をより良い場所にした人はいる。例えば、マラウィーのWilliam Kamkwamba さんは高等教育を受けていないのにも関わらず、風車の本を図書館で見つけて自作の風車を作った。これは彼は”ここは良く風が吹く”という知識を持っていたからできたことで、風車からの発電によって家族は夜も活動できるようになり、William Kamkwamba さんが生きる世界をより良くした。だから決して”advanced knowledge(発展的な知識)”は特別ではなくて、どんな形の知識にも価値はある。

 

3.モチベーションが無ければ、世界をより良い場所にはできない

”世界をより良い場所にする”ことが”責任”だと思っていたら、何もできないと思う。心の底から”これを改善したい!”と思わなければ、中途半端になったり、クオリティが欠けると思う。パッションがある人でなければ、問題の原因を突き止めるなどの根気のいる作業はできないと思う。だから”責任”だと思って、ただ”やらなくてはいけないこと”だと思っていたら、何も変えることはできない。

 

結論

私はブラウンから卒業した後、ただ”教養があるから”と言って”世界をより良い場所にする責任”は無い。でも私は”世界をより良い場所にしたい”からそれを試みる。

 

私にとってこのエッセーに書いたことはこの授業だけでなく、秋学期の授業全てから得たもののまとめになったように感じる。正解も間違えも無く、知識に”絶対”は無い。なんだか、今まで学んできたことをdeconstruct(解体)しすぎて、もう何が何だか分からなくなってしまった。

 

親戚同士の新年会で秋学期学んだことを話していたら、”それは将来どう役に立つの?”と聞かれた。やっぱり、大学に行っているからには”将来社会の役に立つ何か”を学ぶ”責任”があるのだろうか?とふと思った。でも答えの出ない、一見何の役にも立たない授業ばかりを今まで受けてきて、後悔はしていないし、確かに得たものはある。だからこれからも自分を信じて進もうと思う。

来学期はいよいよ専攻を決める時。重要な決断です。

 

本年もよろしくお願い致します。

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成功とは?

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かなり久しぶりの投稿になってしまいました、巴基です。

いよいよ期末試験の時期になっているのですが、コンピューターサイエンスという地獄がないせいか意外と普通の生活を維持できています。

 

ただ、普通の生活が維持できているのはいいのですが最近何に対してもやる気が出なかったりアニメにはまったりと典型的な勉強をしたくない学生の気分を味わえてしまっています。なので最近は”ある意味いい経験”とポジティブにとらえて乗り越えようとする自分と、せっかくブラウンに通わせてもらっているのにこんなに時間を無駄にしていて申し訳ないという罪悪感でいっぱいの自分がいる状態です。

 

そんな中、中国語の期末プレゼンテーションで選べるお題の一つに”成功とは?”というものがありました。今の自分を見つめなおすのにぴったりだと思い、このお題を選びました。

 

すると、驚いたことに半数以上のクラスメイトが全員このお題を選んでいました。やはり色々なことにおいて自由度が高いブラウンだけあって、皆それぞれ自身の目標や自身にとっての成功は何かを考えているんだなと感じました。

 


 

成功とは何か。

 

 

成功とは、自分が自身の生活に満足し、自分は幸福だと感じる事。それは人によって基準が異なってくる。

 

 

これは自分を含めどれのプレゼンテーションにも共通していたことです。

ではお金儲けにしか興味がない泥棒が銀行からお金を盗んだ場合、それは成功と言えるでしょうか?親が子供の意思とは関係なく子どもの事を思い医者にさせた場合、それは成功したと言えるでしょうか?

 

確かに泥棒が盗みに成功し幸福感に浸った場合、上記の定義だと成功したと言えるでしょう。しかし、僕は成功は他の人の成功を邪魔してはいけないと思います。成功はすべての人の権利であり、それを奪う権利はだれにもありません。親が子どもの将来を勝手に決めるのも同じことです。子供の将来は子供が決めるものであり、親が出来る事は子どもの人生を決める事ではなくただ手を貸したり助言をしたりそっと見守る事です。もし親が決めることによって子供が不幸に感じてしまっては本末転倒です。

 

僕は別に自分にとっての成功が他人の成功につながらなければならないとは思いません。もちろん実際にそうだったとしたらそれに越したことはないのですが、僕にとっての成功とは”人の邪魔にならないように気を付けながら自分が立てた目標を達成するために日々精進すること”だと思います。

 

僕自身まだはっきりをとした目標を持っていません。それが日々のマンネリ化、そしてやる気のなさに繋がっているんだと思っています。それでも時間は止められません。”ちょっと待って”と言っても、時間は勝手に過ぎていきます。

 

2年生の1学期目もあとわずか。自分の心と相談しながら、自分が本当にしたいことは何なのか模索しつつ、選択肢の数を維持することに集中したいと考えています。

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大学は、勉強しない場所?

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午前9時。フランス語の授業が始まる。教授が来週からはこの本やるよとか、テストを始める前にお知らせをする。

ベーグルをくわえて教室に入る男の子、席に着いてシリアルをバックから取り出す女の子。

結局教授は3回も同じことを繰り返さなくてはならなかった。

 

午前10時。人類学の授業。”なんだかいつもより人数が少なく感じるけど、始めよう”と、5分遅れで授業が始まる。

チラチラ画面が移り変わる前の子のパソコンの画面。友達へのメッセージを送って、ハロウィーンの衣装をネットで探している。

ディスカッションするグループに分かれてから、遅れて入ってくる数人。グループの人に、申し訳ないがまだ名前を覚えていないので自己紹介を頼むと”私いつもここにいないから、覚えてなくとも不思議じゃないわ”と答える4年生。

 

午前11時。ブラウンで有名な教授の一人、Prof. Hazeltineの授業。60人程授業には登録されているはずなのに、いつも30人も来ない。せっかく学期の始めに大きな教室に移動したのに。

教授が話し始めても止まない話し声。何もメモすること無いときにも続くキーボードの音。ディスカッション中心のセミナーのはずなのに、静かな3列目以降。顔はパソコンで隠れてる。

80歳を超えたとても尊敬されている教授が声を上げて発言を促しても、無反応な生徒たち。後ろに座っている人たちが何をしているのかは見えないけれど、おそらく全く授業には関係ないことをしているんだろう。

 

正午。フランス語の会話のセクション。TA(Teaching Assistant)とカジュアルな会話をする。

”今日のテスト、難しかったね。私、提出しない宿題何もやってないから。あはは。”

と笑顔で堂々と宣言するクラスメート。

 

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Roger Williams Park のイベントJack-o-lantern Spectacular。毎年行われる、5千のかぼちゃのディスプレイ!

 

日本の大学ではみんな勉強よりもサークルやバイトばかりで、アメリカの大学はちゃんと勉強すると言われているけれど、本当にそうだろうか?夏休みに聞いた日本の友達の話からすると、彼女たちはちゃんと勉強もしてる。最近は、ブラウンで授業に対するとても”真剣”とは言えないような他の生徒の態度が見えてしまって失望というか、なんだかイライラしてしまう。結局生徒はどこも同じなのか。フランス語の授業で、”Entre les murs”というフランスの教育の問題をあらわにした映画を見て、ブラウンも同じようにカオスじゃあないかと、ふと思ってしまった。

何で?

私には分からない。何で?何で遅れて入ってきて平気な顔で朝ごはん食べてるの?フランス語の授業は、朝食会場では無いのに。ハロウィンの衣装、授業終わってからでも探せるのに。発言したく無いなら、何でセミナーの授業をとったんだろう?来ないならまだしも、何で授業に来る努力はしながら来て何も聞かず、話さないんだろう?何でこんなに尊敬されていて、みんなの名前を覚えてくれる教授を平気で無視し続けられるのだろう?教授に対する尊敬の気持ちってのは無いのだろうか?

私には理解できない。

 

先日ブラ熊の大先輩のアツさんにお会いし、このことを話しました。そしたら意外な答えが帰って来ました。

”でも、そんな人のこと言えないんじゃない?だってそう言ったら、毎回5つ授業とらない意味が無いじゃん。全部の授業で一番前の真ん中に座らない意味が無いじゃん。それを全部やってから、ようやく人のこと言えるんじゃない?”

その時、お店の中は賑やかで、アツさんの言葉をちゃんと理解できたかは分からないけれど、何だかはっとさせられました。

 

私は先学期から授業を5つとっていて、多くの授業で一番前の真ん中に座っている。だから、アツさんの言うことからすると私には他の生徒に対して文句を言う権利がある。でも、考えてみれば例としてあげたられた以外のことで私は全てに全力を注いでいるかと思うと、そうではない。

確かに、一番前の真ん中に座らない意味が無いけど、逆にそこに座る意味も無い。全部に全力を注いでいたら、疲れ切ってしまう。他の人はどこに力を注いで、どこは手を抜くか上手く判断ができているとも言える。私にはそれができていないから、reading intensive(読む量が多い)授業ばかりを5つも取って、疲れ切って自分を苦しめているのか。このブログだって、他のメンバーは時間に余裕がある時、書く甲斐のある内容を良く考えて書いているのに、私は”毎週書く”ということに全力を注いで書いている。別に考えずに書いている訳では無いけれど、内容が薄かったり、宿題を終わらせられなかったり、夜遅くまで起きて翌日疲れてたりすることがあのではないか。

 

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ブラ熊メンでディナー。やっぱり店員ってあまり写真頼りにできない…。

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Take2。全員写ってはいるものの….。きあさんの笑顔が眩しいです(笑)

 

一番大切なものって何だろう?私にだって私なりの優先順位があるけど、そもそも私の基準のつけ方がおかしいのか?忙しくしすぎた夏休みから何も学んで無かったようだ、またとにかく忙しくして、がむしゃらに頑張っている。”忙しくするのが好き””時間を無駄にしたくない”とは、実は”何も無くなって、一度止まって考える恐怖から逃れるため”の言い訳ではないか。それとも、いつかのブログにも書いたように、真面目な人ほど損する世界なのか。

 

今日、春学期の授業の事前登録がありました。そろそろ専攻について考えて授業をとらないといけないことに気がついて焦る私。とりあえず授業登録したけれど、冬休み中にじっくり専攻とか、インターンのこととか、将来のこととかいろいろ考えなければ。でも、なんだかまた冬休みもバイトや成人式やお正月の集まりで忙しくしすぎてしまう気がする。どうか、今度こそは自分をコントロールできますように。

 

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【熊たちの教室】日本人とは:僕は日本人?それともアメリカ人?

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こんにちは、最近忙しくブログ書けてなくて申し訳なく思っている巴基です。

 

さて、今回のテーマは”日本人の定義”。とは言っても、ほかのメンバーはともかく僕は4歳以降日本に住んでもいないので、偉そうに語っても全く説得力がないと思うので僕自身の経験とほかのメンバーが考えた僕の”日本人らしいところ”を交えて書いていきたいと思います。

 

中学生のころ、僕は次の質問に悩まされていました:

 

僕は日本人?それともアメリカ人?

 

いわゆる”アイデンティティークライシス”です。

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家庭では日本語をしゃべり、和食を食べ、地域で放映している日本のテレビ番組を見、夏休みは毎年日本に帰り、などとアメリカに住んでいる割には結構”日本”という国、文化に触れる機会は多かったと思います。

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今年の夏、家族と行った山中温泉

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しかし、一旦外に出ればそこは完全にアメリカ。英語をしゃべり、現地校に通い。友達との交流ではほとんど英語。周りの人の思想や振る舞いはもちろん日本とは違う。

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高校の教室

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そんな環境の中で育ってきて、何時しか気づいた。僕はアメリカの人から見たら日本人に見え、日本の人から見たら日本人にあまり見えないことを。

アメリカでは道徳的にあまりよくない事をするのを躊躇していると”まじめ”と言われ、メールを書くと”かしこまりすぎ”と言われ、日本では”全然謙遜してない”と言われ、じゃあどうすればいいんだよ!!と一人で切れていたこともあった(懐かしい)。

一通り冷めて寝る時間になるとベッドに入り、一人天井を見つめながら色々と考える。これまでの経験、人に言われたこと、自分自身が思っている事。そして問う。”僕は日本人?それともアメリカ人?”そして自分自身がいたった結論は、”僕はアメリカに住む日本人”。

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そんな”アメリカに住む日本人”の僕が考える自分が日本人だと思うところ。

人との調和を大切にし、相手の意見や感情をくみ取ることに重きを置くところ。ルールをきっちり守るところ。古き良きを重視するところ。

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そんな僕が何故日本人ではなく”アメリカに住む日本人”なのか。それは、個人的に日本人の一番の特徴を僕がまだまだ身に浸透させることが出来ていないと思うから。

その特徴は、

 

思いやりの心。

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接客の時の”いらっしゃいませ”、”ありがとうございました”、”またお越しくださいませ”。遅れてもいないのに”待たせた?”と聞く等の相手への配慮。旅行中でも知り合いへのお土産を一生懸命探すその姿勢。この”意識しなくてもできる配慮”がまだまだ完全には身に染みていない気がする。なので僕は自分を日本人とではなく”アメリカに住む日本人”、または”アメリカで育った日本人”と認識しています。

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さて、僕が僕自身に対しての感想を書いたのでここからはブラ熊メンバーが考える僕が”日本人らしい”ところを感想を交えて紹介していきます。

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1.文章の書き方

そうですかね?

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2.すれ違う時、上目遣いで首をこうなんかペコッとする感じ

確かに言われてみれば誰かと道で会った時は大抵会釈してますね(笑)

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3.人との距離感

全体的にはそうですね。原因はたぶん”相手に対して失礼なことはしたくない”という考えから来ているんだと思います。自分をさらけ出しても大丈夫だという保証がない場合は結構距離感を保つことが多いですね。

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4.振舞い方とか、話し方とか、考え方とか?今のブラ熊の中で雰囲気が一番なんだか”日本人らしい”。でも敬語が使えないのがおしい、というかなんか面白い(笑)

自分ではほかのメンバーよりも”日本人らしい”という自覚は全くありませんね。敬語の方は頑張ります^_^;

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5.何かやるってなるとそれをシッカリ成し遂げるところ

失敗はかなりしていますがね^_^; 個人的にはやる気になる、そしてそのやる気をちゃんと方向性をもって使うことが今後の課題です。

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6.真面目

昔っから自分は真面目すぎると思っていましたが、最近は前ほど真面目でもない気がします。

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7.育ち方(?)、言葉遣い

アメリカで育っているのに育ち方と言われるとは思ってもみませんでしたね。言葉遣い。。。全く自覚がありません。

僕の方からはこんな感じですかね?他の方のもぜひ読んでみてください!^_^

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追記:

読者の皆さんからも自分が「日本人だなあ」と思う瞬間について、募集しています。どしどしご応募下さい!

https://goo.gl/forms/DwcHP1ERqHv5htc33

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Living in Translation

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“We live in translation”

“私たちは、翻訳されて生きている”

アメリカに23年間住んでいるマセドニア出身の教授の言葉。

母国語を話すときと、英語で話すときの自分は同じ”自分”なのか?

 

”英語は私の母国語では無いから、いつも自分を翻訳して生きている。でも翻訳は元のものとは違うものだから、英語では本当の自分を表せていないと思う”

考えるとなんだか不気味なこと。英語では一生自分をちゃんとわかってもらえることは無いのかと思ってしまう。その反面、英語で話しているときの私は英語を話さない友達にはわかってもらえない。でもある意味納得できる。私がバイリンガルの友達が一番話しやすいと感じるのは、英語と日本語自由に行き来できて、訳すことなく表せるからのだと気がついた。それぞれの言語の足りない部分を無理やり訳して言いたいことに近づけなくてもすむ。

 

翻訳とはそもそも何なんだろう?

その教授は詩を訳すことが多いそうだが、その訳された詩は

元の詩のコピーか?

新しい詩なのか?

それとも翻訳者のオリジナルの作品なのか?

 

そして、

人って翻訳できるのか?

 

“しかし、母国語でなく’借りている言語’であることは自由を与えるものでもある。翻訳は元とは違う、全く新しいものだから、新しい自分にもなれる”

そうか、日本語で話しているときの自分と、英語で話しているときの自分は違くても良いのか。そしてこれからもっとフランス語を上達させて行く過程で、もう一人”自分”を作り上げることができるのか。

 

“We translate to protect others”

“私たちは、周りの人を守るためにも翻訳をする”

例えば、親が電話して来て”元気?”と聞いてきた時、心配かけたく無いから”うん、元気だよ!”と答える。実は体調崩してたこととか、忙しくて大変なこととか、疲れてるとか言わない。本当の自分を表さないことで、親を”守って”いるのか。優しい嘘は、相手に都合の良いように自分の現実を”訳す“ことだったのか?

 

“We live in translation”

そもそも言葉に表すこと自体、自分の中身を言葉に訳していることにならないのか?

本当の自分って何?

母国語って何?

英語と日本語、どっちが得意とか感じなくても”訳して”生きてるの?

翻訳って、どれぐらい元のものを表せるの?

本当の自分をわかってもらうことは必要なのか?

いろんな”自分”をもって楽しめば良いのではないか?

それでは、バイリンガルな私は二重人格?

あれ、でも“優しい嘘”も翻訳と考えたら、みんなやっているではないか?

誰でも、どこで、誰といるかによって行動とか性格が変わったりするじゃないか?

 

“We live in translation”

翻訳は全く新しいものを作り上げることで、私たちは常に自分を翻訳して生きている。なんだか不気味なコンセプト。でも良く考えてみると、誰もがやってて当たり前なこと。

 

 

In Translation: Language, Home, and Identity

”自分”ってなんだろう?”Home”って何だろう?

こんなとを考えさせられる講演でした。

 

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大学に通う意味は?

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最近考えることがある。

 

僕は何で大学に通ってるんだろう。

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誰かに”大学、楽しんでますか?”と聞かれると、どう答えればいいかわからない時がある。もちろん、大学生活は非常に充実している。好きなことがほとんど何でも出来るブラウン大学に通えている自分は幸せだと思う。

でも、企業説明会や宿題に埋もれる生活を送るにつれ、最近少し道に迷っている気がする。先学期よりも集中力は続くようになったにも関わらず、それ以上にやる事が増えて宿題や課外活動やインターン探しのバランスがまだ見えてきていない。まるで1年生の1学期に戻ったような状態になっている。

そんな背景もあってこの”大学に通う意味”というのを改めて考えなおすことが度々ある。学問にはげむためなのか?独り立ちの予行演習?就活の準備?課外活動?色んな人と知り合うため?それともただ単に大学生活を楽しむため?

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もうすぐ紅葉シーズン

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個人的には大学は経験の機会の固まりみたいなもの。

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もちろん学問に励むことも大事だと思う。ただそれ以上に大学は人と資源を1か所に集めた事によって、高校までは考えてもみなかった事にチャレンジできる場所だと思う。もちろん高校にも機会はあるんだけど、それ以上に大学ではありとあらゆるクラブが存在し、当然ながら就活やインターンを探したりするのが高校に比べて断然楽になり、卒業生と話す機会がもの凄く増えた。大学に来る前までは合気道を始めるなんて夢にも思ってなかったし、大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii Uのチームキャプテンになるなんで全く考えてもいなかった。周りの友達でインターンをやっている人もいたが、大半がそんな事気にも留めてなかったし学校もあまり推していなかった。

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その点を考えたらどちらかというと自分と自分の環境が変わったからかもしれない。単に僕のネットワークが小さすぎる上にチャレンジ精神がなかったからかもしれない。でも、そう考えると大学がそれを僕から引き出したのかもしれない。現に高校時代にほとんど喋らず内気だった同級生が、ブラウンに入学した後にもう一度会ったら物凄く喋ってきて全体的に明るくハキハキ見えてびっくりした。自覚はしていたが、ほかの人も経験した事を知って”こんなにも大学は人を変えるのか”と改めて実感した。

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高いお金を払ってまで通う価値はあるのか?と聞かれたら正直わからない。でも、大学に通う理由はある。そう信じながら僕はこれからまた宿題に没頭する。

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